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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
21/23

21 休息

 樹海の各所には小屋がある。

 各部族の里からは離れているが、その部族の領土内ではある、という位置取りに幾つも。狩猟や訓練などで里を離れるときの拠点となるもので、里の外だから、外小屋と呼ばれる。


 キーテ族の外小屋のひとつに、カナたちは招かれた。

 ノイノイヤとトイドイマの骸を持たせた下位戦士たちを先に里へと帰らせたから、そこにいるのは、カナ、ロベリア、ピアニィ、そしてセンの4名のみ。


「まずは右腕を」


 ロベリアの右腕がセンの鋏に断たれてから、まだ1時間も経っていない。

 繋ぐなら今の内だ。


 しかしカナがそれを行うには、体力の消耗がある。

 トイドイマの拳打で破裂したロベリアの内臓を治し、右腕の止血もして、更にセンと戦いすらしたのだ。

 逆にセンはと言えば、ロベリアを一蹴し、カナとの戦いでも決まり手が窒息だったために体力は余っている。


 よって、右腕はセンが繋いだ。

 たっぷりの唾液と血液に生命力を込めて、舌で傷口に擦り込み、断面を合わせる。すると供給された生命力により肉体の治癒力が極度に活性化、傷口が癒合し、組織も繋がっていくのだ。

 断面が綺麗だったから、完治も早いだろう。


「カナさまが良かったです……。何でこいつ……」


 ロベリアはぶちぶちと文句を垂れていたが。

 それも神経の繋がる痛みへの呻きに、やがて呑まれていく。


 その後、動けるセンは近くの川で漸く身を清めた。

 カナとピアニィはその少し上流で水を汲み、動く余力のないロベリアを清める。


「じ、自分で! 自分でやりますから! ね!?」


 裸にされて全身を――文字通りに全身を拭われるありさまに、ロベリアは抗おうとした。

 が、抵抗は弱い。治療したとは言えあれだけの傷を受けて、体力の余裕がある筈はないのだ。右手もまだ満足には動かぬ。

 間もなく、真っ赤な顔を左腕で隠そうとしながらも、静かになって身を任せるに至った。


「ううー……。汚いのに……。ごめんなさい、汚くてごめんなさい……」

「構わぬ」

「決闘で助けになれなかったのです。せめて、お姉さま、このくらいは……」


 涙声に、カナは泰然のありさまで、ピアニィは罪悪感にまみれて。

 汚いのは本当だ。上から下から、色々と出したのだから。それは妹のピアニィでさえ、思わず二の足を踏んだ――が、カナは本当に何の躊躇も見せなかった。


 だって、ロベリアは戦士だ。

 汚辱にまみれてなお、立派に戦い抜いた。

 見事に役目を果たし、かつ、玉砕もせずに生き延びてみせたのだ。


 それを称える心こそあれ、汚さで忌避することなど全くあり得ぬ。

 ロベリアの罪悪感や羞恥心をなるべく刺激しないよう、カナは余計な言葉を挟まず、丁寧かつ迅速に作業を進めていった。


 最中、ロベリアの身に増えた傷痕を見る。

 殴打による腹の肉離れ、切離による右腕の癒合痕。


 傷痕は戦士の勲章だが、当人がそれを拒むなら、やはり綺麗に消してやりたい。

 が、それは今ではない。もっと余裕のあるときでなくては。


 毛皮のマントを敷布団にして横たわるロベリアに、予備の服を着せてやる。

 傷痕は隠された。

 ロベリアは安堵したように笑み――しかし眠るには、まだ気が昂っているようだ。


「それにしてもアレですね……。私、大活躍しましたよね?」

「ああ。お前のお蔭で、わたしの傷も軽く済んだ。あの毒弾――先に毒霧を見ていなければ、予見出来ずに直撃していたかも知れぬ」


 髪を梳くようにそっと撫でると、ロベリアはウェヘヘと笑った。


「いやーカナさまのことだから、何とかしただろうとは思いますけどね~」

「だとしても、重傷は免れなかったろう。――ありがとう。助かった」

「こっちこそですよ。ありがとうございます。甲斐はあった……」


 彼女は誇りを守り、カナをも守ったのだ。

 本当に、本当によくやってくれた。

 すぐに報いることが出来ぬことが心苦しいほどに。


「しかし……」


 ふとピアニィが言う。


「大丈夫なのですか、お姉さま」

「えっ? 大丈夫でしょ、お腹はカナさまの治療受けましたし。めっちゃビックリしましたけどね!? そりゃカナさまにとっては、ただの医療行為なのかも知れませんけど……乙女的にちょっと……!」


 ロベリアはくねくねと身悶えた。

 その程度の動きしか出来ぬ消耗があるのだ。


 ピアニィの顔は晴れない。


「そうではなく……あの、相手を……お姉さまは……」

「ほえ?」


 ロベリアが寝たまま首を傾げた。

 カナも疑問を顔に浮かべた。


「何だ。はっきり言え、ピアニィ」

「いえ、ですから……決闘の相手を。――手に掛けた、でしょう?」


 声を震わせながらの返答。

 カナとロベリアは、揃ってきょとんとした。


「そりゃ殺しましたけど……。加減する理由ないですし。だいたい盗賊団のときも殺したじゃないですか、私」

「そうだったのですか? てっきり、全てカナさんが……」


 カナを横目に見てくる。

 緩く首を振った――わたしが全てを片付けたわけではない、と。


「平気なのですか、お姉さま。人を……。だって……」


 殺すと口にすることすら恐ろしいのか、ピアニィはやはり曖昧な物言いだった。

 が、言わんとするところは伝わってくる。


「別に……家出してから半年、冒険者やってて、盗賊討伐とかもありましたからねえ。最初は泣きながら拒みましたし、何とか殺したら今度は吐いたり悪夢見たり……。いや、悪夢は今も見ますけどね。まあでも、別に、それくらいで……」

「そんな……」


 ロックハート家は武門と聞いたが、未だ実戦に出たことがないためか、ピアニィにとって殺人は異世界の話だったようだ。

 だが姉は、妹の知らぬ間にそこに踏み入って、適応していた。

 それのみだ。


 ロベリアは、ふと気付いた顔をした。


「あ、でも、本当……怖い夢は見ますんで……。たぶん、今夜も。自分自身も殺されかけましたしね……。だから、その……」

「おねしょか」

「言わないでくださいよおお……」


 自由に動く左手で、ロベリアは目元を隠す。

 そちらから見えなくなっても、こちらからは耳まで赤いのが丸見えなのに。


「どうして私こうなんでしょうね……。ヤだな、カッコ悪い……。カナさまみたいに、最初から最後までカッコ良く在れたらいいのに……」

「カッコ良さは後からついてくるものだ。今は経験を積め」

「そうしますけどね……」


 と、小屋の扉が外から開いた。

 センが野兎を抱えて入ってくる。


「獲物だ、です。ちゃんと治すには食べて寝ることだ、でしょう」


 センは自ら獲物を捌き、囲炉裏で肉を焼いた。

 岩塩のみの素朴な味付けだが、これが新鮮で、内臓まで美味い。


 未だ右手の動かぬロベリアには、ピアニィが甲斐甲斐しく世話を焼く。

 ロベリアはこの場の誰よりもよく食べ、やがて眠りに就いた。


 その頃には陽も落ち、灯りは囲炉裏の火のみ。


「右手山脈に急ぎの用と言っていたがですが」

「緑の呪いをな」

「ああ……」


 樹海人同士ならば、最低限はそれで通じた。

 しかしセンはすぐに首を傾げる。


「お前の所からは、こっちを通る必要は」

「既にアーク族ではない」

「何だとですと?」


 これまでの経緯を話していく。

 獣神トースの信仰には裏があり、知ってしまったがために陰謀で追放され、ロベリアと出会いピアニィと出会い――今は、外人の帝国で騎士となるための実績作りの段階なのだ、と。


「我らのトースが邪神……。俄かには信じられないなですね。しかし追放が迅速過ぎることが、逆に信憑性を高めているです。ぼくもキーテ族内で調べてみようですよ」

「ああ」


 センは憮然とした。


「もうぼくはお前のものなのに、放り出して行く気かですか……。負けは悔しいがですが、これはこれで腹立つです」

「そうか」


 カナは就寝の準備を始めた。


「だいたい自分を賭けた決闘に負けた以上、帰る場所がある筈ないだろうがでしょ! 意地でもついていくからなです!」

「静かにしろ。ロベリアが起きる」


 今夜はここで休む。

 明日は右手山脈に入れるだろう。

 ならばあとは薬草を採って帰り、それで終いだ。


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