19:話しが大きくなりそうだ
家へと帰り着き、庭で出迎えてくれたお父さんとマーチャさんに適当に屋台料理を渡され、それを持って部屋に入る。
机とイスが運び込まれていた。机に料理を乗せ、リュックとコートをイスに手荒く投げるようにして置くと、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。
暖かな部屋に、昼間開けたままにしていた窓から夜風が入り込む。ぶるっと震える冷たい風だ。
その冷たさが余計な思考を削ぎ落として、必要な部分だけを残してくれる。
「優、入るわよ」
マーチャさんがノックを三回響かせてから、部屋へ入って来た。
多分、エバーソンさんから話を聞いて、同性のマーチャさんが来てくれたのだろう。
手には新しいパジャマと、湯気の立つカップが二つ乗ったお盆を持っている。
「さ、優、食べて」
食べないと、やりたい事をやる力も、考える力も出ないわ、と付け加えて。
「…………そうだね。食べるよ」
のそりと起き上がり、リュックとコートをしまい、席に着く。
マーチャさんは私の隣の席に腰かけ、こちらを見ている。
頂きますと手を合わせ、カップに入った味噌汁をすする。
はあ、ほっとする。大きく息を吐き出す。異世界の、こんな沈んだ気分の時でも美味しい。
これは、お好み焼きだ。ネギ焼き。醤油味のネギ焼き好き。とろろ芋あるのかな? ふわふわ。
串焼きかぁ。ちょっと冷めちゃってる、硬くなったかな?
あむっ。あれ? 柔らかい。しかも塩がぱらぱら程度の味付けで、凄く美味しいな。
温かい味噌汁で体が温まり、お腹が満たされるほどバラバラだった点がつながった。
イスを倒す勢いで立ち上がり、マーチャさんの後ろを回って窓へ行き、大きく窓を開いて叫ぶ。
「大城さーーーんッ!」
叫んでげっほげほと見事に噎せ返る。マーチャさんが駆け寄り、背中を擦ってくれた。
「ちょ、優っ。言ってくれれば呼びに行ったのに、大声で叫んだりして! 喉痛くなったでしょう?
大丈夫?」
うんうんと頷いて、大丈夫と伝える。
噎せ過ぎてぜーぜーと肩で息をしていると、大城さんと、なぜかエバーソンさんまで部屋に飛び込んで来た。
「優?! どうした?」
「いろい、ろ、聞いて、下さい」
「もちろん聞くから、落ち着け」
聞くけどしゃべるの禁止と言い渡され、リュックからパソを取り出し、筆談? パソ談? で伝える。
寺子屋が無料なのを確認。よしよし。
「ストリートチルドレン達を先ず寺子屋に通わすのに、寺子屋で一度授業を受けたら一食食べさせる」
「授業を受けたら、何か偽造できない印をもらえる。それを子供食堂に持って行ったら、週替わり程度でメニューが変わる、お子さまランチみたいな、ある程度栄養バランスの取れたワンプレート料理を提供する」
「読み書き計算ができるようになったら、希望者は焼き味噌の味噌玉と、豚の味噌漬けの移動販売の売り子になれる」
うんうん。
「売り子になったら、登録しているセンターへ、正午までに出勤。シャワーを浴びて、制服に着替え、身なりを整えてから仕事道具として、保冷機能の付いたかごを無償で貸与、始業」
うんうん。
「データが集まるまでは、センターの人間が売れると思われる数の品を卸す。この時、誰に何を何個卸したか記録」
記録とデータは大事だ。
「夕方に登録しているセンターに帰所。
活動した地域の聞き取り、かごの返却と、売れた数に応じて報酬を支払って一日の流れは終了」
ここでもデータは大事だ。
「聞き取りした場所や売れた数を集計して、廃棄をなくす。
廃棄ロスをなくすため、紙などにデータを残して蓄積、分析。
ここまで合っているか?」
うん。お父さんはここまで区切って読み、頷くのを確認してまた読んで。
カタカタ『このメニューは売れそうかな?』
「インスタントに味付き肉。どっちも多分ないものだ、売れるだろう」
カタカタ『売り子が育つまでの子供食堂の費用の用意とか、商品の数を作るとなると、安く仕事を請け負ってくれる業者さんや資金が必要だけど……。
クラウドファンディングより簡単な、資金調達の方法はあるかな?』
穴だらけの案だと思うけど。それでもある程度、詰まってるはず。
「優嬢、宜しいですか?」
カタカタ『もちろん、どうぞ』
「ずっと同じ物では、飽きられませんか?」
カタカタ『後々、ラインナップを増やします』
「もし、かごや商品を持ち逃げしたらどうします?」
カタカタ『ギルドで、登録に使ってるシステムを使ってはダメですか?』
「ふむ。どこかのギルドの物と併用で良いなら、可能ですよ。それで持ち逃げしたなどの管理をする、と」
カタカタ『はい。
残念ですが、みんながちゃんと働くとは限りませんから……』
「誰かに襲われた時は、どのように?」
カタカタ『防犯ブザーを鳴らしてまわりに知らせ、衛兵や冒険者など、近くの方に助けてもらいます。
防犯ブザーというのは、危険を感じたら音を鳴らして、助けを求める道具です』
「助けが見込めない場合は?」
カタカタ『命優先です。また、怪我を負わされないように、暴力を振るわれそうになったらかごは捨てて、逃げる事を徹底します。
仕事中はずっと録画していれば、録画から相手も特定しやすいですよね?
仕事中の不正の確認にも使えますよね』
考えたくない事もあるけど、それはできない。不正のペナルティや、襲われたのが本当かの確認や、その時の補償も考える。
エバーソンさんはイスに深く腰かけ直し、思案顔になった。
不安になってお父さんとマーチャさんを見ると、大丈夫だよというかのように、優しく頷いてくれた。
「いくつか考える事もありますが、良いですね。
規模もありますし、資金も人材も人員も必要ですし、この際、国にも入ってもらってはいかがでしょうか?」
国?! トンデモナイコトヲオッシャル! しかしエバーソンさんはもちろん真剣。
私は何でと青くなるが、エバーソンさんは「国が国民の事を考えるのは当たり前でしょう。国に入ってもらってもおかしくはございませんよ」と事も無げに言い放った。
「俺は『年金制度』と、『保険制度』を提案している。
年金は老齢年金より、寡婦年金、障害者年金が主になるな。
色々問題はあるが、いかに増やして年金たる額が払えるようになるかと、寿命が様々な種族がいるのが大きい。
保険は浸透しそうで、まだいいんだが……。
怪我はポーションがあるといっても、部位欠損や、ほとんど千切れている手足が元の状態になる事はない。きれいに切断して、ポーションできれいに塞ぐだけだ。
酷い虫歯で人が死ぬ事もあるが、これも治らない。折れたのは骨折扱いなのか、治るんだがな。
病気にいたってはほとんど研究されていないから、薬も治療法もない割に、医療費は全額負担で驚くような治療費がかかる。
医者に掛かりたくてもかかれないって、納得する金額だ。
それをどうにかするには、個人では限界がある。
だから、国を巻き込んだ方が良い場合もあるって事だ」
その辺の仕組みは分からないけど、ないと困るのだけは分かる。技術以外にも必要な事はあるんだね。お父さん、頑張って。
私のやろうとしてる事も、個人でこの町だけに広がれば終わる事じゃないもんな。
せめて国全体に広がれば、多くの子供に救いの手が差しのべられる。
「いつか国に広がるとして、先ずは町規模で開始して、次は領、最後に国全体に行き渡る制度になれば宜しいのではないでしょうか?
最初の町規模でしたら、不肖ながら私、エバーソン・ルーニー、お手伝いいたします」
エバーソンさんは他意の感じられない、優しい笑顔を浮かべている。何か思うところがあって、このシステムを成功させたいのかもしれない。
そしてエバーソンさんは、私が見据えていないところまで見ているのかもしれない。
国全体は考えられないけど、町規模ならまだ考えられる。そこでいいなら、やってみようかな。
強力な賛同者がいるなんて、それだけでもとてもありがたい事だもん。
「どこまでやれるか分かりませんが、宜しくお願いします」
私はそう言って頭を下げた。
お読み下さって有難うございます。
お楽しみ頂けましたら幸いです。
面白かった、良かったなどお気楽に、下の
☆☆☆☆☆
にて★1から★5で評価して下さいね!
続きが気になった方は、ブックマークして下さるとすっごく嬉しいです!
感想や応援メッセージもお待ちしてます!




