26:食わず嫌いと好みは人それぞれ
「やあ、優嬢、こんばんは。
相変わらず、あれこれ閃いていると聞いているよ」
「皆さんにはご迷惑をおかけして、すみません」
「それは私達には有難い事だ。いくらでもかけてもらいたいね」
そうかもなんだけど、気を使いますよ。
「文明開化を起こしてるようなものだからな」
言い得て妙だ。お父さん、ナイス。
「さあ、バディの紹介をしよう。
彼はローニー。若手の期待の星だ。
彼女はサイラ。ローニーと肩を並べられるのは彼女しかいないだろうやり手だ」
うひょっ?! そんなやり手を、私に二人も付けてて良いんですか?!
「初めまして、優嬢。ローニーとお呼び下さい。
宜しくお願いします」
「初めまして、エバーソンさまよりご紹介に預りました、サイラと申します。私はサイラとお呼び下さいな。
宜しくお願い致しますわね」
「芦屋優です。
ご迷惑をおかけする事が多いと思いますが、宜しくお願いします」
日本人らしく、手を揃えて深くお辞儀して挨拶する。
「今夜は優が、腕によりをかけて料理を作ってくれている。温かいうちに頂こう。
作法は日本人のものだ、楽しんでくれ」
こちらの作法では無理なんで、もちろん日本の作法さ。
した事も参加した事もないけど、ホームパーティー感覚でやり過ごすから。
基本は対面キッチンに横長にくっつけてあるテーブルを、今夜は離して設置。
上座にエバーソンさん。対面キッチンと反対側の、エバーソンさんに近い方にローニーさん、そしてサイラさん。
対面キッチン側の、エバーソンさんに近い方からお父さんでお母さん。私はエバーソンさんの向かい合わせという席順だ。
お父さんが料理を受け取ってくれるが、キッチンへ出入りする私は、下座の出入りがしやすい席割りだ。
先ず、銅のフライパンで、キノコ色々のバター醤油炒めを作る。出来上がると大皿へ移し、お父さんへ皿をキッチン越しに渡す。
「お父さん、お願い」
「ああ」
「面白いスタイルだね」
「この形のキッチンだからできるな。
料理をする様子も見られるし、こうして料理を受け取る事もできる」
エバーソンさんは珍しいスタイルを楽しんでいらっしゃるが、ローニーさんとサイラさんは驚き過ぎて声も出ないようだ。
その間に二枚目の大皿へ、菜箸でカボチャを一枚ずつ横一列に並べ、そのカボチャにズラして重ねるようにして人参、人参に重ねるようにチーズ、じゃが芋、ブロッコリーを並べる。その上から、金属のザルに適当に切った茹で卵を入れ、スプーンで卵を裏ごししながら全体にかけいく。
「温野菜のサラダです」
「これは、見た目が華やかだね。
見慣れない棒のようなツールだが、細かい作業に向いているようだね」
「これは"菜箸"です。
このサイズは料理用で、お父さんと私の席にあるのは食事用で"箸"。
日本の調理、食事道具で、使い慣れたら豆や麺類もつまめますよ」
手を動かしながら次へ進む。
温野菜サラダは、すでにテーブルに移っている。
私は冷蔵箱からキャベツとローストビーフを取り出し、盛り付けていく。
フライパンだけでも作れるが、今回はビニール袋を使った、湯煎で仕上げた物を出した。
肉を切り分けると、程よく火が通っている。
「こちらはローストビーフになります」
「中が赤い……」
お父さん以外の四人が固まる。
この感じもダメななの?! 洋食だから、イケる系の物だと思ったんだけど……、皆が引く料理を作ったのはヘコムや……。
「これはこういう料理で、肉汁をたっぷり閉じ込める手法だ。
美味しいぞ」
「濃いめのソースもありますから、食べてみて下さい」
ニンニクを多目に、ローストビーフに合いそうなタレを適当に作り味見したが、嫌悪感さえなければ美味しく味わえるはず。
「ほうれん草のホワイトソースのスープ。
夕食のメニューは以上です。
後はデザートになりますので、温かいうちに食べませんか?」
ローストビーフのショックからなかなけ回復しない四人。エバーソンさんが一番先に復活し、頂こうと言ってくれた。
「旨い……」
ローストビーフを一口食べ、目を見開くエバーソンさん。
「そうだろ? これはご馳走だったんだよ」
箸でローストビーフを口へ運ぶお父さんは、とても嬉しそうだ。復活したお母さんが、それを不思議そうに見ている。
「冒険者時代に生焼けの肉も食べたものだが、それとはまったく違う。
これは料理であり、美味しいよ」
「お口に合って良かったです」
はあ、ほっとした。
斜め前を見ると、ローニーさんとサイラさんも恐る恐るローストビーフを口へ運んでいる。そして数回、口を動かす。
すると、かっと目を見開き、夢中になって食べ始められた。
「足りなければお取りしますよ」
「お願いしようか」
ローストビーフは結局足りず、フライパンだけで仕上げたものも出す事になった。
あちゃ……。こちらはやや火が入り過ぎてしまったな。
「こちらは先ほどとは違いますね」
ローニーさんがあれ? って顔をする。
「柔らかさも肉汁の量も、先ほどのローストビーフの方がありましたわね」
サイラさんも同じ料理なのにと、不思議そうだ。
「火が通ると、どうしても中の水分が減るんです。そのため、食感も味も変わります」
ほうほうと皆頷き、さっきのとは違うローストビーフを味わっている。
「この、大皿から好きな物を、好きなタイミングで、好きなだけ取り分ける食事スタイルも良いですね」
「嫌いな物は少なく、好きな物は多く取り分けられる!」
お父さん、そこ?!
「小食であまり量を食べられない方と、たっぷり食事を食べたい方が一緒のテーブルに着いても、それぞれに合った量の食事を摂れます。
皆さんがどのくらいお食べになるか分からなかったので、今日は大皿から取り分けるスタイルしました」
「なるほど、おかげで満足のゆく量の食事ができたよ」
ご飯も堅パンも召し上がってましたもんね。
皆で、まだ鍋に残っていた温野菜のサラダもスープも食べきっている。
後少しで、取り皿もみんな空になる。
「果物をご用意しますね。
そのままお食事を続けていらして下さい」
デザートと呼ぶのもおこがましいので、果物と言っておこう。
空の大皿を下げるのも忘れない。
さっき果実水を取りに席を立った時、オーブンに入れたリンゴの様子を見る。
低めの温度にしてあったので、まだ時間が必要だな。少し温度を上げてっと。
キノコを炒めた時に使って洗っておいたフライパンに、くし切りにしたリンゴを並べ、火にかける。
ローストビーフを焼いたフライパンを洗い、火にかけて水分を飛ばしてる間に、隣のフライパンのくし切りにしたリンゴをひっくり返す。
買い物から帰ってすぐ量産してオーブンに入れたリンゴを、ローストビーフを作って洗ったフライパンに投入。オーブンの中のリンゴもまだだね。
それぞれできた物を盛り付ける。
大皿の真ん中に、オーブンで焼いた丸ごとの焼きリンゴ。
真ん中をスプーンで少しくり抜き、バターを一欠片入れて焼いたタイプ。
その周りに、フライパンで焼いただけのくし切りにした焼きリンゴを上下左右に一つずつ並べて完成。これを三皿。
フライパンで炒って仕上げたリンゴチップスは、小さなサラダボール三個に三等分して完成。
それをお父さんが、テーブルへ次々と並べてくれた。ありがとう。
「リンゴ尽くしですが、どうぞ」
「リンゴを焼くなんて、面白いね」
「元の世界で焼きリンゴはまだ知名度がありますが、他にも焼いた果物がありましたよ。
こちらの世界で焼き果物に使えるのがリンゴしか分からなかったので、今日はリンゴだけです」
焼きみかんとかパイナップルとかキウイとか。そういうこっちの焼いて美味しい果物はまだ分からない。
「これだけリンゴ尽くしなら、シードルやアップル・ブランデー、できればカルヴァドスもほしいな」
「カフェ・カルヴァも好き」
「お、呑める口か?」
「たくさんは呑めないけど、それなりに好きかな」
お酒の話になったからか、ここから割りとローニーさんとサイラさんも話に加わった。
オーブンで焼いた丸ごとの焼きリンゴの味と、フライパンで焼いただけの焼きリンゴの味の違いや好み。
お父さんは焼きリンゴはダメで、他の四人は大丈夫で、さっきのローストビーフと逆だね、とか。
リンゴチップスは、焼きリンゴとはまた違って面白いとか。
シードル、アップル・ブランデー、カルヴァドス、カフェ・カルヴァとは何だとか。
カフェ・カルヴァはお父さんも知らなかった。アップル・ブランデーの中でも、ノルマンディー地方で作られたアップル・ブランデーだと説明。次いで、エスプレッソにカルヴァドスを少し垂らしたものや、コーヒーの後のカップにカルヴァドスを注ぐ飲み方があるとか。
エバーソンさんからはコーヒーというものはないが、紅茶にお酒を入れたりしても良いのだろうか?
あっちでいうティー・ロワイヤルですね。割りと色んなお酒を入れるティー・ロワイヤルの種類があると聞きましたよ。
ジャムをかじりながら、ストレートティーを飲む飲み方もありますよ。
ジャムだって? 高価な品だが、接客に使えば……とか。
サイラさんからは、寒がりなのですが、体を温める効果を高めたお酒の飲み方はありますか? と聞かれ、お父さんがホットワインはこの世界にはないのと逆に聞き返してみたり。
ホットワインって何だ、材料があるなら是非作れ、試そうじゃないかという鶴の一声で、ホットワインを作る事になってしまった。
「ハチミツを加えて、しんなりするまで加熱。
頃合いをみて赤ワインを入れ、軽く温めるっと」
オレンジよりのみかんって感じで、知っているみかんと違うのがどうなるか……、とぼやいてももう遅いよ。
「こっちはこんなもの?」
時期ではかなったので、瓶に水と入れて作ったという、長期保存したしょうがのすりおろしを作った量を見せる。
「みんな初めてだから、少なめで良いよな?
うん、そんなもんで」
皆お父さんとお母さんの席の背中側と対面キッチンの間に立ち、興味深そうにこちらを見ている。やりにくい。
鍋に白ワインを入れ、すり下ろしたしょうがとハチミツをわずかに入れて火にかける。
「こっちはできた。耐熱グラスがないからカップに注ぐが、あるもので、な」
赤ワインなら、白いカップに注いでも映えそうだよ。
それにしても、スパイスを使わないホットワインがあるんだ。
お父さんが詳しいのもビックリだけど、ホットワインが好きな人がいたんだそうだ。そこは詳しくは聞かない方が良い気がする。
「そっちも軽く煮立ったから、もう良いよ」
「あ、うん。じゃあ注ぐね」
「赤はより甘くなりましたね。さっぱり感も少しあって、飲みやすいです」
「これは寒い日に嬉しい、温かいワインね~」
試飲をすると、お父さん、女性陣には赤が好評だね。
「私は白のホットワインが好みだな」
「ええ、白ワインのさっぱり感と、しょうがのぴりっとした風味が合ってますね」
男性陣には、白の方が受けている。
私? 私はもちろん、白ワインのホットワインだよ。
お酒はほどほどにだよ、皆、酔い始めていないか?
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