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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
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22 右手山脈

 翌朝、キーテ族の戦士の群れが小屋を訪れた。

 群れの長は、センの姉だという女――名をモモモモワ。


 なるほど顔立ちは似ている。

 しかしセンがどちらかと言うと『静』の雰囲気を持つのに対し、モモモモワは如何にも獰猛な『動』の雰囲気を纏っていた。


「覚悟しなさい、カナヴェササネ! 我が妹を取り戻してやる!」


 決闘を申し込みに来たのだろうか。


 決闘の結果を覆せるのは決闘のみだ。

 そして決闘を断るのは臆病者であり、誇りを失う。


 とは言え、相手の望むものを賭けることが出来ぬなら、それは決闘を挑んだ方が卑怯者だということにもなるのだが……。

 だからカナは問うた。


「お前は何を賭ける」

「バカめ! これは戦争だ!」


 確かに戦争ならば、作法も何もない。

 殺せば勝ちだ。


 言うが早いか、モモモモワは蟷螂(かまきり)を降霊して襲い掛かってきた。

 左右の鎌腕は本来は捕獲のためのものだが、物理を超えた精霊の威力は、それによる切断をすら可能とする。


 だが一息にそれを掻い潜り、兎を降霊したカナの足が胸を貫いて、心臓を引き抜いた。


「愚か者め。殺すぞ」


 鋏腕に人腕、毒針の尾まで持っていた蠍のセンを、カナは既に下したのである。

 今更両腕が斬れる程度が何だと言うのか。

 妹の劣化でしかない姉を鎧袖一触。


 あまつさえ『戦争』はモモモモワ個人の暴走であるらしく、引き連れられてきた戦士の群れは皆『決闘』のつもりだと思っていたようだ。

 誰ひとりとして、彼女に続こうとはしなかった。

 口々に彼女を罵る言葉を吐きすらする。


 本人はその罵詈雑言を聞きながら、自分の心臓が喰われるのを見上げながら、降霊使い特有の高い生命力でゆっくりと死んでいく。

 センはそれを冷めた目で見ていた。一言もない。


 やがてモモモモワが完全に事切れると、戦士の群れから精悍な若い男が出てきた。

 これも顔立ちがどことなくセンに似ている――


「兄者」

「うむ」


 なるほど、兄であるらしい。

 彼はコウゴウキを名乗った。


「これ以上恥の上塗りをする気はない。センゼンホはお前のものだ、カナヴェササネ」

「ああ」


 別にどうしても欲しくて手に入れたわけではないが。

 セン自身が挑発として口にした言葉から、言質を取ったのみである。


 コウゴウキは、モモモモワの骸を一瞥した。


「何と言うか、暴走しがちな姉でな。別に妹を愛してるわけでもなく、ただ、自分のものが奪われたと感じたんだろう。正直煩わしかった」

「だろうな」


 モモモモワはセンに碌に声をかけなかった。真っ直ぐにカナへ戦争を吹っ掛けてきたのだ。

 つまり、妹をひとりの人間だと認めていない。


 セン本人もそう感じているのだろう。

 視線を向ければ、肩を竦めてみせた。


 コウゴウキが咳払いをする。


「さて、我々の領土を通りたいという話だったな。ただし右手山脈までの行き帰りのみ」

「ああ」

「センゼンホは最早キーテ族じゃない。俺たちが監視する」


 如何に上位戦士が臨んだ決闘の結果だとしても、領土内を自由に歩き回れる筈がない。

 元よりそのつもりもないのだ。痛くもない腹を探られるより、監視して貰った方が助かる。


 問題があるとすれば――


「俺『たち』?」


 モモモモワが引き連れてきた、下位戦士の群れがいる。

 コウゴウキはそれを一瞥して頷いた。


 流石に憮然の顔を見せる。


「わたしたちは急いでいる」


 降霊使いと通常人では、足の速さがまるで違うのだ。

 それは戦闘における瞬発的な素早さもそうだし、長距離移動における持久的な移動速度もそうである。

 下位戦士の監視を受けるなら、足の遅い彼らに合わせることになってしまう。

 足手纏いだ。


「なら俺だけでいい」


 察したか、コウゴウキはあっさりと前言を翻した。

 なかなか柔軟な男である。話が早くて助かるものだ。


 そういった次第で、下位戦士たちは帰された――モモモモワに振り回された形となり哀れだが、仕方がない。

 彼ら自身は決闘の観衆として呼ばれたつもりで、その実はモモモモワの兵力として呼ばれていたが、そのどちらも果たされなかったのだ。


 ともあれ、カナは狼を、センは蠍を、コウゴウキは飛蝗を降霊。

 更にカナが昨日同様、ピアニィとロベリアをおんぶに抱っこする。


 そうして疾走が始まり――幾度かの休憩を挟みつつ、数時間。

 一行は右手山脈に辿り着いた。


「今更ながら、どの辺が『右手』なんですか?」


 カナの腕の中、ロベリアが首を傾げた。


 なるほどこうして見上げれば、幾つもの峻厳な山々がただ連なっているのみである。

 しかし実際に歩いて地図を描いてみると、この山脈はまるで指のように途中で5本に枝分かれする形をしていることが分かるのだ。


 といったことを、樹海人らは口々に解説した。

 何となれば、どの部族であっても、右手山脈を呼ぶときは右手山脈なのだ。呼び名が変わることはない。


 しかしロベリアはなおも疑問を呈する。


「はえー。でも、どうして右手なんでしょうね。左手山脈でも良かったと思うんですけど」

「……」


 樹海人らは、黙って顔を見合わせた。

 ロベリアが焦り出す。


「えっ私なんか不味いこと言いました!?」

「お姉さま……。そのようなことを気にしている場合ではない、ということかと」

「いや」


 ピアニィの指摘に、カナは首を振った。

 その様子に、センとコウゴウキも頷きを見せる。


「今気にするようなことではない、それは事実だ。が――確かに、どうして『右手』なのか……。考えたこともなかった。言われてみれば不思議だ。部族ごとに、右手だったり左手だったり、或いは別のものに喩えていたり――いろいろな名前があっても良さそうなものなのに」

「まったくだ、です。実際、そうやって名前の異なる土地も多くあるです。今考えて分かることじゃないがですが……」


 ともあれ、そう――今考えて分かることではないし、仮に分かったところで、今はどうでも良いことだ。


「件の薬草は、もう少し登った辺りに自生している。行こう」


 右手山脈には数多の魔物や野獣が生息しているが、標高の低いこの辺りは比較的平和である。

 角の生えた狼、尾の多い狐、牙の長い山猫――他でも見られる獣に毛が生えた程度のもの。

 問題なく蹴散らし、或いは追い払い、山脈の中の小指山を登ること幾許(いくばく)か。


 件の薬草は主に岩陰などに数株が纏めて生えている、という形だが、どこの岩陰にでもあるわけではない。

 寧ろやや珍しいもので、需要が多ければ奪い合いになることもある。


 カナの鼻がその薬草の匂いを捉え、視線を巡らせると、確かにそれはそこにあった。

 赤紫色の、くるりと巻いた形をした葉。あれだ。

 その岩陰へと皆で足を踏み出し――


 ――咄嗟に散開すると、寸前までいた場所に爆発的な暴風の塊が着弾、地を薙ぎ払った。


「ど、どうしたのです!? これは……!」

「上です上! 上見て!」


 カナにおんぶに抱っこのまま、ピアニィが驚き、ロベリアが上空を指差す。

 如何にも空飛ぶ魔獣1体。頭と翼と前脚は鷲、胴体や後ろ足は獅子というキメラ――グリフォン。体高2m、体長では4mはある巨躯だ。純白の毛並。

 その嘴に、渦巻く暴風の残滓あり。先の攻撃は、このグリフォンの放った風の砲弾であるらしい。


「離れるぞ! 薬草が散っては敵わぬ」


 戦って勝てる相手ではあるが、戦闘の余波で薬草を散らすわけには行かぬ。

 カナらは来た道を戻ろうとし――しかしグリフォンはそれに目もくれず、寧ろ薬草の生えている位置に向かって降下していく。


 すると、漸く見えるようになった――グリフォンの背に何者かが乗っているのが。

 野生個体ではない、飼い慣らされ使役されているのだ。手綱や(あぶみ)も伺える。

 ふたり乗りだ。魔術師と見えるローブに眼鏡の少女と、戦士と見える板金鎧の男。


「よう、蛮族! なんか聞いてたより数が増えてやがるが……」


 薬草の前に立ちはだかるように着地したグリフォン――そこから下り立ちながら、男が述べる。


「俺は黄金級冒険者、ライオネル! と、同じく相棒のエミリーだ。『先回りして薬草を潰すことで町長の娘が絶対に助からないようにと企む蛮族をぶっ殺す』のと、『騙されたお嬢さまがたの代わりに薬草を採取してくる』のと……。そういう依頼を受けてここに来た。分かるか?」


 ライオネルが腰の鞘から長剣を引き抜く。

 そして獰猛に笑んだ。


「ぶっ殺すぜ。オメーら」


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