8:商談
さて、商談ってどうするの?
こんこんこん。
軽快なノックにクライスラーさんが誰何すると、アマンダですと女性の声。
「入ってくれ」
「失礼します」
入って来たのは、スレンダーで綺麗な方だ。
チャコールグレーの、Xラインのくるぶしまである長いワンピース。やや短い丈の、ネイビーのジャケット。良く手入れされた、黒いブーツを履いた足元。
受付にいた職員さん達と同じデザインだが、配色が違う。
きっちり結い上げられた、光沢のあるライトグレーの髪。ナチュラルメイクの施された顔。若葉を連想させる、瑞々しい緑の瞳が印象的だ。
能面とまではいかないが、なかなか表情の乏しい印象なのがもったいない。
女性がお茶を配り終えてクライスラーさんの横に付くと、紹介があった。
「紹介しよう。彼女はアマンダ女史。君の専属担当になる、このギルドのナンバー三であり、将来有望な女性だよ」
ひーっ、またお偉いさーんっ?!
「アマンダと申します。以後、お見知りおき下さいませ」
「初めまして、芦屋優です。
こちらこそ、宜しくお願いします」
卒のないアマンダさんの挨拶に、ガチガチに緊張した挨拶を返す。お偉いさんは二人でお腹一杯だ。
「専属といっても、君が商業者ギルドメインの活躍をする転移者なら、だがね。
しばらくは登録したギルドごとに、専属担当者が付くよ。一年様子を見て、本当の専属が決まる」
「転移者の方々の齎して下さる知識や能力は凄まじいので、専属担当が付く事で意思の疎通を図る目的も大きいのですわ。
特に商業者ギルド、医師・薬師ギルドは手続きも繁雑ですので」
「販売の意向やら利益率やらの希望も入れて、製作の様子を全部動画に収めてそれを渡すだろ? そしたら、書類作成なんかの事務仕事は、一手に引き受けてくれるんだよ。
それでも分かんない時は、顔を会わす必要があるがな。
マーチャはギルドの専属担当じゃなくて、会社としての事務員な」
「転移者の、時間的負担を減らすのが主目的だよ。
間違っても、縛り付ける目的は微塵もない事は理解してもらえば充分だね」
分からん。やって覚えるしかないかも……。
「練習に、お持ち頂いたお品でやってみましょう」
簡単だった。今回ないのは、製作風景。使い方や条件なんかを記録。
前に来た時に作った、ドッグタグみたいな身分証を左手に握りながら「記録開始」と言えば録画が始まり、「録画終了」と唱えれば録画は終わる。
これを、ギルドのボーリング玉くらい大きな水晶みたいな物に右手で触りながら左手にドッグタグを握りつつ「記録更新」と唱えれば、全ギルドのボーリング玉くらい大きな水晶のデータが一括更新されるそうだ。
注意点は、動画撮っている時は身に付けている事。ポケットに入れていてもオッケー。体から十センチくらいまで離れても大丈夫だそうだけど、なるべく肌身離さず持ってさえいれば、自分の目線視点で記録される優れものだそうだ。
似た物があると、更新した時にカウンター側の水晶が赤く光るので確認して、似たものと別物と判断出来れば強制更新。
これは時間がかかる事もあるそうだ。それはしかたないね。
で、その動画を元に、改善や他の優良な材質にしたり、ギルドが作った試作を相互確認して、書類に必要事項の書き起こしや諸々の手続きをするのが専属担当さんっと。
ここでも、値段設定や利益率の相互確認。
収益は月毎に用意され、現金で手元におくことも預金みたいにそのまま預けておく事も可能。
必要な時に必要なだけ引き出しもできる。
他は相談すれば、必要なサポートももらえるんだって。
例えば試作も作れないものは試作を作れそうな人を紹介してくれる、みたいな。
皆がみんな、思った物を作れるとは限らないからね。至れり尽くせり。
登録完了までにかかった人件費などの経費は、収益の支払いの際に引かれる。一回で無理な場合は分割になる。
ふう、要るもの取ってくれるのはほっとする。
今日登録できたのは、カート三種類。横から見ると、L字型の物。買い物に使ってる人を何度か見た物だ。
平たい台のタイプ。バイト先で使っていた形。これから思い出した、宅配業者さんがよく使ってる、大きなL字型の以上三種類。
カートL字型(小)、カートL字型(大)、カートとそれぞれ命名。
条件は、製作・販売は教会付属の孤児院に独占依頼。
製作が賄えない場合は、外部発注で製作、販売可。
また、孤児院で手に余る範囲は外部発注で制作可。
孤児院が受けない場合、製作、販売希望者に委任する。
価格は、庶民でも気楽に買える値段設定で。
製作のみの場合、依頼した種類と数によって報酬が決まる。
製作から販売までした物は、その種類と数によって報酬を支払う。
新製品ギルド管理期間終了後は、孤児院に全権を委譲。
孤児院には私からと内緒にしたかったけど、「新しい転移者が来た事は町中に広がってるからね」「恐らく、すぐに優さまからと推察されるかと思いますわ」と。
内緒にできないなら、挨拶に伺った方が良いよね、と思っていると、ギルドから仕事の依頼と、受けるか否かの打診に行く時に、一緒に行きましょうとお誘いして下さいました。行きます。
商談が終わり、製品チェック室に皆で向かう。
何だか人が多くない? 絶対多いよね? ?
「ギルマス、皆さん、お待ちしてました」
「やあ、お疲れ様。彼女が発案者の、芦屋優嬢。
転移者であり、自転車の所有者でもある」
「初めまして。芦屋優です。
宜しくお願いします」
「初めまして、品質管理人のダバルと申します。
お見知りおきを」
この部屋を仕切っている人なのだろう。ダバルさんが代表で挨拶して下さった。
試作二種類と自転車は、ギルマス室に向かう前に職員さんに預けただけでここには来なかったから、初めてお会いする人だ。
「話を聞こうか」
「はい。構想、構造は素晴らしいですな。このニつはシンプルだが、使い勝手は抜群でしょう。作る事は可能です。
自転車は複雑かつ、未知の素材や部品、この座る部品や細い硬い部品等がそこら中、どんなものをどうしてあるのか全く分かりません。
分解は組み立てができないと思うので、遠慮して欲しいと仰ったのが理解できるお品ですな。
只、こちらは分解してじっくり調べてみませんと、作れそうか否か判別致しかねます」
「自転車はやはり無理か。残念だが諦めるしかなさそうだね」
「今は諦める他ありませんな」
「私は諦めませんっ」
お? お偉いさん二人が諦めムードの中、若い男性の力強い声が。
「こんな乗り物があると知ったんです。この乗り物に類する物を研究・開発してみたいです!」
そうなれば良いなぁ。そしたら自転車に乗っても、目茶苦茶注目される事もなくなりそう。手軽な移動手段ができれば、生活も変わるよね。
「良いねぇ。俺も協力するぜ。
馬も便利だが、自転車も便利だからな。
端からあのクオリティじゃなくても、もっと素朴な物から作って、先々あのクオリティになりゃ良いんじゃねぇの?
これをこのまま再現しようってのは、ハードルが高いぜ」
うん、地球でも最初はもっと素朴なものだったはず。これは最初のから比べたら、進化系の代物。
「分解して研究にご協力はできませんけど、お見せして分かる範囲はお見せしたり、ご協力できる事はご協力しますよ」
こうして自転車の研究・開発チームが発足したのはしばらく後の事になる。
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