16 紫電一閃
糧も、明日も、自由も、誇りも、樹海人は全てを戦いによって勝ち取る。
その極みが決闘だ。互いに卑怯を捨て、正々堂々、合意の上で全てを勝敗に委ねる。
決闘を穢した者は誇りを失う。
誇りを失っては、樹海人は生きていけぬ。
故に決闘そのものに騙し討ちはない。少なくとも可能性は大きく減じるし、あったところで仕掛けた側が不利になるのみだ。
だからこそ、決闘のルールで攻撃をすることもある。
剣も魔術も使えるというピアニィならまだしも、魔術しかないロベリアでは、降霊使いには勝てぬだろう。いや、盗賊団に捕まっていた辺り、ピアニィも怪しい。
となると、カナが最初に出て、そのまま3人抜きをする必要がある。
キーテ族のセンゼンホと言えば、直接相対したことはないものの、音に聞く猛者である。脇を固めるふたりの男も、決して油断して良い相手ではないだろう。
それでも勝てると踏んだからこそ、決闘を申し込んだのだが……。
右手山脈まで駆け抜けて薬草を採り町に帰る、その余裕がどれほど残るか。
ともあれ、決闘を挑み、承諾され、ルールは決まったのだ。
戦って勝つより他にない。
「こっちは、このぼく――センゼンホが大将だ、です。先鋒はノイノイヤ、中堅はトイドイマ」
センが述べたのは、ふたりの男を長躯と矮躯の順に指し示しながらのこと。
筋肉質な長躯がノイノイヤ、それより背は低いが筋肉で横幅では勝る方がトイドイマだ。
ふたりは荒々しい闘気を纏うまま、しかし不気味に沈黙している。
ではカナ側の順番はと言えば、
「もちろん、わたしが――」
「ロベリアちゃんが最初です!」
ロベリアが割り込んで手を挙げた。
「お姉さま!? 勝ち抜き戦なのですから、カナさんにお任せするべきでは……!」
驚いたピアニィが止めにかかる。
カナも同意見だ。
しかしロベリアは決然と敵を見た。
「勝ち抜き戦だからですよ。最大の切り札を酷使して、肝心なときにあと一歩及ばなかったらどうするんです? 温存しなきゃ」
「賭けが体だから決闘で殺されはしない、という考えは捨てた方がいい。寧ろ、だからこそ再起不能にされるぞ」
カナは忠告した。翻意を祈って。
無駄だろうと思いながら。
「分かってます」
無駄だった。
「でも私、私は、カナさまの主になるんですから……! 文字通りのおんぶに抱っこだなんて、これっきりでもう御免ですよ!! 見せてやります、私がお荷物じゃないってところをね!」
ロベリアは欠点だらけの人間だ。
小物で、自分本位で、卑屈で、尿道が緩く、白兵格闘能力がなく、唯一の取り柄の魔術でさえ妹に劣るという。
だがそんな自分を恥じ、変わろうとする心を持っているのだ。
その輝きを、カナは、尊いと思った。その誇りの萌芽を、曇らせてはならぬと。
「お姉さま、無茶はお止めください!」
「分かった。やれ」
「カナさん!?」
必死にロベリアへと掴みかからんばかりの勢いだったピアニィが、驚きにカナを振り向いた。
ロベリアは不敵に笑っていた。微妙に歯の根が合っていないが。
「任せてくださいよ……! ウェヒッ、ウェヒヒヒ……!」
そして対戦相手、筋肉室な長躯のノイノイヤを真っ直ぐに見据える。
いや、目を逸らし、それでも見据えようと、しかしやはり逸らそうと、視線が泳ぐ。
膝が震えていた。
然もありなん。
カナは上位戦士の中でも更に上位、上の上の戦士だが、それに匹敵する――同じ上の上か、どう低く見積もっても上の中の戦士が3人いて、無遠慮に闘気を浴びせてきているのだ。
一方でロベリア当人はと言えば、贔屓目に見て中の中程度なのだから。
それでもロベリアは、一歩も退かなかった。
「お姉さま……。ならば2番手は私が――」
「いや、お前はダメだ」
追って奮起するピアニィを、カナは止めた。
驚きを通り越して、不思議そうな顔をされてしまった。
「ロベリアは今、自らの誇りで立っているが、お前は違う。姉に追従したのみだ。受け身の姿勢……。それでは勝てぬ」
「ならお姉さまは勝てると仰るのですか!?」
「十中八九無理だ。呪文使いは詠唱に時間がかかる」
姉が勝てると、ピアニィには思えぬのだろう。
カナも同意見である。
しかし――
「だがこれは誇りの問題だからな」
「そんな……」
――挑むことに意味があるのだと、そう思う。
「話は纏まったようだな? です」
「ああ。先鋒ロベリア、中堅わたし、大将ピアニィだ」
「カナさん! お考え直しください!」
ピアニィが縋って来るが、もう無理だ。
互いの代表同士が合意した以上、既にその当人たちですら決定を覆すことは出来ぬ。
決闘の聖域。
「大丈夫ですよ、妹くん。お姉ちゃんだって、遊びで冒険者やってたわけじゃないんですからね。才能はともかく、実戦経験なら妹くんより上なんですよ」
「だとしても、そんな……!」
ピアニィは言葉を詰まらせ、しかし、ようやく意を決した。
「……ご武運を!」
「はい」
カナ側からロベリアが、セン側からノイノイヤが前に出る。彼我の距離は10歩分ほど。
片や小柄な少女。リボンでふたつに括った紫の髪、青い目。丈夫なマントに三角帽子。右手に短杖を引き抜いた。
片や長身筋肉質。褐色肌に魔除けの紋様、黒髪黒目。植物繊維の衣服には迷彩模様。虫入り琥珀の首飾りを、その手に握った。
「獣神トースに恥じるところのないよう、正々堂々の決闘を、です。では――」
「あ、待って! 待ってください!」
開始の合図をしようとしたか、片手を掲げたセンを、ロベリアが慌てて止めた。
その無作法に渋い顔をされるが、ロベリアは卑屈に笑って誤魔化す。
「ウェヘヘ……。ごめんなさい。でもですね、ほら、信仰が違うわけで……。私の神に勝利を祈る時間をくださいよ。ね? ねっ」
「そのくらいなら……まあいいか、です」
センの許可を待って、ロベリアは目を閉じた。
両手で短杖を握り、口の中でぶつぶつと何らかの言葉を紡ぐ様子。
やがて言葉を終えると、目を開け、こくりと頷く。
「お待たせしました」
「では改めて――血を捧げよ! です」
掲げた手を振り下ろしながらセンが言えば、それが開始の合図であることはロベリアにも分かったのだろう。
彼女は迅速に杖をノイノイヤに向け、彼もまた同時に精神を集中していた。
降霊。霊器は虫入り琥珀の、その中の虫――
――それが何の虫なのかを知れる前に、ノイノイヤは雷撃に撃ち抜かれて倒れた。
「……は?」
センの呆然の声。
長躯の男は倒れたまま、起き上がる気配がない。
人間の姿のまま、降霊が進む様子もない。
肉の焦げる匂いが漂った。
「――ライトニング・ボルト」
ロベリアが静かに宣言した。
短杖の先端に、放った紫電の残滓が滞留している。
そして爆発するように笑い出す。
「ヒヒッ、ウェヒヒヒヒヒッヒ……! バァーーーーカ! 『足手纏いの外人に勝ち目はない』でしたっけ? 一発じゃねーですか! 一撃! 即死……! うわあ、これは恥ずかしい。こりゃ次も期待は出来ませんね」
矮躯の男――トイドイマが歯を食い縛った。嚇怒の形相。
「何しろ勝ち抜き戦ですからね! ロベリアちゃんで3タテ余裕ですわ。カナさまの出番はないッ! じゃ、もう一度神に祈らせてもらって――」
「そこまでだ、です」
しかしセンは、既に冷静だった。
ロベリアを制止するように指差す。
「遅延発動だな、です」
「遅延発動!? お姉さま、いつの間に習得を……!」
ピアニィ、それでは正解だと言っているも同然だが。
「先に呪文を唱えておいて、発動を保留し遅らせる技術……。祈りの振りで呪文を唱えていたな! です」
「詳しいじゃないですか……。樹海にはない技術でしょうに」
半笑いのロベリアは、振り向かずに言う。
「でもルール違反じゃないですよね? ねえカナさま」
「そうだな……。開始前に武器を抜く程度のことだ」
「ならこっちも、先に降霊しても構わないな? ですよ」
ロベリアが息を呑む。
所詮は初見殺しの技だ。
ここからが本当の戦い。
それでも、彼女は。
「じょっ――上等じゃねーですかッ! かかって来い!!」