63:森の名前
シュバツェル16年5月31日(火)
「優さま、これどうすんのさ?」
「もちろん、育てて実を収穫するんだよ」
以前、日帰りキャンプした森の中。美味しい木の実を付ける若木を、何種類か取りに来たのだ。単純に、果樹を育ててみたかったのもある。
ぐみ、ブルーベリー、柿、りんご、梨を見付けたので、この五種類を持ち帰る。
植え替えるには時期が合っていない種類もあるだろうが、日本と同じで良いかすら分からないので決行する事にした。
若木を持ち帰る許可は、国王陛下からすんなりいただけた。実を採るのと、ヒト族の人が一度に背負える薪はお目溢しされている。
流石に、木を持ち帰るのは禁止なのだ。帆船の、メインマストに使えるような大木が伐採されては困るから。木もだが、もちろん、木に生る実も、領主の財産だったりする。
「どれも、庭で収穫できるんですか?」
「剪定とか管理が必要ですが、どれも育て方が合っていればできますよ」
「庭で収穫できたら、楽しいでしょうね」
実を付ける木の楽しみだよね。
「ふふ、そうだね。
食べきれないって、困るくらい実を付けてくれたら良いな」
冒険者ギルドで依頼を出し、人手も確保している。
お願いして、手早く土をつけたまま木を掘り出し、馬車へ積む。
穴は、回りから土や枯れ葉を集めて、埋め戻しておくのも忘れない。
家に帰るとすぐ、木鉢に植え付けだ。
「穴を開けた、小さなワイン樽に植えるんですか?」
「大きな鉢がなかったんだよ」
小さなテラコッタ鉢はあるが、一メートルほどの木を植えられるような鉢は無かったのだ。
麻袋も水はけも通気も良くて良いのだが、この木のサイズでは持ち運びがしにくくて辞めた。
「木の鉢も植物が良く育つって言われてるし、悪くないと思うよ」
地球では、植物に合わせてテラコッタやプラなんかの鉢を使い分けていたが、ここではテラコッタか木の二択だ。
それぞれ植え付けが終わり、念の為に縄掛けをして、木を安定させたら出来上がりだ。
冒険者さん達は変わった事をするのが気になったらしく、最後まで見てから帰って行った。
「全部無事に、大きくなると良いな。
カールくん、風の強い日は、お父さんの作業場の隅に入れてね」
「任せてよ!」
カールくんは、どうやら植物も好きなようだ。子どもには重労働のはずだが、楽しそうに手伝ってくれたよ。
以後のコマの付いた鉢の管理をお願いをすると、元気な返事をしてくれた。
「この縄は、何ですか?」
「ローニーさん、揺らさないで。
植え替えたばかりでぐらぐらするんで、木を安定させるために縄をかけたんですよ」
「あ、すみません。
花の鉢なら玄関先や窓に置いている家も多いですが、木を置くのは珍しいですね」
「花とはまた違った雰囲気になりましたよね」
「そうですね。
まだまだ手を加えますけど、木を置いただけでも雰囲気が変わりましたね」
無機質だった玄関回りに、命を感じる。うん、良い。
「花より観葉植物か木が好きなんですけど、木だと一鉢で存在感がありますね」
「この平たくて浅い瓶も、何かするんですよね?」
「はい、明日から材料を集めて、夏までには完成させます」
「優さまがするのは、ツヨシさまとは違う不思議な事ばっかりだ!」
そりゃ、趣味もできる事も違うから当然だ。
「サーラは毎日お水上げて、大きくするね」
「サーラちゃん、木は毎日お水はいらないんだよ。
お水をあげるのは、土が底まで乾いてからで良いんだ。乾いた時はお願いね」
「木は毎日、お水飲まなくて大丈夫なんだ……」
サーラちゃんには、それは衝撃だったらしい。
「森の木とか、雨が降らないとお水飲めないでしょ?
雨が降らなくても土の中にお水があるから、毎日お水をあげなくっても大丈夫なんだって知ってあげて」
植物が可愛いなら、水やりはスパルタで良い加減なくらいだ。
「本当だ。森の木は、雨が降らないとお水ないね」
来年は、トマトとかも育ててみたいものである。たくさんトマトソースを作って、オムライスやロールキャベツを作るんだ。
思い出せれば、ハッシュドビーフも作りたいね。
果樹もうまく育てられたら果樹園を作って、シーズンには梨狩りとかしても良いと思う。
「優さま、果樹園とか梨狩りって何?」
カールくんと目が合う。
「……声に出してた?」
「うん、ばっちり!」
こっちに来てから心の声の心算が、言葉にしてしまってる事が多いな。説明しなければならないか。
「あー、うん。
元いた国では梨なら梨、ぶどうならぶどうを専門に育てる農家があって、お金をもらってお客さんに育ててる物を収穫して楽しんでもらう仕事があったんだよ」
「へえ、面白いですね」
「森へ入らなくて良いのも、素晴らしいですね。
上げておきますね」
って、これも上げるんかーい?!
まだ、果樹農家はないのか?
「普通の果樹農家は、少しありますね」
「ツヨシさまより前の転移者から、果樹園を作るように言い伝わってたそうですが……。
森からの収穫で足りていたので、後手になった経緯があります」
なる程。わざわざ手間暇かけて育てる果樹園を作らなくても、森からの収穫で事足りるなら後手にもなろうというものだ。
「そうなんだ。自然が豊かで、森からの恵みで足りてたんだね」
「はい、長らくこの旧王都は、森の恵みの果物と、狩りの獲物の収量に助けられて来ました」
「森に感謝ですね」
この旧王都の西門から出た森は、国内でも屈指の豊かな森なのだそうだ。
果実や獲物の他にも、薬草なども多種に渡って採取できる。
そんな事もあり、この旧王都は大きくなる時も、西の森を切り開かないようにしながら大きくなってきたそうだ。
「大事にされてる森なんだね。
そんな森の中に、キャンプできるような場所があるの?」
「木を間引いて町に迫り過ぎないようにもしてますから、割と野営に向いた場所もあるんです」
「ある程度、手入れもしてるんだ」
生活と森がまだまだ密接なこの世界で、森を大切にするのは当たり前だったな。
木を間引くのも、森を育てるのに必要だったりする。
「あの森は“大地の女神の髪”と呼び、大切にしています」
“女神”と付けるあたり、どれだけ大切にしているか分かろうというもの。
あの森は、それほどこの旧王都の人達にとって大切なんだな。
そんな森でクーとルーに出合い、今度は家族でキャンプができるなんて、さらに楽しみになったのだった。
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