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第103話 Tier1中層ボス、その名は

 光の地域を攻略し、中層のボスに挑む権利を得てからしばらくの間、俺達は休息という名の軽い探索を行って日々を過ごしていた。

 基本的に、俺達の今の主戦場はTier1の中層だ。なので今回のようにTier2の上層に居るのは理由がある。


 座り込んだ探索者用簡易テントの中には俺達だけでなく優さんと神宮さんも居て、いつもの情報共有の場のようにも見える。

 けれど彼らは簡易テーブルではなく床に腰を下ろし、一つのモニターをじっとみつめていた。


 この部屋の女性比率が高すぎないかと思うが、あえて気にしないことにする。

 今日も飼い主からのなでなでは最高である。


 モニターに映っているのは、一つの配信だった。

 その配信はまだ準備中であるにもかかわらず、今までに見たことがない程の人数が視聴している。


 タイトルは、『東京Tier1中層ボス戦(偵察)』だ。

 配信をするのは俺達よりも一歩先にTier1中層ボスへの挑戦権を手に入れた天元の華である。


 今日この日まで俺達が休憩代わりの軽い探索をしていたのはこのためだ。


『近いうちに天元の華が中層ボスの情報を得る為に挑むわ。だから配信を見て、盗めそうな情報は盗んでおいて』


 天元の華のリーダーである君島愛花さんから妹である優さんに伝わった言葉。

 それを聞いて、俺達は今彼女達の配信を見ているのである。


 ボス部屋というのは探索者が中に入った場合、外からは開かなくなる。

 けれど内からは誰でも開ける造りになっており、ボスの情報を得て帰ってくることを、簡易的に偵察と探索者間では呼ばれていた。


 いずれは倒さなくてはならないボスの貴重な情報が判明する偵察だが、危険はもちろんある。

 そもそも、東京のTier1ダンジョン上層のように専用フィールドが用意されている場合は逃げることなど到底不可能だ。


 だがこれに関しては、今現在確認されているのは東京と京都のTier1上層だけなので大きな問題ではない。

 もう一つの危険性だが、ボスは探索者の逃亡をおとなしく黙認してくれるわけではないという事。


 彼らにとって、俺達は自身を排除しようとする敵なわけだ。

 背中を見せて逃げるというなら、狩るために動くのは当然の事。


 パーティメンバー全員が無事ならば逃亡は叶うだろう。

 だが一人だけでも重傷を負っていたら? 2人が動けなかったら?


 そのパーティがどうなってしまうのかは、説明するまでもないだろう。


 簡単にまとめると、俺達が今まで挑んできた階層ボスの中で逃げられなかった戦いがあるとすれば、それは東京のTier1上層と、茨城のTier2下層のクイーン戦だったということだ。

 前者はステージギミックで、後者は俺か竜乃、どちらかが常に動けなかったためである。


 望月ちゃんを挟んで俺の反対側に座っていた優さんが、小さく呟いた。


「お姉ちゃん……」


 そんな危険な場所へと赴くのが家族であるなら、彼女の心境は計り知れないだろう。

 望月ちゃんも優さんを気遣い、その手をそっと握ってた。


 手を握られた優さんは一瞬目を見開いたが、すぐに望月ちゃんに気づいて苦笑いする。


「これまでボス戦はずっとお姉ちゃんと一緒だったんだ。上層では負けるようにも思えなかったからね……だから、ちょっと心配でさ……」


「大丈夫です。愛花さんは強く、冷静な方です。それに明さんだって居ます。きっと情報を持ち帰って来てくれますよ」


 望月ちゃんは、最近は時間があるのか、天元の華の動画を確認しているようだ。

 以前から少しだけ確認はしていたようだが、最近はよく見ているという。


 それはやはり、愛花さんが優さんの姉だからだろう。

 彼女にとっては優さんも大切な人の一人のようだ。


 女性同士の友情は美しいと思うし、虎太郎君は良いと思います。


 望月ちゃんの言葉を聞いた優さんは表情を穏やかな笑みに切り替えて頷く。

 そして情報を集めるときのまっすぐな目を、配信へと向けた。


「始まりましたね……」


 真っ暗な画面から一枚の絵へと切り替わる。

 配信ドローンは起動したが、まだ探索の最終確認中という事だろうか。


 いずれにせよ、もうしばらくすれば中ボスへの挑戦が始まるとみて間違いない。

 その画面をじっと凝視していると、優さんのさらに右に腰を下ろした神宮さんが口を開いた。


「天元の華の専属職員の方とも知り合いなのですが、この日のために色々と準備をしていました。中ボスの姿は分からなくても、各地域のモンスターやボスから何かヒントは得れないかと。

 お二人がご存じのように、この中層のモチーフは精霊です。そしてどの地域のボスも、王という名前が入っています」


 例えば火山地帯の溶岩の巨人は火の精霊王イフリートであるし、光の浮遊城の白銀の甲冑は光の騎士王という名前だった。

 あの騎士王はその後にガルークエルという名前があるのだが、読みにくいなと思った記憶がある


 他にも、以前エルピスで攻略した嵐の大海の地域のボス。その名は水の深淵王の名を冠していた。

 風の地域は妖精王であるし、闇の地域は暗黒王という名前らしい。


「とても安直ですが、ならば中層のボスは王の上、例えば大王や神などが当てはまるのではないかという見方もありましたね」


 神宮さんの言うように、中層の地域の全てのボスの名に王という名が入っているのなら、中層ボスがその上の名を冠する可能性はある。

 そんな事を考えていると、配信の画面は再び切り替わり、天元の華の面々が姿をあわらした。


 リーダーにして優さんの姉、君島愛花。ギャルっぽい見た目の伊藤優梨愛。

 そして日本最強のテイマーの名を冠する武田明と、その妻の武田和香。


 いつもの四人だ。彼らは中層ボス施設、始まりの森の中にいるようで、配信画面の背景には木々の緑が映りこみ、スピーカーからは風が草木を揺らす音が流れてくる。


 これがボス配信でなければ、豊かな自然を謳歌する配信と言われても違和感はないくらいだ。


「こんにちは皆さん、天元の華です。これだけ多くの人に見られるのは初めてなのですが、なるべく結果を残して帰りたいと思います」


「本当、すっごい人―、いえーい、モッチー、みってるー?」


 丁寧に挨拶をする愛花さんに対して、優梨愛さんはキャピキャピした雰囲気を隠そうともせず、配信ドローン越しに望月ちゃんの名前を呼んだ。

 彼女とは火の地域であった後にも現実世界で会っているらしく、その伝で愛花さんと話をすることもあるらしい。


 いろんな話が聞けて楽しいよ、と望月ちゃんは言っていた。

 それにしても愛花さんに優梨愛さんに望月ちゃん、たまにそこに優さんが入ると考えると、なんとも可憐な集まりである。


 優梨愛さんは可憐とは少しだけ遠いが。


「こらっ、他人の配信者の名前を出すなって言っているだろう。まったく」


「そうですよ優梨愛さん、さすがにメッです」


「え、えへへ、ごめんなさい……」


 これからボスに挑むとは思えないほど和やかな雰囲気だが、それはそれぞれが表に出していないだけで、少しだが緊張した雰囲気を俺は感じ取っていた。

 良い感じに緊張と緩和が融合し、パーティの状態としてはこの上なく良いと思える。


 コメント欄も盛り上がり、優梨愛さんと同じように、モッチー、見てるー? 

 とコメントをする人や、優梨愛さんに対して、お前がそんなんだから天元の華は動画ばっかりで配信しないんやで、と弄る人も見受けられる。


 俺達の視聴者の多くもこの配信を見ているので大丈夫かと思ってはいたが、特に問題はなかったようだ。


 木の根によって築かれた壁の中にある、一つの扉。

 愛花さんがそのボス部屋の扉に手をかけて、ゆっくりと開けば、開く。


 その先は巨大な樹に遮られつつも、木漏れ日に照らされ、青空が一部見受けられる空間だった。

 イメージとしては茨城のTier2ダンジョン中層のボス部屋に近いかもしれない。


 天元の華の面々がボス部屋に入り、扉を閉める。

 念のために明さんが閉じた扉に手をかけたが、問題なく開いた。


「偵察の目的は果たせそうだな」


「空は見えているから、室内ではなさそうだけど……ちょっと眩しいなぁ……」


 背後を確認していた明さんと、上空を手を水平にして日差しを避けて見ていた優梨愛さんが呟く。

 配信ドローンはそんな四人の状況を映し出し、先頭に立っていた愛花さんの眉が顰められた。


「光が……」


 愛花さんの言葉に残りの三人が正面を向く。

 ドローンカメラも同じ場所を映せば、巨大な木の根元に光が集まっていく。


 やがて黄金の光は形を作り始め、一つの人型のシルエットが完成する。

 金に輝く光。だが丸みを帯びた体つきと長い髪のようなパーツは、それが女性であることを伝えてくる。


 光り輝く人間というのが居るのなら、こういう姿なのかもしれないと思った。


 愛花さんがモンスターチェッカーをそれに向ければ、ピコンッという電子音が鳴り響く。

 すでに氷堂により、京都側のTier1ダンジョン中層の情報は判明している。


 そのデータを大本に、世界各国のデータと連動することでボスの情報と、名前が表示された筈だ。


「ボス名、原始の精霊……これが中層ボスの名前です」


 初めて明かされたボスの名前。

 けれどそれを聞いても興奮が湧き上がるよりも先に、緊張感が俺達を包んだ。


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