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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
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2 殺す

 褐色肌の銀狼、人型。

 頭頂に三角の耳が生え、貫頭衣を引き裂く勢いで尾が生え、四肢末端や胸や腰が毛皮に覆われ、爪は鋭く。

 カナヴェササネは半獣半人と化した。


「霊器を奪っただと!?」


 毛皮を引き裂かれ奪われた人狼戦士は、降ろしていた精霊も奪われ、人間の姿に戻っていた。

 血を流しながら倒れ込むありさま。

 これで動ける戦士は残り4人――


「そんな、あり得ぺげっ」


 ――いや、3人。

 動揺の隙に、その爪で首を半ばまで断つのは容易いことだった。

 鮮血の噴水。


「うわああああっ」

「死ねッ!」

「確実に殺す!」


 囲んで同時に槍を繰り出してくる。

 が、首を断ったばかりの体を投げつけてひとりを薙ぎ倒し、投げた反動で残りの槍からも身をかわす。

 敵を利用するのは、対多数戦闘の定石だ。


 かわした先の足元を狙い追ってくる槍を軽やかな跳躍で跨ぎ、空中にいる間を狙ってくる槍を掴んで身ごと引き寄せ、交差気味に貫手で胸を貫通。

 血まみれの腕を引き抜きながら、身を回転させ回し蹴り。生身では跳ね返されたが、自らも人狼と化した今なら、胴体を背骨ごとへし折った。


 ――以上、死屍累々。

 あとは行動力を失くしたのみでまだ息のある戦士たちにも、しっかりと首を捻ってトドメを刺していく。


 そして暴れ回る蜂の縄張りから逃れ――そこで降霊を維持出来なくなった。不正な降霊は長時間持つものではないようだ。

 耳に尾、毛皮、爪――狼としての形質の全てが灰と化し、風に散る。

 カナヴェササネは、褐色肌に銀髪の人間の姿に戻った。


「……」


 惨状を振り向く。

 戦士たちを殺した。

 同じアーク族の戦士たちを。

 いや、もう、カナヴェササネはアーク族ではないのだが。

 

 一族の気風は『戦う』ことにある。

 平和も、自由も、糧も、誇りも、戦って勝ち取るものなのだ、と。


 だから戦って殺したことそのものに後悔はない。

 ただ、戦わねばならなかった現実が遣る瀬無いのみだ。


 敵は――最長老は、こうなることを予想しなかったのだろうか。

 カナヴェササネが信仰の真実を発見したことを、ほぼそれと同時に把握して追放の手筈を整えてきたのだ。同じ場所で発見した不正降霊の技もまた知っていて、こうして粛清を跳ね返すことも想定できた筈――と考える。

 にも(かか)わらず、この現実。


 或いは祖父の画策なのか。孫娘を無事に逃がすため、意図的に情報を隠して適当な戦士を派遣した可能性。

 だとしたら、やはりここで里に戻るわけには行かぬ。


 今は追放される。そして長老衆を圧倒できる力を手に入れた暁には、必ず戻ってきて報復してくれよう。

 獣神トースを信仰することは間違っている。

 あれは何の現世利益も齎さぬ、ただ封印されていて、復活すれば世界を滅ぼすのみの災厄に過ぎぬのだ。


 石碑の内容が正しければ、復活するのは数十年から数百年後ではありそうだったが、だからと言って何の対策もしなくて良いということはない。

 ともすれば、最長老は獣神トースの復活を目論む邪教の徒なのではあるまいか。

 そう考えると、不安も膨らむものである。


 しかし焦ってはならぬ。

 フベラーワッド樹海の外で充分な力を蓄える――にはまず、どこかで生活基盤を得る必要がある。


 樹海の外のことはよく知らぬ。例えばどんな獲物がいて、どの動植物が毒を持っているのかなどだ。いくら幼少期からの修練で毒に耐性があっても、完璧ということはないのだから。

 となると、野外生活をするより、どこか人里に溶け込んで仕事を見付けるのが良いか。獲物や敵を殺すことは得意である。


 一度樹海を振り向いた。

 樹海人の別の部族に身を寄せる手もあるが……。

 どの道、全ての樹海部族は同じ獣神トースを信仰しているのだ。不安が大きい。


「今はさらばだ。故郷よ」


 家族に累が及ぶことは心配だが、祖父が何とかしてくれる筈だ。

 祈るように目を閉じ、再び開けた時には、もう決別は済んでいた。


 硬く分厚い足裏で、草や土を踏んで進む。

 樹海の外に向かう――木々の密度は段々と下がっていく。


 どこまでがフベラーワッド樹海で、どこからがその外なのかを明確に定義するのは難しい。

 樹海人が住んでいる深部は間違いなく樹海の内だが、外縁部には外の人間もしばしば入り込んでくる。

 そして互いに、「ここは我々の土地だ」といがみ合うのだ。


 例えば今のように――と思いながら唐突に立ち位置をズラすと、寸前まで眉間のあった位置を矢が通過していった。

 殺気が見え見えだ。回避されたことに対する動揺の気配も。

 すれ違いざまに窺えた矢の装飾は、樹海人ではなく外人が使うそれだった。


「避けた!?」

「化物め……!」


 木々の合間から現れた人間は、全部で3人。

 いずれも若い、10代の半ばから後半程度だろうか。カナヴェササネと同年代だ。


 革鎧を装備した戦士の少年は、剣と盾を手に取り突進してきた。 

 外套を纏う戦士の少女は、弓矢を手に、木々の合間へと姿を隠して側面に回り込んでくる。鉈も下げているところを見るに、外人の呼び方では狩人か。

 ゆったりした長衣の戦士には見えぬ少女は、杖を手に、精神を集中し言霊を紡ぎ始めた。魔術師――呪文使いだ。


「外人か。わたしは――」

「蛮族の言葉など聞く耳持たん! この森は帝国の領土だぞ!」

「いや我々の領土だが」


 反射的に応えてから、いや、これではダメだ、と考え直した。

 カナヴェササネは追放された身で、新たな生活基盤を求めている。そのためには外人と友好的に接しなくてはならぬ。


「聞いてくれ。さっき一族を追放されて、行くところがないんだ」

「えっ、そうなんですか?」


 少年戦士の剣をかわしながら述べると、少女呪文使いが引っかかった。


「本当なら可哀想じゃないですか? ねえ、ちょっとやめた方が――」

「バカ、ロベリア! そうやって俺たちを騙す気に決まってる! 蛮族は卑劣で野蛮だからな! つーか呪文止めてんじゃねえ!」


 少年戦士は本当に聞く耳を持たなかった。

 盾を構えて警戒しながら、もう片手の剣を小刻みに振るい、一撃必殺ではなく小さな傷の蓄積を狙ってくる。堅実な戦い方。


 そこに横合いから矢も飛んでくる。少女狩人の射撃だ。少年戦士の剣をかわした直後の隙を突こうという間。

 尤も最小限の動きで剣を避けているため、更に矢をかわす余裕は充分にあった。


「ほら、わたしは反撃をしていないだろう? 身を守っているだけだ。まずは話を聞いてくれぬか」

「反撃する余裕がないだけだろ! 変身する前にこのまま畳みかけるぞ!」


 変身――降霊のことか。


「霊器もなしに降霊は出来ぬよ。見てくれ、丸腰だ。本当に敵意はないんだよ」

「その辺に伏兵が隠れてるんだろ? その手は喰わないぜ!」


 取りつく島もない。

 剣も矢もかわせるし、少女呪文使い――ロベリアは戦意を失ってオロオロするばかりで攻撃して来ないが、これでは埒が明かぬ。


 どうしたものか。

 追放されたところで、樹海人は樹海人。外人と平和的に交流することは不可能なのかも知れぬ。

 とは言え、考えてみれば当然だ。領土を巡って争い合う不倶戴天の敵なのだから。


 殺さぬ程度に痛めつけてからでないと、会話は出来そうにない。

 カナヴェササネは覚悟を決め――


「ふん、本当に攻撃して来ないな。避けてばっかりじゃないか! 蛮族のくせに腰抜けめ!」

「腰抜けだと?」


 踵で打ち抜くような蹴りを放ってやった。


「うわっ!」


 少年戦士は盾で受け止めた。なるほど、やるようだ。しかしそもそも盾を狙ったのである。

 そのまま盾のフチを裸足の指で掴んで捻り落とすと、ゴギン、と鈍い音が響いた。

 盾を捻ることで、盾を持っていた左腕も捻ったのだ。手首、肘、肩の関節を破壊した。


「あッ、……!!」


 少年戦士は、殆ど声も出せずに蹲った。


「アントン! おのれ蛮族!」


 無口だった少女狩人が、今初めて声を出す。

 放たれた矢を、上体を倒してかわしながら――反動で跳ね上げた足には、指で掴んだままの盾があった。

 勢いのままに投擲。


「えげッ、!?」


 距離があるため攻撃されぬと思っていたのか、少女狩人の防御意識は薄かった。

 彼女は飛来した盾のフチに喉を抉られ、激しく咳き込み血を吐き出す。


 その頃には少年戦士――アントンが、左腕の激痛に耐えながら、右手の剣で突きを繰り出してきていた。

 根性は認めるが、挙動が遅過ぎる。痛みを堪え切れていない。未熟者め。それがカナヴェササネの感想だった。


 踵落としで、剣を持つ腕の手首を粉砕した。

 これでもう剣は振れぬ。


「待って、待ってください! なんでそんないきなり……!」


 ロベリアが慌てて駆け寄ってくるが、遅い。


 カナヴェササネはアントンの頭を掴み、角度にして270度ほど捻った。

 アントンは血の泡を吹き、白目を剥いて倒れ込む。

 ビクビクと痙攣する以外には、既に動かぬ。


 だから言ってやった。


「誰が腰抜けだ? 殺すぞ」

「もう殺してますよお!!!」


 涙混じりの声が返ってきた。


 一瞥をくれてやる。

 ロベリアは「ひっ」と引き攣った声を上げ、アントンに駆け寄る動きと反射的に逃げようとする動きが半端に混じり合い、その場で尻餅をついた。


「教えておいてやる。樹海人に対して、『腰抜け』や『臆病』などは禁句中の禁句だ。それは最大級の侮辱であり、殺されても文句は言えぬのだ、とな」

「死ぃ、ねええ!」


 濁った声音。

 言葉の途中で既に、少女狩人が向かってきていた。矢は避けられると見てか、得物を鉈に切り替えての直接斬撃だ。


 足指で地面の石を掴んで、顔面に投げつけてやった。樹海人は足指が長い。

 アントンと違って盾を持たぬ彼女は、それをまともに受け、怯む。

 その隙に踏み込んで、アントンと同様に首を捻って始末する。


「もうひとつ――殺そうとするなら、殺されても仕方ない、ということもな。覚えておけ」


 ふたりの骸を置いて、ロベリアに歩み寄る。

 ロベリアは涙と鼻水を垂らしながらいやいやと首を振り、腰の抜けたまま手で這ってでも逃れようとするが、まるで力が出ていない。

 水の噴き出す音がして、彼女の尻の下に水溜まりが広がっていった。


 カナヴェササネは、そっと手を差し伸べる。

 ロベリアはぎゅっと目を瞑った。


「……」

「……」


 ロベリアの手を無理やり掴み、引っ張って立たせる。雫が滴る。

 足腰に力は入っていない――いや、少しずつ入っていく。

 彼女は目を開け、至近距離でカナヴェササネの顔を見て、喉を鳴らした。


「こ、殺さないんですか……?」

「ロベリアだったか? お前は侮辱も攻撃もしなかったろう。お前たちの里に案内してくれ……。本当に行くところがないんだ。頼む」


 ロベリアは壊れたように何度も頷く。

 そしておずおずと問うた。


「案内はいいんですけど、あの、何てお呼びすれば……」

「カナヴェササネ」

「カナ――な、何ですか?」


 樹海人の名前は、外の人間には覚えにくいらしい。


「カナでいい」


 だから、それで良い。

 これからは外の流儀に従う場面も出て来るだろう。

 その第一歩として。


 名を知り合ったことで、ロベリアも人心地が付いたのだろうか。

 視線がふらふらと彷徨い、骸を改めて見て――


「うッ――おえっ」


 吐いた。

 上から下からいろいろと出して、大変なことだ。

 カナヴェササネ――カナは、静かに嘆息した。


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