18:町の陰
あっさり個別識別可能なスマホができ、みんな喜んでいるのは良い。
「大城さん? 何かどんどん人が増えていませんか?」
知らない顔がちらほらではなく、そこら中にいる。
「集まったのは俺か優の担当ばっかりだったのが、ギルマスやギルドの一番の腕利きの奴なんかが、いつの間にかしれっと混ざっているな」
気のせいではないらしい。お父さんのこめかみがピクピクしている。
マーチャさんがまたも玄関で、みなさんに靴を脱いでもらうまで家にはあげない担当しているから、土足で新築の家に上がり込んだ不心得者が出て、気分を害したといった事が原因ではない。
「なんか、個別識別可能スマホが量産されていない?」
「俺の分と、優の分を渡されたな」
ほら、と一台渡された。
何組か通話をしてるから、絶対に最初の二台だけではない。お父さんが今度は呆れた顔をしている。
そこへまた、新顔の方がお父さんに挨拶に来た。
「やあ、ツヨシ。急だったから大した物は用意できなかったが、良いワインを用意して来たよ」
お召し物が今日一番、高価そうな男性だ。
「統括ギルマスまで」
良い物をありがとうございますと丁寧なお辞儀を返していたが、お父さんはもう諦めたみたい。死んだ魚の目になった。
「そちらが噂の転移者、芦屋優嬢かい?
お噂はかねがね聞いているよ」
「ああ、そうだ。
今日は挨拶だけで勘弁してやってくれ。転移者特有の体調不良らしくてな。
優、こちららは旧王都の全ギルドを束ねる統括ギルドのギルドマスター、エバーソン・ルーニーだ」
「ご紹介に預かった、旧王都サリーアの統括ギルド、ギルドマスター、エバーソン・ルーニーだ。お見知りおきを」
「お初にお目にかかります。芦屋優と申します。ご挨拶にも伺わず、申し訳ごさいません」
こちらの作法は分からないが、右手を下にして軽く手を重ね、言葉を言い終えてから深いお辞儀をする。
挨拶の作法が間違っていようとどうしようと、こちらの挨拶は知らないのでどうしようもない。
「先触れも出さずに、いきなり来るのが悪い」
お父さんに同意だわ。お知らせほしいよね。
しょっちゅうあるのか、しばらく散々文句を言っていたよ。
その内他の事に飛び火していたけど、お父さんの目は全く暗い色を含んでいなかったから、にこにこしながら聞いていられたのだけど。
「はは、分かった分かった。降参だ。
それより、優嬢を休ませなくて良いのか?」
「そうだった!」
「だがその前に。
みんなも聞いてくれ。下にいくつか屋台を呼んでいる。エールも飲み物も取り寄せているから、思う存分、飲み食いしてくれ!」
おお! ありがとうございますとみんなお礼を言うと、ぞろぞろと庭へ降りて行った。
気っ風の良い方だなと感心していたら、お前たち、帰る気あるのかと呟くお父さんの小さな声が聞こえた。
その呟きにないのかもと答えると、やっぱりかというような目をしたお父さんと顔を見合せ笑ってしまった。
「優は食べたい物を部屋へ運んで部屋で食べろ。冷たい風に当たらない方が良いだろう。
今日はもうここに泊まるから、ゆっくりしよう。
移動に体力使わない方が良いだろうし、こっちの方が弱った体を休めるには環境が整っていて向いてるだろうしな」
「どんな具合なんだ?」
「今は治まっているが、咳が出やすい。
無理して扁桃腺が腫れると、熱が出るかもしれない。だから用心している」
成る程、用心に越した事はないねと頷くエバーソンさん。
「あ、着替えはどうしよう?」
「パジャマは、俺の分の新しい物があるよ。新しいから使えるか? 他にも必要な物があるか?」
「服屋さんで、ちょっとほしい物があるなぁ。着替えてくるよ」
二人の下を離れ、部屋へ戻るとコートを羽織り、リュックを背負う。コートのポケットにライトを突っ込み、マスクをしたら出かける準備は万端。
「仕度がずいぶん早いな」
「店に着いたら開いているか閉まっているかギリギリだから、早い方が良いよ」
「店や詳しい事は道すがらこいつから話してもらうから、急いで行っておいで」
こいつは酷くないかいと文句を言っているエバーソンさんと一緒に、お父さんにさっさと送り出されてしまった。むう。
「行きがけは先を急ぐから、しゃべらずに向かうよ。
後、話さなくて良いからね。首を縦に振るか横に振るかで答えてくれればかまわないよ」
さっそくうんと頷いて答える。
わっ。今走り過ぎて行ったのって、アージヨさん?
「店に使いを出したようだ。これでもう少しゆっくり歩いても平気だね」
有難い。マスクして早歩きすると苦しくなるので、急がなくて良いのは助かる。
「この歩調なら、充分話しながら歩けるね。じゃあ説明しようか」
へらっと笑ってしまった。多分、エバーソンさんは私より少し背が低い。他の人よりは高い方だけど、身長差は侮れない。私はもう少し急ぎたいような、ゆっくりした速度で歩く。
今日はもう突発のパーティーのようなもので、主催者側の主人が席を外すのはやめた方が良い事。
日本と違って昼間でも、女性の一人歩きは大通りから離れた道などは避けた方が無難な治安である事。それは、見た目がどんなに男の子っぽくっても。
奥へ行くなら、馬や足のはやい騎獣などに乗って、何かあっても逃げきれる算段をつけておくべき。或は護衛を連れるか。
今日は、元冒険者のエバーソンさんが護衛だそうだ。
歩きなのは馬の用意をするより早いし、ちょっとそこまでの距離だから、体調が良くないのにすまない。
要約すると、そんな話を聞いた。
日本にいると分からないが、夜道の一人歩きが女性一人でできるって、凄い事みたいだもんね。
他の事も分かったので、最後に分かりましたと声に出しつつ頷いておく。
「着いた、ラ・ガーナだ。前に来たそうだね?
私はここで待っているから、さあ、行っておいで」
すぐ終わると思うけど、寒いのに外で待つの?
「中へ入れない理由が?」
「……。婦人物が色々あるからね」
さっし。日本でお婆ちゃんが言っていたヤツかな。
私達の世代やそれより前の世代には、男性が一緒に女物の下着を選びに行くとか、月のモノのコーナーへ入るとか、お互いに恥ずかしくてほとんどなかった事なの。
今でも買った下着が見えないように配慮もされず、袋に入れられるのを嫌う向きがあるって事を覚えておきなさいって話しだったな。
「すぐ戻ります。すみませんが、少しお待ち下さいね」
エバーソンさんが開けて下さっているドアをくぐり抜け、店内へ滑り込む。ぱぱっと選んで会計をすませ、リュックに詰め込む。
先日対応して下さった方だったので、改めてお礼を伝え、今日のお礼も伝えて店を出る。
中々サイズが見当たらず、ちょっと時間がかかり、外へ出るとほとんど真っ暗になっていた。
「お待たせしてすみません」
買い物をすませ、こちらに気付いたエバーソンさんが開けて下さったドアから飛び出す。
「あなたは買い物も早いね」
早かろうと時間がかかろうと、待たせた事に違いはない。
エバーソンさんはお父さんに電話をかけていた。もう帰るから、迎えの馬車は来なくて良い、すぐ着くからって。
そんな用意していたのか。いらないよ。いや、貴人のエバーソンさんには必要なのかもしれない。
そのエバーソンさんは私の横で、個人とすぐ話せるのはとても便利だ。ぜひとも早く一般市民まで普及させたいアイテムだと、個別識別可能スマホに感動しておられた。
ポケットからライトを取り出し、明かりを点けますねと断ってから点灯。
かちかちと強モードに切り替える。まだ太陽の光の残りがあって、ecoモードだとはっきりしないし、弱も微妙だったので、今に合うモードを選び、フォーカスコントロールで光の範囲も調整。
あれ? エバーソンさんがいない。振り返ると、エバーソンさんがフリーズ。
「それか……、ツヨシの言っていた目指す手持ちの灯り……」
「手持ちの灯りもですが、部屋の照明もですよ」
「何と……」
エバーソンさんを置き去りにしないように、注意しながら歩く。
考え事をしている風なので、気配を消すレベルで黙って辺りを見ながら歩く。
目に入ってきたのは、ストリートチルドレンだろうか。
防寒具らしき物は着ていない、ただのボロボロの服をまとった、ガリガリだったり痩せ細ったりしている子ども達が目に入る。
初めて目の当たりにしたストリートチルドレンの有り様に、鉛を飲み込んだような気持ちになる。
食べ物を探しているのだろう。
生ゴミは、各家庭でスライムのエサとして処分されるのが一般的だというこの世界。
食べれらる残飯にありつくのは、望めないだろう。
たまに飲食店の裏口の方の目立たないところに置かれている、古くなったらしいパンや野菜、果物。
もしかして、ストリートチルドレンとして生きるしかない子達のために?
動画や色んなもので、ネグレクトや親がご飯を食べないから、子供も強制的に食事抜きなどといった内容の物をそれなりに見たが……。
関心をもって見た事があっても、実際に目の前にいるのは違う。
「……、優嬢、体が冷えるよ。
ツヨシが首を長くして待っているだろうしね、帰ろう」
どのくらいそうしていたのか。子ども達はいなくなっていた。
それでも動けずにいる私の肩を、エバーソンさんがそっと押す。
そうだ、絶対に子ども食堂のようなものを自分の手でしよう。
そのためにはお金を稼ぐんだ!
そう心に誓った。
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