6:ボトムス作ろう
午後は事務仕事と針仕事をするというマーチャさんに合わせ、散策などには出ない。針仕事の仕事部屋の隅をお借りして、着替え用のボトムスを作る事にした。
服屋で文具と交換した生地の一つ、黒い生地を台に乗せる。
張りはほどほど、それなりに光沢があり、丈夫そうな程よい厚みの生地だ。残念ながら、伸縮性はない。
必要な道具は遠慮なく使ってねというマーチャさんにお借りたしチャコールペンと物差し、裁ち鋏。
それと針山と黒糸を用意する。
こちらの物差しは地球のメートル法と同じ規格か、ペンケースに入れていた定規を合わせて確認ずみだ。
メートル法だったよ。
これも、前にいた転移者クオリティだろうな。
ファスナーがないのでしばし思案。切れ目を入れずに、着脱の時に必要なゆとりの部分は内側へ谷折りにして、ファスナーを開けた時のVの部分にボタンと紐でループを付ければいっかな? そうしよう。
ファスナーの部分以外は、いわゆるワイドパンツの形にする。
ただし、スカートの代わりにするので、かなりワイドなデザインにする心算だ。
リュックからメモ用紙とペンケースを出し、ウェストやらのいくつかの部位の計算をしてメモっていく。
それを元に、生地にチャコールペンと物差しを使って、直に下書きの線を入れていく。
ちゃちゃっと下書きを終わらせ、裁断。
物差しとチャコールペンを台の奥へ寄せると、代わりに針山と黒糸を手前に用意し、ポイントを合わせてまち針を打ち、黙々と縫い始めた。
手縫いだから、出来るまでに時間がかかるのは目に見えている。なので、せっせと手を動かす。
今穿いているのは、黒のスキニージーンズ。スキニーとはいえ、ジーンズはジーンズ。
人によっては、ジーンズは洗わないものだ。
そんな訳で、ジーンズは毎日洗わなくてもいいだろうが、私は暑がりで汗もかく方。
それなりには洗いたいので、着替えが欲しくなるまでには仕上げたい。
「ユーウー、お茶にしない?
台所にお茶の用意したのよ。手は離せる?」
集中していたので、マーチャさんのお茶のお誘いにびくりとしてしまった。
「ありがとうございます。頂きます」
私の横まで来ていたマーチャさんに返事をする。
マーチャさんは、私の手元と台に乗っているパーツをまじまじと見ている。
「見た事のない形ね。それにとっても早いわ。もういくらか縫っているのね」
「ありがとうございます。いくらか縫い物の経験があるんですよ。最低限、きれいな形になればいいやって、はしょれる作業ははしょってますしね」
経験は、コスプレ好きの友人の手伝いがメインだ。家庭科でも、課題でスカートは縫ったな。
「それでも縫い目も綺麗だし、ここまで来るのも早いわ。たいしたものだわ。
ねえ、私の工房で働かない?」
「あはは、働くかは別にして、何を仕事にするか決めるまで、出来る時はお手伝いしますよ」
「残念だわ。
あ、こんな事していたらお茶が冷めちゃうわね。引き留めてごめんなさい、行きましょう」
台所のテーブルには、紅茶とも日本茶とも違う、初めて嗅ぐけど、良い香りのお茶と茶菓子が用意されていた。
私の定位置と決めたのだろう席と、その正面の席がマーチャさんの定位置だ。それぞれ席について話し始める。
「いい香りのお茶ですね。優しい甘さが、疲れた体に染みる」
「好みに合ったみたいで良かったわ。私の好きなお茶で、紅茶っていうのよ」
「紅茶、ですか?」
「ええ、そうよ。ちょっと甘さを感じれて好きなの」
そっか、まるっきり同じ物もあれば、違う物もあるんだな。
こちらの紅茶は、色は日本の一般的な紅茶に、レモンを入れたような薄い紅い色で、味はストレートティーより甘味が強い。
「日本の物と違った?」
しばらく黙ってしまった私に、マーチャさんがおずおずと訊ねる。
「違っても、美味しいです。好きな味です」
日本どころか、地球ですらない世界なのだ。地球と同じ物じゃないと思うのが、どうかしているだろう。
そう思い至り、笑ってそう返す。
そんな様子にほっとしたらしいマーチャさんは、「これはクッキーよ」と用意していた大皿に盛られた茶菓子を勧めてくる。
あちらで指す物と合ってないかもしれないとは付けない。
還れるかどうか分からないなら、こちらの世界に慣れるのがベストだろう。
やっぱり日本のものとはちょっと違うけど、美味しいクッキーを摘まみながら紅茶を頂く。
「ね、さっき見たデザインはボトムス? かなりゆったりしていたけど、優が今穿いてるものともかなり違うのね」
「こちらの女性はみんなスカートって事なので、ボトムスでもちょっとスカートみたいな幅のあるデザインの方が違和感がないかと思ったんです」
「じゃあ、普通は今穿いているような、ぴったりしたデザインが主流なの?」
「好みや、どんなラインの組み合わせにするかで変わります。今の私のはIライン。脱いだロングコート羽織ると、Yラインに変わります」
「その"あいらいん"とか"わいらいん"を、もっと詳しく聞かせてくれる?」
さすがお針子さん。目がきらっきらしましたね。
知っている限り詳しく説明したら、そんな上下やコートを組み合わせる時の考えもあるのね! って喜んでもらえた。
勿論、まだ残っているAラインの話しもしたよ。この三つが組み合わせの基本だからね。
三十分ほど話し込み、テーブルを片付ける。この後は、針仕事をするというマーチャさんも一緒に、二人で裁縫の仕事部屋へ向かい、緩く雑談も挟みつつ針仕事をする。
明るいうちに急ぐのは、暗くなると、弱い光の照明器具しかないので、針仕事には向かないからだ。
確かに、昨日の晩ご飯の時、間接照明がないと暗くないのかな? と思ったな。
リュックに入ってる、1000強のルーメンのLEDライト点けたら、きっとびっくりするだろうな。ecoモードでも驚くかも。
五時を告げる鐘が鳴るまでせっせと縫い物に勤しみ、片付けをすませたら、夕飯の準備の時間になった。
マーチャさんと二人で台所に立つと、マーチャさん主導の下、夕飯の支度を開始。
今夜は鍋にするそうだ。寒いから、鍋料理は嬉しい。
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