7 姉妹
「姉妹だとォ!? 貴族の娘と――魔術師とは言え、通りすがりのガキが!?」
「ええ、不本意なことにね!」
娘はロベリアに会えて嬉しそうだが、ロベリアはまるで嬉しくなさそうだ。
それでもカナが動くことによる妹の死の危険性を下げようと、咄嗟に飛び出してきた。
図太い小物で自分本位のクズだが、家族の情はあるらしい。
「ずっと探していたのですよ、お姉さま! ずっと……ずっと心配して……! でもお父さまが、大々的に動くな、と。家出なんて醜聞だから、と……!」
「それでその辺を少ない護衛でウロウロしてた結果、捕まったわけですね……。めっちゃ私のせいじゃないですか」
カナの傍らで、ロベリアは天を仰いだ。
半笑いの表情は、面白がっているのではなく自嘲だろう。
「グフフ……」
一方、親分の笑みは余裕だ。
「お姉ちゃんならよォー、妹を守ってあげねえとなあ……。手を出すなッ! 動けば殺すッ!」
後ろから抱き締めるように拘束した妹の首筋に、短剣の刃を這わせるありさま。
「視界外から魔術で狙撃すれば良かったな」
「その前にカナさまが動き出しそうだったからー! ああもう!」
ロベリアは頭を抱えた。
左右で括った紫髪をくしゃくしゃと掻き回す。
「失せな、ガキども。動くなと言ったが、離れる動きは例外だぜ。俺も失せるからよ……。妹ちゃんを連れてな」
「お姉さま!」
「ピアニィ……」
妹――ピアニィは、遂に涙を零した。
そして目を閉じ、開ける。
彼女は何も言わなかった。
助けてとも、見捨ててとも。
ただ縋るように、ロベリアを見ていた。
「ロベリア」
カナは問う。
「こういうとき、外人はどうするのが普通だ」
「一旦要求を呑んでおいて……状況を変えて、後で何とかする、とかですかね……」
「おい! 不穏な相談をするな。早く離れるんだよ! 殺すぞ」
親分の短剣の切先が、ピアニィの首筋に食い込む。
血の玉が浮いた。
「ひっ……」
「可哀想になあ~。オメーらがダラダラしてるからだぜ」
親分が凄む。
ピアニィは――落涙を堪え切れなかったことで心が折れたのか、次から次へと涙の粒を垂れ流してしる。かちかちと歯を鳴らしながら。
これを一旦放置するのが、普通なのか。
やはり外人の考えは分からぬ。
カナは一歩、親分へと踏み込んだ。
「バッ……! バカか!? オメーの連れの妹だぞ! 人質なんだぞ!」
「その次に死ぬのはお前だ」
親分が息を呑む。
彼に仲間はもういない。子分は皆死ぬか逃げるかして、用心棒も死んだ。独りだ。
そうでなければ、カナたちに動くなと命じ、仲間に攻撃させる手も使えたろうに。
「カナさま、ちょっと……! 待ってください、待って!」
「待たぬ」
もう一歩。
逃げた場合、親分はピアニィを殺さぬ。慰み者にしても売っても、殺しはしないのだ。
だからここは一旦退くのが正しい――理解は出来る。
それで体のみ助かってどうなる? 心が死ぬ。誇りが死ぬのだ。
誇りなくして命なし。それが樹海の習い。
外の人間の流儀に、ある程度は合わせようと思った――だがどうやら、今はそのときではない。
カナが馬車の御者台に上がる頃、親分はピアニィを連れて車体の内に引っ込んでいた。
二歩進めば一歩退く。
距離が詰まる。
「来るな! 来るな!」
「歯を食い縛れ」
それは親分に向けた言葉ではなかった。
ピアニィに向けた言葉だった。
乾いた砂が水を吸うように、死に近い極限状態で、ピアニィは素直に言葉を聞いた。
歯を食い縛る。かちかちと鳴っていた歯を、その恐怖ごと噛み潰すように。
ただ、伴って目をぎゅっと閉じるのは良くない。
「わたしを見ていろ」
ピアニィは目を見開いた。
カナ越しに、その向こうでオロオロするロベリアも映ることだろう。
車体の最後部で、親分は袋小路に嵌った。
眼前に立つ。
「こ、殺すぞ……! いいのか!? 殺すんだぞ!」
「今のピアニィなら誇りを持って死ねる」
そのために指導したのだ。
だからその言を聞いても、ピアニィはもう震えぬし、目を逸らさなかった。
「そしてお前は誇りを失って死ぬ」
「あうっううう……!」
親分は白目を剥きかけ、泡混じりの涎を垂らし、
「うがあああーーーー!!!」
――短剣をピアニィの首に押し込んだ。
同時に顎への弧を描く掌打で首を折られ、吹き飛ぶように倒れる。
「がぺえっ」
「きゃっ、……!」
諸共に倒れるピアニィの首から、短剣が落ちた。
赤く濡れる範囲は、先端から小指の爪の半ばほどにも満たぬ長さ。
刺さりはごく浅かった。致命傷には遠い。
「同胞の同胞は我が同胞だ。それを人質に取るなど……。殺すぞ」
「もう殺しましたわよね……?」
カナに助け起こされながら、ピアニィは不思議そうに首を傾げる。
ともあれ、殺した。
この場に盗賊団は最早いない。カナとロベリア、ピアニィ、この3人のみだ。
纏わりつく親分の腕さえ外してやれば、ピアニィは腰が抜けているでもなく、自らの足でしっかりと立ってみせた。
そしてそっと頭を下げる。
「助けていただいて、ありがとうございました。それに姉まで見付けていただいて……」
「構わぬ。お前もいい覚悟だった」
馬車の車体からピアニィの手を引いて降りると、そこにロベリアがいる。
背を向けつつも、顔のみで振り向き、それでいて目は逸らしていた。
「お姉さま」
ロベリアは聞こえぬ振りをし、口笛を吹いた。
尻を蹴ってやった。
「ぎゃん!」
顔から地面に突っ込むように倒れる。
ピアニィがオロオロと、ふたりの間で視線を彷徨わせた。
「あ、あの……カナさま、と仰いましたか。出来ればもう少しお優しく……」
「妹はこう言っているが……。どうなんだ、ロベリア。今更他人の振りはやめろ」
「はあい……」
立ち上がってしっかりと振り向いたロベリアは、それでも目を泳がせていた。
「妹くん」
「はい、お姉さま」
「見なかったことに――」
「なりません」
「ですよねー……」
ロベリアは蹲って俯いた。
「はあ……。聞いてくださいよ、カナさま。そもそも私の家出は――」
「盗賊団の首を刈って馬車に乗せるぞ。お前たちも乗れ、わたしが牽く」
「冷たい!」
カナは盗賊団自身が持っていた斧を使い、首を落としていく。
それぞれの衣服を剥ぎ取り、首を包んで縛りもする。
そして馬車に適当に積載していく過程。
それを背景に、ロベリアとピアニィはぎこちなく会話していた。
「妹くん、カナさまに驚かないんですね。めっちゃ蛮族ですけど」
「驚くタイミングを逃しましたわ」
「まあね……」
ピアニィには、力を封じる首輪が――恐らく盗賊団によって嵌められていた。
ロベリアがそれを魔法的に干渉して外していく。
「てゆーか何ですか、魔力封じなんて付けられて」
「エイミーが用心棒に負けて……そのまま人質に……。交換条件で……」
「えぇ、護衛を助けようとしちゃダメでしょ……。しかも結局そっちも殺されちゃったんですよね?」
ピアニィは俯き、ロベリアがその頭を撫でた。
「ごめんなさい、お姉ちゃんのせいですね。家出して……探しに来なかったら、こんなことにはならなかった。結局助けたのもカナさまですし」
「そのようなことは。お姉さまは、一度カナさまを止めてくださりましたわ。あの時なら、きっと私は勢いのままに殺されていた……。後悔と恨みにまみれながら……。けれど、それを防いでくださったのです」
顔を上げそっと花開くように笑うピアニィに、ロベリアもホッと息を抜く。
そして会話は、ロベリアがカナと行動を共にしている経緯へと移っていった。
「お姉ちゃん、冒険者になりましてね。樹海調査に行ったら、そこで一族を追放された彼女に会って……まあ仲間をぶっ殺されまして。仲間って言っても、その日初めて会ったばっかりなんですけど。んでビビってるだけだった私は殺されなくて、でも奴隷にされてしまったんです。ううッ」
「奴隷に」
「した覚えはない」
カナが口を挟んだ。
「恐怖で縛って言うこと聞かせるのは、実質奴隷じゃないんですかー!?」
「そう文句を言える時点で、既に縛られていないだろうに」
「ウェヒヒ」
1日2日で、よくぞ慣れたものである。やはり図太い。
さま付けも最早媚びより、単に小物な下っ端根性による部分が大きいのだろう。
外人の貴族というものは、要するに樹海人の上位戦士階級のような『人の上に立つ』ものの筈だが。
「お姉さまとカナさま、本当に仲がお宜しいんですのね」
「だったらいいんですけどね。そうだ妹くん、護衛ちゃんの骸は」
「あちらに暫く」
盗賊団がやって来ていた方角を指し示す。
「カナさま、次の町に行くより先に――」
「分かっている」
まず護衛の骸を回収し、次の町に向かうのはそれからだ。
同胞の同胞は、我が同胞である。
「乗れ」
ロベリアとピアニィが馬車に乗る。
多数の生首包みを見て気分が悪そうだが、カナは構わなかった。
そして馬車の中に置かれていた熊の毛皮の外套を羽織ると、降霊――熊の精霊を身に降ろし、その剛力で馬車を牽く。
歩きながら言った。
「で、ロベリア。そろそろ身の上話をしても構わぬぞ」
「そう言われると、寧ろなんかやる気が出ませんね……」
「二度と聞かぬ」
「わあ、待ってくださいよ! 言う言う! 言いますから!」
面倒くさい生き物である。