23:片っ端から片付けよう
お父さんは応接間がまだ整っていない事と、他の部屋では引っ越しの邪魔になるので多目的ルームへみなさんをお通しする事に決め、中へと入って行く。
自転車は玄関の中へ置く事になっていて、そこまで運んでくれた。
お父さんはそのまま皆さんを多目的ルームで接待し、私はお母さんが前の家で引っ越し作業をしていて女手がないから、私がお茶の用意をする。
お茶菓子は、皆さんが持って来て下さった手土産を使って下さいとの事で、それを使わせて頂く。
目の前には、大容量の食器棚その二。
昨日使っていた物とは違う、白磁のティーセットを取り出す。コーヒーのセットもあったので、気を付ける。
柄はないが、昨日使った茶系のざらざらした物より明らかに高価そうだ。厚みは、日本の一般的な品よりありそうか。
日本では早くから粗製の白磁はあったが、西洋での白磁の製造は意外と遅い。その為、中世の西洋では、薄い白磁は貴重で高価だった。
入れている棚も分けてある事やそんな事を鑑み、多分これを使えば良いと判断。
沸かしたお湯で、カップやティーポット等を温める。
その間に、ケーキ皿に手土産のお菓子を並べていく。
温めたティーポットに茶葉を入れ、お湯を注いで蒸らしに移る。
引き出しをあけると、茶漉しやスプーンが入っているのを発見。手早く必要な物を取り出し、用意していく。
お客さんの接待に使えそうなお盆を探して、引き出しの下の大きな扉を開けて愕然とする。
小さいが、ティーワゴンが入っていたんだ。お父さんにはこれよりカートの方が必要なはずなのに、カートは作ってなかったんかーいと呆れつつワゴンを出す。
そろそろ蒸らしは充分だろう紅茶を、茶漉しをカップの上で構えてポットから注ぐ。
全部のカップのお茶の濃さが揃うように、一番最初のカップには少し少な目から注ぎ、次のカップへ移っていくほど注ぐ量を増やす。
最終的に全部のカップに等量、同じ濃さの紅茶が入るように注ぐ。そして、ソーサーにカップの取っ手が左にくるように乗せ、スプーンはカップの手前に柄尻が右にくるようにセット。
柄の入ったカップなら柄が見えるようにだが、左手でソーサーを持ち上げて右手でカップを持つから、これで合っていたはず……。
だいたいこんな感じだった? よね? よね?
紅茶は少な目で良いんだよね? 少ないともう一杯いかがですか? 多いと、お帰りを促すとかじゃなかったかな。こっちの世界は違う? え、分からない。
日本の家で、そんなきちんとしたやり方でした事がないから詳しくはないし、ティーパックで適当にしかした事ないんだよ。
昨日は人数が多いから、普段使いのセットでもっと気楽に淹れたし。考えても分からないから、もうなんちゃってで出す!
途中で開き直り、みなさんに紅茶をお配りする。
カップは右に、お茶菓子は左に。これは昨日、お母さんに教わったから守るさ。
「まず言っとく。家は一般家庭だ。この子も一般人だし、メイドでもない上にこっちに来て間もないから何も教えていない。
何より、ここは俺の家だ。俺の習慣で気楽に過ごせるようにする心算だから、家では細かい事は言わずにいてくれ」
ひーっ、何か違うのかも? お父さん、ご免なさい。結構強い事言っていない?
「いや、素晴らしいなと思ったよ。こちらの一般家庭の子なら、多分サーブできないから」
「紅茶はまだまだ、一般に広まり始めたばかりですからね。
ところで、昨日もありましたが、この温かそうな布は何に使うのでしょう?」
おしぼりって出すものじゃなかった?! おばあちゃんの家には昔から、竹で編んだおしぼり置きってあったよ?
大容量食器棚その二に、木製のそれっぽいのが入っていたし、おしぼりに良さそうなその布も入っていたよ?!
「それは『おしぼり』といって、お茶などの前に手を拭く布だ。
俺達日本人は、外出先でおしぼりを出されたら、それで手を拭く習慣があるんだよ。
口元が汚れた時にも使う」
ほう、この習慣も良いんじゃないか、などとお話になる皆さん……。うぅ、胃が……。
どうやら、ナプキンを使う習慣もないみたいな口ぶりだ。
地球なら昔あったのは、今のフォークみたいな物ではなく、二股のフォークで物が落ちやすい物だったとか、エリザベスカラーで食事を摂る時の汚れ避けだっけ?
そんなこんなで、ナプキンがいつしか普及したような……?
……いちいち考えるの面倒くさくなった……。
お父さんが俺の習慣、多分日本人らしく過ごす方針なら、それが私にも馴染んでいて気楽で良いや。私もそうしよう。
「この履き物も、靴より楽に過ごせますね。我が家にもほしいです」
「ルームシューズがなかったか?」
「それは多分、使用人達が靴の上に履く、足音を小さくする物かと」
「楽ですが、踵とはいえ、足を見せるのは恥ずかしいです」
「我が家では『靴をしょっちゅう履き替えると風邪をひく』と言いますので、これはツヨシの家でしか通用しない履き物とも思えますな」
なぜ皆こっちを見る? はあ……。
◇
「これは私の靴です。靴底がこんな風に柔らかく、厚みがある方が足の負担が減って、少し楽になると思います」
玄関から持ってきた合皮の靴を、軽く前後に曲げてみせる。おおっと声があがる。
「冬は足が冷えますから、『ルームシューズ』のようなカバーを靴の上に履くのも冷え対策になると思います」
こちらではそれをルームシューズと呼ぶならそう呼ぼう。
「毛足の短い毛皮を靴の内側に、毛を足の方へ向けて貼るのも良いかと思います」
斬新ですね。だが、毛皮が隠れているのは見た目が良さそうとも。
「踵が見える件ですが、覆いを付けたタイプのスリッパならどうですか?」
助かりますわ、そういうものと分かってましてもなかなか、と。
変わるものと変わらないものがあるから、これはそちらに寄せようね。
ニ名は必死にメモ。お父さんはどうだ? 凄いだろうと言わんばかりの顔をしてそれを見ているよ。
錬金術師ギルドのお二人は、手持ち無沙汰にしていらっしゃる。
「錬金術師ギルドの方でしょうか? ご挨拶が遅くなってすみません、芦屋優です。宜しくお願いします」
ご挨拶がまだなので、さすがにご挨拶はすませよう。
「これはこれは、こちらこそ遅くなりました。
私は錬金術師ギルド所属、オースティンと申す者です」
「僕はオースティンの息子で、錬金術師ギルドの、優さん専属担当をさせて頂きますオーガスタです。
こちらこそ、宜しくお願いします」
オースティンさん、初めて口を開いてくれましたね。挨拶もできてなくてすみません。
「さっそく質問なんですが、『じょうろ』はありますか?」
「ありますが、それをどうなさる?」
「はい、じょうろを元に、シャワーの廉価版ができないかと考えています」
「シャワー、とは? はて、なんでしょうかの?」
おや、まだかなり珍しいみたいだね。
オースティンさんの眉間に皺が寄ってしまったぞ。
「お見せしますね。お父さん、お風呂へご案内してもいいかな?」
「待って、待って下さいっ。私達もシャワーの実物を見たいですっ」
あや? あ、設計書とかの書類でしか知らないって事かな。
口で説明するより見てもらう方が早いので、みんなでお風呂へ移動するも、脱衣所の説明と、なぜか手洗い鉢の説明まで加わった。
こらでは体を拭く場所と洗濯をするのは同じ場所で、それがいわゆる日本のお風呂でいう洗い場にあたるそうだ。
どっちも洗い場で合ってるような、間違ってるような……。当たらずとも遠からずなような気もしなくもないような?
そんなこちらの洗い場には脱衣所がなく、着替えも洗い場でするんだそうだ。
シャワーの説明は、お父さんにお任せ。湯船の素晴らしさも熱く語りたそうだったから、任せた方が良いに決まっている。
そこへ、お母さんが仕事場へ運ぶ荷物の搬入まで終わって帰って来た。お母さん、お帰りなさい。
二階の荷物は殆どなく、引っ越しってこんなにあっという間に終わるものだったかなと首を捻りたくなるレベルだった。
お母さんと二人で、引っ越しを手伝って下さったお父さんの部下の方達にお礼を述べ、お茶を飲んで頂いてから仕事へ戻って頂いた。
余分な仕事をして頂いて、本当にありがとうございました。
お読み下さって有難うございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
面白かった、良かったなどお気楽に、下の
☆☆☆☆☆
にて★1から★5で評価して下さいね!
続きが気になった方は、ブックマークして下さるとすっごく嬉しいです!
感想や応援メッセージもお待ちしてます!




