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築浅のしっかりマンション

 泣きそうだ。


 お正月明けの金曜日、久しぶりに上司に怒られた。会社に勤めて十年になるのに、しっかり怒られた。たしかに非はこちらにあったが、もう少し指示の出し方とか、言い方があったのではないかと、重苦しい気持ちが胸の中をぐるぐるしていた。


 だから、耐えられずにメッセージを送ってしまった。


『今からちょっと会えないかな』


 返事はOK、家にいるから来ていいという。


(お休みだったのかな、悪かったな)


 そう思いつつ、誰かに聞いてもらわなければあふれそうだった。


 そうして、ゆいはインターホンのボタンに指を伸ばした。まだ数えられるほどだけれど、この瞬間は緊張する。マンションの外廊下、マフラーの下で首を縮めながら、ボタンを押した。


 アッシュというのだろうか、灰色がかったベリーショートヘアに、黒のタートルネック、ラベンダーグレーのパンツ。まだ付き合ってから一か月しかたっていない、恋人の林太郎りんたろうがドアの隙間から姿をのぞかせた。片手で拝まれて、申し訳なさそうな顔をされる。


「ごめんなさい、ちょっと上がって待っててちょうだい」


 林太郎は世間一般でいう、いわゆる『オネエ』さんである。けれど今の問題はそこではなく。


 スマホを耳に当てて、誰かと電話中だった。




 いいのかな、と思いつつも、結は通話中の林太郎のあとについて部屋に上がった。エアコンの効いた室内は、ひとり暮らしには広めの1Kだ。カーテンは薄いラベンダー。家具はベッドと小さいチェスト、テレビ台、ローテーブルで、白の木製で統一されている。テレビ台の上には小さなテレビ。床はチャコールグレーの木目。すっきりしていてシンプルで、綺麗だ。


(何より築浅のしっかりマンションだし。うちのボロアパートとは大違い。引っ越したい)


 引っ越しを検討していた結が心に追いうちをかけられていると、林太郎はキッチンのほうへ出ていった。リビングとキッチンはドアで仕切られているタイプだ。「そんなに心配しないで大丈夫だってば」とか、「もう治ったから大丈夫よ」などと聞こえてくる。声がくだけているから、誰だろう、と気になってしまう。


 本当は泣きそうだったから、ドアがあいた瞬間、泣いてしまうかと思った。


りんちゃんが電話してたから泣かずにすんだけど、でもほんとは胸におでこ当てるくらいはしたかった……抱きつくのは大胆すぎるからしないとしても!)


 頭を撫でてほしかったなあ、と思ってしまう。


「ごめんなさい待たせたわね!」


 林太郎が勢いよく部屋に入ってきて、結は飛び上がった。電話は終わったようだ。


「あら何でコート脱いでないの、マフラーも」


 林太郎が、物思いにふけって突っ立っていた結のマフラーを外していく。その手の動きから、甘い香りがふんわりとした。林太郎はいつも甘くていい匂いがする。バニラではない、甘くていい匂いの何か。


 コートも脱がされて、壁のピクチャーレールにマフラーとともに引っかけられた。

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