らせん魔法研究所へようこそ!
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』の参加作品です。
「あのぉ、博士……。そのメガネ、やめてもらえませんか?」
目がまわるのをこらえながら、なんとかホバリングしつつ、ぼくは同じセリフをまたいった。この魔法研究所に来てからもう何度目だろうか。
「博士じゃないでしょ。呼びかたはちゃんと教えたでしょ?」
「はいはい、魔女様。わかりましたから、メガネ外してくださいよ」
「それも違うでしょ。わたしを呼ぶときは、クルルちゃんと呼びなさいといったでしょ」
「ぼくたち使い魔が、そんな呼びかたできるわけないじゃないですか、博士」
目の前にいる人間の女性……というよりも女の子といったほうがいいだろう。ダボダボのサクラ色のローブには、青空の絵の具でいくつもぐるぐるが描かれている。栗色の長い髪の毛も、ぐるぐるとカールしていて、本当に目がまわる。というよりも博士の魔法研究所は、ぐるぐるでいっぱいだ。
「博士、どうしてこのラボには、こうもたくさんぐるぐるが描かれているんですか?」
「博士じゃなくて、クルルちゃんと呼ぶようにいったでしょ。それに、わたしがらせん魔法を研究しているから、しかたないでしょ」
「でも、ぼくここに使い魔見習いとして来てから、ずっと目がまわってうまく飛べなくなりそうなんですけど。ぼくたちは特にぐるぐるに弱いって、博士も知ってますよね?」
「だから、クルルちゃんと……はぁ、もういいでしょ。確かにトンボのあなたにとっては、目に毒なのはわかるけど、がんばって慣れるしかないでしょ」
やっぱりこれだ。何度いっても、博士は全然ぼくのお願いを聞いてくれない。魔力を持ったトンボとして、魔女の使い魔になる勉強を始めたぼくは、ようやく使い魔試験の最終テストを受けられることになったんだ。でも、それが使い魔見習いとして、よりによってこんなぐるぐるのお子ちゃま魔女のもとで働くことになるなんて。
「今絶対失礼なこと思ったでしょ。いっておくけど、わたしはこう見えて百歳以上生きてるんだから、立派な魔女でしょ。お子ちゃま魔女なんかじゃないでしょ」
うわ、ぼくの心を読んだのか。うーん、確かに魔法は使えるみたいだ。少し高度をあげて、博士を上から見下ろす。
「また失礼なこと思ったでしょ!」
「だって、博士がメガネを取ってくれないからじゃないですか」
「これはダメでしょ。だってこのメガネは、わたしの大事な……、あれ、でもどうしてメガネがいやなんでしょ?」
「それも初日にいいましたし、今まで何度もいいましたよ。ラボのいたるところにぐるぐるが描いてあるのは、最悪なんとか耐えられますけど、そのメガネだけはダメなんです。多分ですけど、そのメガネ、なにか魔法がかけられているでしょう?」
ぐるぐるうずまき模様が描かれたメガネの奥で、博士のぱっちりした目がきらきらと輝いた。なんだかいやな予感がする。博士の手が届かない、もうちょっと高いところまで浮上しよう。
「へぇ、なかなか優秀な使い魔見習いでしょ。わたしのメガネに魔法がかけられているのを見破ったのは、あなたが初めてでしょ。生意気なトンボだと思ってたけど、けっこう見こみあるでしょ」
「お褒めの言葉ありがとうございます。さ、それじゃあそのメガネ外して、ラボの机の引き出しにでもしまってください」
「うふふ、残念ながら引き出しにはしまわないでしょ。でも、あなたのお願いは聞いてあげるでしょ」
やっぱりいやな予感は当たったみたいだ。博士がにたりと意地の悪い笑顔を見せる。これじゃあどう見ても、えらい博士でも魔女でもなくて、ただのいたずらっ子のお子ちゃまにしか思えないな。
「また失礼なこと思って、もう怒ったでしょ! さ、それじゃあ行くでしょ……! 『ケツリトヨネガメ』!」
「そんな適当な呪文唱えても、どうにも……って、えぇっ! な、なんだこれ!」
「よかった、どうやらうまくいったみたいでしょ。それじゃあわたしはちょっとお昼寝するでしょ。起きたら解放してあげるから、それまで心ゆくまで、ぐるぐるの世界を堪能するでしょ」
それだけいって、博士はラボの奥にあるベッドにぽふんっと飛びこんでしまった。
「ひどいよ、博士! これ取ってよ! ちょっと、博士、魔女様、クルルちゃん!」
なんとかして博士の目を覚まさせようとするが、すでに夢の中に入ってしまった博士は、なにをいっても反応しない。そうだった、博士は寝つきが相当いいんだった。あのぐるぐるのメガネを外したら、すぐに眠っちゃうんだった。……じゃあ、ぼくもこのメガネを外したら、眠っちゃうのかな。
「……って、そうだ、外せないから困ってるんだ」
もう一度ブンブンッと頭をふったけど、やっぱり外れない。博士のあの魔法のぐるぐるメガネは、怪しげな呪文の効果でぼくの頭にとりついたんだ。ぼくたちトンボは、複眼でものを見ているけど、その複眼全部をおおうようにレンズがぐるっととりかこんでる。もちろん全部ぐるぐるだ。はぁ、こんなの見たら頭痛くなっちゃうよ。
「とにかく博士が起きるまで、どこかで羽を休めないとぉっ!」
ぐるんぐるんと景色がまわって、羽の先端に熱い痛みが走る。どこかの壁に当たったんだ。急いで壁から距離を取ろうとして、また景色がぐわんぐわん。うぅ、目が、目がまわるぅ……。
「だ、ダメだ、下手に動くと、目がまわって墜落しちゃう。このままホバリングして待たないと」
ホバリングは得意だし、なんなら一日中ずっと同じところに浮いていることもできる。魔法で風を集めれば、そんなのは朝飯前だ。でも、このぐるんぐるんのぐわんぐわん。うまく魔法が使えるだろうか。
「とにかく、なんとか風の呪文を……あれ?」
壁になにか書かれている。文字……呪文だ! あれ、でもあんなの、書いてなかったはずだ。だって壁には、ぐるぐるしか描かれていなかったもん。
「なんだ、あれ、えーっと……『エドツニワト・ヨイレイセノゼカ』」
唱えたとたんに、景色がぐるぐるぐるぐる、目がもう限界だ! 人間たちと違って、ぼくらトンボにはまぶたなんて都合のいいものはない。どこを見てもぐるぐるぐるぐる、ぼくはもう限界だった。
「あぁ、落ちるぅ……! あれ、浮いてる……」
どうしてだろう、からだが浮いている。もちろん羽は動かしていない。動かす気力なんてもうないもん。でも、落ちていない。風だ、風が、真下から吹いている……。
「うぅーん……。あぁ、どうやら気づいたみたいでしょ。わたしには今は見えないけど、あなたには見えてるんでしょ?」
いつの間に起きたのか、博士があくびまじりに声をかけてきた。風に身をまかせたまま、ぼくは博士の寝起きの顔を見おろした。
「博士、これってどういうことですか?」
「クルルちゃん、でしょ」
「もう、わかりましたよ。クルルちゃん、これってなんの魔法なんですか?」
「風の魔法でしょ。というよりも、らせん魔法をかけた風の魔法でしょ。らせんに乗せているから、その風は永遠に吹き続けるでしょ。もちろん解除の魔法をかければ消えるけど、それまでずっと吹き続けるでしょ」
博士は「ふわぁ……」と眠そうにひとあくびして、それからまたしても呪文を唱えた。
「『レドモヨネガメ』でしょ」
そのとたん、ぼくの視界がスッと晴れた。竜巻に巻きこまれて、なんとかそこから抜け出したときのように、目の前が明るく見える。なんだかヤゴから羽化したときのことを思い出すなぁ。……って、メガネがなくなってる!
「わたしが呪文を解除したんでしょ。風の魔法も解除するから、ちゃんと羽を動かさないと落ちちゃうでしょ」
博士は『レチ・ヨイレイセノゼカ』と唱えて、ぼくのからだを支えていた心地よい風が消えた。あわてて羽を動かしてホバリングする。
「で、どうだったでしょ?」
「どうだったって、なにがですか?」
「見えたんでしょ? ぐるぐるメガネでぐるぐるが、本来の呪文に見えたんでしょ?」
「あ……」
さっき見た、壁に書かれた呪文を思い出す。それじゃああれは、もしかして……。
「これがこのラボ、らせん魔法研究所の仕組みでしょ。ぐるぐるメガネをかけて、ぐるぐるぐるぐる頭を目いっぱい回せば、真の魔法が見えてくるんでしょ。らせんは永遠にまわり続けて、魔法もとぎれない、それこそがらせん魔法の真の力でしょ」
博士は二ッと元気いっぱいの笑顔を見せた。やっぱりお子ちゃまだ。
「一言余計でしょ!」
それからというもの、ぼくは博士にお願いして、ぐるぐるメガネをつけて勉強をするようになった。壁の呪文を全部解読すれば、きっと立派な使い魔になれるだろう。でも……。
「とはいっても、このメガネ……あぁ、やっぱり、目が、まわるぅ……」
立派な使い魔への道は、どうやらまだまだ遠そうだ。
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ご意見、ご感想お待ちしております。
また、この場を借りて素晴らしい企画を運営してくださった、黒森 冬炎様に感謝の意を表明いたします。本当にありがとうございます(^^♪