ダマスカヤ峠(2)
盗賊団は中街道の峠付近に現れた。
盗賊団が以前現れた東街道、南街道を中心に哨戒を行なっていたが、その裏をかくように今回は中街道に現れたそうだ。中街道ならここからそんなに離れていない。
「でん……アル達はここで待っていて下さい!」
言い置いてクリフはカルルック団長達と飛び出そうとした。
「私達も同行しますわ!」
オレはすかさず叫んだ。アルも頷いている。
クリフは一つ溜息をつくと「遅れたら置いていきます」とだけ言って走り出した。
オレ達もその後に続く。
馬を借り受け、オレは一人で、アルはサーラを乗せて必死にクリフの後を追った。
まもなく現場が見えてきた。
オレはショックを受けていた。
アニメでも襲撃のシーンや戦闘のシーンは多数描かれていた。
されど、全年令対象のアニメ。その表現方法はソフトで非現実的だった。魔獣討伐にも参加したが魔術をぶっ放して遠方から魔獣を倒すだけ。こちらの被害はかすり傷程度で、どこか遠足気分だった。
商会の馬車を守りつつ護衛や駆けつけた騎士達が戦っているのが見える。
辺りは血の臭いが立ちこめ腕を切り落とされた護衛の生々しい傷痕もみえる。血や粉塵の臭いと呻き声。オレ達は馬を降り呆然と立ち竦んだ。これは物語ではない、現実に起きている事なんだと実感した瞬間だった。体の震えが止まらない……
オレよりも早く我に返ったのはサーラだった。震えている腕を抱きしめながら、盗賊を迎え撃とうと駆け出したクリフに声を掛ける。
「怪我人をこちらへ!」
怪我人が運ばれてくると必死に治癒魔法をかけ始めた。周囲は驚いたようだが、構っている暇は無い。
と、盗賊たちは新手の援軍に形勢不利と見て撤退を始めた。騎士達も追跡にかかる。
オレはパンッと頬を叩くと駆け出した。
「おいっ!リア!待て!」
「うるせえっ!ついて来いっ!」
アルの声に叫び返して必死に駆ける。街道から逸れれば馬は使えないので必死に駆ける。
しばらく駆けていくと先に追跡していた騎士達がうろうろしているのに出会った。この辺りで見失ったらしい。盗賊達の逃げ足は早く、少し離されてはいたが姿はちらちら見えていたらしい。それがこの辺りでパタリと見えなくなった。
襲撃現場は峠付近だったのでこの辺りは峠を越えて東北側、最初に山狩りをしたエリアだ。
オレ達もうろうろと手懸りを探して付近をうろついた。
何かが頭の隅に引っ掛かった。なんとなく見覚えのある景色。あの苔むした大岩。その横の雑草だまり……
オレはそこに向かって火魔法をぶっ放した。
「リア!何をしてるんだ!山火事になるぞ!」
「オレはそんなヘマしねーよ。
アル、見てみろ!」
そこには奥まで続いていそうな洞窟の入り口がぽっかりと口を開けていた。
それからさらに援軍を呼び、洞窟の入り口を固めつつ中にいた盗賊団を一網打尽にした。
洞窟は入り口からしばらくは細い通路が続き、そこから急に大きく広い空間が現れる。盗賊達はそこにわらや草、布などを敷き詰め寝床を作ったり、竈のような物も作っていた。広場のその向こうには壁は無く、ぽっかりと青空が見えた。この洞窟は崖の中腹に口を開いていたんだ。盗賊達はオレ達が通ってきた通路や崖の上から縄を伝って出入りしていたらしい。
盗賊達を包囲した後のアルとクリフの働きは凄まじかった。目にも留まらぬ早業で、盗賊達がバッタバッタと薙ぎ倒されてゆく。オレも魔術で少しは援護したが、あっという間に片がついた。
捕まえた盗賊達に縄をかけ、ポタラの駐屯地まで連れて行く。
やはり首領は魔族の男だった。青みがかった肌に角。
ヴェルナーヴの角は捩れながらも上に向かって突き出した大きな角だった。サンテは頭の両側にちょこんと小さな角が生えているだけだ。
この男の角はぐるぐるととぐろを巻き頭に張り付いているように見えた。特徴的なのは目で、白目の部分は黄色がかり瞳孔は縦長の楕円形だ。なんとなく爬虫類を思わせる男だった。
「私を捕まえたからっていい気になるなよ、人間共。
魔王様は着々と準備を進めている。お前達の命運もあと僅かだ」
負け惜しみを言っているようだが、オレには余裕があるように感じられた。
駐屯地でサンテに面通しが行なわれたが、「魔王様の近くで見たことがあるような気がする」という、なんともあやふやなものだった。
急遽、役場の地下室を牢屋代わりにし、盗賊達を、魔族の男も含め一緒に押し込め、その出入り口と周辺を騎士団員が監視することとなった。
明日、王都へ移送される。
駐屯地に戻ってきたときは、もう一番星が輝く頃だった。
疲れきったオレ達は駐屯地で騎士団員が作った夕食を分けてもらい、近所の農家で特別に風呂まで使わせてもらった。オレ達の正体がバレた故の破格の待遇だろう。寝床も駐屯地のテントではなく役場の部屋を用意してくれるという。
第三騎士団員を始め、ここに居た者には全員緘口令が敷かれた。オレ達の正体、魔族に関して。その発言も含めて。
夕食後、オレ達は一室に集まった。
クリフが皆を見回していった。
「殿下、聖女様も今日はありがとうござ―――
「アルだ!」
「アル、サーラも今日は助かった。リアも。よく洞窟の入り口が解ったな。おかげで盗賊団も魔族も捉えることが出来た。ありがとう。お礼と言っては何だが……」
頭を下げた後、ニッと笑ってクリフは酒瓶を取り出した。
「あら、お礼を言われる程の事ではなくてよ。でも折角だからそのお酒は戴こうかしら」
オレが澄まして言うと途端にアルが笑い出した。
「おま……お前……ククッ……猫かぶり過ぎだろ……ハハッ……い……今更……」
「るせっ!お前こそ態度が砕け過ぎだろ」
ジロッとアルを睨むとサーラとクリフが目を丸くしている。
えーい、もうヤケだ!
「オレの素はこんなだ。よろしくな!」
酒盛りは大いに盛り上がってオレ達は一気に仲間になったような気がした。最後の方なんかサーラがオレに抱きついて
「リア様、カッコよすぎますぅ……一生ついて行きますぅ……」
なんて言っていた。役得だ―――
疲れと酒のせいで夢も見ないほど熟睡して
翌朝、たたき起こされることになる。