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第105話 尽きることの無い、魔法の雨

 起き上がり、再び戦闘態勢を取る精霊。

 先程からは何も変わらない光景だが、俺の頭は警鐘を鳴らしていた。


『よしっ!もう一度!』


 元気よく叫び、大地を蹴る優梨愛さん。

 それに対して、精霊もまた大地を蹴って前に出た。


 数秒後にはぶつかり合うであろう2人。

 ただそれだけの事なのに、俺の頭の中の警鐘の音は大きくなっていく。


『っ! ダメだ逃げろ!』


 形容できない不安に駆られ、俺は思わず叫んでいた。

 言葉にならないし届くはずもないが、叫ばずにはいられなかった。


 精霊の拳と優梨愛さんの蹴りがぶつかり合う、その瞬間。


 中級魔法、ボルテックスが優梨愛さんに落ちた。

 詠唱も魔法を放つ素振りすらしていないのに、落ちた。


 突然の上からの攻撃を辛うじて避けられたのは優梨愛さんのこれまでの経験によるものだろう。

 けれど避け切ることは出来ずに左腕を掠めているし、動きにも迷いが出ている。


 そんな状態では競り勝てる筈もなく、体勢を崩した優梨愛さんは精霊の一撃をその身に受けた。

 パリンッという和香さんの防御魔法が威力を軽減はしてくれたが、それでも大きなダメージを受けたことに違いはない。


『優梨愛!?』


 そんな光景に愛花さんが悲鳴にも近い声をあげた瞬間。

 彼女が息を呑む音を聞いた気がした。


 無理もないだろう、精霊の背後に出現したのは無数の炎の剣。

 火の中級魔法、フレイムソードだ。


『くっ、何がどうなって!?』


 叫ぶ愛花さんは飛来する炎の剣を避け、たたき落とし、そして接近してきていた精霊に狙いを定める。

 間合いには入っている。明さんもトータスを打つモーションに入っていたが。


 最後の火の剣が地面に突き刺さって消えた瞬間に、黄色い線が走り、円を描いた。


『おいおいおいおい!』


『っ!?』


 素早く状況を理解した二人は直ぐにその場から離れようとする。

 だが、円の端にいた明さんはともかく、中心に居た愛花さんは間に合わない。


『和香ぁぁああ!!』


『愛花ちゃん!!』


 夫婦で阿吽の呼吸を見せて和香さんが愛花さんに防御魔法を貼った。

 さらに愛花さんも防御を固めたが、防ぎきれるかどうか。


 雷が、面で落ちる。

 俺たちに親しみ深い雷の上級魔法、トールハンマーが。


 超火力の雷撃は轟音を立てるものの、その中心で愛花さんは耐え忍んでいた。

 身体中に電流が走っているが、すぐに和香さんからの回復魔法が届く。


 その様子を見て安心するよりも先に、俺は声が出た。


『ダメだ、逃げろ!逃げるんだ!』


「お姉ちゃんっ!」


 尋常ではない俺の様子に、優さんは素早くキーボードを叩く。

 ただ短く、逃げて、とだけ。


 何度も、何度も。

 なにか奇跡が起きて、届いてくれと願うしかない。


(あれは……ヤバいぞ……)


 最初に精霊が優梨愛さんにボルテックスを落とした時、炎の剣を飛ばした時、そして今のトールハンマーを発動した時。

 全ての場合において、詠唱をしていない。


 ただ一瞬のうちに精霊の内部に強大な魔力が生じ、それを放っている。

 なにがそれを可能としているのかは分からないが、これだけは言える。


 もうあれは、第2形態になっていると。


 なんとかトールハンマーを凌いだ愛花さんに対してコメントが沸き立つ中で、その光景を予想した人はどれだけ居ただろうか。

 視聴者達も、愛花さん達でさえも言葉を失った筈だ。


 雷の一撃を耐えたと思ったら、目の前に津波が押し寄せていたのだから。

 水の超級魔法、グランドウェイブ。


 広域攻撃の魔法が、天元の華に襲いかかる。


『和香!トータス!!』


 明さんが叫び、彼の元へと帰還したトータスが防御を展開する。

 駆けつけた和香さんが範囲内に優梨愛さんも愛花さんも入ったことを確認して、防御を強めた。


 全てを飲み込む濁流が、大樹の根で覆われた戦場を洗い流すかのように押し寄せる。

 天元の華を囲った防御を押しつぶさんとばかりの威力。


 けれどトータスと和香さんの力により、水の脅威から逃れることに成功した。


 押し寄せた水が、引き始める。

 それが引き終わるよりも早く、愛花さんは叫んだ。


『撤退します!』


『私も賛成!』


 上位探索者だけあって、あの精霊が既に第2形態に移行していることは理解している筈だ。

 無尽蔵の魔力と無詠唱で、魔法を連発しているということも。


 これまでの流れから、水が引ききれば次の魔法が来る。

 それまでに、このボス部屋から出なくてはならない。


 天元の華は撤退を決め、全員が背後の扉へと走る。

 1番近かった和香さんを先頭に、ひたすらに入口を目指す。


 その動きを、精霊が見逃すはずはない。


 背後に風を出現させた精霊はその風圧で押し飛ばされるかのようなめちゃくちゃな加速を行う。

 腕を振りかぶり、1番後ろを走っていた愛花さんを狙っているのは一目瞭然だ。


「お姉ちゃん、危ない!」


 思わず叫んだ優さんの声が届いたのか、愛花さんは振り向き、刀の柄に手をかける。

 それを勢いよく振り抜き、迫る拳を抜き放った刀の刃で斬り返した。


 拳と刀、そんなものがぶつかればどちらが勝つかなどは明白だろう。

 けれど響いたのは金属がぶつかり合うような甲高い音で、顔を顰めたのは愛花さんの方だった。


 大地が裂け、そこから無数の岩の槍が飛び出してくる。

 それを器用に避け続けながら、愛花さんは精霊と接近戦を繰り広げる。


『愛花!』


『良いから、先に行って!』


 一体、この状況で愛花さんと同じことが出来る人間がどれだけ居るだろうか。

 いや、日本中を探しても片手で数える程しか居ないはずだ。


 たった一人で殿を務める愛花さんの実力には目を見張るものがある。

 けれど、相手が悪いと言わざるを得ない。


『!?』


 弾かれるように愛花さんは後ろに跳んで距離を取る。

 それでも、その範囲にギリギリ入ってしまっている。


 火の上級魔法、イグニッション。

 大地から湧き上がる火の柱が、愛花さんを焼き焦がす。


 火炎の中から黒い煙に包まれて出てきた姿を見て安心はしたが、彼女はすぐに刀を鞘に込めた。


 彼女の目の前には、湧き上がる火柱しかないはず。

 けれど、愛花さんは分かっていたのだろう。それが消えた瞬間に、精霊は仕掛けてくると。


 そして彼女の予想通り、火柱が消えた瞬間に精霊が拳を振りかぶった状態で愛花さんの前に現れた。


 愛花さんが刀を振り抜くと同時に、精霊の拳もまた振り抜かれる。

 愛花さんは精霊がどの魔法を使ってくるか、最大限の警戒をしていたはずだ。


 だが刃と拳がぶつかる瞬間に、精霊の拳を白い光が包み込んだ。

 おそらく闘者が使用出来る強化魔法の一種だろう。

 俺が知らないので、相当上位のものでは無いだろうか。


 これまで何度も激突を繰返してきた拳と刀に、ついに決着が着く。

 振り抜いた刀と振り抜かれた拳が音を立ててぶつかり。


 砕かれた刀の刃の欠片が、宙を舞った。


 唖然とする愛花さん。

 その無防備な胴体に、素早く精霊の左の拳が入る。


 防ぐことも出来ずに和香さんの防御が割れる音を残して、彼女は横方向の力を受けて吹き飛ばされた。


『愛花!!』


「お姉ちゃん!」


 モニターからは優梨愛さんの、隣からは優さんの悲鳴が聞こえる。


 ボス部屋の内壁である木の根まで吹き飛ばされ、地面に転がった愛花さん。

 彼女は何とか起き上がり、アイテムと回復魔法をかけて状況の打開を図る。


『いや! 愛花ちゃん!』


 入口付近で、和香さんが叫ぶ。駆け寄ろうとした彼女の腕を、明さんが険しい顔で制止した。

 彼は奥歯を噛み締めながら、愛花さんに視線を送っている。


 その奥の扉は開いていて、出ればこの場から逃げることが出来る。

 けれど愛花さんは扉からは遠ざけられ、その間には精霊が居る。


 体の傷はある程度癒えても、その手の刀は刃が砕かれている。

 あれでは精霊を突破するどころか、スキルを満足に打つことすら出来ないはずだ。


 誰もが絶望の光景を予期するしかない状況。

 膝をついた愛花さんが力なく刀を地面に落とす音が、やけに大きく聞こえた気がした。

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