39:さくらとピンクゴールド
シュバツェル16年4月20日(水)
エバーソンさん、お早いお着きで……。
先日の子ども食堂と寺子屋、その後の仕事の提供のプロジェクトの件でお越しになるとは連絡があった。が、馬車での移動とはいえ、予定の時間より着く時間が前後しやすいため、お早い到着となったようだ。
「やあ、優嬢、元気そうで何より」
そう仰るが、目は私の手元をガン見ですよ。
「こんにちは、エバーソンさん。えっと、お出ししましょうか?」
玄関に入られたのは分かったが、手が離せなかった。そして、なぜかお父さん共々キッチンへ直行して来られた。
「有り難いね。
サーラちゃん、こんにちは。お邪魔するよ」
まだ時間があるだろうと、サーラちゃんに果汁アイスを作っていたのだが、そこへエバーソンさんが到着してしまったのだ。
「キッチンのままでも宜しいですか?」
料理はキッチンでするものだろう? もちろんだと仰り、自らイスをひいて腰を下ろしてしまった。
……。うん、我が家ルールでやるってお父さん言っていたし、知らん!
奥からエバーソンさん、お父さん、サーラちゃんが、新しく増えているカウンター用のイスに座ってこちらを見ている。
人が増えたので氷の屑魔石の板のタイルを人数分増やし、上にケーキ皿を乗せて皿を冷やす。スプーンも乗せておく。
そして、殆どできていたフレッシュオレンジジュースを、金属のボウルの中でかき混ぜる。
このボウルを入れているのは、より大きなボウルで、大きなボウルには氷とたっぷりの塩が入っている。塩は海からと、塩湖からと、岩塩が取れるお国柄で、庶民でもかなり贅沢に使える。
スパチュラはないので、サラダなどを取り分ける時に使う、金属のサーバースプーンで代用。うん、平気そう。
冷凍庫から氷を出してグラスへ。そこへ冷蔵庫で冷やしていた紅茶を注ぎ、麦の茎を挿す。
昨日の夜、家にあった麻紐で、マクラメ編みで作ったコースターを出しておく。
氷の屑魔石のタイルの上のケーキ皿に、取っておいた半分に切ったオレンジの皮にオレンジの果汁アイスを盛って乗せる。
みんなの前に、マクラメのコースターに乗せたストロー付き冷えた紅茶、氷の屑魔石のタイルを保冷剤にした果汁アイスが出揃った。
「今日は暑いので冷たい紅茶と、氷菓の一つ、フレッシュオレンジジュースの果汁アイスです。
アイスは溶けますので、溶けないうちにお食べ下さい」
エバーソンさんはひとしきり紅茶とアイスを眺めた後、お父さんを見てアイスに口をつける。
「! これは、果汁で作った雪? そんな印象の菓子だね。
とても冷たくて、夏にはたくさん食べたくなりそうだ」
「うまい例えですね。そんな感じです」
サーラちゃんは恐る恐る、一口目を口にしたまま固まっている。
「このグラスに入っている茎は? なんだい?」
「それは"ストロー"という、冷たい飲み物を飲む時に使う物です。氷が入ってますので、ストローで混ぜて全体を冷たくしたり、氷が溶けて味が薄くなるので、混ぜて全体の味のムラをなくすのにも使います。
女性だと、ストローを使うとグラスに口紅が付かないので、そのために使う人もいます」
ほう、洗い場の者が喜ぶね、などと仰る。どこの世界でも、グラスやカップに付いた口紅は手こずるみたいだ。
「この敷物二つは?」
「グラスの方の物は、グラスの滴がテーブルを濡らさないようにする目的の『コースター』。アイスの下のタイルは、冷たさを長持ちさせるためです」
「実に良くできている。
サイラ、全て記録しているかい?」
「はい、"コースター"は不在の間にお作りになられたようで記録はございませんが、それ以外は撮っております」
「コースターは手慰みに麻紐で作りましたが、木製か布が良いかもしれません。
布だと落ちそうな滴を吸わせて、服などに滴が落ちにくくもできます。
今日はおしぼりを使って下さい」
お父さんが実演してくれる。豪快だが、まあ良しとしよう。
「麻紐のコースターは、自分の身分証に記録してます。必要なら言って下さい」
お茶が終わると、今度は冷蔵庫だ。真っ直ぐキッチンへこられたのはそれが目的だろう。
冷蔵庫を見ているエバーソンさんに、あれやこれやと説明する。
中身が蓋につかない程度の大きさの瓶に入れて保管する方が良いという事。極端に日持ちするわけではないので、過信してはいけない事。野菜室にはグラスに水を入れて、それを入れた方が良さそうで検証中だという事。冷凍庫も過信して、長く入れておかない事。ブロック肉など、中まで凍らず傷むかもしれない物があるかもしれない事。冷凍焼けといって、変色する事がないか検証中だという事などなど。
「冷蔵する部分は、冷蔵箱と使い方は変わらないようだ。
冷凍庫の部分は、私達も慣れれば冷蔵箱の時のように使いこなせるようになるだろう」
「はいっ、みんなで使い方を覚えましょう」
◇
応接間に移り、本題が始まった。
あらかた私が言った通りで決まった事、この町でやってみて不備などを洗い出して詰め、王領全体へ、そして国全体へ広げる事。
販売や食事を提供する屋台には、大人の浮浪者にも参入させる事、など。
「しばらくは衛兵が見回りの時に、ストリートチルドレンにシステムを広げる事になった。
教会で身分証を確かめ、職業がストリートチルドレンであれば、半券を渡して食事を提供してもらえるよ。
食事の提供は、主に衛兵詰め所など、ある程度安全な場所の近くだけになる。元冒険者や傭兵で、部位欠損などのため、働けなくなった者で料理ができる者を雇い、屋台で提供するよ。
その時に半券を渡す」
「はい、宜しくお願いします」
「半券で使いたい印はあるかね?」
故郷の花を思い出した。
こちらに来たのは、この世界では三月の末か四月の頭だった。
日本はまだニ月だったが、そのままいれたら、その頃には見れただろう花を。
「さくら、が良いです」
特別な思い入れがなくても、ふとした時に見上げてしまうあの花を。
「……大切な物のようだね」
「そうだな、俺達日本人には特別な花だ」
私より思い入れがありそうなお父さんが答える。
「ではそれを、割符に使いましょう。
どんな花ですか?」
「こんな花です」
ポケットから絆創膏を入れている、小さなケースを取り出す。飾りにさくらモチーフのイラストのシールを貼っている。
「これです」
ケースのシールをそっと指差す。
「……では、この花を」
割府には線で輪郭を描いたさくらと、漢字の"櫻"を焼き印で使う事になった。
◇
その日の午後、サイラさんに連れられて、腕の良い宝石彫刻師さんの工房を訪れた。
「何か身に付けられる"サクラ"のアクセサリーをお作りしましょうと、エバーソンさまからの伝言です」
驚いて辞退しようとしたが、「ご自身の取り分を減らしても、この国の為に惜しみなくお力を貸して下さる優嬢へ、これしきの礼をしても断られますまい」と言われてしまい断れなかった。
どんな物にするか、少し考える。イメージが湧いたので、作業にかかる。
宝石彫刻師さんの手を借りて、金と銅を混ぜてピンクゴールドを作り出した。
これを薄く伸ばして細い板を作成。これを真ん中で曲げてV字型にすると、Vの開いているところを繋げて先を少し内側へ折り返す。
同じ物を全部で五個作り、ピンクゴールドの針金みたいな物で作った輪の台に、尖った方を中心に配置して完成。
ところどころ職人さんが手直しして下さったので、きれいなできあがりだ。チェーンを通す、丸い部分も付けて下さった。
「この"ピンクゴールド"は、ただの金とはまた違う味わいの色ですね」
「さくらは薄いピンク色なんです。それに近い色で、知っている中で再現できそうだったのが、このピンクゴールドですが、うまくいって良かったです。
何から何まで、お力をお貸して下さったソアンさんのおかげです。ありがとうございます」
こうして『さくら』と『ピンクゴールド』。特に『ピンクゴールドで作ったさくら』は、装飾品での、私の代名詞となったのだった。
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