45:アンファー始動
シュバツェル16年5月3日(火)
今日はローニーさんが宿泊施設"アルブル"へ寄って下さり、馬車で家に帰った。
夜はカウンターで仮眠しようと思っていたが、「個室カプセル使って下さい」と言って頂き、個室カプセルの快適さを体験したよ。
シーツも洗おうとしたら、「やりますから!」と、女性陣にシーツを奪われてしまった。
自分の使った物くらい、ちゃんとルール通り片付けるよ。
そんな事を思っているうちに、我が家へ到着。
「ただいまあー」というより先に、クーとルーの熱烈な歓迎を。ちょっと遅れて、サーラちゃんの熱烈なお出迎えを受けた。
「ちょいっ、転ぶ! 待った待った!」
後ろでローニーさんが支えてくれるくらいの歓迎ぶりに嬉しい気持ち半分、呆れる気持ち半分になってしまったさ。
「サーラちゃん、クー、ルー、ただいま」
それぞれ頭をなでて落ち着かせ、やっと離れてもらえた。ふう。
「ローニーさん、ささっとシャワー浴びる時間はありますか?」
昨日、寝たけどお風呂は入っていない。
遅い時間に個室カプセルで寝る事になったから、桶のお風呂をしてないんだわ。利用時間過ぎててね。
「ゆっくりでも大丈夫ですよ。
十一時までに教会に着けば、子ども達に着いて行けますから」
「寺子屋の授業風景もちょっと見たいから、さっと上がります」
そう、昨日から宿泊施設"アルブル"ともう一つ、ストリートチルドレンのための対策、"アンファー"も始まっている。
焼き味噌玉と豚肉の味噌漬けの協力者は、まだニ店舗しか見付かっていないが、寺子屋で授業を受けたら割符で提携店舗で食事か、宿泊施設"アルブル"での一泊無料宿泊かを選んでもらえる形でスタートした。
これもエバーソンさんの手回しで、「結果は出す。四の五の言わず、出すものを出せ」という、何とも荒っぽい予算のもぎ取り方をしたんだそうだ。
国も対策は考えていて予算も取っていたから、後はどんな対策にするか決めるだけだったらしいのだが……。
中身決まっていないのに、予算取っているなんてあり得るのか???
謎多き国だ。
お父さんによれば、「エバーソンはこのテの話には力を入れる理由があるから、任せれば良い」と言われたけど。
◇
カラスの行水も斯くやというシャワーをすませ、頭をガシガシ拭いて乾かす。髪が短いと楽だわ。
メイクなんてしないので、帰宅から三十分少々でまた馬車へ。今度はサーラちゃんも一緒だ。
「優嬢、早すぎませんか?」
ローニーさんには、かなり驚かれたけどね。今はゆっくり、お風呂を堪能している場合じゃないから。
「時と場合によります。今はさっさと、です」
「女性に言う言葉ではありませんが、男前ですね」と言われた。
褒め言葉としての男前なら、歓迎するよ。
◇
子ども達が授業を受けているのを、教会の一室の後ろのドアからそっと覗く。
ちらほら大人の姿も見えるね。
今は算数の時間で、足し算を習っている。
習い始めたばかりかな? 皆、かなり手こずっているな。
お、指を使ったり、おはじきみたいな小石使ったり工夫して計算しているな~。
そんな授業を小一時間見ていると、教卓に置いてある砂時計の砂が全部落ちた。先生を務めている女性……シスターさんで良いのかな? が、授業の終わりを告げる。
◇
「……、これを持ってこの印のあるお店に行けば、これを持ってる人は一度、無料でご飯が食べられます。
ご飯以外だと、宿泊施設"アルブル"へ行けば、これを持ってる人は一食付きで一晩泊まれます。
どちらも利用は十八才までですが、試しに利用してみて下さい。
この印がもらえるのは職業欄が浮浪者、ストリートチルドレンなどの方だけです。
この裏に授業を受けた日にち、受けた人の名前と年齢が書かれますので、人の物は使えません」
うーん、もっとそっと言ってあげてほしかったような……。
「……」
あ、でも意外と気にしてはいなさそう?
「さあ、優さま。
施設の事を教えてあげて下さい」
ここまで案内して下さったシスターさんが、突然私の背中を押して教室へ入れてしまった。なぜそんな事を?!
はあ……。
「あー、初めまして。私は優って言います。
大人の方は読み書き計算ができるようになれば、麦茶の歩き売りをしてもらえるようになります。すみませんが、そこまで頑張って下さい。
子ども達は、使ってみるのが一番分かりやすいから。必要な人は印、割符をもらって、教会の正門に集まって」
うん、知っていた。
"寺子屋を出るまでの期間の、大人向けの措置がない事"を。
それでも、救えるだけの人を救いたいと決めた事。掴まる手が必要な人、みんなが掴まれる物を考えられなくてごめん。
子どもも、子ども二人は宿泊施設"アルブル"に割符一枚で泊まれる。じゃあ、兄弟が三人なら? 四人なら?
「優嬢、これは私の綺麗事です。
何かが始まらなければ、救えた命も、救えた人生も救えなかったでしょう。
腰の重かった国が動いたおかげで、救える命と人生ができます。
その切っ掛けを作った。
まずはそこから広げれば良いじゃないですか。
この国の事を知らず、なのに初めから完全無比な案を作れたら、それこそこの人は一人で大丈夫なんだと思ってしまいますよ」
そこまでは前を向いて目を合わさずに話していたローニーさんはそこで一拍置くと、こちらをしっかり見て続けた。
「本来動くべき人間が動いたようで、何か手を打つそうです。
補いあって一つの形になっても良いですよ」
完全な人間でなくても、完全な案を出さなくても良いと言い切ってくれたローニーさん。ありがとう。救われた気がする。
やれる事をやれるだけから頑張るんでも良い?
「ありがと……うございます、ローニーさん。
覚悟が足りませんでしたが、これからもたくさん考えます。
ヘマをしたら、叱って下さいね」
笑顔にはなっていない、くっしゃくしゃの顔を向ける。
サーラちゃんは不安そうに、こちらを見上げている。
「大丈夫だよ、もう笑える」
サーラちゃんの頭をポンポンと撫でてあげる。繋いでいたサーラちゃんの手に力が込められた。
ありがとう、元気もらえた。
◇
「ほら、看板見て。
割符と半分同じ印があるでしょ?
この印がある食堂で割符を出せば、ご飯が食べさせてもらえるから覚えててね」
まずは教会に近いところにある食堂へ、場所と印を覚えに子ども達を連れて来た。
次はちょっと遠いから、連れて行きたい兄弟がいたら一緒に行こうと話す。連れて行けるのは一人だとも話す。すると、
「つれて行けるのは、ひとりだけ?」
「うん、一人。
兄弟がまだ小さいなら、みんなで孤児院に入るか、小さい兄弟だけでも孤児院へ預けた方が良いよ。
小さい子はお兄ちゃん、お姉ちゃんより病気にかかりやすいし、体力もないから……。孤児院に入る方が、大人になるまで育つ可能性が高くなる。
難しい言葉もあるけど、分かるかな?」
その子はしばらく考えて、こくんと頷いた。
「兄弟だけで行ける?
一緒に行こうか?」
「だいじょうぶだよ。オレ、お兄ちゃんなんだ。みんなで行くよ」
七歳か八歳くらいかな? 強いなあ。
「お兄ちゃんは兄弟思いだね。
兄弟みんなで、ご飯食べてから行く?」
「うー……ん?」
きゅるるーっと、お腹が返事したよ。
「はい、今日のお昼ご飯をみんなで食べて。
お兄ちゃんはここでこの割符で、他の兄弟はこのお金でご飯を食べてから行くと良いよ」
「……もらっていいの? こんなにくれるの?」
「たまには兄弟みんな、お腹一杯になる日があっても良いんじゃないか?」
そう言うと、男の子はにかっと笑ってありがとうと言うと、中へは入らず、待っている兄弟を迎えに行った。
あの子の兄弟を、この一回助けるのは自己満足だろう。それでも、知ったからには手を差しのべたかったのだ。
別れた男の子の他に、連れてくる兄弟のいない子が一人、兄弟を連れて来た子が二人。さあ、行こうか。
「ちょっと歩くよ。しんどくなったら言って」
大きな子が当たり前のように、小さな子を抱いてあげている。
一番小さい兄弟の子は、四歳くらい……かな?
サーラちゃんも今は手を繋がず、一人でしっかり歩いている。
ローニーさんを先頭に、子どもの足に合わせて一時間くらい歩いたが、誰も音を上げずに付いて来た。私が音をあげそうなんだけど……。おかしいな……。
◇
「……ふーっ、ここ。ここが割符で泊まれる宿。
寺子屋にいたみんな、身分証は持ってるんだよね?」
「あるよ」
「うん、なかったから、さっき作ってくれた」
「大丈夫です」
よし。あるね。
「じゃあ、中に入ったらカウンターで割符を渡してね」
中へ入ると、今日もカウンターには管理をお願いしているタイガさんがいた。
頭を下げると、察してくれたようだ。
「宿泊施設"アルブル"へようこそ。
君達は、寺子屋からかな? 割符と身分証を見せてくれるかい?」
タイガさんは子どもに合わせた物腰で対応してくれ、説明をしてくれた。
そして、二階の個室カプセルに案内する。
子ども達はみんな、見事に固まった。
動き始めるのを待つしかない。
「こ、ここ? ここ、泊まれるの?」
「いや、嘘だっ。何か企んでんだ!」
「泊まれるし、企んでないから。
ここは、国が援助してくれてる施設だよ」
ははは、やっぱり何か企んでいると思われるか。今までは、教会の炊き出しくらいしかなかったもんね。
「このベッド一つの個室に、子どもは二人泊まれる。
泊まるかい?」
「泊まる!!!」
何の飾りっけもないけど、気に入ってくれて良かったよ。
一階へ降りると、タイガさんは続きの説明をしてくれた。
ご飯は大人の一人分が出るけど、二人で分けて食べれらる事。
食べきれなければ、パンやチーズなんかの一日で腐らない物は、翌日の朝食べても良い事。
しかし、ご飯は夜食べるか朝食べるか選べる事。
パジャマとタオルは、一人一組渡す事。必ず寝るまでに、桶のお風呂で体をきれいにする事、など。
◇
「はい。手伝うから、ちびちゃん達、お風呂にするよー。
パジャマとタオル持って付いて来て」
十歳にもなっていないだろう四人が付いて来る。後を着いてくる様は、ひよこみたいだ。
お風呂に着くと、ローニーさんが男の子を担当してくれたので、私は女の子を担当。
一人をイスに座らせて待たせ、一人を頭も体も丁寧に石鹸で洗ってあげる。
洗い終ると体を拭いて、頭もある程度拭いたらもう一人と交代。洗う。
二人を洗い終ると二人の頭をしっかり拭いて服を持たせ、もう待っていた男の子たちと合流して二階へ。
そして、それぞれの兄弟に別れて個室カプセルに入ってお昼寝になった。
大きな子達に「じゃあ、分からない事があったらタイガさんに聞くんだよ」と言って別れた。
これ以降、沢山の子ども達が泊まりに来るようになったそうだ。
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