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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
19/23

19 蠍のセンゼンホ

 アーク族に信仰の是正と報復を行うため、帝国で騎士を目指す。

 騎士になるために功績を求め、不治の病を癒す、外人にとっては幻の薬草を採取しに行く。患者が再起不能になるまでの制限時間付き。

 薬草の生える樹海奥地――右手山脈に迅速に辿り着くため、キーテ族の領土を通る必要がある。安全な通行権を賭けて決闘の流れ。

 そして今、3対3の勝ち抜き戦が、最終局面へと進んだ。


 正確にはカナ側には大将としてピアニィが残っているのだが、これは彼女を戦わせぬために後ろに回した結果だ。

 今、ピアニィの心には弱さがある。姉が戦うなら自分も、という受け身の姿勢。

 才能や素質はロベリアを上回っても、戦果では劣ることは火を見るよりも明らかだった。

 自分自身を囮にした初見殺しの策により、死にかけながらやっと勝利をもぎ取って、然る後に力及ばず落ちた――それに劣るということは、つまり、ただ死ぬということである。


 だからこの決闘は、敵大将セン、味方中堅カナ、この一戦で終いだ。

 終いにする。


「『よく戦った』とは――しかし、カナ、よく言えたものだな、です。その無様極まりないありさまに対して……」


 センは無残なロベリアを尾の毒針で指し示し、述べた。

 冷たくせせら笑いながら。


 確かに無様だ。

 敵に一撃を当てるどころか掠らせることすら出来ず、一方的に圧倒され、それでも最後まで勇ましく戦い抜いたならまだしも、心が折れてこの場にいない母に助けを求め、あまつさえ大小便を漏らして垂れ流し、そのまま失神したのだから。

 今はピアニィが、泣いて取り乱しながらも回復魔術を作用させている。

 だが――


「だが、お前に命乞いはしなかった」

「ぬ……」


 センが憮然の表情。

 それがどうしたと言うような、それがあったかと言うような。


 そしてカナは口にしないが――そもそもこれがロベリアの最善手だったのだ。

 初撃を凌がれた時点で、最早どうあっても勝ち目はないのだから、あとは如何に決闘のルール内で生きて終わるか、となる。


 誇りを懸ける決闘に降参はない。

 ならば勝敗は、死か、戦闘不能か。


 だからロベリアは、()()()()()()()()()()()()()

 無理に立ち向かおうとせず、弱い自分を意識して、その弱さ通りに戦闘不能になったのだ。

 生きて終わるために、『勇気を捨てる勇気』があった。


 カナに初めて会って殺されかけた(と当時の本人は思っていた)時でさえ、失神までは行かなかったのだ。

 この無様は意図されたもの。


 尤もセンが即座に殺すことを選んでいれば、それも無理だったが――仲間をやられた腹癒せか、甚振ってくれて助かった。


 ともあれ、だから、あとはカナの仕事である。

 3人全てをひとりで相手取る必要があるかと最初は思ったが、ロベリアが想像以上に健闘してくれた。敵大将の降霊すら引き出したのだ。

 お陰でカナは覚悟が出来る。敵がどんな攻撃をしてくるのか、どんな動きをしてくるのか、想像し、対策を考えることが出来る。


 カナは腰に下げた兎の脚のお守りを握った。


「――降霊」


 長い耳が生え、丸い尾がズボンの尻尾穴から飛び出し、手足が毛皮に覆われる。

 褐色銀髪、半人半兎。


「なるほど。毒霧が目に入れば失明する――目を閉じても戦えるように、聴覚系の降霊ってわけかですか。無様ではあっても無駄ではなかったな、です」


 兎と蠍が睨み合う。

 そのまま位置取りを調整するように、横へと数歩ズレて――


「血を捧げよッ!!」

「血を捧げよです!」


 同時に互いへと飛び込んだ。


 素早さで上回るのは兎である。激突位置は蠍寄り。

 しかしその超脚力による蹴りを、蠍は鋏腕で受け流した。外骨格の硬度と、丸みによる滑り。


 すかさず蠍尾が兎の脚を払いに伸びるが、それを蠍自身の鋏腕が阻害した。

 いや――鋏腕表面の感覚毛を兎が足指で掴み、引き摺り下ろしてそう誘導したのだ。

 がちん、硬質な激突音。


 蠍尾が鋏腕の陰にある今この瞬間、毒霧が噴き出しても被害は小さい。攻め時だ。


 兎の右足が、左の鋏腕を捕えている。

 その掴みを足場にして身を浮かせ、兎の左足が蠍の顔面を打ち抜きに伸びた。


「しっ!」

「ふん!」


 当然、右の鋏腕で防御。

 だがそちらも兎の足指が感覚毛を掴む。

 人でなく、兎でなく、人であり兎である。故に可能なこと。


 兎はそのまま大きく身を捻り、回転に蠍を巻き込んだ。

 蠍の上下が反転し、頭が地面に叩きつけられる――間際、止まる。

 蠍尾が地に突き立ち、制動の役を成していた。第三の脚。


 あまつさえ、蠍には鋏腕の他に、元々の人腕がある。

 衣服の内から短刀を取り出し投擲――兎が鋏腕を蹴って離れ、その足指が今度はその短刀を掴んで止めた。


 兎は空中にいるまま姿勢制御。地に足が付くと同時にその大地を踏み締め、もう片足で掴む短刀を投げ返した。

 全体重、全身の運動量を乗せた投擲。蠍の人腕によるそれとは次元が違う。

 短刀は閃光と化して飛び、防御に差し挟まれた左の鋏腕を粉砕した。


「やるじゃねえかですよ!」

「お前もな……!」


 一気呵成に畳み掛けようと、兎は疾駆する。

 対する蠍は、待ち構えて尾の毒針を向けてきた。


 霧の噴射ならば、呼吸を止めて目を閉じつつ突っ切るのみだ。

 兎には通用しない。それは蠍も分かっている筈。

 ならば別の狙いが? ロベリアに手の内を晒したのは、ここで油断させるためだったとすれば――。


 背に走る悪寒に従って兎は咄嗟に右へ飛び、そして左脇の下を撃ち抜かれた。

 回避が一瞬でも遅れれば、心臓を貫通していただろう。

 外の血を取り入れる機会ではなかったのか。それとも、かわせると信じていたのか。


「くっ……」

「ははっ!」


 撃ち抜いたのは毒液だった。霧状の噴射ではない、その指向性を極限まで高めた『液体弾』。

 本来の蠍には出来ぬ――物理を超えた蠍の精霊を降ろしてこその技。


 神経毒が着弾箇所から左腕を冒し、麻痺が広がっていく。

 如何に兎の超脚力があろうと、全身を協調させずにその全力は発揮出来ぬ。腕を振る反動もまた、高速機動には不可欠だ。

 兎の速度が落ちた。


 それでも止まらぬ。

 蠍を中心に弧を描く移動。木々の合間に出たり入ったり、幻惑。

 そうしながら足指が小石を拾い、投擲を繰り返していく。


 しかし全ては鋏腕と蠍尾に弾かれる。


「無駄だ、です。移動しながらの投擲では威力が半減……。ぼくの防御は()けない! しかし足を止めることは出来まいです……。その瞬間、再び毒弾がお前を撃つのだですから!」


 それはつまり、狙い澄まして撃つ流儀。連射はしないということ。

 いや恐らく、しないのではなく出来ぬのだ。あれほどの技、相当の力が必要な筈。力を溜めるのに時間がかかる筈である。

 事実、注意深く『聴』いてみれば、毒針の根本から凄まじいまでの筋肉の軋み、漲りが伝わってくる。


 ならば次の射撃を避け、更にその次までの間隙に打ち抜く。

 ――可能か?

 どう考えても読まれているのに。

 左腕の麻痺で速度が落ち、まず避けられるかも怪しいのに。


 ならば……。

 カナは覚悟を決めた。


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