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路地裏のジョニー  作者: 横浜カモメ
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第3話「バンド組んでみた」

避暑地、避暑の為に訪れる場所。標高の高い場所なので夏でも涼しいらしい…、があまりにも暑い! 御代田という駅を降りてからというものの、周りは崖やら森やら建物らしいものは一つもない。そんな場所に綺麗に敷かれたアスファルトの上は、照り付ける太陽が反射し気温をぐんぐん上昇させる。まだまだ目的地には辿り着かない。流れ出る汗、一歩踏み出す度に体力は大きく奪われていく。

 僕たちは親父の会社で使っている別荘と謳った一室を目指していた。現在、ほとんど行かないので売りに出しているが、なかなか買い手がいなく、勿体無いから友達と泊まってくれば、との両親の提案だった。僕は幼い頃の記憶を辿りみんなを誘導するが、すぐ近くのはずなのに見つからない。それもそうだ昔は車で行っていたのだから。電車で来た場合の道など知るわけがない。タクシーに乗らなくても徒歩で着くと聞いていたがまったく全くつく気配がなかった。たった一つの頼りは親に渡された適当な地図だけ。石原も八田も岩田もずっと文句を言い続ける。


「暑ちいよー、タケルまだ着かねえのかよ、ちょっと休もうぜ」岩田はかなりへばっている様子だ。


「またタケルマジックにハマったよ! だからはじめからタクればよかったんだよ!」


初めは歩くことに賛成していた石原もこの有様だ。


「タクシー見つかったら乗ろうぜ」と言いつつも長い時間、タクシーを発見することが出来ない。


「そういえば知ってる? 軽井沢ってカナダ人が開拓したらしいぜ」僕は得意気に言った。


「軽井沢じゃないじゃん。来たのは御代田じゃん」八田が反発する。そう、目的地は軽井沢というより軽井沢に近いというだけだった。でも似たようなもんだろ。


「あっみんな、ここだよここ!」やっと着いた…。


散々歩き続け、やっとの思いで辿りつく事が出来た。もう体中が汗だくだ。着いたその目的地はやはり避暑地という事だが、まったく涼しくはなかったが、寒々しく見える場所だった。人の気配はまったくなく、そこだけ世の中から忘れ去られ、時が止まったような空間と化している。そんな寒々しい光景の中、いつの間にか僕等は暑さを忘れていた。部屋に入るとゴミだらけで、更に冷蔵庫の中は腐っているものばかり。まるで、両親に騙されて掃除に来させられたような気がした。みんなは文句を言いながらもで大事な寝床なので手分けをして掃除を始める。


落ち着いた頃にはも陽が暮れて、夕飯は自炊するはずだったがカップラーメンで済ませた。そして夜になり男四人、することなんて何もないので岩田が持ってきた《火垂るの墓》を観てから寝た。翌日は昨日とは打って変わって曇り空だったが、別荘の敷地内にある合同で使うような寂びれたプールで泳ぐことにした。無料と聞いていたが金を取られた。再び僕はみんなの攻撃の的となった。 


 陽が隠れた上に気温が低いため、寒くなりすぐに引揚げた。仕方がなく街へ出てみることにしたがつまらない土産物屋しかない。


 その夜、僕らは色々な話をした。石原の彼女話や、八田のバイトでの出会い話、岩田の恋が終った話、僕の音楽の話など、僕らは色々な話をした。


「みんな、妖怪って実際にいると思うか?」僕はみんなに尋ねた。「妖怪と言えばさ、こんな話あるんだぜ」どうせ誰も信じないだろうと思いながらも切り出してみたが、いつの間にか怪談話になってしまい夜は更けていったのだった。夜が明け帰宅の準備がはじまる。大量に残った食材を全て炒めたものを回し食いをし、急いで別荘を後にした。もう二度と来ることはないだろう。とみんなも思ったであろう。帰りの電車内で八田が秋に開かれる文化祭の話をしてきた。


「うちのクラス、喫茶店にするらしいぜ」


「ガハハ、下らねぇ~」と岩田は笑ったが、石原が少し考えた顔を見せてから口を開いた。


「いいじゃん! いいじゃんそれ、女の子誘うのにいい口実じゃーん!」物凄く興奮している。


なんだかそれを聞くと僕も興奮してきた。


「そんなことよりもさ、うちらも何かやろうせ」


「だから、三人でコントやるんだろ。台本作ったぜ」僕は岩田へ答えた。


「なんだ? あのアホみたいなコント、マジでやるのかよ? ガハハ」八田は人を小ばかにするように笑う。


「真面目にやるコントがあるかっての!」


「あんなのやりたくねえよ~」岩田は激しく抗議してきたので、「じゃあ、他になんかあるか?」と逆に聞くと、考えている様子だった。その影で、僕は実は弾き語りで文化祭のステージに立つことを密かに考えていた。その姿を想像した、僕はそこにある小さな彼らとの世界から外れ、外から流れる風が心地よく感じられた。


 楽しかったのかどうなのか、よくわからない旅行だったが、都会の喧騒から離れただけで僕はそれなりに充実感があった。言いたい事を好き放題言い合える親友と呼べる奴らとの旅行は楽しい。


路上に転がる蝉の死がいが目につく度に夏休みは終わりに近づいていることを気づかせてくれるが、残暑は厳しい。


 残りの休みは再び石原と岩田の3人でのCDコーナーでのバイトで明け暮れた。今日もCDコーナーから浜田省吾のアルバムを一枚買って帰った。今回手に入れたのは《PROMISED LAND 〜約束の地》早速家に帰り、収録曲の《僕と彼女と週末に》を聴いたとき、浜田省吾が曲中で増える汚染物質を風刺した詞を語る部分を聴き、僕は脳天から鉄杭を打たれたような衝撃が走った。歌で、歌なんかでここまで聴く人にメッセージを与えられるとは、浜田省吾、貴方はなんて人なんだ、僕はそれを切欠に社会的な訴えなどもメッセージソングとして次々と歌にした。


僕はこうしたプロテストソングにも興味を持つようになった。


ある晩、観ていたテレビが突然消えた。


「あれえええええ、壊れたっ? せっかく手に入れたのに!」


 すると、再び暑いにも拘らず誰かの気配がしたと同時にギターにジョニーの足元が見えたかと思うと、しゃがんだのかギョロリとした目で覗きこんできた。


「うわあああああああああああああっっ!」


『信用は鏡のガラスのようなものだ。皹が入ったら元通りにはならない』


「はっはっ…まっまたお前かよっ、警察呼ぶぞ!」再びもののけが姿を現したのだ!


『オマエ、オレのことを人に話そうとしたって、ただ単に頭がオカシイと思われるだけなんだぜ? 別に言いふらしてもいい、精神病棟行きを希望してるならの話だがな』


「おい、ちょっと待てよ、普通は人に相談するだろ! 得体の知れないものがいるってさぁ! 信用もクソもあるかっての!」僕は反論したが、ジョニーはそれを無視して喋り続ける。


『オマエはオレを感じる。オレが嫌ならお望みどおり消えてやってもいい。その代わり明日の夜、オマエの見たあの場所へ行って、他に何が見えるか教えてくれ』


ジョニーは語るだけ語ると、再びギターは蛻の殻になった。


「あの通り…? あの場所って、もしかしてあの通りか…?」(行けといわれても、一体どうやって行けばいいのだろうか…)あの後日、あの通りを昼間探したが信じがたい事に存在していなかった。


「どうやって行けばいいんだよっ!」


呼んだが返事はない。(一体何なんだ、なんの用だっていうんだろう。とりあえず行くしかないのか? 消えてくれるなら、行くしかないよなぁ…)


 翌日の夜、僕は母さんにコンビニに出掛けてくることを告げ、外へ出た。まだまだ虫の声がうるさく、湿気もすごい。日本の夏はどうしてこんなに快適ではないのだろう。焼けた背中の皮を掻きながら僕は目的地へ向かった。


(確かあの角なんだけど…、前見たときには確認できなかったんだよなぁ)と思いつつ曲がると[その道]はあった……。路地の先はあまりにも暗い。月明かりも届いていないようなこの妙な暗さ、ここはまさしくあの日通ったあの路地だ。やはりこれは地獄への扉だったんだ…。ここに入ったらもう二度と出られなくなるかも知れない。怖がりの僕はなかなか一歩を踏み出せなかったけど、路地の奥から吹く冷たい風の心地良さに負けていつの間にか路地を進みはじめていた。暗がりの路地を進むと段々と違和感を感じてきた。僕には霊感など皆無だというのに。一本の街灯に照らされた真っ直ぐの路地と右と左に伸びる十字路に辿り着いた。一見普通の住宅地の十字路だが、違う。どちらも暗く先が見えない、ここだ。そうだ、思い出したぞ。ここで不気味な声が聞こえたんだった。それがジョニーだったに違いない。


「ジョニー、約束どおり来たぞ」僕はそっと呟いてみるが、少し待ったが返事はない。


「…誰もいない…?」そうだ、他に何が見えたかだったな…。僕は辺りを見回す。前に来た時ほどの嫌な感覚はない、腐った中身を取り除いた表面だけの蜜柑といえばいいのだろうか。不気味だ…。そうだ、ゴーストタウンというのはこういうものの事を言うのかもしれない…。


「うぅ寒っ…」半袖の僕には、ここはあまりにも肌寒い。冷たい風はやがて突き刺すような寒さに変わっていた。


「そうだ…」寒々しい住宅街の十字路のアスファルトに目を凝らすと、何かの光が反射しているかのように明るい事に気付いた僕は、空を見上げた。「今夜も、すごい星だ…」


 見上げた夜空は、あの日と同じように、夜空で網状に連なった銀河そのものの様に輝かしい星の光の大群が頭上を覆っていた。


「見た事のない夜空だ…綺麗だなぁ…」もしやこれが獅子座流星群ってやつ? でもニュースじゃ言ってなかったよな…。


(見た事のない夜空…、この事か? 他には何かあるか?) 周辺に建つ民家、何れも名無しの表札、(なんだここ…)アスファルトに這いつくばって眺めてみたが《他の何か》などどこにも見つけられない。


「…つーか、他の何かってなんだよ。漠然とし過ぎだ…」(普通と違うのは、空と人の住んでいる気配のない家、それとこの肌寒さか? もう帰ろう)


「…!」自分の位置をいつの間にか見失ってしまっていた事に僕は気が付いた。まずい…。自分の方向音痴さを僕は呪った。


「多分…、こっちじゃないかなぁ…。うー…、あーもいいよどうなっても!」


 正直、民家や道路に細心の注意を払っている事に気疲れしてきていた。とりあえず直進の路地を進むことにした。まるで僕は夢物語の中に居るようだ。ここにくるのは二度目だがこの間もそうだった、普段ありえない事が普通に起こって、それに普通に順応しているような感じだ。歩き始めていた僕は、既にもう家の前に到着していた。


「あ…」後ろを振り返ると、いつもの家まで続く道が見えた。まるで世にも奇妙な物語じゃないか。


「ただいま…」僕は玄関を開け呟いた。


「あら早いわね」僕はそんな母さんの返答に軽く応えて部屋へ戻った。


 自分の部屋に入ると僕は部屋の何処にも聞こえるように囁いた。


「ジョニー、トムだよ。お前の言ったとおり、あの場所へ行ってきたよ…」


『ギャオオオオオオ!』


突然ギターから凶悪な叫び声が耳を劈き、驚愕した僕はベッドの足につまづき壁に頭をぶつけた。


「いってぇー!」あまりの痛さに身悶える。


『ハハッ、やっぱりバカだぜ。冗談だよ冗談、オマエのバカさにはホント泣けてくるわ』


ジョニーは笑ったが無表情で気持ちが悪い。しかし、ジョニーは相変わらず恐ろしい眼光で、今でもあともう少しでちびりそうだ。


「で、ト、トムってなんなんですか」少しは慣れてきたといっても、やはりあの眼を見ると少し怖気づいてしまう。


『オマエの事だよ。俺がジョニー、オマエはトム。いいバランスだろ。それとも、ここは日本だから俺にタケシとでも名乗れっていうことを言っているのか? まぁ、時間はたっぷりあるように思う。仲良くやろうぜ。オレはオマエの為にいいアドバイザーになってやるぜ』ジョニーはそう言うと、再び無表情で少し笑った。


「アドバイザー? …もうトムでも何でもいいけどさ、あの場所行ったけど、他の何かがよくわからなかったんですけど…。空と家が変だったけど…」


『家と空…? なるほど…。それだけか?』


「いや、だから、誰も住んでなさそうな家と網みたいに連なった無数の銀河みたいなのが広がった空が普通じゃなかった…、超キレイなの」


『網…、それと家…。なるほどな。今後もまたオマエに何か聴くかも知れん。…よし! これからはオレと一緒にオマエの人生を楽しもうぜ!』


(ええっ? おい! よくわからないが冗談じゃない!)


「えっ? ちょっと待てよ! 約束どおり消えてくれよ!」


『約束? 知らんな』


「は? ふざけんなよ!」(はっ? どういうことだ? 楽しむ? アホか? 嫌に決まってる!)


『おいおい、そう熱くなるな。損はさせないぜ。じゃあオレの初のアドバイスだ。まず一つの予想だ。トムはバンドをやった方がいいと思うぜ。モテたい一心のオマエらの事だからな。ソロは考えず誘われたら右へ倣えってことだ』ジョニーは少し考えながら言った。


「はぁ? バンドだって? 誰と組むんだか。俺の周りには音楽仲間なんていない」僕は色々考えたが思い当たらなかった。


『面倒くせえやつだな、兎に角そういうことだ。またな』ジョニーはそういい残し、再びどこかへ消えた。


「何組かバンドやるやつ居るけど、そいつらに今になって誘われるのだろうか…。いや、あり得ない…」


 夏休みが終わり、ジョニーの言ったことが現実になる。岩田が俺たちもバンドやろうぜ、と提案してきたのだ。石原もノリノリだ。石原は僕の曲も演りたいと言ってきたので、勿論僕も参加することになった。基本パートはドラム岩田、ベースは石原、ギターは長田、キーボードはタキにお願いをし、バンド僕がネーミングした《OhYeahz》が結成された。


「とりあえず、やる曲決めようぜ。今日は俺ん家集合って事で!」岩田の一声でその日の夜は、岩田の家へ向かうことになった。部屋に入ると岩田がエレクトーンの譜面を出してきた。ずっと岩田の部屋にエレクトーンがあったのを不思議に思っていたのだが、どうやら本人が昔やっていたからのようだ。ドラムじゃなくてキーボードやればいいのに、と考えたがタキの方がイオスとかいう高機能キーボードを持っているので何も言わなかった。石原が興奮した口調で「ビーズのブローウィンやろうぜ!」と言い出してきた。


「そんなの長田が弾けるわけがないだろ。時間がないんだからもっと現実的に考えようぜ」と岩田は意外にもバンドに対しては常識人として頼もしい存在となっていた。…まー当たり前のことを言いのけてるだけか。しかし、石原は反論する。


「弾けなくていいよ! みんなでハモってアカペラでやるんだよ!」石原は相変わらず非現実的なハチャメチャな意見ばかりだ。岩田のそのエレクトーンの譜面にはアニメの譜面しかなかったので、仕方なくその中から数曲選び、ユニコーンの一曲と僕の曲から数曲をやることになった。僕は各パートの譜面を書かなければならなくなったので、家に帰った僕は早速譜面に着手した。ほとんどコードでしか楽曲を書いていなかった僕は譜面が全く読めない。ピアノをやっている弟の教本を見ながら書き、ドラム、ベースやギターは渡されたユニコーンの譜面を参考にしながら書いていった。次のページを捲った瞬間、ギターからまたボソボソと声が聞こえた。


(またあいつか?)


「よく聞こえないから、ちゃんとしゃがんで話してくれない?」


『まったく、注文だけは一人前だな。まーどうだ? 楽しいだろ。人間が賢くなるのは経験によるのではない、経験に対処する能力に応じてなんだ。色々経験しようぜ』ジョニーは口は汚いがインテリな事を言うな。とにかく、なぜかジョニーの予想どおりに進んだ。しかし、断らなかったのは必然的だったわけで、特に役に立ったとは思えない。


「ジョニー、なんかいいアドバイスはない?」僕はジョニーのアドバイス力を試そうと思い、聞いてみた。


『オレの予想が無意味だったから試そうってか?』


「えぇっ、心の声が聞こえちゃったりするわけ?」こいつ心の中が読めるのか、僕は焦った。


『バカか? オマエみたいな青二才の考えなんて見え見えなんだよ。目立ちたがり屋で女にモテたい一心のオマエの友達みてりゃどうせバンドだろってことだ』


「うっ」なんて的確な…。


『次に、オマエの考えていることはわかるぜ。バンドでは自分の真面目に書いた曲をやりたいが、実際に選ばれたのはふざけた軽いノリの曲だったのが気にくわない、ってことだろ。でも今回はそれでやるのが懸命だと思うぞ。バカ曲はコケてもそれはそれで成り立つからな。真面目な詞の歌がこけたらカッコ悪すぎるぜ』ジョニーの話は妙に説得力がある。僕もその通りだと思った。(コケてもオッケ~)そんな気持ちに少しばかり余裕ができ、僕の譜面を書くスピードにも拍車がかかる事ことになった。




 翌日の教室で僕は書いた譜面をみんなに見せる。


「急いで書いたよ、どうかな? 初めて書いたにしては、まぁまぁじゃない?」


「お、TAB譜ジャーン」長田は鼻を弄りながら目を通している。それぞれに譜面を渡し、とりあえず僕は個人練習をそれぞれやっておくように指示をした。


そして初めてのスタジオ入りの日がやってきた。真夏の陽射しと焼け付くアスファルトの熱気から解放されるスタジオのエアコンが心地いい…。


「みんなちゃんとやってきたか?」岩田の第一声。その中で一人不安げな表情をする男、石原。


「おいおい、大丈夫か石原」僕は石原に声を掛けた。


「やってきてんだけどさ、どうもまだ不安なところが多いんだよね」


「俺もそうだし、みんなもそんなもんさ」僕は石原を勇気付けた。


まず初めの曲合わせ。かなりいい具合に合うことができた。即席バンドでもこれだけできるんだと、僕は希望に満ち溢れた。次の曲もその次も、いけると確信した。殆どキーボードのタキのお陰が強かったのは辞めないが。一段落終わり、僕がボーカルを勤めるラストまでのオリジナル曲のリハーサルになった。石原の様子がどうもオカシイ。申し訳なさそうにベースを弾いている。そう…他はいい具合だったが明らかに一人だけ音があってなかった。僕はギターを使ってベースのパートを何度も弾いて合わせたので譜面に間違いは百パーセントなかった。とりあえず、まだ音合わせ1日目ということもあったので、それについてはとやかくは言わないでおいた。石原曰く、順番に練習していたこともあり、まだまだ、僕の曲までは練習が至らなかったのだろうと、そうみんなも考えその日の練習を終えた。


僕はその帰り、貯めた小遣いで浜田省吾の《オン・ザ・ロード・フィルムズ》を購入し、ゴキゲンで帰った。家に帰宅すると同時にビデオデッキに差し込む。そして再生。


「おおーっ、すげえカッケー!」僕はあまりの浜田省吾のパフォーマンスに圧倒された。彼のステージングに身震いをした。自分の中で浜田省吾は世の中に言わせるとマイナーなのかな、と考えていたけど、それをあっさり覆すほどの大観衆がそのビデオには収録されている。自分の周りは、“浜田省吾?《悲しみは雪のように》の一発屋のこと? 他の曲は聴いた事はないわ”という奴らが殆ど。まったく失礼極まりない。これほどまでの大観衆は見る限り三十代過ぎの子供連れのファミリーの観衆が多い。その中で拍手と喝采を浴びている浜田省吾はなんて素晴らしいのだろう。昔からのファンがこれだけ熱狂させる魅力ってなんなんだ一体! ますます僕は浜田省吾の虜になった。確かに、みんなが言うように失礼に値するかもしれないが、格別に斬新且つ素晴らしく誰もが酔いしれるようなメロディーの曲は少ないかもしれない。ブルーススプリングスティーンぽいところもある。しかし、僕は声を大にして言う。浜田省吾の素晴らしさは、その詩と確固たる存在感だと。僕はビデオながらも大熱狂した。ビデオが終った後、僕はリズムマシンを鳴らし、エレキギターでカッティングしながら、LLCool・Jの様に勢いよく歯切れよくラップのようなものをした。


「ラジオはいつでもFEN ベイブリッジ行ってアカペラん


ルルンブパパンパポンヨヨン 今日もオベーション掻き鳴らす 


もうひとつの土曜日大好き そんな恋憧れ大泣き


A作にジェラシー感じて 今日もブルースハープ吹きまくる


終わりなき疾走聞く度に 稲妻体を駆け巡る


悲しみは雪のように しか知らない奴はゴートゥーヘール


今頃グラサン外して 何気ない顔で街中!」



「あれ、おっ、いいじゃん! 俺のギターメロディーの合間にラップも挿入。ヒップホップ好きだった時代も無駄ではなかったわけだ! おお、こ、これは、海外は知らんが日本じゃ今までないぞ、ロックとラップの融合…。やばい。遂に俺は…、少なくとも国内では新しいジャンルのパイオニアになろうとしている!」僕は極限の興奮状態になった。


『おやおや、でたね自意識過剰ボウヤ』ジョニーがそう語りながらサウンドホールから鋭い眼光を現した。


「なんだよ、まだこんなアイディアの日本人なんて居ないぜ」僕はジョニーに切り込んだ。


『オマエがこうやってまごついて部屋の中だけで叫んでいる間に、そういったミュージシャンが現れちまうんだ。その時点でオマエのアイディアはオジャンで二番煎じだ。それよりもラップするならライムだぜ? 韻を踏まないと小気味よくない。じゃあな』ジョニーは出てくる時には的確なアドバイスをくれる様になっていた。なんだかんだ言って僕はいい曲が出来たりいいアイディアが浮かんだりすると自然にサウンドホールに話しかけるようになっていた。


「そうか、ライムだもんな。韻を踏まなきゃ意味がない。でもライムは歯切れよく聴こえたほうがやっぱりいいもの、そうなると日本語だと難しいな。だよな?」問いかけたが、もうジョニーの返事はなかった。


「ラジオはいつでもFEN それ以外はあり得~ん


スピッツにジェラシー感じて、今日もギター掻き鳴らして~


もうひとつの土曜日おぉナイス! そんな恋憧れオールナイト


A作にジェラシー感じて~ 今日もブルースブルブルブルッチェ…、おいブルッチェってなんだよ! む、難い…、続かない…。まーそれはそれとして、取りあえず今はバンドの練習をするしかないか」僕は学園祭で演奏する岩田の歌う《ファーストキス(はじめてのチュウ)》の練習を始めた。


 


 太陽の光の激しさは夏の終わりを告げるように息を潜め、時々吹く冷ややかな風が学園祭の時期が迫っている事を僕に感じさせてくれる。何度かスタジオ入りしていると、下手なりに何となくバンドとして合ってきたような気がしていた。上等かといえばそこまで行かないが、時間もなく未経験ということからもっと酷い有様だと思っていたからだった。


 しかし、次のスタジオ入りも、その次の最後のスタジオ入りになっても、ただ一人、石原のベースから申し訳なさそうに出す音だけが僕の曲に限って違う音が出ていような気がしていた。しかし、タキの素晴らしいシンセの演奏に石原のベースの音が書き消されていたせいもあったのか、あまり気にはならなかった。


「家でももっと練習するから大丈夫だって」と石原も気合を入れてるようだったので本番はどうにかなるだろう。別に心配する必要はないかもしれない。タキのシンセもあるし。


「じゃあ最後にもう一回通しでやろう」岩田の一声と共に演奏が始まる。こうして僕らのスタジオ最後の練習が終了した。 


 ギターを抱え家路に着く。陽が暮れると寒さを感じた。


「あ、タケルお帰りなさい。あなたに話があるの」家に着き、玄関を開けるなり母さんが神妙な顔で僕を呼び止めた。僕はリビングの食卓に腰掛けた。


「タケル、ゴウキ入院させることになったの…」母さんは今にも泣きそうだ。ゴウキは三人兄弟の真ん中で僕の5歳下の弟だ。


「ちょっと待ってよ、入院ってどこか悪いの?」別に、学校行ってないだけでどこも悪くはないでしょ。僕は何がどうなってるかよくわからなかった。


「タケルは知らなかっただろうけど、タケルやヨシトが家に居ない時、暴れてすごいのよ」


ゴウキは僕の五つ離れた弟で、ヨシトは七つ離れた弟だ。確かに、たまに奇声が聞こえることはあったり、真夜中なのにピアノ弾きだして眠れなかったり、ヨシトにわざとちょっかい出して怒らせては喧嘩して負けては延々と泣き続けられ勉強の妨げにはなったり、いや、あんま勉強してないが、大変なことは大変ではある、だとしても…。


「でもさぁ、入院はやりすぎなんじゃないの? だってそれだと精神病棟でしょ、それはちょっとかわいそうじゃないかな」


「もう、お父さんが決めた事なのよ、連れて行くときも本当に大変だったのよ…? あなた知らないかもしれないけど」僕に対し、母さんは悲痛な顔で答える。


「…」母さんの必死さを見て、僕は何も言えなくなってしまった。


「一応、教えておこうと思ってね」母さんは項垂れていた。僕はこういう場合どうすればいいかが全くわからなかった。ただ、ただ黙ってそんな母さんの姿を見ているだけだった…。


 煩い弟が居なくなる事に何処か、ホッとしている自分がいた。そして、悲しみにくれる母さんに何一つ優しい言葉を見つける事が出来ない自分がいた。もしかしたら、僕は自分が思っているよりも、ずっとずっと冷たい人間だったのかもしれない。僕は、劣等感に悩まされた人生が長いから、弱者の立場にも同等に立つこともできて、人より温かい心を持っているはずだとずっと思っていた。どんな立場にも立ててその視点で物事を見る事が出来る人間だと思っていた。それは思い過ごしだったんだ。十八になったばかりだというのに今頃気づくなんて、僕はなんて愚かなのだろう。気づくと僕は部屋で涙を流していた。それは居なくなった弟に対してなのか、居なくなった弟を嬉しく思う自分の心情が悲しかったのか。もしくは母さんの気苦労に対してなのか、何も言えない自分への悔しさなのか、僕は涙の理由がわからなかった。不透明な自分の心情が悔しい…。


『我が性格は、我が行為の結果なり。それはオマエの行動の結果なんだぜ? 性格なんてものは不変なものじゃなく、活動や変化もすれば身体と同じように病にもかかるんだ。なんだ? もっとやさしいと思っていただって? 冷たいだって? トムが未熟でクソったれなだけじゃねぇか』ブラインドの隙間からの月明かりに照らされたギターから声が聞こえた。


「ジョニー…」僕はギターを抱えいつの間にか眠りについていた。



 教室の喧騒の中、岩田がニヤニヤしながら僕の席へやって来た。


「ゴメン、ほんっとゴメンみんな、今日バンドの演奏順番の抽選があったんだけど行くの忘れてたよ。ガハハ」


「え…? 抽選いつだったんだよ!」


「ガハハ、昨日の昼だったんだけど、寝てた! ガハハ」岩田は笑いながら言い放った。


「えええぇっ、お前笑い事じゃねえよ! 何やってるんだよ!」岩田は一斉にみんなの集中砲火を浴びる。


「じゃあさ、それで結局順番は何番なんだ」僕は岩田に尋ねたが、今日学園祭の各プログラムが配布されるらしくそれが来るまで解らないという。岩田が抽選に行きたいと言うから岩田に任せたのにこれだ。抽選で誰も選ばそうな人気のない時間帯は早朝8時スタートしか考えられなかった。そんな時間、まだまだ誰も来ちゃいない。




 学食でいつもの様にカレーライスを食ってから教室に戻ると、学園祭のパンフレットが配布され始めていた。


「おいっ、きたぜパンフ」石原が早速バンドの順番を確認する。僕も確認する、しかし《OhYeahz》の名前が何処にも見当たらない。


「おい岩田、俺らのバンド名がないんだけど? 抽選行かなかったからじゃないのか? 未登録ってわけじゃないだろうな!」


 そこで、同じクラスで他のバンドの奴が話しかけてきた。


「タケル達のバンド、抽選こなかったから、朝の八時からになってるはずだよ~」僕らは即座に8時台を確認する。


「朝の八時は…、なんだこりゃ!」僕らは信じられないものを見てしまった。《午前8時スタート…[三年の残り]》


「はぁ? 三年の残り? バンド名が《三年の残り》だと? ふざけすぎじゃねえか?」これ作ってんのはどこだ? 生徒会だ。


「おい、生徒会へ殴り込みだ!」僕らは教室へ駆け込んで生徒会長のメガネ野郎を呼び出した。


「おい、これ何だよ! 居ないなら名前聞けよ。それぐらい出来るだろ、訂正して新しく作れよ!」僕らは激しく抗議した。


「もう配ってしまったんで、無理です。すみません」当たり前のような顔をしてひょうひょうとしている。


「全部回収して刷りなおせよ!」顔を真っ赤にして怒鳴りながらメガネ野郎に詰め寄る男がいた。八田だ。なぜか一緒に付いて来た八田が一番興奮してメガネの胸倉を掴んでいる。


「すみません! 刷り直しはできないので、訂正のお知らせ挟む感じで良いですか」そんなんじゃ納得いかないが、刷りなおしの再配布は常識的に考えて有り得ないと思い、僕らは仕方なく撤収した。八田が初めてカッコ良く見えた。


「なんだよ《三年の残り》って。ま、全て原因は岩田だけどな」僕は岩田に向けた。


「まぁ仕方ないさ~」タキは特に何も思ってないようだった。(タケはいいかもしれんが、せっかくオレの絶妙なネーミングなんだ)「訂正の紙挟んだって誰も見ねぇよ」石原が苛ついていた。


「ったく、朝8時かよ~」長田は名前については特に何も言わず、時間に対しての不満ばかり漏らしている。


「おまえ、そんな時間誰も見にこねぇよ、俺のモテモテ計画がオジャンじゃんかよ~」石原がため息をつく。


「トリ取る実力でもないからいいんだけど、朝っぱらからの演奏はキツイな。多分その日俺、まだ頭寝てるぜ」そう言い僕はタキを見たが、時間に対してもタキはあまり気にしていないようだった。「流石いつでも冷静なタキだ」中でも時間に大きなショックを受けていたのは石原だった。岩田はやっと責任を感じてきていたのか、口数が少ない。僕は石原の言っていた事を思い出した。


「モテモテってさ、お前彼女が見にくるんじゃなかったっけ? 意味ないじゃん」僕が石原にそう言うと、石原は肩を落としていた。


「そうだよ~、マキ観に来るねとか言ってたし…」


かなり悩んで命名し、暖め続けていたバンド名が《三年の残り》になってしまった事に対して一番落胆をしていたのは僕だった。




『おお、いいじゃないか。《三年の残り》未熟なバンドには絶妙なネーミングってもんだ。返って名前ばっかりカッコつけて演奏がグダグダだとこの上ないダサさだぜ?』


ジョニーは不気味で無表情な顔で部屋のギターのサウンドホール


から覗きながら笑っている。


「ふざけた曲ならコケても平気だとか、返って残り物とされている方がいいとか言うけど、どうも納得いかねえな。俺にどうして欲しいんだジョニーは」どうも腑に落ちない。


『逆にカッコいいじゃねえか。《三年の残り》っつーカスみてぇなバンドが他を圧倒してしまったらよ。駄目なら駄目で、やっぱ残りだね。で済むし、ま、オレが考えるに百パーセント後者だと思うが』ジョニーは無表情に爆笑しながら、姿を消した。


「まったくホント、腹の立つ野朗だ」




 学園祭当日、石原の席に置いてあった僕が渡した譜面が目に入った。目を通してみると、石原に渡したどの譜面にも、【ドレミ…】の音階の言葉で書き記されていた。なるほど、ちゃんとやってるのね、と一つ一つを確認してみるとすべてが間違えて標されていた。


(…ん? もしかして…! ああ、なんてことだ……)


僕は石原を呼び止めてドレミと記された譜面を差し出した。


「おい石原、なんでこれが【レ】でこれが【ミ】で、なんか全部大きくずれてないか?」僕は嫌な予感を感じた。次第にメンバーが集まってくる。


「なんでだよ、ここはドレミで【レ】と【ミ】じゃないか」メンバー全員で石原のパートの譜面を見る。タキが口を開く。


「あ、もしかして~、石原、ト音記号で音符読んでない?」


「ああっ!」一瞬にして全員が驚愕の表情に変わった。


「これヘ音記号だから、ドはここからだぜ…」俺は譜面の記号を指差した。


「なんだよ、そのヘ音記号って」


「ベースの場合、音階が低いから五線の音の始まりをヘ音記号にして五線に入るようずらしてあるんだよ、だから【ラシド】の部分からが【ドレミ…】と続いていくわけ」僕は石原の譜面上に振られた音符を指で指しつつ強い口調で説明した。


「そんなの言われなきゃ、わかんねえよ!」僕らの間に気まずい空気が流れ始めた。


「…んー確かに俺が、これは通常と違う読みだというのを言わなかったことが悪かった」僕はなんとか仲を取り持つことを考え話した。演奏当日にケンカしている場合じゃない。


「もう、石原はタケルの曲はベース持ってるだけな感じで行くしかないよ」岩田の意見に賛成することになった。というよりも、もうそれしか道はなかったのだった。


 そして、僕らは不安を多く抱えながら会場に向かった。会場は毎日毎日カレーしかメニューに置いていないお馴染みの学食の会館だった。木箱を幾つも敷き詰め、その上に30センチメートル程の高台にドラムセット、その下にとギター、ベースそれぞれのアンプとマイクスタンドが置いてあった。


「ここかぁ、悪くないなこんなものだろ」しかし、案の定、早朝の観客スペースにはPA(※)しかいなかった。


「うほっ誰もいねぇよ、ったく」なんだかんだで長田は気にしているようだ。黙々とセッティングを行っていると、クラスメイトが何人かゾロゾロと観にやってきた。ギターとアンプのセッティングを終え、ドラムを前にする。一曲目のドラムは僕が担当することになっている。クラスの連中の小さなざわめきの中、アルペシオの伴奏が入りメロディーは奏でられ始めた。イントロ的な意味合いの長田のギターソロだ。あ、いきなり失敗している…。終った。一曲目の始まりだ。ハイハットでテンポを取り演奏が始まった。夢中で叩くがちょっと走り過ぎかも。緊張なのか、ドラムは苦手だからか、早く終らせたい気持ちが強かった。始まってみるとギターもベースも演奏がグダグダだったが、タキの的確なキーボードプレイでそれらが掻き消されてしまっていることが結局、最後までの救いになってしまった。ドラム演奏が終え、ギターを持ちステージに立った僕は頭が真っ白になった。観客など殆どいないに等しいのに僕は緊張した。僕は[あがり症]だったらしい…。《ファーストキス(はじめてのチュウ)》ギターをストロークと岩田の歌が流れる中、人が一人、また一人と去ってゆくのが見える。僕は恥ずかしさで胸がいっぱいになっていく。この調子で最後の自分の曲三連発なんて僕は歌うことが出来るのだろうか。不安でいっぱいになってきた矢先、石原ボーカルの曲になり、石原がかなり弾けたパフォーマンスを見せた。僕は奴の姿を見て気持ちを取り持つ事が出来た半面、石原のこの場面で弾けれられる姿に僅かばかりの嫉妬感じた。その後は流れるように自作曲三曲を演奏し、ラストを迎えた。終了まではもう一瞬だった。とにかくキーボードと岩田のドラムに頼りっきりの酷い演奏だったのだけど、達成感はあった。いや、達成感じゃないな、やっと緊張から開放された気持ちでいっぱいだった。いやはや、こんな僕はホントにミュージシャンなんて目指して大丈夫なのだろうか。ステージに上がると頭が真っ白になってしまう音楽家なんて聞いたこともない。なんだか僕は自分に似つかわしくないものを求めているような気がした。

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