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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
7/23

7 姉妹

「姉妹だとォ!? 貴族の娘と――魔術師とは言え、通りすがりのガキが!?」

「ええ、不本意なことにね!」


 娘はロベリアに会えて嬉しそうだが、ロベリアはまるで嬉しくなさそうだ。

 それでもカナが動くことによる妹の死の危険性を下げようと、咄嗟に飛び出してきた。

 図太い小物で自分本位のクズだが、家族の情はあるらしい。


「ずっと探していたのですよ、お姉さま! ずっと……ずっと心配して……! でもお父さまが、大々的に動くな、と。家出なんて醜聞だから、と……!」

「それでその辺を少ない護衛でウロウロしてた結果、捕まったわけですね……。めっちゃ私のせいじゃないですか」


 カナの傍らで、ロベリアは天を仰いだ。

 半笑いの表情は、面白がっているのではなく自嘲だろう。


「グフフ……」


 一方、親分の笑みは余裕だ。


「お姉ちゃんならよォー、妹を守ってあげねえとなあ……。手を出すなッ! 動けば殺すッ!」


 後ろから抱き締めるように拘束した妹の首筋に、短剣の刃を這わせるありさま。


「視界外から魔術で狙撃すれば良かったな」

「その前にカナさまが動き出しそうだったからー! ああもう!」


 ロベリアは頭を抱えた。

 左右で括った紫髪をくしゃくしゃと掻き回す。


「失せな、ガキども。動くなと言ったが、離れる動きは例外だぜ。俺も失せるからよ……。妹ちゃんを連れてな」

「お姉さま!」

「ピアニィ……」


 妹――ピアニィは、遂に涙を零した。

 そして目を閉じ、開ける。


 彼女は何も言わなかった。

 助けてとも、見捨ててとも。

 ただ縋るように、ロベリアを見ていた。


「ロベリア」


 カナは問う。


「こういうとき、外人はどうするのが普通だ」

「一旦要求を呑んでおいて……状況を変えて、後で何とかする、とかですかね……」

「おい! 不穏な相談をするな。早く離れるんだよ! 殺すぞ」


 親分の短剣の切先が、ピアニィの首筋に食い込む。

 血の玉が浮いた。


「ひっ……」

「可哀想になあ~。オメーらがダラダラしてるからだぜ」


 親分が凄む。

 ピアニィは――落涙を堪え切れなかったことで心が折れたのか、次から次へと涙の粒を垂れ流してしる。かちかちと歯を鳴らしながら。


 これを一旦放置するのが、普通なのか。

 やはり外人の考えは分からぬ。


 カナは一歩、親分へと踏み込んだ。


「バッ……! バカか!? オメーの連れの妹だぞ! 人質なんだぞ!」

「その次に死ぬのはお前だ」


 親分が息を呑む。

 彼に仲間はもういない。子分は皆死ぬか逃げるかして、用心棒も死んだ。独りだ。

 そうでなければ、カナたちに動くなと命じ、仲間に攻撃させる手も使えたろうに。


「カナさま、ちょっと……! 待ってください、待って!」

「待たぬ」


 もう一歩。


 逃げた場合、親分はピアニィを殺さぬ。慰み者にしても売っても、殺しはしないのだ。

 だからここは一旦退くのが正しい――理解は出来る。


 それで体のみ助かってどうなる? 心が死ぬ。誇りが死ぬのだ。

 誇りなくして命なし。それが樹海の習い。

 外の人間の流儀に、ある程度は合わせようと思った――だがどうやら、今はそのときではない。


 カナが馬車の御者台に上がる頃、親分はピアニィを連れて車体の内に引っ込んでいた。

 二歩進めば一歩退く。

 距離が詰まる。


「来るな! 来るな!」

「歯を食い縛れ」


 それは親分に向けた言葉ではなかった。

 ピアニィに向けた言葉だった。


 乾いた砂が水を吸うように、死に近い極限状態で、ピアニィは素直に言葉を聞いた。

 歯を食い縛る。かちかちと鳴っていた歯を、その恐怖ごと噛み潰すように。

 ただ、伴って目をぎゅっと閉じるのは良くない。


「わたしを見ていろ」


 ピアニィは目を見開いた。

 カナ越しに、その向こうでオロオロするロベリアも映ることだろう。


 車体の最後部で、親分は袋小路に嵌った。

 眼前に立つ。


「こ、殺すぞ……! いいのか!? 殺すんだぞ!」

「今のピアニィなら誇りを持って死ねる」


 そのために指導したのだ。

 だからその言を聞いても、ピアニィはもう震えぬし、目を逸らさなかった。


「そしてお前は誇りを失って死ぬ」

「あうっううう……!」


 親分は白目を剥きかけ、泡混じりの涎を垂らし、


「うがあああーーーー!!!」


 ――短剣をピアニィの首に押し込んだ。

 同時に顎への弧を描く掌打で首を折られ、吹き飛ぶように倒れる。


「がぺえっ」

「きゃっ、……!」


 諸共に倒れるピアニィの首から、短剣が落ちた。

 赤く濡れる範囲は、先端から小指の爪の半ばほどにも満たぬ長さ。

 刺さりはごく浅かった。致命傷には遠い。

 

「同胞の同胞は我が同胞だ。それを人質に取るなど……。殺すぞ」

「もう殺しましたわよね……?」


 カナに助け起こされながら、ピアニィは不思議そうに首を傾げる。

 ともあれ、殺した。

 この場に盗賊団は最早いない。カナとロベリア、ピアニィ、この3人のみだ。


 纏わりつく親分の腕さえ外してやれば、ピアニィは腰が抜けているでもなく、自らの足でしっかりと立ってみせた。

 そしてそっと頭を下げる。


「助けていただいて、ありがとうございました。それに姉まで見付けていただいて……」

「構わぬ。お前もいい覚悟だった」


 馬車の車体からピアニィの手を引いて降りると、そこにロベリアがいる。

 背を向けつつも、顔のみで振り向き、それでいて目は逸らしていた。


「お姉さま」


 ロベリアは聞こえぬ振りをし、口笛を吹いた。

 尻を蹴ってやった。


「ぎゃん!」


 顔から地面に突っ込むように倒れる。

 ピアニィがオロオロと、ふたりの間で視線を彷徨わせた。


「あ、あの……カナさま、と仰いましたか。出来ればもう少しお優しく……」

「妹はこう言っているが……。どうなんだ、ロベリア。今更他人の振りはやめろ」

「はあい……」


 立ち上がってしっかりと振り向いたロベリアは、それでも目を泳がせていた。


「妹くん」

「はい、お姉さま」

「見なかったことに――」

「なりません」

「ですよねー……」


 ロベリアは蹲って俯いた。


「はあ……。聞いてくださいよ、カナさま。そもそも私の家出は――」

「盗賊団の首を刈って馬車に乗せるぞ。お前たちも乗れ、わたしが牽く」

「冷たい!」


 カナは盗賊団自身が持っていた斧を使い、首を落としていく。

 それぞれの衣服を剥ぎ取り、首を包んで縛りもする。

 そして馬車に適当に積載していく過程。


 それを背景に、ロベリアとピアニィはぎこちなく会話していた。


「妹くん、カナさまに驚かないんですね。めっちゃ蛮族ですけど」

「驚くタイミングを逃しましたわ」

「まあね……」


 ピアニィには、力を封じる首輪が――恐らく盗賊団によって嵌められていた。

 ロベリアがそれを魔法的に干渉して外していく。


「てゆーか何ですか、魔力封じなんて付けられて」

「エイミーが用心棒に負けて……そのまま人質に……。交換条件で……」

「えぇ、護衛を助けようとしちゃダメでしょ……。しかも結局そっちも殺されちゃったんですよね?」


 ピアニィは俯き、ロベリアがその頭を撫でた。


「ごめんなさい、お姉ちゃんのせいですね。家出して……探しに来なかったら、こんなことにはならなかった。結局助けたのもカナさまですし」

「そのようなことは。お姉さまは、一度カナさまを止めてくださりましたわ。あの時なら、きっと私は勢いのままに殺されていた……。後悔と恨みにまみれながら……。けれど、それを防いでくださったのです」


 顔を上げそっと花開くように笑うピアニィに、ロベリアもホッと息を抜く。

 そして会話は、ロベリアがカナと行動を共にしている経緯へと移っていった。


「お姉ちゃん、冒険者になりましてね。樹海調査に行ったら、そこで一族を追放された彼女に会って……まあ仲間をぶっ殺されまして。仲間って言っても、その日初めて会ったばっかりなんですけど。んでビビってるだけだった私は殺されなくて、でも奴隷にされてしまったんです。ううッ」

「奴隷に」

「した覚えはない」


 カナが口を挟んだ。


「恐怖で縛って言うこと聞かせるのは、実質奴隷じゃないんですかー!?」

「そう文句を言える時点で、既に縛られていないだろうに」

「ウェヒヒ」


 1日2日で、よくぞ慣れたものである。やはり図太い。

 さま付けも最早媚びより、単に小物な下っ端根性による部分が大きいのだろう。

 外人の貴族というものは、要するに樹海人の上位戦士階級のような『人の上に立つ』ものの筈だが。


「お姉さまとカナさま、本当に仲がお宜しいんですのね」

「だったらいいんですけどね。そうだ妹くん、護衛ちゃんの骸は」

「あちらに暫く」


 盗賊団がやって来ていた方角を指し示す。


「カナさま、次の町に行くより先に――」

「分かっている」


 まず護衛の骸を回収し、次の町に向かうのはそれからだ。

 同胞の同胞は、我が同胞である。


「乗れ」


 ロベリアとピアニィが馬車に乗る。

 多数の生首包みを見て気分が悪そうだが、カナは構わなかった。


 そして馬車の中に置かれていた熊の毛皮の外套を羽織ると、降霊――熊の精霊を身に降ろし、その剛力で馬車を牽く。

 歩きながら言った。


「で、ロベリア。そろそろ身の上話をしても構わぬぞ」

「そう言われると、寧ろなんかやる気が出ませんね……」

「二度と聞かぬ」

「わあ、待ってくださいよ! 言う言う! 言いますから!」


 面倒くさい生き物である。


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