25:和食と洋食とおやつ
お母さんがお風呂の魔力に蕩けた翌朝。
今日も朝ご飯を作る。
ご飯、味噌汁、卵焼き、うるめみたいな魚。食べた事はないけど、多分、日本と同じ感じで料理して大丈夫な食材だろう。
前に困っていた職人さんの作っていたレンジフードがちゃんと作動するので、煙も籠らない。
風の魔石を上手く利用しているものらしい。
スイッチは、魔石からスイッチまで伸びている銀に特殊な金属と混ぜた回線で繋がっている事でオン・オフが可能なんだって。
他のスイッチも、多くがこの回線で実現しているそうだ。
コンロに網をかけ、うるめを焼く。そのかたわらで卵焼きを作り、味噌汁も作っていく。ご飯はことこと炊き上がり待ち。
大根おろしも作り、朝ご飯の準備は完了。
「お父さーん、お母さーん。
朝ご飯できたよ。冷めちゃう前に食べよー?」
こんな時、 防音効果は厄介だな。二人の部屋の前で、ちょっと大きな声で声をかける。
「おおお、和食の朝ご飯!」
「食べたくなった」
「これがワショクなのね!」
「そうだよ。こんなご飯、お父さんは作った事はないの?」
「朝はないかしら?」
「朝が弱いから、和食を作れる程早く起きる事は滅多にないな」
そんなこんなで和やかな朝ご飯となる。
「そうだ。菜箸と箸はないの?」
フォークでご飯を口元へ運びながら聞いてみた。
「和食やニホンショクが食べれれば良いから、作っていない」
追加で作った、焼きネギを飲み込んだお父さんの返事は意外だった。
「箸置きにフォークとスプーン並べるんなら、箸ほしいよ?」
おかしなテーブルセッティングは、旧宅で初めてご飯を食べた時からだった。
お母さんにはテーブルが汚れないと好評だったけど。
「ハシ? どんな道具?」
うるめをフォークで刺そうと苦戦しているお母さん。
「二本組みの棒のカトラリー。慣れたら豆が一粒ずつつまめるようになるかな。
うるめは手で食べたら良いよ。フォークじゃ無理だと思う」
「無理に刺そうとしたら、皿から飛ぶかもしれない。手の方が良いそ」
「そぅお?」
「うん、その方が良いよ。
柚子の木があるから、箸は作っておくよ」
「やった、お願いします」
仕事へ行くお父さんに、こちらで肉なんか買うと巻かれているのと同じ葉っぱを、隙間なく木箱の内側に張り巡らせたお弁当を差し出すと、とても感動していた。
日本の物に飢えていたんだね。お母さんは、お父さんだけずるーいって拗ねた。
いやいや、五月の妹の五月みたいに、家でお弁当食べるの? お母さんも必要な日に作るからと、宥めるのが大変だった。
◇
「こっち、奥へお願いします」
お母さんがうきうきしながら、足踏みミシンの設置をお願いしている。やった、私も嬉しい!
「作っているとは聞いていたけど、まさかこんなに早くお目にかかれるとは思わなかった」
何ヵ月とか先の事だと思っていたので、嬉しい誤算だ。
「耐久性とかの試験の協力を条件に、試作を入れてもらえたの。
希望者が多くて倍率が高かったから、当選したのはラッキーだったわ」
「当選おめでとう」
最大五台借りられるミシンを、最大数の五台借りている。
運んできたギルドの職員さんは、運搬中に振動でミシンに不備が出ていないかチェックを済ませる。問題がなかったので、次はお母さんに、以前受けた実技講習の簡単な再講習を施した。
その時一緒に講習を受けさせてもらい、勝手の違うミシンにちょっと手間取ったがすぐに慣れ、ミシンのある生活を手に入れた。
ニ時になると、お母さんのこの仕事場でミシンを担当する人達が来て、講習以来のミシンを使うが、それまでは空いているなら……。
「お母さん、二時までミシン借りて良い?
まだボトムス一本しか作ってないから、他のを作れるところまで作りたいんだけど、ダメかな?」
着替えが一本出来ただけ良いんだけど、欲をかけば他にもほしい。
手動の洗濯機ができたら、もっとしょっちゅう着替えたい。
「空いてる時間なら、いつ使っても良いわよ~。
職員さんが驚いていたくらいだから、逆にいてくれた方が助かるかも~」
「や、私も足踏みミシンはそんなに扱った事がないから……」
「それでも私より詳しいでしょ? 分からない事は分からないで大丈夫だから、分かるところは教えてね?」
確かに丸っきり知らない、分からないわけじゃないから、分かる範囲でねと了承した。
お母さんはミシン待ちだった、カットした生地を取り出し、ゆっくり丁寧な扱いでミシンをかけていく。
私はお母さんの背中側の作業台で、生地に下書きを入れていく。前と殆ど同じだから、さほど時間はかからなかった。
すぐにミシンをかけるところまで作業は進み、お母さんの隣でミシンをかけ始める。
「やっぱり早いわね。
もうミシンがけまで進んだの?」
「今回も手抜きだから」
その後、お母さんは慣れない作業だからかほとんど話す事もなく、真剣にミシンをかけている。
分からなければ一旦考えて、またミシンに向かって……。
それでも分からなければ聞いてくるだけだから、ほとんど聞かれる事はなかった。
おかげで、端の始末やあちこち手を抜きに抜いたニ本目のボトムスが、お昼過ぎには完成した。
いや、本当に裏は見せられないからね!
「お母さん、お昼ご飯はどうする?」
「そうね、肩と目が疲れたから、休憩だけするわ」
首をくきくきほぐしている。
「夜、湯船に浸かって体を温めたら、疲れがましになるよ」
そう言いながら、低い位置にある肩を軽く揉んであげる。
「あー、それ気持ち良いわ~~」
「手縫いでも疲れるでしょ?」
「ミシンは壊さないか不安で緊張するもの。もっと疲れるー」
それは慣れるまでどうしようもない。慣れるまではしかたないよ、甘いものでも食べて元気出して。
「ん~ん! 美味しい~!」
「喜んでもらえて何よりだよ」
紅玉っぽいリンゴを焼いただけの焼きリンゴを頬張るお母さんは、子供のように夢中で食べている。
「焼いただけなのに、軟らかくて甘くなって……。んん〜っ! 美味し~!」
そうなんだよね。バターも砂糖も使わない、ただ焼いただけのリンゴの甘さが好きなんだけど、お母さんの口にも合って良かった。
リンゴを切って乾燥させただけでリンゴチップスになるのなら、ただ焼いても美味しいんじゃないかという発想で作ったのが最初だったな。
「ね、もう一つ作って?」
随分気に入ってくれたみたいだ。作るのはかまわない。
「果物の甘さも太る元だよ?」
果物の甘さは、『糖度』で表す。砂糖の"糖"の文字が入っていますよ。砂糖もバターも使っていないから、そこまでカロリーは高くはなっていないはずだけど。
「えぇ~」
お母さんはとても悲しそうな顔になる。分かりやすいな。
「後一つだけだよ?」
そう言いながら、もう次のリンゴを取り出した私だった。
『もしもし、こちら統括ギルドのエバーソン、もしもし、こちら統括ギルドのエバーソン。
優嬢、出られたし』
おわっ。相変わらず、驚かせられるスマホだなぁ。
「はい、こちら芦屋優。
こんにちわ、エバーソンさん」
『やあ、優嬢、先日はお世話になったね』
「こちらこそ、お世話になりました」
『今日連絡させてもらったのは、君のバディが決まったからなんだ。先にツヨシに連絡をしたら、夜にそちらで食事をしながら顔合わせしてはどうだろうかと提案されてね。
夜にそちらへ伺うから、家にいてもらえるかな?』
おお! 決まったんだ! お母さん、なぜそんなに嬉しそうなの?
「分かりました。わざわざこちらへ足を運んで頂く事になってすみません。
宜しくお願いします。
担当の方にも、くれぐれも宜しくお伝え下さいませ」
『横で二人とも聞いてるよ。では、また夜に』
「はい、失礼します」
バディが二人とかおかしな事が聞こえたけど、気にしちゃダメだ。それより気になるのは……。
「お母さん、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
何となく分かっている気がするけど、一応聞いてみよう。
「優が美味しい物を作るわよね?!」
やっぱりか。私が作るのー???
◇
自転車で、どこも曲がらずに通った道沿いにあった肉屋、八百屋、果物屋で色々買い込んで帰宅。曲がると迷子になる。迷子になっている余裕はない!
帰宅して、リンゴの薄切りを量産、オーブンに放り込んでにらめっこ。
適度なところで取り出し、新たな薄切りを放り込むのを繰り返す。
この間に、茹で卵も作っておく。
量産したリンゴの薄切りがなくなったら、ちょっと休憩。
五時半になり、お風呂の準備をして、米を研いで吸水。
常温の牛肉の塊に下味を付けて、フライパンで表面を焼き、ビニール袋に入れて湯煎にかける。
帰宅したお父さんが手伝うと言ってくれたけど、埃まみれだったのでお風呂へ行ってもらった。とりあえず、シャワーだけ浴びた方が良いよ。
カボチャや人参、じゃが芋、カリフラワーをカット。
蒸し器がない?! 大きな鍋に水を入れて、そこへお皿をひっくり返して入れ、お皿の上に浅いざるを乗せてカット野菜を投入。そしてそのまま蓋をして蒸す。
キャベツ、色々キノコの準備。チーズも切っておこう。お肉は冷蔵箱へ。お母さん、うきうき帰宅。
お風呂から上がったお父さんも、最早そわそわして見ているだけ。手伝ってよーっ。
などとしていても、時間は過ぎる。ドタバタしていると、エバーソンさん達が到着。
良かった。思ったような時間に到着だ。料理、間に合ったぁ!
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