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第108話 突然の邂逅

 ゆっくりと、目を覚ます。

 体を照らす木漏れ日を確認し、ここがTier1ダンジョン中層だと再確認する。


 辺りを見渡せば、望月ちゃんと竜乃の姿。

 望月ちゃんは俺と目を合わせて、天使のような微笑みを浮かべた。


「こんにちは虎太郎君。いよいよ今日だね。よろしくね」


『あぁ!』


 元気よく吠えて返事をすると嬉しそうに何度も頷く望月ちゃん。

 竜乃にも同じように挨拶をして、彼女は配信準備に取り掛かった。


 待っている間に、俺は辺りを確認する。

 昨日望月ちゃんとお別れした、中層ボス地域近くの機器のようだ。


 中層は6つの危険なエリアから成るが、それ以外の地域については全て草原や歩きやすい森となっている。

 視界も良好で、出現するモンスターもそこまで強くはない。


 領域はかなり広く、ここからは風の地域と闇の地域が確認できるが、どちらもかなり遠くなっている。

 そして、俺は振り返って天までそびえる巨大な樹を見た。


 やや離れているこの位置だから良いが、近づいていれば首が痛くなるくらい見上げるしかない。

 あそこが中層ボス、原始の精霊の居る場所だ。


「よし、皆さんこんにちは。今日は昨日告知した通り、中層ボスに挑みます」


 そんな事を思っていると、望月ちゃんが配信を開始したようだ。

 振り返って見てみると、配信ドローンにはコメントが多数映し出されていた。


“待ってた”

“一昨日は天元の華で、今日はモッチー”

“配信して、かつ探索してくれるのは嬉しいけど、気をつけてな”

“危なくなったら逃げるんやで”

“あの中層ボスをどう倒すのか楽しみや”

“無事に倒して関東最強になっちゃえ”

“モッチー達なら行けるよ!”


 俺達を励ますコメントが多く散見される。

 一昨日の天元の華のときの視聴者数も多かったが、今回はそれよりも多くの人が見てくれている。


 やはり東京のTier1中層、初の突破にかかる期待は大きいようだ。


「はい、頑張ります! では向かいますね」


 望月ちゃんはそう言って俺達と並びながらボスの居る場所へと向かって歩き始めた。

 距離はややあるものの、強敵が出現するわけではない。


 望月ちゃんは配信からの様々なコメントに答えつつ、俺と竜乃は辺りを警戒しつつも基本的にはリラックスした状態で歩いた。


 中層ボスの居る場所には施設がない。

 ただ小さな林程度の大きさの場所があるだけで、そこを抜ければ木の根で作られた扉が現れる。


 ただその扉は2つの地域を攻略しないとそもそも開かないため、事前に攻略した2つの地域がボスの居る地域の代わりを果たしているという事だろう。


 草原を抜けて林も、もう抜けるタイミング。

 ボスの居る空間へと続く扉が見え始めた時にそれは現れた。


「あれ?……誰かいる」


 ポツリと零した望月ちゃん。俺の目にも、扉の前に誰かが一人、立っているのが映っている。


“おいおい、出待ちか? 流石にルール違反だろ”

“これからボスに挑むって言うのに、モッチーの邪魔するのはありえん”

“いや待て、中層に来れる出待ちなんか居なくないか?”


 足を進めるにしたがって、その姿がはっきりとしてくる。

 女性だ。身長は望月ちゃんと同じかそれよりも少し高いくらいか。いずれにせよ低め。


 短いやや青みがかかった髪が印象的だった。

 ここに居るという事は探索者なのは間違いないが、武器は手にしていない。


 一歩、一歩踏み出すにつれて、彼女がゆっくりと頭を上げる。

 氷のように冷たい水色の瞳を向けられた瞬間。


 全身に何かが重くのしかかるような重圧を感じた。


「っ!?」


 視線を向けてみれば、望月ちゃんも感じ取ったようで、目を見開いている。

 足は止まってしまい、歩き出すことは出来なそうだ。


 ――ザッ


 そんな俺達に対して、目の前の彼女は前に進み出た。

 その瞳からは、一切の感情を読み取れない。


 近づいてくるのがあの日に出会ったTier0の化け物のようにさえ、感じていた。


「待っていた」


 気づけば彼女は俺達のすぐ近くまで来ていた。

 問いかけているものの、その表情は一切変わっていない。依然として無表情のままだ。


 目を合わせているだけで感じる強烈な違和感。

 それに堪えつつ、望月ちゃんは何とか口を開いた。


「どなた……ですか……?」


 なんとか絞り出した言葉。それに対して目の前の女性は緩やかに口を開く。

 その名を、口にする。


氷堂心愛ひょうどうここあ


 世界が止まったような、そんな感覚を覚えた。


「京都の……1位の……」


「肯定」


 唖然と呟く望月ちゃんの声を聞きながら、俺は氷堂を観察する。

 日本レベル1位探索者、氷堂心愛。


 名前こそ有名だが、実際に会うのは初めてだ。メディアにも露出していないために、見るのすらも初めてである。

 その第一印象は、思った以上に小さかった。


 年齢的には20代半ばの筈だが、背は望月ちゃんよりも少し高い程度。

 だが幼い、あどけないといった雰囲気は一切ない。


 むしろ顔のパーツはぞっとするほど整っていて、雰囲気には氷のような冷たさがある。

 受ける印象は、どちらかというと須王が近い。


(なんだよ……こいつ……)


 けれど、そんな容姿なんかよりも俺は気になることがあった。

 獣になったからなのかもしれないが、俺は氷堂の恐ろしさを感じ取っていた。


 本能が告げているのだ。こいつは化け物だと。

 それこそあの日に出会った化け物と同じだと。


 今までいろんな探索者に会ってきた。

 響の事は天才だと思っているし、愛花さんも相当な強者であるのは間違いない。


 だが、こいつはそもそもそういった次元に居ない。

 強いとか、そういうことじゃない。


 純粋に、違う。


 それが、俺が強く感じたことだった。


“日本1位……嘘だろ?”

“な、なんでこんなところに?”

“っていうか、こんな綺麗な人だったのか”

“女性ってことは知ってたけど、てっきり……”


 配信のコメント欄でも唖然とするものが多い。

 氷堂はそんな配信ドローンには見向きもせずに望月ちゃんから竜乃、そして俺に視線を順に向ける。


 視線を向けられて重圧が増したが、視線はやがて、また望月ちゃんに戻った。

 氷堂はポケットに手を入れる。


 一瞬警戒したが、その手に掴まれて出てきたのは、一枚の紙だった。


「話したいことがある。ここで待つ」


「…………」


 恐る恐る、望月ちゃんは手を伸ばして紙を受け取る。

 手はやや震えていて、力関係を象徴しているようだった。


“なんか、横暴じゃね?”

“これからボスに挑むって言うのに、急に来て急に来いってどういうこと”

“モッチーを舐めるな。いつかは……いつかは越えるかもしれないんやぞ”


 ちらほらだが視聴者の中にも不満を書き込む人が居るようだ。

 そのコメントが氷堂の目に映らないことにほんの少しだけ安堵した瞬間。


 氷堂が、絶対零度の瞳で配信ドローンを見た。


 途端に流れていたコメントはまるで停止したかのように動かなくなる。

 配信先の誰もがコメントを打てない。いや、体を動かせないのではないか。


 そんな重圧を、彼女は放っていた。


「配信は否定する」


「……配信はせずに、竜乃ちゃんと虎太郎君と3人で行けばいいですか?」


 やや震えながらも、この重圧の中で望月ちゃんははっきりと尋ねた。

 氷堂の首が動き、視線が望月ちゃんへと戻ってくる。


 彼女はしばらくの間、なぜか分からないが望月ちゃんをじっと見つめ。


「肯定」


 短くそう言い、歩き出す。

 俺達の脇を越えて、背後へ。そのまま帰るつもりなのだろう。


 しばらくしてから後ろを振り向くと、背を向けて歩く氷堂に合流するように一人の男性が横から現れた。

 俺は彼を知っている。


 確か関東の上位探索者で名前は斎藤だったはずだ。

 天元の華が台頭する前は、関東最強の一角と評されていた。


 そんな彼は深くお辞儀をして、氷堂の後を追っていく。

 氷堂は一人ではこの東京Tier1ダンジョンに入れないが、彼の力を借りてゲストとして入ってきたという事だろう。


 ゲストはボス部屋や地域には入れなくても、こういった草原や林には足を踏み入れられる。

 そうなると、彼女はここで俺達を待っていたという事だ。


 そこまでして伝えたいこととは何だったのか。

 望月ちゃんに視線を向ける途中で、配信のドローンが視界に映った。


“死ぬかと思った”

“怖すぎだろ”

“マジで動けんかったぞ。本当に同じ人間か?”

“あぁ、無理。今もまだ震えてるわ”

“モッチー大丈夫? 紙、どんなこと書いてあるの?”


 望月ちゃんに視線を向ければ、彼女はまさに紙を開いたところだった。

 しかし彼女はそこに書いてある内容に目を通したかと思いきや、動きを止めた。


 書いてある内容が衝撃的だったというよりも、何かに戸惑っているような雰囲気だ。

 そんな彼女は歩き去っていく氷堂を見て、再び紙を見て、そしてまた氷堂を見てを繰り返す。


「えっと……き、来て欲しい場所と日付と時間が書いてあるだけですね。

 場所はTier2ダンジョンですし、日時や時間も問題なさそうです」


 望月ちゃんは再度紙に目を通し、それを丁寧に再び折りたたんだ。

 何故か配信ドローンを気にしていたが、ポケットに収めると深く息を吐く。


「さて、まさか氷堂さんにここで会うとは思いませんでしたが、気持ちを切り替えて中層ボスに挑みますね」


 望月ちゃんの言葉に、再び熱を取り戻し始めるコメント欄。

 その様子を見ながら、なぜ望月ちゃんはやや苦笑いをしているのか、不思議に思った。

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