第10話 遠くから見守れるだけで……OK、です
この姿になって良かったことの一つに、目が良くなったという点がある。
モンスターになったからか、意識を集中すれば遠くもくっきりと見えるようになった。
そんな俺は何をしていたかというと。
探し求めていたあの子に会えたにもかかわらず、相変わらず茂みから見ているだけだった。
(せっかく運命的な再会を果たしたのに……姿を現せない……)
再会(姿を見ただけで会ってない)をしてからはあの子は毎日のようにダンジョンの上層を訪れていた。
今回で彼女を見るのは4回目。
もしも彼女が毎日ダンジョンに潜っているのなら、4日間も遠くから見ていることになる。
え、マジで?
衝撃を受けたが、こうなったのには理由がある。
まさかあの子の横に、テイムモンスターが居るなんて思ってもみなかったのだ。
いや、よくよく考えればテイマーとしてダンジョンに潜っている以上、テイムモンスターが居るに決まっている。
けれどその可能性を無意識に見ないようにしていた。
もっと言うと、運命的な再会を果たせば俺をテイムしてくれるのでは?みたいな夢を見ていた。
っていうか、俺をテイムしてくれ。
テイムしろテイムしろテイムしろ……
(はっ! 体が勝手に……)
あの子の横をふわふわと浮かぶ白いにっくき竜を見ながら、俺は呪詛のように言葉を内心で繰り返す。
この4日間あの子を観察して、分かったことがある。
俺の予想とは違って、あの子はそこまで高レベルなわけではないようだ。
俺を救ってくれた運命の日にチャレンジとしてこのTier2ダンジョンに来ていただけで、これまでは一つ下のTier3のダンジョンに居たのではないだろうか。
ある程度レベルが上がったので、このダンジョンに本格的に移動してきたといったところだろう。
そんな彼女は、レベル的にはこのダンジョンの上層に挑む探索者としては高いように思える。
けれど驚くほど高いというわけではなく、むしろソロとしてはやや無理をしてこの上層に挑んでいる感じだった。
(……そうなんだよな。珍しくソロなんだよな)
ダンジョンにソロで潜る探索者は一定数居る。
しかしモンスターテイマーでソロなのは、俺の知る限りでは彼女が初めてだ。
Tier2ダンジョンは探索者全般からすると平均よりも少し上のレベルになる。
そのダンジョンにソロで潜れているのは素晴らしいというか、本当に凄いことだ。
けれどそんな凄い彼女でもこのダンジョンの上層には苦戦しているようだった。
現にこの4日間は上層のあまり奥深くまで進まずに、モンスターを倒しながら雰囲気に慣れているようだった。
ソロである以上は慎重な立ち回りがより重要になる。
それが出来ているあの子は聡明な少女なのだろう。
視界の先で奥へと向かっていたあの子の行く手を、モンスターが遮る。
一匹の蜘蛛型のモンスターで、名前はキリング・スパイダー。上層ではよく見るものだ。
にっくき白い竜が飛び上がり、あの子も構える。
2日前は苦戦してようやく倒したモンスターだが、今日はどうか。
「竜乃ちゃん、お願い!」
鈴を転がしたような可愛らしい声が響いた。
おそらく天使の声というのはこんな声なのだろう。
いや、おそらく天使よりもあの子の声の方が可愛らしいに決まっている。
そんな俺の考えを他所に、あの子は竜乃と呼ばれたモンスターと共に蜘蛛と対峙する。
あのくらいの子にしては独特なネーミングセンスのように感じるが、テイムしたモンスターに名前を付けるのはテイマーあるあるだ。
また、遠くから確認した限りだが、竜乃というモンスターはあの姫とかいうテイマーの鷹に比べて目が活き活きしていた。
あの子の事だ。竜乃のことも大切に扱っているのだろう。
なんて羨ましい。俺もテイムして欲しい。
「させない!」
あの子と竜乃は二人で連携をしてキリング・スパイダーを少しずつだが追い詰めていく。
竜乃の爪や牙による攻撃に、弱々しいもののブレスの攻撃。
加えてあの子による魔法が異なる方向からじわじわとダメージを敵に与えていく。
テイマーの強みは、モンスターとテイマーの二人が心を通わせて戦える点にある。
一人ではなく二人というのは、それだけで大きなメリットだ。
威力が約二倍なのはもちろん、二方向から攻撃ができるのは大きい。
「竜乃! 少し下がって!」
一方でデメリットはそもそもの戦闘力の低さにある。
テイマーは分類としては魔法使いに入り、魔法を用いて戦う職業だ。
とはいえその本質はモンスターのサポートにあり、攻撃魔法も使えるものの本職の魔導士などには遠く及ばない。
パートナーであるテイムしたモンスターに関しても、ステータスはテイマー自身のステータスに依存する。
そしてデメリットはもう一つ。
テイマーとテイムモンスターは一心同体という事だ。
当然テイマーが死亡すればテイムモンスターも消滅する。
そしてその逆もまたしかりで、テイムモンスターが死亡すればペナルティでテイマーも全ステータス大幅低下と少しの間の行動不能に陥る。
そのためテイマーは自身とテイムモンスターの二つをしっかりと管理しなくてはならないのだ。
当然であるがテイムモンスターを使い捨ての駒のように乱用することは出来ない。
「竜乃!」
だからこそ竜乃の足にキリング・スパイダーの糸が絡まれば、あの子は悲痛な声を上げざるを得ない。
いや、あの子の場合は優しい心故の悲鳴だろう。
実際に数日前にキリング・スパイダーと戦闘したときも、あの糸には苦しめられていた。
あの子か竜乃が糸によって行動を阻害されれば、敵の攻撃を防いだり避けることが難しくなるからだ。
「っ……私は、まだ……」
今回は糸に十分注意して立ち回っていたが、まだ対策が不十分だったようだ。
惜しい。あと少しだけ竜乃を下がらせてブレスによる攻撃をしていれば。
あるいはヒット&アウェイを竜乃に意識させていれば通用したはずだ。
けれど糸に掴まったから終わりというわけではない。
それをあの子も十分に理解しているようだ。
「離して!」
竜乃と繋がれた糸目がけて火属性の魔法、ファイア・ボールが飛んだ。
糸を燃やして焼き切ろうという判断だろう。
糸に竜乃が掴まったとはいえ、その糸が切れれば勝機はある。
けれど、彼女の操る魔法は「まだ」少しだけ威力が低い。
以前戦ったときと同じく、糸は切れない。
(本当にあと少しなんだよなぁ。惜しい……)
本当にあと少しでもレベルが上がれば糸を焼き切れるだろう。
俺は「前回と同じように」こっそりと風の魔法、ウィンドカッターを行使した。
目に映らないほど薄くした風の刃が一つだけ飛び、火のついた糸に向かう。
俺以外の誰にも目視できない刃は糸を捉え、あっさりと切断した。
それにより竜乃も解放され、あの子の纏う雰囲気にも喜びの色が見える。
(勝負あったな)
聡明なあの子はもう一度同じミスはしないだろう。
竜乃が自由に動けるようになった今、負ける要素はない筈だ。
俺の予想通り、あの子と竜乃はその後危なげもなくキリング・スパイダーを追い詰め、とどめを刺すことに成功した。
彼女のレベルも上がった様だし、これなら次にキリング・スパイダーと遭遇したときは大丈夫だろう。
(あぁ……生きがいを感じる……)
あの子と再会してからというものの、俺は秘密裏に彼女を手助けしていた。
モンスターが彼女に向かいそうなら魔法で意識を逸らした。
竜乃が危なくなれば、助ける為に魔法を行使した。
モンスターに攻撃をすることで経験値を奪ってしまうのは申し訳ないが、それでも彼女を護ることが出来ていた。
完全なる自己満足だが、手を出さずにはいられなかったのだ。
可愛い推しが危険に陥っていたら、考える前に体が動くのは仕方がない。
例え彼女と面と向かって再会できなくても、それでいいと思っていた。
あの子が無事にダンジョンに潜り、無事に現実に帰れるなら遠くから見守り、危ない時に助けるだけで構わないと。
それが変わる時がすぐそこまで迫っているなんて、思ってもみなかった。