23 ライオネルとエミリー
件の薬草を目の前にして、グリフォンを操る冒険者2名が横槍を入れ、立ちはだかってきた。
あまつさえカナらを殺すという。そういう依頼なのだと。
「随分とまた物騒だな」
カナはロベリアとピアニィを降ろしていく。
おんぶに抱っこのままでは、流石に戦うのは難しい。
そしてセンとコウゴウキも動かぬ。
前者はカナの態度を見て決めようという雰囲気があり、後者は監視役に過ぎぬからだろう。
右手山脈そのものはどこの部族の領土でもないが、帰りに再びキーテ族の土地に入る以上、そこで余計なことをしないよう、最短距離を通るように、始終監視の必要がある。
ライオネル――黄金級冒険者だという男が、長剣を素振りした。黄金級というのは、要するに冒険者の中で上位に在るとの意味か。確かロベリアは青銅級だったが。
金髪と髭の境目がなく、鬣のようになっていて、野性味が強い男だった。
「物騒ねえ……。オメーら蛮族の狡猾さには負けるぜ。領主のお嬢さまがたに取り入ってよお、薬草って希望を見せておいてそれを自ら潰し……責任をお嬢さまがたに押し付けて、ロックハート領を混乱に陥れようって策なんだろうが」
「迂遠過ぎる」
そんな回りくどい策を考えた覚えはない。
カナ、ロベリア、ピアニィ、セン、コウゴウキ――全員が呆れのありさま。
かと思えば、ライオネル自身も似たような表情を浮かべていた。
「まあな。だが、とにかくそういうことだ。死んでもらうぜ……。お嬢さまがたも怪我は覚悟してもらう。蛮族に裏切られたって形でな……」
「横暴な……! 町長は私たちを信じてくださった筈ですのに、どうして……!」
ピアニィが嘆くが――つまり、単に信じていなかっただけのことだろう。
途中で急にカナに協力的になって準備を手伝ったのは、早く出て行って欲しかったから。そして直後に冒険者に依頼した――空の足を持ち、先行したカナに追い付ける上位の冒険者に。
そうまでして、蛮族に借りを作りたくなかったのか。
それはそれほどの屈辱であり、カナを放っておけば娘は助かるのに、わざわざ余計な工程を挟むほどのことなのか。
まさか本当にカナがそういった企みを持っている、と思ったわけではあるまい。
「カナさま」
目の据わったロベリアが、ホルスターから短杖を抜いた。
右手はまだ満足に動かないため、左手で。
「やっちゃいましょう」
「既にやっている」
「――へっ?」
疑問符を浮かべて見上げてくるロベリアだったが、すぐにグリフォンに視線を移すこととなった。
いや正確には、グリフォンに飛び掛かる狼の群れにだ。角の生えた凶暴な狼。
「……ッ!」
「なんだと!?」
グリフォンに騎乗したままの少女、ローブに眼鏡のエミリーが息を呑む。ライオネルも慌てて振り向いた。
10匹を越える角狼が、グリフォンに群がっていた。気配を消して接近し、一気呵成に攻めたのだ。
嫌がったグリフォンが暴れるのみで殆どは跳ね返されたが、1匹がそれを逃れ、エミリーの脚に噛み付く。
「ぎっ、……!! ――あああ!」
「エミリーーーー!!」
その角狼を、ライオネルが長剣で斬り裂く。
牙の食い込みにより、頭部がエミリーの脚にぶら下がる形。
残る角狼の群れは散開し、囲み、威嚇の体勢。
少しでも隙を見せれば噛み付かれる、と知れるだろう。
尤も、そう思考する余裕があればだが。
宙を紫色の閃光が駆け抜け、破裂するような音が響く。
センの蠍尾から放たれた毒液弾が、背を向けたライオネルの太腿を鎧ごと貫いていた。
「うっ、……!?」
堪らず倒れる彼の背を踏み台に、狼のカナが疾駆し跳んだ――エミリーへ。
「やめっ――」
ライオネルが叫ぶ頃には既に、エミリーの首は宙を舞っていた。
爪による斬撃の一閃。鋭利な斬圧が爪の長さを超えて、首を丸ごと刎ねたありさま。
エミリーからの反撃はなかった。
ロベリアが青銅級だったことと比べれば、黄金級の彼女は、呪文さえ唱えれば強力な魔術師だったのだろう。が、角狼に受けた攻撃で集中を阻害されていたようだ。
鮮血の尾を引きながら首から上が落ち、力の抜けた首から下もグリフォンの背からずり落ちる。
途端、グリフォンの雰囲気が変わった。角狼を跳ね飛ばすときには、背のエミリーを落とさぬように気を遣っている様子だったのに、今は寧ろ――
「やめろおおおおおおおおおおおお」
――エミリーの頭部を、「何が何だか分からない」という顔をしたそれを、グリフォンは啄み、飲み込んだ。懐いているわけではなかったのか。
ライオネルが血の涙を流して絶叫するが、それもすぐに呻き声へと落ちていく。
角狼の群れに寄ってたかって噛み付かれているからだ。
いや、板金鎧で防いではいるものの、噛まれたところを振り回され、地に叩き付けられ、消耗していく。
「くそっ、くそ……! あり得ねえ……! 寄るな! 畜生!」
ライオネルは必死に剣を振り回すが、センの蠍毒で下半身が麻痺し、立ち上がることが出来ていない。
それは小水を失禁し、そして自分でそれに気付くことすら出来ぬほどの麻痺。
それでは腰の入った充分な威力の攻撃は繰り出せないのだ。
ジリ貧。
「……はえー」
ロベリアが間抜けな声を上げた。
「蛮族には獣使いの能力を持つ者もいる、とは聞いたことがありましたけど。カナさまのことだったんですねえ」
「わたしに限った話ではない。高位の狼降霊者ならば誰でも出来ることだ。仲間にしか聞こえぬ声を出すことによってな……」
尤も、それほどの降霊使いの数は少ないから、やはり珍しい技術ではあるのだが。
ともあれ狼の精霊は、単体での戦闘力は低いものの、主に声による意思伝達を駆使しての連携戦闘能力を得ることが最大の特徴だ。
吠え声による圧縮言語、遠吠えによる遠隔通信、可聴域の違いによる通常人にとっては無音の連絡――それらを利用した、本物の狼の使役まで。
「正面から……! 正面から戦えばッ、俺たちが……! あがっ!?」
角狼がその牙や角を器用に使い、ライオネルの鎧を引き剥がしていく。
生身が露出すれば、それはもう文字通りの餌食だ。
「エミリー……! エミリィィィイイ!!」
ライオネルが叫ぶのは、仲間に助けを求めてのことか、死んだ現実を認められずに逆にまだ助けようとしているのか。
「あっ」
と、再びロベリア。
「ライオネルとエミリー。疾風の翼でしたっけ、パーティー名。思えば噂に聞いたことありましたね。恋人同士なんだとか」
「そうか」
ライオネルの肉が引き裂かれ、噛み千切られていく。
ピアニィが青い顔で震えながら、それを指差した。
「と、トドメを……。カナさん。トドメを刺さないのですか?」
「狼に用を聞いてもらったなら、対価を与えなくては」
「遺体で良いではありませんか! せめて一思いに……慈悲を……!」
ヒステリックに叫ぶ。
そして剣を抜こうとする手を、カナは止めた。
睨み付けられる。
「なぜ!?」
「狩りの練習だ。生きた獲物を相手にするのはな。それも含めての対価。今手を出せば、獲物を横取りされると思ってお前も攻撃対象になるぞ」
「そんな……!」
結局、ピアニィは決断出来ない。
あちらへこちらへと視線を泳がせ、オタオタするのみ。
一方、ロベリアは半笑いで光景を見ていた。
「ま、カワイソーですけどね。間違った依頼なのを分かった上で、真正面から余裕見せてくるんですもん。残念だけど当然ってゆーか……そういう結果でしょ、これは。殺されますよ、殺そうとしたら」
「お姉さまは……何とも思わないのですか……!?」
「今カワイソーって言いましたよね……?」
不思議そうに首を傾げるロベリアに、ピアニィは信じられないものを見る目を向ける。
何がそこまで。
間もなくライオネルが自ら動く力を失くす頃、グリフォンが薬草を掘り起こして咥えてきた。
カナの手にそれを落とすと、座り、顎をしゃくるようにして自らの背を示す。
乗れ、と?