20:カラクリベッドと朝ごはん
話が終わると、お父さんとエバーソンさんは庭へ降りて行った。
エバーソンさんは、嬉しそうにライトを持って。オモチャにしてると、すぐ充電無くなりますよ?
一方、私はお風呂に入って寝る事にした。
お風呂は、初めて足を踏み入れるな。日本の湯船を設置してるそうだが、今日はシャワーで我慢。
二ハンドル混合水栓って蛇口が、湯船用とシャワー用の二ヶ所付いているそうだ。使い方は、多分見たら分かるって。
シャンプーはないから、湯シャンか固形石鹸を使うしかないそうだ。洗えれば何でも良い。
人が多いので、マーチャさんがドア前で見張り番をしてくれるって。鍵はあるけど、念のためだそうだ。
「あらあら、もう酔い潰れているのね」
マーチャさんは、苦笑いをしながら中へ入って行く。
彼女、私が辞めたお店のお針子仲間だったんだけど、お酒に弱いのに好きだからしかたないわねって。
私は中には入らず、ドアから中を覗いた。
私の部屋と同じ造りで、同じ家具が置かれている。元々三部屋を客間の心算で作っていたそうなのだが、違うのは、可動式クローゼットが一つ少ない事くらいだ。
ここまで同じにしなくてもと肩を揺らしていると、マーチャさんに入って来て手伝ってと呼ばれた。もちろん小声でだよ。
「他にも酔い潰れるかもしれないから、用意しておきましょ」
どんな用意するんだろ?
マーチャさんはベッドの横に膝を付いて屈むと、ベッドの下へ腕を差し込んだ。
すると、二つ折りにして収納されていた、毛布と布団とマットが出てきた! おおーっ、こんなからくりが!
マーチャさんは、イタズラが成功した子どもみたいなきらきらした顔で、私を見上げている。
イタズラが成功したら楽しいよね。
「何これ、面白いカラクリ」
「でしょう? 初めて見せられた時、何回も出し入れして遊んじゃったわ。
さ、布団を全部、ベッドの足下の方の壁との間に積んでくれる?」
分からなくもないよ。着替えを隅に置いて、にやにやしながら渡される布団を積む。
マーチャさんは今度は頭の方へ移動して、また布団を渡して来るので、それも積む。
これで終わりかと思っていたら、布団が乗せられていた棚を取り出す。おお、まだ終わりじゃなかったんだ!
マーチャさんは棚になっていた折り畳みのすのこベッドを引き出して広げ、二つのすのこベッド同士と窓からも離してそれを設置した。
そこへマットを敷くと、可動式クローゼットの一つから厚手の敷きパットを取り出しマットに取り付けた。
お父さんってミニマリスト?
毛布を掛け、掛け布団を掛けると簡易ベッドの完成。
最後に、敷きパットを取り出した可動式クローゼットから枕を取り出して並べた。
日本のシングルサイズのベッド下にしかけた、シングルより一回り小さなサイズのベッドでも、こちらの人にはゆとりのサイズになるからサイズに問題はない。
部屋も本間間の十畳の広さがあるし、さらに物もほとんどないから、余裕で設置できちゃうよ。
この作業を隣の客間で繰り返して、女性用の雑魚寝ルームは完成した。こっちはさっきの部屋と、役割を変わってもらったよ。
ちなみに、男性用の雑魚寝ルームとして、リビング、多目的ルームが開放されているらしい。
こっちは昼間出した四角いクッションとハーフケット、毛布、夏用布団を被って寝るだけの、本当に雑魚寝になるって。
普通の家で、普通は人が十人も二十人も泊まる事もなければ、泊める用意もいらないんだからしょうがないだろ! とはお父さんの言。確かにね。
カラクリベッドですっかり楽しくなり、シャワーをこっちに来て初めて浴びて気分スッキリ。
脱衣所には、洗濯機代わりの、メッキ加工された大きくて平たい、深さのある手洗い鉢が設置されている。
下は洗濯かごが入った棚になっていて、洗濯が作業しやすい高さになっている。
脱水は、壁に付いている金属のリングを使う。
リングに専用の布を通し、布の間に濡れた洗濯物を挟む。洗濯物を挟んだ布を、雑巾みたいに捻っていくと、それなりに絞れる脱水が可能なのだ。
アナログ過ぎる。それでも雑巾の様に絞るより、一歩進んでるのが何ともはや……。
いつかここに、洗濯機を設置したいものだ。
「マーチャさん、見張りありがとうございました」
「気にしないで。色々デザイン考えていたら、あっという間だったわ」
薄い木の板に、黒鉛の棒に革のカバーが付いただけの鉛筆で、うきうきしながらデザインが描かれたものが三枚積まれている。
紙は普段使いするには高価なので、清書以外は表面がなめらかな木簡を使うのがポピュラーなんだって。それを見せてもらいながら部屋へ戻る。
「どれもすてきなデザインだね。
この切り替えとか、アクセントになってて良いね」
ありがとう、ちょっと冒険したの、なんて話を少しして、マーチャさんはまた庭へ戻って行った。風邪ひかないようにね?
寝る前に、折り畳みすのこベッドを一つ作る。
お父さん達の部屋はエバーソンさんを泊める事になりそうだから、マーチャさんは一緒に寝る事になったんだ。
なので、クローゼットの中のハンガーバーにダブルグリップを吊り下げ、洗濯を干す事にした。人目に付かない場所が、ここしかないんだわ。
ベッドの上がり降りの邪魔にならないように、窓と平行に、ベッドからも距離を開けた位置に設置した折り畳みすのこベッドに潜り込む。
日本では体験した事のなかった衝撃と、慣れないプレゼンに疲れていたらしい。窓を閉め切り、温かな空気に満たされた快適な環境に、あっという間に睡魔がやって来て、その虜になった。
朝、起きると、ベッドにはまだ眠っているマーチャさんが見えた。起こさないように静かに折り畳んだ折り畳みすのこベッドの上に、布団を畳んで寄せ、着替えも静かに終えるとキッチンへ向かった。
多目的ルームとリングに雑魚寝している人達が見えたので、何か作ろうと思うけど、何が好まれるかな?
ここにもある、小型冷蔵箱付き収納棚のあちらこちらを見て唸っていると、お父さんとエバーソンさんが顔を出した。
二人とも、目の下にクマが……。
「おはようございます。
お早いですね」
「おはよう、優」
「おはようございます、優嬢。
あなたこそ、お早いですね」
豪華なお召し物には、変な皺は寄っていない。やっぱり、寝ていらっしゃらないのか?
「先に休ませてもらいましたから。
後、昨日はすみませんでした」
こちらを観察していらっしゃったエバーソンさんと目が合う。
「昨日のような日もございましょう。
気にしておりませんよ」
クマ付きだけど、朝に相応しい爽やかな笑顔でそうおっしゃって頂けると、心が軽くなる。
「喉はどうだ?」
「あー、昨日叫んだからか、ヒリヒリしている」
二人にあの大声だからなと、笑われてしまった。
探し回るより早いじゃんか。無理するなよと、今日も言われてしまった。
「朝ご飯って、何か作った方が良いの?」
「少しだけな。
屋台の残りも多いから、足りない分だけ作り足そうと思って起きて来たんだ」
「そうなんだ。
ちなみに寝たの?」
「明け方から、仮眠程度にだが寝たよ」
少し寝ていたのは安心した。
「エバーソンさんは?」
「同じく、多少寝ましたよ。
食事の準備の手伝いをと思い、起きて参りました」
……貴族っぽいから、料理は……。
「これでも冒険者出身で、多少は料理の心得がごさいますよ。
エルフの血が少し入っておりまして、見た目より歳を重ねておりますから、それなりに色んな経験がごさいます」
顔に出てたいのかっ?! 心を読まれたような、そしてエルフって!
「優嬢達のいた世界にはいないそうですが、こちらならクォーターから先にエルフの血が入った者はそれなりにおりますよ。
先々で、多くのそういった人物には出会われますでしょう」
「そうなんですね、わくわくします」
エルフに限らないけど、出会いは楽しみだ。
シンク台の横にあるハンドルを回すと、少しシンク台全体が高くなり、私とお父さんにも、さっきまでよりも使いやすい高さになった。どんなしかけがあっても、もう驚かない! たぶん。
昨日のお昼のスープの残りを出汁の代わりにして、なんちゃって豚汁を。
具を適当に足して、味噌を必要な量の半分投入して煮込む。
その間に、豚の串焼きの串を外して、肉をざるに入れて水洗いして塩を流し、厚みと同じ幅にカットして炒める。
本当は、スライスされた豚肉をカリカリにした物の方が好き。カリカリがアクセントになるんだ。
そのまま使うには塩分があるので水洗いして塩を流し、水洗いしたため多くの水分があるので深い鍋で炒めた。
出た油は使いたい分だけ、ころころカットの肉と一緒に豚汁モドキへ。
味をみながら味噌と醤油を入れ、軽く煮たたせて完成。
しばらく前から余熱しておいた火の魔石を使ったオーブンで、硬くなった堅パンを半分に切った物の片方は天板につく部分を軽く潰してぐらぐらしないようにして、厚みのあるスライスチーズを作って天板に並べて中段に入れて焼いたら完成。
もう片方の堅パンは、切り口の方の真ん中はスプーンで全体を軽くへこませ、できた窪みに卵を割り入れ、軽く塩をふって天板に並べて下段に入れて焼いたら完成。
食べる時にお好みで、トマトソースの煮詰めた物を付けたり、胡椒をふったり、別々で食べても二種類を一つにまとめて食べてもオッケー。
良い匂いがし始め、起きてきた人から昨日と同じように並んで料理を取ってもらい、思い思いの場所で食べてもらう。
食べ終わったら、みなさん慌てて出勤していたよ。
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