49:鞭と雷
シュバツェル16年5月7日(土)
寝る前にみんなの服をユニットバスで洗って、水分分離乾燥法で乾かしてお返しする。
警戒があるので、パジャマで寝るわけにはいかないって事なのだ。
体を洗って清潔にしたのだから、なら服も清潔にしようと思ったのだ。アカザさんの服は乾かさなきゃいけなかったしね。
◇
「一瞬で服を乾かすスキルがあるって聞いたのは、これの事か!」と、みなさんすでに噂には聞いているようだった。
「うちにも錬金術に適正のあるヤツがいれば、助かったろうな」
まあ、適正がないと、どうしようもないもんね。
「普段はどうされてるんですか?」
「夏なら、絞ってそのまま着る事もざらさね。
夏は雨の日が多いし、汗もかくから二着は着替えがあるが、移動しながら乾かせないだろ?
ま、時間がある時なら、ちゃんと乾かすけどねぇ。
冬は命に関わるから必ず着替えるが、あまり濡れるような行動はしないようにしているのさ」
結界って、雨は防げないのかな?
「もちろん防げるさ。
だが、いつ、どんな敵に会うかわからないから、そんな事にはなかなか使えないんだよ」
それもそうか。結界には、あの方法は効かないのかな?
今度試してみよう。
着替えはあるそうなので、濡れた服は朝、まとめて乾かすから新しい物に着替えて寝るようにお願いした。
紅き剣のメンバーにはダイニングのソファーベッドで、私とサーラちゃん、サイラさんは奥のベッドルームに別れて眠りに就いた。
◇
どのくらい眠っただろうか。
ダイニング側が騒がしい気がして、目が覚めてしまった。
サーラちゃん、サイラさんは疲れているのか、気付かずに良く眠っている。
二人を起こさないようにそっと起き出し、アカザさんにどうしたのか聞いてみる。
「すまないね、起こしちまったか」
「お気になさらず。
どうしたんですか?」
「ああ、どうも狼か、狼系の魔物の家族群れが近づいて来てるんだ。
寒さが長引いて山に餌が少ないのか、今年は割と草原の方まで来ちまう事が多いんだよ」
状況は分かった。雨が止んでいるのは助かる。
私は無限収納から特注の鞭を取り出して、戦闘態勢を取る。
「アンタは護衛対象だ。中でじっとしててくれれば良いよ」
私は首を振る。戦いたいわけではないが、中でおとなしくしている性分でもない。何より、
「みなさんが弱いとは思いません。
ただ、この依頼の完遂は、"誰一人怪我もする事なく、無事に帰る事"です。
一頭でも頭数を減らすお手伝いができるなら、お手伝いします」
はっきりした意思を宿した目を見て、アカザさんは私の説得は不可能と判断したのだろう。
「分かった。ただし、無茶するんじゃないよ」
そう言って、一緒に連れて出てくれた。
◇
なるべくなら気付かれないよう、息を潜めて辺りの気配を感じる努力をする。
次第に、遠かった吠え声や足音が近づいて来るのが分かる。
それにつれ、馬達が怯えた声音の嘶きを始めた。
「みんな、戦闘は避けられないようだよ!
ライトボールを上げて、視界を確保するんだ!」
硬い声のアカザさんの指示に従い、ライトボールを放つ。
上空五メートル、バスケットボール大で五万ルーメン。
周囲が一気に明るくなり、周りの様子が分かる。
みんなひどく驚いているが、今はそれどころではない。やれる事はやって、生存確率を上げる事が重要だ。
……? 何か、噛み傷や爪で引き裂かれたりしたらしい傷のある個体が多いな? 種類も一種類だけでなく、二種類いる?
来るよっ! と言う魔法使いナハルさんの声で、戦闘は始まった。
馬達とキャンピングカーを囲むように円になっているキャンピングカーのドア側の、馬の側のナハルさんの方から家族群れは襲いかかってきた。
私はいつでも中へ逃げれるように、ドアの前という指示に従い、ドアの前に陣取っている。
鞭を垂らしていた前方から後方へ振りかぶり、狙った一頭へ向け鞭を振るう。
音速を超えた鞭の先端は、狙った一頭へと的確に向かう。
バァンッという派手な音とともに、狙った一頭が黒焦げになり、地面に落ちる。
鞭の先端を地面に着けないうちに、次を鞭打つ。
こちらもバァンッという派手な音とともに、地面に落ちる。生物へ鞭を振るのは初めてだが、上手くいって良かった。
この鞭は、魔道具のスイッチに使われている特殊な回線を一緒に編み込んでもらった物。
掌に雷魔法を発動すると、発動している間は電流が回線を伝い、先まで電流が流れる仕組みになっている。
今日は対象に当たると50万アンペアの電流が流れるイメージにしてある。
鞭を引く時は安全のため、雷魔法を切ってあるので、当たってもただの鞭の打撃だ。
自分一人の時なら、只、気絶させられるだろう威力でも良い。今回のようにチームで対応していて、仕留めない事で誰かの手を煩わせる事になる。なら、一撃で倒した方が、周りの迷惑にならずにすむ。
みんな必死に戦い、狼達の群れが半分程になった時だ。一種類の狼の、雄・雌の最上位の個体夫婦が上げた声が撤退の指示の鳴き声だったらしい。それに併せて、群れは逃走。
続いてもう一種類の狼達は、アルファ夫婦がいないのか、ややまとまりが悪いが逃げて行った。
◇
「戦えるとは聞いてなかったが、なかなかやるわねえ」
魔法使いナハルさんが、ぽんっと肩を叩きながら声をかけてくる。
「お疲れさん。
武器が鞭で心配したが、いらない心配だったね!」
ある程度の範囲がいるから、実用的とは言いがたいからな。
剣で間近で戦うのは無理そうだし、リーチのある物で考えてみたんだ。それで、鞭と雷を組み合わせた武器になった。
これなら火魔法なんかでも、火事の心配とかが減るからね。
しかし、体も心も疲れてしまってて、なかなか声にならない。
「さ、疲れたんだろ?
このままあたしらは警戒を続けるから、もう休みな」
アカザさんはそう言って、ドアに向かって背中を押してくれる。ドアの向こうにに消える前に「すみません。お願いします」と言うのが精一杯だった。
中ではさすがに起きていたサイラさんやサーラちゃんに、無事かと心配された。
無事だとぎこちなく笑い、全身泥まみれで今からお風呂に入るし、もう一度先に寝ててと伝えた。
お風呂からあがると、まだサーラちゃんもサイラさんも起きていた。
「ほら、二人とも寝るよ。
今日も三時間くらいキャンピングカーに揺られるんだから、しっかり寝ないとね」
そう言ってサーラちゃんの頭を撫で、サイラさんにはベッドを手で指し示し、寝るように伝えてみんなでベッドに入った。
◇
ベッドに入ってから寝付けずに、どれくらいゴロゴロしただろうか。いつの間にかやっと、微睡んでいたらしい。
夢の中ではまた、地球の両親とキャンプ仲間が楽しそうにキャンプをしている姿があった。
変わらぬ平和なキャンプにほっとする。みんなでご飯を作りながら、話に夢中になる。
「まあ、熊が出る事はこの辺りでは滅多にないだろうが、猪くらいは出るから。
念のため、みんな気を付けておくんだぞ」
そういえば父は、キャンプの間に一度はそんな事を言っていたな。
「猪でも、私達には素手でどうにかできる生き物ではないんだからね。
猪どころか、野犬にすら勝てるかどうかなんだから! ちゃんと気を付けるのよ」
母も、父の考えには賛成だったね。
「キャンプ場としてきちんと整備されているが、ここは山裾。いつ猪や鹿が出てもおかしくない。
万が一、そんなのに遭遇して自分の命を守らなければならなくなったら、しっかり自分の命を守れ」
私は目を見開いた。父は私を真剣な目で見ている。
そうか、私が「そんなのは本当に万が一だよ」と、あまり真剣に受け止めていないからだ。
「生き物は、人みたいに何かあったらまず対話を試みるなんてできないからな。自分の身を守らなければと思えば、本気で襲いかかってくる。
人も襲われて"好きに食べて良いぞ"、"抵抗しないし、殺されても良いぞ"とは思わないだろう?」
いつになく父は真剣で、かつ踏み込んだ話を続けている。
「なら、戦って生き残れ。
戦って生き残るしかない場面で生き残って、生き物を殺したと悔やむな。
ペットと野生の生き物も違う。
お互いに、生き残りたくて戦って生き残ったんだ。生き残れた事を喜べ」
うん。分かった、ありがとう。
私にとって生き物といえばペットが身近な生き物で、殺すなんて考えもしない対象だ。
そんなペットと野生の生き物がどこか重なっていて、我が身を守る時でさえ殺す対象にはなりきっていなかった。
「分かった。生きてちゃんと帰るよ」
力強くそう告げると、父も母もどこか安心したような笑顔を浮かべ、ほっとしていた。
◇
目覚めると朝も遅い時間になっていて、サイラさんが食事の準備を始めてくれていた。
キャンピングカーさくら号は場所を変えているそうだが、まったく気付かずに眠っていたそうだ。
「ごめん、すっかり眠り込んでたんだね」
「初めて戦闘の後です。ぐっすり眠れて良かったですわ。
顔色も戻りましたね。ほっとしました」
サイラさんに謝ると、こちらの心配をしてくれていたのが良く分かる言葉が返ってきた。
「私は生き残りたかったし、サーラちゃんやサイラさんに害が及ぶのも本意ではありません。
願いが叶ったんだと理解ができたので、もう大丈夫ですよ」
そう言って笑って見せると、サイラさんはさらにほっとしている。
「アタシらもほっとしたよ。
たぶん周りなんちゃ見えてなかったろうが、アンタのおかげでナハルは危ないところを助けられたんだよ。
礼を言うよ。仲間を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ、みんな無事で良かったです」
アカザさん達もみんな無事で、本当に良かった。
その後、倒した生き物は動物の狼と魔物の狼だった事。回収した素材の事等の話になったが、私は分け前を辞退した。
「いや、護衛対象に戦ってもらった挙げ句、分け前も受け取らないって、そんなのはこちらもだね」
「アカザさん、話の腰を折ってすみません。
私にとって今回は、分け前を頂くより、生きるために戦う覚悟ができた。それが、これ以上ない収穫なんです。
それがあるから、他の物は必要がないです。それなのに分け前を頂いたら、罰が当りそう。
それは、みなさんで分けて頂けたらありがたいです」
アカザさんには"罰が当たりそう"っていう表現は分からなかったみたい。雰囲気から、今回は私の思う通りにするのが一番良いのだろうと、何とか折れてくれたが。
そして「今回は依頼達成の報酬をもらわなくても良いくらいの厚待遇なんだが、本当に分け前はいらないのか」と、念押しをされてしまった。
「また護衛依頼をお願いする時に、こちらの依頼を優先的に受けて頂ければありがたいです。
ついでに、実地で戦いのノウハウとかを教われれば、尚ありがたいです」
そう本心を告げると、「こんな良い待遇の依頼を、断る理由がないね!」と、言って頂けた。
お読み下さって有難うございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
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