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一話完結の短篇集

山道を再び登る

作者: 雨霧樹

 霧の中、足元すら覚束無い山路を、黙々と一人で登っていた。隣に誰も居ない登山に、自然と目線は土ばかりを見つめていた。

 それが原因だろうが、そのつむじに何かを頭をぶつける。ゴンという音を盛大に響かせた原因へ、苛立ちを持って頭を上げた。

 ――左.山頂 右.麓

 そこにはこの先、道が二又に別れる事を示す木の看板が、不親切とも言えるほど短い文言を伴い、独り佇んでいた。だが、それ以上に自分は、この景色に猛烈な既視感(デジャビュ)を覚えたのだ。


 真っ先に思いついたのが、この山道で統一された看板が使われているからという可能性だ。連峰ではない単一の山だった場合、植生や地質がある程度類似ているのは当然だ。だから、それを含めて似たような部分が脳のどこかの部分を刺激して、似ていると錯覚を起こしているのではないかという説だ。我ながら中々説得力のある意見を捻り出せ、喜びを覚えていた。だが、目指すのはこの山の山頂だから、まだまだ道半ばだ。看板に再び目を向けると「現在五合目」という文字が躍っている。中腹までこれたことで、既にここは折り返し地点になっている。今一度気持ちを切り替え再び歩き始めた。


――だが、その出鼻を挫く様に、突風が吹いた。

 思わず被っていた帽子を手で咄嗟に抑えるほど勢いの強い風は、背後でバタンと何かが倒れる音を生み出した。風が収まり、振り返ってみれば、そこには先ほどまで立っていた看板が地に伏せっていた。恐らくいつもの自分ならば、何も見なかったことにしてそのまま進んでいくだろう。だが、今の自分はそんな自分を壊そうと決心して、登山に臨んでいる。

――そして、ある程度の補修くらいした方が山の神の御利益でも得られるかもしれない。脳内で素早くそろばんを弾いた。そして、おもむろにしゃがみ、看板を再び立てようと力を込めて持ち上げる。しかし、その看板は、地面に刺さっているであろう柱部分を含めて木で作られているにも関わらず、想定以上に軽かった。もしかして、白アリのように既に内側は蝕まれていて、空っぽになっているのではないか。もしそうならば、ここで立て直したとしてもあっと言う間に折れてしまう。素人だが触診してみようと思い、まずは叩いてみることを決めた。


 コン、コン。

 

 出来る限り丁寧に柱を二度叩き、返ってきた感触は、自分が想像していたよりも堅かった。いや、寧ろ()()()()。脳内によぎった直感が、そう告げていた。これは木ではないと。おもむろに持ち上げていた看板から手を放し、再び地面へとダイブへ導く。

 重力に従って土に落下した看板は、()()()()()()。あの時触れた時、感じたのは硝子の感触だった。


 そして、同時にこの山への不信感が募っていく。そもそも、硝子製の看板を木製の様にカモフラージュをし、外で使うなど論外でしかない。安全性を全く考慮してないソレに怒り心頭になる。この山の管理組合に文句の電話でも――


 

 その時、既視感(デジャビュ)の次は違和感に包まれた。この山の名前は、一体何だったのだろうか。それどころか、自分はなんで山に登っている理由を思い出すことが出来なかった。その心中に現れたド忘れは、己でも分からない内に危機感へと繋がる。気づけば自分は背負ったリュックのチャックを開け、慌てて中身を確かめる。


 そこには、たった一つの物を除いて何も入っていなかった。端末も、地図も、予備の服も。食料どころか水分の一滴さえ、入っていない。唯一あったのは「10kg」と書かれた重しだけだった。まるで、空になった荷物の違和感に気が付かないように、誰かが偽装を施したようだった。


 こうなれば、自分の危機感という本能を信じる他にない。今自分は、どこに立っているかすら定かではない不確かな状態に置かれているのだと。そうすれば、自分が一寸先も見えない濃霧の中、歩いていたという事実にも、分かれ道の説明が明らかに不親切だった理由も、木製に偽造されたガラスの看板が丁度倒れてきたのも、全てに説明が付く。


 

 来た道を戻ろう。仮にこれが人体実験のような非合法な物だとしても、自分が全てを忘れた夢遊病の患者だろうと、スタート地点に逆戻りすることができるのだから、それが最善に違いない。そうと決まれば、自分の行動は早かった。邪魔にしかなっていない重しを壊れた看板の傍に置き、前を向いた。依然として霧は晴れない。それどころか刻一刻と濃くなっていくようだった。自分は先ほどまで歩いていた道を、己の足跡を目印に歩き出した。


 


 霧の中、足元すら覚束無い山路を、黙々と一人で下っていた。隣に誰もいない下山の影響か、自然と目線は土ばかりを見つめていた。

 それが原因だろうが、そのつむじに何かを頭をぶつける。ゴンという音を盛大に響かせた原因へ、苛立ちを持って頭を上げた。


 ――この先、頂上

 頭をぶつけた看板には、そう書かれていた。


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