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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
20/23

20 決着

 尾の毒針から射撃される毒液の弾は、文字通りに弾丸めいて肉体を撃ち抜く威力を持つ。

 これを凌いで、有効打を入れねばならぬ。


 降霊使いは精霊の生命力を得るため、肉体の再生回復力が強い。

 殊にカナやセンのような上の上の降霊使いともなれば、戦闘中にすら受けた傷が癒えていくほどに。


 つまり短刀の投擲で砕いてやった左の鋏腕も、グズグズしていれば治ってしまう。

 カナの撃ち抜かれた左脇の下についても同じことが言えるが、恐らくこちらは治る頃には降霊そのものが解けている。

 自分専用に調整したのではない霊器による即席降霊は、そう長持ちはしないのだ。


 勝負を急ぐ必要がある。

 半人半兎のカナは、半人半蠍のセンの周囲を回るように移動し続け、狙いを定めさせぬままに――覚悟を決めた。

 旋回をやめ、真っ直ぐに突っ込んでいく。


「勝負をかけに来たかですか!」

「これで最後だ……!」


 刹那、蠍尾の狙いが定まる。

 傷を受けて速度の落ちたカナでは、最早回避出来ぬ。


 だから、回避しなかった。


「なんと!? です……!」


 毒弾は、カナの胸の中央やや左を貫通した。心臓の位置だ。

 にも(かか)わらず、カナは一切速度を落とすことなく疾駆し、センに迫る。


 その時カナは、既に半人半兎ではなくなっていた。

 耳は短い三角形、左右の対の形で頬に数本の髭が生え、尾は長くくねる。


「山猫だ」


 樹海を走る中で殺した個体の一部を、隠し持っていた。

 即席降霊。


 猫は非常に優れた柔軟性を持つ。

 それは関節や骨格の可動域のみならず、内臓位置さえも体内で移動させ得るほどに。

 だから毒弾が貫いたのは、心臓の本来ある位置であって、現在位置ではなかった。空洞の肉だったのだ。


 もちろん、空洞だろうが肉体は肉体。

 血は流れるし、血を吐くし、毒で麻痺もする。

 だが一切速度を落とさずに毒弾と交差して貫通されたため、体内に残留する毒の量が少ない。麻痺の影響は、事実上ほぼ存在しないのだ。


 肉薄。

 刎頚せんと迫る鋏腕を下からの弧拳で逸らし、懐へ。ここまで来れば、下ろせば地に付くほど長大な蠍腕の間合ではない。

 それでも蠍尾がある。逸らした鋏腕の死角から打ち下ろされる刺突――猫髭が空気の流れを読み取り、見切っていた。あまりにも高い上段蹴りが毒針の根元を捉え、足指が掴む。

 これで毒針はもうカナを向かぬ。


「舐めるなですよッ!」


 なおもセンには手があった。文字通り、鋏腕とは別、元々生えている人腕だ。

 双掌打を繰り出し――しかしカナがその手首を自らの両手で絡め取り、正面から極める。

 左手の麻痺はもう解けていた。兎のみでは降霊も解けていたろうが、精霊を交代した今、問題はない。


「げっ――」

「舐めてはいない。お前は強い」


 述べながら、カナは蠍尾を捕えた足先で弧を描いた。

 すると長い蠍尾の一部が輪を作り――足を地に鋭く下ろせば、セン自身の首に絡んで締め付ける。

 絞首。


「かっ……! あっ……!」

「だが、わたしたちの方が強かった」


 センは必死に藻掻く。

 しかし立ち関節で腕を極められていて、身動きすら封じられている。

 腕が折れるのを覚悟で動こうにも、上手く力が入らずそれすら不可能な姿勢にさせられているのだ。

 あまつさえ肩を上げられ、爪先立ちに導かれる――首がより締まるありさま。

 降霊を解除しようにも、既にそのための集中が出来まい。


「おっ、おごっ……! んっ……!」


 絞首には2種類ある。脳への血流を制限するものと、呼吸を制限するものだ。

 前者は速やかに意識が落ち、ともすれば快感すら伴う。だが後者はなかなか意識を失えず、地獄の苦しみを味わうことになる。

 前者を行うには押さえるべき部位の調整が必要であり、蠍尾で締める今、実行は不可能だった。

 こうする他ない。


 センは必死で息を吸おうと口を開閉し喘ぎ、だが、空気は僅かも入って行かぬ。

 舌を突き出し、唾液を垂らし、涙を流しても、呼吸が出来ぬ。

 赦しを懇願しようにも、言葉とて発せぬ。

 ただ声なき声で苦痛を訴えるのみ。


 唇が青黒くなってきた。チアノーゼの症状。

 びちゃびちゃ、ぼとぼと――足元で汚らしい音。窒息に伴う大小の失禁だ。異臭が漂う。


 やがてセンは痙攣するのみで、呼吸をしようとすらしなくなった。

 くたりと力を抜き弛緩し、完全にカナに体重を預ける形。


 意識の喪失。伴って漸く降霊が解けて、半人半蠍から人間の姿に戻り、倒れる。

 明確な戦闘不能。


「わたしの勝ちだ」


 カナは宣言した。

 見ていたピアニィもキーテ族下位戦士たちも、一言も発さなかった――その凄絶さと無残さに、完全に呑まれていた。


「カナさま……ありがとう……」


 途中から意識を取り戻していたロベリアのみが例外。

 気力体力を消耗し切ったか細い声で、それでも確かにそう言った。


「ノイノイヤ、トイドイマ、センゼンホ――3人全てが倒れた。こちらはロベリアが倒れたが、わたしとピアニィが健在。この決闘、我々の勝ちだ。異論はないな?」


 下位戦士たちに告げる。

 彼らはびくりと反応し、小声で騒めき、そして三々五々、頷いていった。


「よし」


 カナは膝をつき、仰向けに倒れているセンの胸を掌で打った。

 横隔膜への刺激。


「こふっ。――かひゅっ、げほっ……!」


 するとセンが咳き込み――呼吸が復活。

 寝転んだままで身を折り、暫し咳を続け、やがて落ち着く。


「負けたのかですか……ぼくは……」

「そうだ。無様にな」


 ロベリアを辱めたことの意趣返しのように、センの下半身をチラリと見てやる。

 するとセンは自身の現状に気付き、必死に衣服の裾を握って失禁の跡を隠そうとした。

 もちろん、まるで隠せるものではない。


「み、見るな……! 見るなです! 嘘だです、こんな、このセンゼンホが……こんな負け方……。お、おもらしして……うあ、……ふぐうう……!」


 そのまま俯いて啜り泣き始めた。

 痛ましい姿に、下位戦士らの中でカナへの怒気が膨らむも、噴火はしない。決闘の結果を覆すのは侮辱だし、そうしたところで死ぬのみだと察したのだろう。

 だがいつその(たが)が外れるかは分からぬ。


 戦闘の緊張や恐怖、ダメージの前では、人間が失禁するのは珍しいことではない。

 だから樹海人はそれをあまり深刻には捉えぬ――が、上位戦士になると話は変わってくる面もある。同胞の規範であるべき上位戦士には、高潔な品格が求められるのだ。

 正々堂々と殺すより、恥によって心を折る。この方が効く。


 何となれば、センには下位戦士らが暴走しないよう制御して貰わなくてはならぬ。

 生きていて貰う必要があるのだ。


「さて、セン。決闘の賞品は何だったか、覚えているか?」

「ひっ、ぅぐ……」


 鼻を啜り、しゃくり上げながら見上げてくる。


「つ、通行権だ……です。右手山脈……行き帰り……」

「もうひとつあっただろう」

「ぼくの……身柄……」


 絶望的な目をされてしまった。


「ロベリアの治療が必要だ。わたしの精霊の口付けのみでは、もう体力が足りぬからな……。お前のところで休ませろ」


 山猫の降霊が解けて人間の姿に戻りながら、カナは述べた。

 ロベリアを置いていくにせよ、共に一晩休むにせよ、どの道キーテ族の領土を迂回するよりは早く済む。


「返事は?」

「分かった……です……」


 別にセンを不当に虐げる気はない。

 彼女は悪くはないのだ。領土を守るために、下位戦士らを守るために、決闘を受けたのみ。

 ただロベリアを甚振られたのは気に入らぬ――そのお陰でロベリアが助かったとしても、それはそれ、これはこれである。


 あまり優しくは出来ぬかも知れぬ。

 カナは思った。


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