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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
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6 盗賊団

「で、本当に盗賊団なのか? 確実にだ」

「それはちょっと……」


 カナは外人の盗賊団というものを見たことがない。

 流石の盗賊団も、フベラーワッド樹海にまでは入って来ないからだ。ただでさえ外人の敵なのに、樹海人の敵にまでなりたくはないのだろう。


 要するに、あの十数人の粗野で見窄らしく薄汚い男たちが、本当に盗賊団なのかどうか、カナには判断出来ぬのである。

 もちろん、ロベリアにも。実際に聞いて確かめたわけでもない。

 かと言って本当に聞くのは間抜けのすることだ。先制攻撃の優位を捨て去ることになる。


 場所は森の中、男たちは獣道を行く。

 カナとロベリアは離れた場所で、木々の合間から窺っている形。


「会話を聞ければいいんですけど」

「そうだな……。なら、これだ」


 カナは兎の干し肉を食べた。

 肉を物理的に取り込むことで、兎の精霊を身に降ろす――半人半兎。

 本来は自らの手で加工した毛皮などを用いるのだが、今はまだ落ち着いて作業の出来る環境が整っていないため、この即席降霊に頼るしかない。


 頭頂に生えた兎の長耳を揺らし、角度を整え、離れた位置を歩く男たちからの音声を拾うことに集中する。

 兎の精霊が齎す超聴覚は、物理的な肉体に縛られた実物の兎をすら超え、全てを手に取るように聞くことが出来た。


 聞きながら、カナは同時にその言葉を口にし、傍らのロベリアにも伝えていく。

 曰く――


「実際どうすんだよ、親分。何しろ貴族の娘っ子だぜ」

「ああ、俺さまも迷ってる。大きく分けて、道は四つだ」

「それは?」


 ボロ布めいた幌で車体を隠された馬車の御者台に座る男が、どうやら親分らしい。

 徒歩で馬の手綱を引く子分らと会話している。


「ひとつ、俺さまたちで楽しんで、それから売る。ふたつ、真っ新なまま売る。ここまでは売る前の話。問題は売り先だ。つまり娼館か、親から身代金を取るかってことだ」

「楽しんだあとで売りてえですねえ」

「値が下がってもか?」

「娼館ならそうでしょうけどよ、身代金なら関係ねえや」

「まあな。だが危険度は上がる」


 そこで子分はニヤリと顔を歪める。


「どうせ危険なら、こうしやせんか。遊んで、身代金を取って、返さずに娼館行き!」

「お前悪魔かよ。よし、それで行くぞ」


 彼らは揃ってガハハと笑った。

 心底楽しそうだ。


 ロベリアが呆れの声を出す。


「うーん、貴族の女の子を攫ったみたいですね。でも最初から狙ってたわけじゃないっぽい? 適当に襲ったらたまたま貴族だったのかな。まあ盗賊にせよ人攫いにせよ、殺していい悪党です。被害者はたぶん馬車の中ですから、そこだけ気を付けてもらって」

「ああ。では行くか」


 カナは少女狩人の使っていた弓矢を手に取った。

 降霊によって向上した筋力で滑らかに弓を引く――いや、筋力の全ては込められぬ。弓の限界がある。


 それでも常人を遥かに超えた威力だ。

 超聴覚で風を計算し、親分の頭を狙って――放った。


 弾かれた。


「えっ!? 何ですかあれ!?」


 ロベリアが驚き、見る先で盗賊団も驚く。

 前者は矢が弾かれたことに、後者は味方のひとりがいきなり動いて矢を弾いたことに。


 盗賊団の中にあって、そのひとりだけが小ざっぱりとしていた。背が高く、姿勢が良い。

 得物は長剣。それで矢を打ち払ったのだ。

 彼が言う。


「敵襲だ」

「助かったぜ、先生。野郎ども! 武器を取れィ!」


 そして親分が号令を上げた。

 子分たちはそれぞれに短剣だの斧だの弓矢だのを取り、先生と呼ばれた男の見る先に向けていく。


 ロベリアが注意を促した――


「騎士崩れか何かでしょうか、強い用心棒みたい――ってあれ!?」


 ――その頃には既に、カナは駆け出していた。

 兎の精霊が齎す超脚力、疾風の歩。


 弓を放り捨て、矢筒から数本の矢を一気に引き抜く。

 そして地を蹴る反動をしなやかに脚から腕へ、手から矢へと伝達し放った。手にしたものを脚の力で投げる技。


「伏せろォッ!」


 用心棒が叫んだが、遅い。

 それぞれの指に挟み持つようにして放った投げ矢は1本ごとにバラバラに飛び、全てが木々の合間を通り抜けて盗賊団に降り注ぐ横殴りの雨。


 親分のみは用心棒の剣に守られたが、子分らの命は雑草めいて刈られていく。人数が一気に半ばまで減るありさま。

 そこで矢が尽きた。

 盗賊団へと肉薄しながら矢筒を外して――これも投げつける。


「小賢しいわ!」


 用心棒が剣で弾くが、その間際、視界は至近距離の矢筒に塞がれただろう。

 弾いて矢筒が失せれば、その一瞬にてカナは彼の視野から姿を消していた。


「ど――」


 どこだ、と言う間もあるまい。

 馬車を挟んで反対側だ。

 用心棒からカナは見えぬが、カナから用心棒は『聞こえる』。


 カナは地面の石をその超脚力で蹴り飛ばし、馬車の下を通して用心棒の足を狙った。


「ぐう、ッ……!」


 死角から足を抉られ、用心棒が呻き膝をつく。

 同時に、カナが回り込んだ側にいた盗賊子分が、ようやく反応する――が、


「応えよ雷の霊、鞭となり縛めよ!」


 雷撃の鞭が伸び、蛇めいて子分らを纏めて縛り付け、感電死させた。

 ロベリアの魔術だ。

 便利なだけの女ではないらしい。


 尤も雷撃が走る頃には、カナはその場から馬車を越える形で跳躍していたのだが。

 興奮し暴れる馬の前、用心棒へと斜め上から蹴りつける。


「その姿……! 蛮族、なぜこんな場所に!」

「蛮族だと!?」

「もう変身してるぞ! やべえ!」

「魔術師もいやがる!」


 残った僅かな子分らが恐慌へ陥り、逃げ出していく。馬も馬車を捨てて。

 それでも用心棒は冷静な斬撃でカナを迎え撃ち――足を負傷して踏ん張りが利いていない、剣を足指で摘まんで止めるのは容易(たやす)かった。そしてもう片足で蹴り抜く。


「ごぺっ……!!」


 用心棒の首が折れた。跳躍と蹴りの勢いのままに、その頭部を踏み潰す形で着地する。

 そこに親分が声を発した。


「止まれ! こいつがどうなってもいいのか!」


 彼は戦闘中に馬車の中に引っ込み、人質を連れて出て来たのだ。

 攫ったという貴族の娘だろう。


 親分に抱えられ、短剣を突き付けられている少女は、カナは元より、ロベリアよりもほんの少し年下に見えた。10歳前後か。

 素朴ながらも仕立ての良いドレスは、僅かに血に濡れている。返り血のようだ――護衛か何かが殺された時に飛んだ血だろうか。

 金髪に琥珀色の目。涙をいっぱいに溜めながらも、決して零すまいとするかのように、気力を込めて目を見開いていた。

 そして不似合な禍々しい首輪。魔力を感じる。力を封じる魔道具か。


 カナは止まった。

 樹海人の価値観ではここで構わず殺すのが理想的なのだが、外の人間の常識ではどうなのだろうか、と考えたのだ。


 即席降霊が時間切れとなったことも一因である。

 兎の耳や毛皮が消え、褐色肌に銀髪の人間の姿へと戻っていく。

 身体能力の水準が大きく変動するため、下手に動くと事故が起きてしまうのだ。降霊の実行時や解除時は、あっと言う間とは言え大人しくしておくに限る。


 尤も親分からすれば、それは人質が通用して武装を解除したと見えたろう。


「グフフッ、いいぞ……。そうだ……。まさか先生までやられちまうとは驚きだが、蛮族と言えど人の情はあるみてーだな? だったら見逃してくれ。俺さまはオメーらに何もしねえ……! オメーらも俺さまに何もしねえ! 簡単な話だ。な?」


 オメーら、と言ってはいるが、ロベリアは未だ木々の陰から姿を現さぬ。一度魔法攻撃を伸ばしてきたのみだ。

 しかし親分としては、しっかりと存在を把握しているぞ、と宣言しておきたいところだろう。大声だった。


「何もするな、と? 骨折り損だな」

「この馬車をやる。俺さまは娘さえ連れて行けりゃあいい……。他の荷物はくれてやるよ。こいつの持ってた魔法の武器とかあるぞ」


 カナは思案した。

 悪い取引ではない。盗賊団の子分は大勢狩れたのだから、この首を武勲として次の町に乗り込むことは出来るだろう。魔法の武器も、ロベリアに持たせても良い。

 もちろん、ここで貴族の娘を助けた方が、武勲はより大きくなる。


 問題は人質に取られている以上、娘が殺されてしまう可能性があることだが……。

 場合1、殺させずに上手く助けられたら? 総取りだ。

 場合2、少女が殺されてしまったら? せめて親分の首は武勲に追加出来る。


 どちらにせよ、得しかない。

 ならばやはり結論は出た――


「待ってカナさま! 待って待って!」


 ロベリアが飛び出してきた。


「なんかもうカナさまの殺気が分かるようになって来ましたよ! 待ってください! 待って!」


 待つ。


「オメーが魔術師か。蛮族ともどもガキじゃねえか……。こんなのに俺さまの軍団はやられたのかよ」


 ぼやく親分だが、カナは彼よりも娘に注目していた。

 彼女の反応。ロベリアを見て驚き、戸惑い、そして怒りと安堵が見て取れる。複雑な感情。

 その答えはすぐに出た。娘が叫ぶ。


「お姉さま!」

「はい、ロベリアお姉ちゃんです……。はい……」


 なるほど、姉妹。

 殺される危険を冒したくない、と。


 では、ならば、どうする?


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