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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
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4 ギルドマスター

 静かだった。余人は誰も言葉を発しない。

 数秒、ドリーが咳き込んでは血を吐く声のみが響く。


「ところで、わたしはお前を知らぬ」


 カナが告げた。


「お前もわたしを知るまい」

「蛮族……! その肌色!」


 褐色の肌を睨みつけてきた。

 確かにそれで、樹海人であることは知れる。

 それのみだ。


「一口に蛮族と言うが、我々は多数の部族に分かれているんだぞ。お前の妹は誰に?」

「あんたたちの事情なんか知らない! 妹を殺しておいて!」

「その妹も、どうせ冒険者として樹海に侵入してきたんだろうに」

「それは……そうだけど……!」


 基本的に、樹海人は樹海の外に出ない。自らの部族が樹海を制することを目指して、樹海内の部族同士で争っているからだ。

 尤も外人が我が物顔で入って来れば、そのときは異なる部族同士でも手を組んで立ち向かうこともあるが。


 ともかく、妹をどこの部族の誰が殺したのかを、ドリーは分かっていない。

 にも(かか)わらず、全ての樹海人をいっしょくたにして殺すなら、そんなものは復讐ですらない八つ当たりに過ぎぬ。

 そもそも樹海に入って来なければ良かった話でもある。


「わたしもかつて、姉を外人に殺されたのだが……。そのことで、お前を殺しても構わぬのかな」

「あんたの姉なんて知らないわよ!」

「わたしもお前の妹など知らぬ」

「ぐ、うう……!」


 ドリーは呻き、黙った。

 頭が悪いわけではないようだ。

 ただ妹を失った悲しみが大き過ぎて、激情を吐き出さずにはいられなかったのだろう。


 そして暫しの逡巡の後、再び口を開く。


「私が……間違っていたの……?」

「かも知れぬ」

「……そうね。ごめんなさい、蛮族のお嬢さん……」


 カナはドリーの頭部を挟む形で、両手で触れた。

 それは撫でるように優しく。


「あっ」


 ロベリアが止めようとしたようだ。

 遅い。


「お詫びにくぺっ」


 カナはドリーの首を270度ほど回した。

 ドリーは白目を剥き、全身から力が抜けて、痙攣しながら倒れ込んだ。


「何を赦された気になっているんだ? 殺すぞ」

「だからもう殺してますって!!!」


 ロベリアの叫びが虚しく響き渡った。


「殺そうとされたから殺すってゆーのはもう聞きましたけど、せめて先に言ってあげてくださいよ! ドリーさん、完全に何が何だか分からないって顔じゃないですか!」

「分からぬわけがないだろう。殺そうとした上で負けたんだぞ。殺される他にあるまい」


 カナはきょとんとした顔で返した。

 当然のことである。


「えぇ……。まあ殺されたの私じゃないからいいですけど……」


 ロベリアは小心者の割に図太いところがある。

 ここまで来ると愛着が湧いてくる小物さだ。


 さて、ギルド1階は静寂に包まれていた。

 会話するのはカナとロベリアのみ。


 他は誰も皆、血と小水を垂れ流しながら無惨に横たわるドリーの骸と、それを成したカナとを見比べている。

 そしてカナが視線に視線を返すと、慌てて目を逸らすのだ。

 どうやら、これ以上殺そうとしてくる者はいないらしい。


「受付さん」

「えっ!? あ、は、はい! 何でしょうロベリアさま」


 ロベリアが受付の女に話しかけた。


「これって正当防衛ですよね?」

「えっ……。いえ、ドリーさまは戦意を失くした後にトドメを……」

「戦意を失くした振りじゃないって証明出来ます?」


 ロベリアがカナを一瞥した。

 それはカナへのアイコンタクトではなく、どうやら受付の女に対してカナの存在を今一度知らしめているようだ。


 つまり威圧。

 下手なことを言えば、この蛮族が暴れるぞ――と。


 別段攻撃されぬ限り、カナは暴れる気はないのだが、そんなことは余人には分かるまい。

 受付の女は震え上がった。顔色が真っ白だ。


「ド、ドリーさまは……不意打ちで反撃を狙っていた、かも、知れません……」

「じゃあ、正当防衛ですね?」

「はい……。う、ううう……」


 泣き出してしまった。


 それを見てロベリアは、満面の笑みを浮かべていた。

 力で他人を支配することに酔い痴れているようだ。

 それも他人の力なのだが。どこまでも小物な少女である。


 受付の女は耐え切れなかったらしく、建物の奥に走って消えていった。

 他の受付担当たちも不安と困惑の様子で顔を見合わせたり、続いて奥に消えたりする。


「あのー」

「お、お待ちください! どうかそのままお待ちください……!」


 ロベリアが更に話しかけても、どうやらこの反応しか返って来ない。

 余人の緊張感に満ちた空気の中――カナのみが泰然、ロベリアは麻薬でも摂取したような蕩けた顔で、ギルド側の次の動きを待つ。


 少女狩人のものだった背嚢から兎の干し肉を取り出して食べていると、やがて禿頭に髭の偉丈夫が奥から現れた。

 ドリーを軽く超えた闘気を纏う、筋骨隆々の巨漢の中年。

 仕立ての良い衣服にすら、筋肉の陰影が浮かび上がらんばかり。


「マスター……!」

「ギルドマスターだ」


 俄かに冒険者たちが騒ぎ出す。

 ロベリアも目を丸くしていた。


 ギルドマスター。どうやらこのギルドの頂点に立つ人間のようだ。

 彼は気さくな調子で片手を上げて、カナに挨拶をした。


「よう! 初めまして。この町の冒険者ギルドのマスターをやってる、グレッグって(もん)だ。嬢ちゃんは?」

「カナヴェササネ。今はカナと呼ばれている。フベラーワッド樹海に住むアーク族の一員だったが、冤罪で追放された」

「それは災難だったな」


 グレッグは苦笑し、それからパンと手を鳴らした。

 傍らで固まるロベリアを一瞥しながら。


「で、そっちの、ロベリアだったか――と会って、ここまで来たと。なぜだ?」

「他に行くところがなかった」

「ああ、そりゃそうか。蛮族だって人間だ、野外より町中で生活したいわな。が、町には町の掟がある……」


 次いで、事切れたドリーを視線で示す。


「彼女は優秀な冒険者だった。パーティーを組んでワイバーンと戦ったこともある。なぜ殺した?」

「わたしを殺そうとしたからだ」


 返答は端的。

 カナは淡々と述べた。

 実際、それ以外に理由はないし、それは当然のことだ。


 グレッグは苦笑しながら首を捻る。

 それから数秒を思考に費やすような顔をして、それから改めて言う。


「この町に来たのは人里で生活したかったからだとして、このギルドに来たのは?」

「冒険者になればどうかとロベリアに勧められて」

「なるほど」


 グレッグは建物の奥を見た。

 彼自身が出てきたのとはまた別の扉だ。

 訓練場、と書かれたプレートがかかっている。


「冒険者ってのは本来、自由なもんだ。権利はなく義務もない。資格も審査もなく、ただ心意気だけあれば良かった。――が、それじゃあゴロツキと変わらん。プロの冒険者として認められるには、試験を通過する必要がある」

「試験」

「試練と言った方が、蛮族には通りがいいのかな? 試練を伴う儀式だ」

「分かりやすい」

「良かった」


 グレッグは快活に笑んだ。


「では来てくれ」


 先に立って彼が行く先は、やはり訓練場。

 カナが続き、そしてロベリアが慌てて続いた。

 更に居合わせた冒険者たちもまた、ゾロゾロとついてくる。


「訓練場ってことは……」

「だな、ひょっとしてマスターの戦いが見られるかも」

「あの蛮族も終わりだ」

「でもドリーを瞬殺だぜ」

「だからってグレッグさんに敵うわけが」


 口々に好き勝手なことを述べる冒険者たちだが、ギルド員も彼らを止めなかった。

 単にドリーの骸を片付けるのに忙しかったせいかも知れないが。


「カナさま、カナさま!」


 ふとロベリアが小声で捲し立ててくる。


「いくらカナさまでもギルマスはヤバいですよ! 変身出来るならともかく、今はアイテムもないんでしょ? 逃げましょうよ!」

「わたしが死んだ方が、お前には都合がいいのでは?」

「もうそんな段階じゃないんですよ! カナさまを引き込んだ――つまりドリーさんの死んだ責任を私にも取れってことになったらどうするんですか!」


 どこまでも自分本位なクズだ。

 カナは逆に好感を抱き始めていた。


 何となれば、カナとて自分本位なクズなのだから。

 恐らく町の常識では、あそこでドリーを殺すのは間違いだったのだろう。しかし樹海人の常識で動いた、その自分本位さ。

 ではどうすれば良かったのか、までは分からぬが……。


 そしてそれを学ぶ余裕は、ひとまずなさそうだ。

 その上で、カナはそっと微笑む。


「安心しろ。負けぬ」

「――ッ、」


 ロベリアが頬を染めて、何かを言おうとして声が出ないかのように、口をパクパクとした。

 何だ、その反応は。カナが苦笑すると、ロベリアはそっぽを向いた。

 しかし思えば、会ってから数時間――今初めて、カナは笑ったのだ。


 訓練場に入る。

 広く、天井も高い。足元は土。

 練習台の木人や的なども、端の方には並んでいる。


 中央付近で数歩の間を開けて、グレッグとカナは向き合う形となった。


「試練の内容を説明しよう。第一に、この俺、グレッグと戦うこと。1対1の決闘だ。ただし評価基準は勝敗ではなく、『冒険者に相応しい戦い方』かどうかにある」


 要するに、審査員の胸三寸であるらしい。


「また、相手を殺したり、そうでなくても再起不能の重傷を負わせたりしてはならない。これから同胞になるかも知れない相手なんだから、当然だな。それが終わったら第二の試練として、ギルドの掟を覚えて暗唱してもらう。

 では始めよう。構えて」


 グレッグは上着を脱いで適当なギルド職員に放ると、右足を半歩だけ引き、左右の手を胴体の前で上下に構えた。

 徒手空拳。


「武器を使わぬのが試練の掟なのか?」

「いや? 俺は肉体が武器ってだけだ。お前さんは持ってるものを好きに使って構わない」

「そうか」


 カナの外套の内には、少年戦士の骸から奪った剣がある。背には弓矢も。

 念のためにと装備していたものだが、この間合で弓矢はないし、剣も樹海では普及しておらず得意ではない。


 結果、カナもまた徒手空拳。

 両手をだらりと下げた無形の構え。


 傍目には武器も抜かずにただボンヤリしているように見えるのか、見物の冒険者たちがざわつく。

 マスターを舐めやがって、とか。そのまま死ね、とか。


 だが当のグレッグは、それが確かに『構え』であると悟ったのだろう。

 表情に緊張が走り、眼光は鋭く、呼吸は深くなった。


「……」

「――ッ!」


 合図はなかった。

 突如、グレッグの闘気が急激に膨れ上がる。

 それは最早気配を超え、物理的な突風として吹き荒れすらするほどに。


 そしてその突風よりも速く、グレッグは駆けた。

 間合を最短距離で詰め、全霊の力を込めた右拳を突き出してくる。


(あ、死ぬ)


 カナは悟った。

 試練について丁寧に説明し、殺害を禁止としたのは、カナを油断させるためだ。

 その実、自らはカナを殺し粛清するつもりだった――その隙を作るために。


(まあ)


 そしてかわせぬし、防げぬ。

 迫るグレッグの拳打は、たとえ相手が俊敏な山猫であっても過たず捉えるだろうし、鋼鉄の塊であっても粉々に吹き飛ばすだろう。

 それほどの闘気、それほどの威力。


(どうせ)


 追放されたなら、霊器は持っていないと踏んだか。

 降霊出来ぬ樹海人なら(くみ)しやすしと。


(そうじゃないかとは思ったが)


 半分当たりで、半分外れだ。


「降霊」


 瞬きよりも速く、カナは変じた。

 同時にグレッグの胸に蹴りを突き刺し、反対側の壁まで吹き飛ばす。

 煉瓦造りの壁が崩れて、大穴が開いた。


「ごほッがは……ッ! ば、バカな! 変身出来たところで、この、……俺が……!」


 血を吐きながら何とか立ち上がるグレッグに、カナは静かに告げた。


「殺そうとしたな? 殺すぞ」


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