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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
16/23

16 紫電一閃

 糧も、明日も、自由も、誇りも、樹海人は全てを戦いによって勝ち取る。

 その極みが決闘だ。互いに卑怯を捨て、正々堂々、合意の上で全てを勝敗に委ねる。


 決闘を穢した者は誇りを失う。

 誇りを失っては、樹海人は生きていけぬ。

 故に決闘そのものに騙し討ちはない。少なくとも可能性は大きく減じるし、あったところで仕掛けた側が不利になるのみだ。


 だからこそ、決闘のルールで攻撃をすることもある。

 剣も魔術も使えるというピアニィならまだしも、魔術しかないロベリアでは、降霊使いには勝てぬだろう。いや、盗賊団に捕まっていた辺り、ピアニィも怪しい。

 となると、カナが最初に出て、そのまま3人抜きをする必要がある。


 キーテ族のセンゼンホと言えば、直接相対したことはないものの、音に聞く猛者である。脇を固めるふたりの男も、決して油断して良い相手ではないだろう。

 それでも勝てると踏んだからこそ、決闘を申し込んだのだが……。

 右手山脈まで駆け抜けて薬草を採り町に帰る、その余裕がどれほど残るか。


 ともあれ、決闘を挑み、承諾され、ルールは決まったのだ。

 戦って勝つより他にない。


「こっちは、このぼく――センゼンホが大将だ、です。先鋒はノイノイヤ、中堅はトイドイマ」


 センが述べたのは、ふたりの男を長躯と矮躯の順に指し示しながらのこと。

 筋肉質な長躯がノイノイヤ、それより背は低いが筋肉で横幅では勝る方がトイドイマだ。

 ふたりは荒々しい闘気を纏うまま、しかし不気味に沈黙している。


 ではカナ側の順番はと言えば、


「もちろん、わたしが――」

「ロベリアちゃんが最初です!」


 ロベリアが割り込んで手を挙げた。


「お姉さま!? 勝ち抜き戦なのですから、カナさんにお任せするべきでは……!」


 驚いたピアニィが止めにかかる。

 カナも同意見だ。


 しかしロベリアは決然と敵を見た。


「勝ち抜き戦だからですよ。最大の切り札を酷使して、肝心なときにあと一歩及ばなかったらどうするんです? 温存しなきゃ」

「賭けが体だから決闘で殺されはしない、という考えは捨てた方がいい。寧ろ、だからこそ再起不能にされるぞ」


 カナは忠告した。翻意を祈って。

 無駄だろうと思いながら。


「分かってます」


 無駄だった。


「でも私、私は、カナさまの主になるんですから……! 文字通りのおんぶに抱っこだなんて、これっきりでもう御免ですよ!! 見せてやります、私がお荷物じゃないってところをね!」


 ロベリアは欠点だらけの人間だ。

 小物で、自分本位で、卑屈で、尿道が緩く、白兵格闘能力がなく、唯一の取り柄の魔術でさえ妹に劣るという。


 だがそんな自分を恥じ、変わろうとする心を持っているのだ。

 その輝きを、カナは、尊いと思った。その誇りの萌芽を、曇らせてはならぬと。


「お姉さま、無茶はお止めください!」

「分かった。やれ」

「カナさん!?」


 必死にロベリアへと掴みかからんばかりの勢いだったピアニィが、驚きにカナを振り向いた。

 ロベリアは不敵に笑っていた。微妙に歯の根が合っていないが。


「任せてくださいよ……! ウェヒッ、ウェヒヒヒ……!」


 そして対戦相手、筋肉室な長躯のノイノイヤを真っ直ぐに見据える。

 いや、目を逸らし、それでも見据えようと、しかしやはり逸らそうと、視線が泳ぐ。

 膝が震えていた。


 然もありなん。

 カナは上位戦士の中でも更に上位、上の上の戦士だが、それに匹敵する――同じ上の上か、どう低く見積もっても上の中の戦士が3人いて、無遠慮に闘気を浴びせてきているのだ。

 一方でロベリア当人はと言えば、贔屓目に見て中の中程度なのだから。


 それでもロベリアは、一歩も退かなかった。


「お姉さま……。ならば2番手は私が――」

「いや、お前はダメだ」


 追って奮起するピアニィを、カナは止めた。

 驚きを通り越して、不思議そうな顔をされてしまった。


「ロベリアは今、自らの誇りで立っているが、お前は違う。姉に追従したのみだ。受け身の姿勢……。それでは勝てぬ」

「ならお姉さまは勝てると仰るのですか!?」

「十中八九無理だ。呪文使いは詠唱に時間がかかる」


 姉が勝てると、ピアニィには思えぬのだろう。

 カナも同意見である。

 しかし――


「だがこれは誇りの問題だからな」

「そんな……」


 ――挑むことに意味があるのだと、そう思う。


「話は纏まったようだな? です」

「ああ。先鋒ロベリア、中堅わたし、大将ピアニィだ」

「カナさん! お考え直しください!」


 ピアニィが縋って来るが、もう無理だ。

 互いの代表同士が合意した以上、既にその当人たちですら決定を覆すことは出来ぬ。

 決闘の聖域。


「大丈夫ですよ、妹くん。お姉ちゃんだって、遊びで冒険者やってたわけじゃないんですからね。才能はともかく、実戦経験なら妹くんより上なんですよ」

「だとしても、そんな……!」


 ピアニィは言葉を詰まらせ、しかし、ようやく意を決した。


「……ご武運を!」

「はい」


 カナ側からロベリアが、セン側からノイノイヤが前に出る。彼我の距離は10歩分ほど。

 片や小柄な少女。リボンでふたつに括った紫の髪、青い目。丈夫なマントに三角帽子。右手に短杖(ワンド)を引き抜いた。

 片や長身筋肉質。褐色肌に魔除けの紋様、黒髪黒目。植物繊維の衣服には迷彩模様。虫入り琥珀の首飾りを、その手に握った。


「獣神トースに恥じるところのないよう、正々堂々の決闘を、です。では――」

「あ、待って! 待ってください!」


 開始の合図をしようとしたか、片手を掲げたセンを、ロベリアが慌てて止めた。

 その無作法に渋い顔をされるが、ロベリアは卑屈に笑って誤魔化す。


「ウェヘヘ……。ごめんなさい。でもですね、ほら、信仰が違うわけで……。私の神に勝利を祈る時間をくださいよ。ね? ねっ」

「そのくらいなら……まあいいか、です」


 センの許可を待って、ロベリアは目を閉じた。

 両手で短杖(ワンド)を握り、口の中でぶつぶつと何らかの言葉を紡ぐ様子。

 やがて言葉を終えると、目を開け、こくりと頷く。


「お待たせしました」

「では改めて――血を捧げよ! です」


 掲げた手を振り下ろしながらセンが言えば、それが開始の合図であることはロベリアにも分かったのだろう。

 彼女は迅速に杖をノイノイヤに向け、彼もまた同時に精神を集中していた。


 降霊。霊器は虫入り琥珀の、その中の虫――

 ――それが何の虫なのかを知れる前に、ノイノイヤは雷撃に撃ち抜かれて倒れた。


「……は?」


 センの呆然の声。


 長躯の男は倒れたまま、起き上がる気配がない。

 人間の姿のまま、降霊が進む様子もない。

 肉の焦げる匂いが漂った。


「――ライトニング・ボルト」


 ロベリアが静かに宣言した。

 短杖(ワンド)の先端に、放った紫電の残滓が滞留している。

 そして爆発するように笑い出す。


「ヒヒッ、ウェヒヒヒヒヒッヒ……! バァーーーーカ! 『足手纏いの外人に勝ち目はない』でしたっけ? 一発じゃねーですか! 一撃! 即死……! うわあ、これは恥ずかしい。こりゃ次も期待は出来ませんね」


 矮躯の男――トイドイマが歯を食い縛った。嚇怒の形相。


「何しろ勝ち抜き戦ですからね! ロベリアちゃんで3タテ余裕ですわ。カナさまの出番はないッ! じゃ、もう一度神に祈らせてもらって――」

「そこまでだ、です」


 しかしセンは、既に冷静だった。

 ロベリアを制止するように指差す。


「遅延発動だな、です」

「遅延発動!? お姉さま、いつの間に習得を……!」


 ピアニィ、それでは正解だと言っているも同然だが。


「先に呪文を唱えておいて、発動を保留し遅らせる技術……。祈りの振りで呪文を唱えていたな! です」

「詳しいじゃないですか……。樹海にはない技術でしょうに」


 半笑いのロベリアは、振り向かずに言う。


「でもルール違反じゃないですよね? ねえカナさま」

「そうだな……。開始前に武器を抜く程度のことだ」

「ならこっちも、先に降霊しても構わないな? ですよ」


 ロベリアが息を呑む。

 所詮は初見殺しの技だ。

 ここからが本当の戦い。


 それでも、彼女は。


「じょっ――上等じゃねーですかッ! かかって来い!!」


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