22:閃きはいつだって突然に
バディの話の後、お父さんは商業者ギルドと錬金術師ギルドの私の専属担当を押さえられたら出かけるから、その心算でいてくれなと言って、仕事へ出かけた。
洗濯物は、シーツ類は数が数だけに洗濯屋に出すから、それ以外だけで良いよって、一旦ドア出てからそう言いに入って来て、今度こそ仕事へ。
お母さんは下の店ができるまでは割と時間に余裕があるらしく、洗濯にとりかか……、らせなかった。
洗濯は私がするから、シャワーを浴びてもらう事にした。昨日入れなくて、どんな物か体験出来なかったって聞いたので、シャワーを浴びるのを奨めた。
使い方が分からないそうなので、レクチャーだな。
「温かい人工の雨で、水浴びするようなものだよ。
雨の温度が好みの温度になって出てくるまで待って、頭皮を優しく揉み洗いしたり、このヘチマのボディ……タオル? ブラシ? に石鹸付けて体を洗って、洗い終わったら泡を流して。
体を洗ってる間はシャワーは止めた方が、泡が流されなくて洗いやすいよ。
シャワーがうまく当たらないところはこの洗い桶にお湯を貯めて、体にお湯をかぶるの」
「隣で洗濯しているのよね? 分からなかったら教えてくれる?」
「もちろん、良いよ」
お母さんは、慌てて着替えを取りに部屋へ行った。
温かい人工の雨って、何だそれって気になるよね。
お母さんに配慮してか、大きな窓には水を弾く素材の簾がある。降ろせば目隠しができるようになっていて、この時間にお風呂に入っても人の目も気にならない。
窓の外には金属の太い格子があって、防犯対策もバッチリされている。
シャワーがうまく当たらないところがあるのは、二ハンドル混合水栓の吐水パイプ部分がシャワーヘッドになっていて、ホース部分がないシャワーだからなんだ。
ホースにできそうな物が魔物の腸とか、使いたくない素材しか見付からなかったからこの形になったんだって。
清潔な素材であってほしいものが魔物の腸とか……。使いたくない。絶対に嫌だ。
ヘチマは、お父さんのこだわりかな? あえて切って開いてあって、いらない部分も切って平らにしてあり、さらに角も落として、ふやかして柔らかくもしてあったしさ。芸が細かい。
壁に当たらないように吊るすループと、かける場所も作り付けてある。
石鹸があるなら頭を洗うのにも使いたいところだけど、軋むからね。
洗い上がりに酢を混ぜた水をかぶると良いよって、日本のおばあちゃんから聞いたけど、人様で試せないから言わない方向で。
削った石鹸とお湯を空のビンに入れて蓋をして、石鹸の塊が溶けきるまでしゃかしゃか振る。作った石鹸水を使って手洗い鉢でタオルを押し洗いしていると、着替えを持ったお母さんが戻って来た。
お風呂に入る前に『もう良いよ』って声かけて、温かい水が出るまでシャワーをかぶらないように避けているんだよと言って、お母さんと脱衣所を入れ替わ、る……。
お、お父さーんっ!
シャワーの廉価版!
シャワーが出るじょうろ口の付いたじょうろにお湯を入れて、鹿威しを工夫して、紐か何か引っ張った時だけお湯が出るようにすれば……?
薪か何かで沸かしたお湯を入れるタイプなら、きっと安く買える! じょうろ口も、シャワーにこだわらなければ更に安くなる?
ああぁっ、バディさん、早くほしーぃっ。
「まあ、よくそうポンポンと……」
と言って呆れるのは、お昼ご飯を食べに帰って来たお父さんだ。いや、俺も呆れさせていたっけ、などと呟いている。
お母さんは、あなたもそんな頃があったわと遠い目をしている。
「鹿威しにじょうろに引っ張るオンオフって、一体どこからだ?」
カタカタ『鹿威しとじょうろと玄関の鐘?』
そういう事じゃないんだけど、益々分からんと頭を抱えるお父さん。
最終的には、「まあ、閃きなんてそんなもんか」と諦められた。
お父さんの言いたい事は分かる。
ビンをしゃかしゃかしていて鹿威しを。
二ハンドル混合水栓に直に付いてるシャワーヘッドで、ガーデニングで夏にじょうろに水が残ったままになってるとお湯になっているんだよねっていうのと。
チャイムの代わりに設置されている、玄関の外から屋内に延びているアナログな呼び鈴。
……らが、頭の中でうまく組み合わさった結果だよー。
「それは後で担当に会ったら話すとして」
お父さんに話して満足したから、オッケー。
「今日、ここに引っ越すぞ」
「まあ! 本当!?」
「内装、まだ終わってないんでしょ?」
お父さんも大概だ。血は繋がっていなくても、似た者親子?!
お母さんは一晩泊まって、週末の引っ越しが待ちきれなかったのよー、と喜んでいる。
「家族が住んでてもできる仕事しか残ってないし、あっちの家も手は入れてるが、木が痩せて隙間ができるのを塞ぎきれてなくて寒い。
優の症状が咳だけとは限らないから、万が一、熱が出た場合はあっちでは体に堪える」
お父さんは真剣だ。
「ま、俺もこっちに来れば馬で出勤しなくてすむ上、二階から一階の移動距離に変わるから楽だし、風呂にも入れる」
お父さんはぱっと明るく切り替えたが、私が気を使わないためなんだろう。
確かにあっちの家は寒い。キャンプが好きで、それなりに不自由な生活は平気でも、寒さ対策してするキャンプと、日常生活で寒さ対策してても寒い家は似て非なるものだ。
「どうだ? 引っ越すか?」
「やりましょう!」
「やる」
お父さんはそーか、そーかと頷いている。
「優の荷物は、俺達が持ってきても良い。俺達の荷物も、仕事関係の物以外、動かす物はほとんど置いてないから、すぐすむはずだ」
「そうね、仕事関係の物は私の物が半分残ってるだけで、後はもう下に来てるしね」
「ギルドとの約束の関係があるから、俺は優と先に戻る事になるが、マーチャ一人になっても仕切れるか?」
「アージヨので経験したから、多分平気よ」
「なら決まりだな。荷馬車と人を、ウチの者に頼んで出す」
あれよあれよという間に引っ越しが決まり、荷馬車二台と、御者を兼ねた従業員さん四人と私達家族で前の家へ。
お父さんは服がいくらか残ってるだけで、あっという間に荷造り完了。
私も服と、お母さんの仕事場に置かせてもらってる生地くらいの荷物しかないので、荷造りはすぐ完了。
お母さんの仕事場にあるものはお母さんの荷物と一緒に運んでくれるので、なおさら早く終わった。
手が空いたお父さんは、冷蔵箱などの持って行く物の搬出に取りかかった。私はお母さんの方のお手伝いを時間の許す限りして、新しい家へ戻った。
自転車は新宅までの移動も兼ね、もちろんお父さんが自転車こぐ担当の、自転車の二人乗りでのお引っ越しだ。
『もしもし、ツヨシ。もしもし、ツヨシ。応答されたし。
こちら商業者ギルドのクライスラー、こちら商業者ギルドのクライスラー』
おわっ、驚いた! こっちのスマホには着信を知らせる機能がないので、いきなり通話中になる。
なので呼び掛けと名乗りを繰り返して聞き逃しを防ぎつつ、通話したいと伝える。
お父さんが自転車を道の端に寄せて止まり、電話に出る。
「こちらツヨシ。クライスラー、どうした?」
『おおツヨシか。いや、便利だな! 普及すれば……』
「今、それはいいだろ。用件を聞かせろ」
スマホどころか電話もない世界なので、自転車で注目を集めていた上、さらに人目が……というか、人垣ができつつある?!
『すまない。
動かしずらい、大きな試作の確認に出ていてね。
君の新しい家から近い場所にいるから、私達がそちらへ伺うので家で待っていてくれ』
たんにそれは新しい家に来たいって事ですね。
「家に来たいだけだろ」
やっぱりお父さんも同じ事を思っていた。
昨日、夜はいらしていたが、あちこち見て回るのはお父さんが禁止していたし、まだ見たいのだろうと思われる。
家一軒、丸ごと魔道具みたいな物だろうから、興味が尽きないんだろう。
人垣も厚くなって来ていて、お父さんは分かった、家で待っていると通話を切る。
そして今日もすみません、通してくれと人垣を割って通り抜け、自転車のダッシュこぎするハメになった。
そんなお父さんを、自宅の風除室でにこにこスマイルで待ち受けているクライスラーさんと、私の専属担当のアマンダさんの姿がある。
後の二人の内の一人は、昨日、廊下会議の時に錬金術師ギルドで固まって座っていた中にいらしたはず。
「お前ら、約束の時間にはまだまだ早いだろうが……」
と、疲れを倍増させたお父さんがいたたまれなかった。
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