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第109話 純粋に勝るということ

 扉を開けば、その先は配信で見た場所と一緒だった。

 奥にそびえる巨大な樹の幹は大きすぎて、顔を上げても頂上は見えない。


 周囲を太い木の根がいくつも重なり、自然で出来た内壁を作り出していた。

 空は晴れ渡り、木漏れ日が射しこんでいる。


「まずは第一形態から、だね」


 望月ちゃんの声に呼応するように、光が集まっていく。

 配信で見た時の焼き回し。光が人の姿を形取り、輝きが女性と分かる光のシルエットとして集約する。


 原始の精霊――この中層のボスが、おでましだ。


『さっさと倒すぞ。竜乃、援護を頼む』


『まっかせなさい!』


「うん、分かるよ竜乃ちゃん、虎太郎君……いつも通り、一生懸命支援するね」


 三人で意思疎通をし、白い光が俺を強く包む。

 望月ちゃんからいつもの温かさを受け取り、俺は地面を蹴った。


 四肢を可能な限り素早く稼働させ、精霊の元へ。

 腕を背後に回すのを見て、俺も右前脚に力を入れた。


 まずは挨拶代わりの、紫電を纏った切り裂き。


 これまで数々のモンスターを屠ってきた俺の一撃に対して、精霊は拳で答える。

 爪と拳が俺の視界ではゆっくりと近づき、力任せに、精霊の拳を俺の爪が押した。


 衝撃で弾かれるように仰け反った精霊。

 俺はすぐさま前足を引っ込め、全身で精霊に突っ込んだ。


 スピードが残った状態での、強烈な頭突き。

 頭部が精霊の胴を捉え、くの字に曲がった状態で吹き飛ばす。


 精霊は空を滑り、砂ぼこりをまき散らしながらやや遠くを転がった。

 その様子を見ながら、俺は内心で冷静に評価する。


(純粋な力比べでは、俺の方が強いか)


 力だけでなく、スピードに関してもそこまで目を見張るものは感じない。

 あの白い虎は突出しているものが多くて手こずった。


 一方で、こちらは全てが高水準ではあるが、それゆえに戦いやすく感じた。

 このまま畳みかけられると感じるくらいには。


 俺は魔法の準備を進める。

 次の一戦で決めるための道筋を、頭の中で組み立てる。


 やがて砂ぼこりが晴れたとき、そこには精霊が立っていた。

 疲れた様子や傷ついた様子も見受けられないが、そもそもが光の集合体。


 外から見ただけではどのくらいダメージを負っているか、HPを削っているかは分からない。

 けれど、優位なのは確実に俺達だ。


 再度大地を強く蹴り、駆ける。

 精霊は身構えたが、その瞬間に上空から赤色のブレスが襲来、精霊を飲み込んだ。


 腕を上げ、防御の姿勢を取る精霊を見ながら、俺の予測は正しいのではないかという事を思い始めていた。

 この精霊は、巧いのではなく、ただ強いだけなのではないかと。


 天元の華との戦いのときも、精霊は優梨愛さんや愛花さんと戦っていたが、戦い方が上手いとは思わなかった。

 一方で、その力には目を見張るものがあった。それこそ一撃で中層の探索者を追い詰めるくらいには。


 今だって、クイーンや騎士王なら魔法や武器を使って的確に竜乃のブレスを防いでいた筈だ。


 俺が精霊に肉薄した瞬間に竜乃はブレスを切り上げてくれる。

 火に包まれた精霊に対して、いつもの右脚での切り裂き。


 同じように右腕で対応してくるが、それが先ほど力負けしたことをもう忘れたのか。


(丁寧に、第一段階では魔法が使えない設定にしたのが間違いだな)


 魔法が使えなくても、力は十分。

 力が十分ならば、技がなくても接近戦がこなせる。


 けれどそれは、あくまでも普通の探索者の場合。

 俺のように真正面から力でねじ伏せられる相手に関しては、手も足も出ない。


 今の精霊は、ただ大きな力を持っているだけの子供に過ぎないから。


 ほんの少しだけ力を緩めて足を振り払い、精霊の腕を弾いたところで全身を駆動させて飛び掛かった。

 体を倒させ、全身で圧し掛かり、動きを封じたところで魔法を発動させる。


 精霊の背後が、赤く染まる。

 大地から噴き出すのは、灼熱の炎。その柱が俺達ごと燃やし尽くす。


 火の上級魔法、イグニッション。

 俺が放つそれは、通常のものよりも威力が高い。


 受ければ俺も大きなダメージを受けてしまうが、あいにく俺は今精霊の上に馬乗りだ。

 つまり、吹きあがる炎のほとんどは精霊がその体で妨げてくれる。


『あっつっ!』


 それでも、そもそも俺の体は精霊よりも大きい。

 はみ出した部分に関しては炎の直撃を受けるわけで、多少は熱さに声を上げてしまう。


 けれど精霊は全身でイグニッションを受けている。

 また上からは俺に圧し掛かられ、爪を喰い込まされているサンドイッチ状態だ。


 じわじわと体力のゲージが減っていく様を幻視した。


(このまま、第2形態になっても倒しきるか?)


 炎に耐えながら、この状態をキープし続けようか考える。

 第2形態になってもイグニッションを放ち続ければ、完封できないだろうか。


 あいにく魔力はまだ余裕があるし、この体勢なら精霊の動きを封じながら次のイグニッションの準備をすることも可能だ。


 そんな事を思ったとき。


 精霊が、まばゆい光を発した。輝く体の胸付近に半透明の小さな球体が急に出現する。

 その球体に恐ろしい程強大な魔力が送られ、それに目を見開いた途端。


 衝撃が全身を襲った。

 精霊の体から発生した球体はすぐに大きくなり、俺を精霊自身から引き離した。


 当然、イグニッションによる攻撃は続いている。

 だがそれすらも、あの半透明の球体に弾かれているようだ。


(流石ダンジョン、そういったズルは強制キャンセルってことか)


 どこまでもこちらの動きを読んでくるダンジョンに対してそう恨み言を呈した瞬間。

 半透明の球体は急激に、だがほんの少しだけ大きくなった。


 まるで表面に付いた異物である俺を弾くような動きだった。

 俺はその動きに逆らうことが出来ず、宙へと投げ出される。


 だが、半透明の球体はあくまでも第二形態に移行する演出のようなもので、威力はなかったため、無事に地面へと再び足を着けることが出来た。

 視線を立ち上がる精霊に向け、その性質が大きく変わったことを理解する。


 精霊が、一人ではなくなった。その背後にそびえる巨大な樹が手を貸した。


『第二形態だ!』


『そりゃ、そうでしょ!』


「うん、分かったよ虎太郎君!」


 俺の声に対して全く違う反応を返す二人。

 竜乃は望月ちゃんを見習いなさい、と強く思った。


(さあ、こっからだぞ……)


 敵は一人。それに対して俺達は合計で三。しかも俺の紫電や竜乃の蒼いブレスなど、取れる手段は多い。

 けれど精霊には、無限の魔法がある。


 絶え間なく発動するあの魔法を、俺達は持てる全てのカードを使って防ぎ、避け、そして精霊の息の根を止めなければならない。

 精霊の中で生じる魔力をしっかりと感じながら、俺は気合を入れ直した。


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