15 キーテ族
フベラーワッド樹海、キーテ族の領域。
ここを真っ直ぐに通り抜けることが、例の薬草の自生する右手山脈への近道なのだ。
迂回した場合、恐らく時間切れになる。
木々の遮蔽を利用して、矢をかわしていく。
反撃は――しない。殺しに来たのではないのだ。通してもらえればそれで良い。
故にカナは声を張り上げた。
「我が名はカナヴェササネ! この先の右手山脈に用がある! 通らせて欲しい!」
「カナヴェササネだと!?」
「アーク族の」
「先の戦いではよくも……!」
「殺せ! 殺せ!」
殺意の空気が濃くなった。
然もありなん。樹海部族は千年の永きに渡って、ひたすら殺し殺されを繰り返しているのだ。今この場でまだ何もしていないことなど、何の判断材料にもならぬ。
カナにしても、もし数日前までの自分であれば、問答無用で殺していただろうな――と思う。
だがアーク族を追放され、樹海を出て、外人の帝国でほんの数日を過ごすことで、多少丸くなったのだ。
無遠慮に踏み入ったのはこちらなのだから、もう少しだけ我慢すべきだろう。ルベシャの町の冒険者ギルドのように、殺すだけ殺して何も得るものがないという結果は避けたい。
もし普通に通してもらえるなら、殺すより早く済む、という点もある。
「覚悟しろ!」
「矢が当たらん! 接近するぞ!」
「斧の錆にしてくれる……!」
が、現実は、いきり立ったキーテ族が武器を手に囲んでくるありさま。
これもまた当然の流れではある。
「はえー、いっぱいいますね。なんか肌に紋様が……。魔除けでしたっけ?」
「ああ。迷信だがな」
間抜けな声を上げたロベリアの言う通り、現れた戦士たちは、いずれも褐色の肌に魔除けの紋様を描かれていた。何の魔力も感じない。
アーク族では気休めに過ぎぬとして廃れた文化なのだが、キーテ族は未だにそれを続けているのだ。何とも原始的な蛮族である。
じりじりと包囲を狭めてくる戦士たちに、降霊している者はいない。
一方、カナの降霊状態は狼だ。これは集団戦や長距離移動に適するもので、個人戦には向いていない精霊である。が、それでもカナが使えば、未降霊の相手が何人いようと負ける道理はない。
その泰然の闘気を感じたか。キーテ族戦士たちは、包囲こそしたものの、そこから攻めては来なかった。
片や気圧されて攻撃出来ず、片や殺意がない。膠着状態。
カナは殺人鬼ではない。蹴散らすのは容易いが――
いや……
「出て来い」
カナは包囲を無視し、その向こうに声をかけた。
包囲が騒めく。
間もなく、木々の合間の向こうから、キーテ族の少女が現れた。
植物繊維を極彩色に染めた衣服を纏う、カナとロベリアの間の年代と見られる少女だ。褐色の肌、漆黒の髪、鳶色の目。魔除けの紋様。
悠然とした笑みを浮かべている。
「女の子……!?」
ロベリアが食いつきを見せた。
女の子が好きなのか……?
「でもカナさまの方が綺麗ですね」
「ああ。……ああ?」
「お姉さま、口説いている場合では……」
口説かれたらしい。
ぶんぶんと首を横に振るロベリアから、新たな少女へと視線を戻した。
「キーテ族上位戦士、センゼンホだ、です。そちらはアーク族上位戦士、カナヴェササネだな、ですね」
「おっ、帝国語……」
ロベリアとピアニィという帝国人をカナが連れているためか、樹海語ではなくわざわざ帝国語で話しかけてきた。
親切なことである。
訛りはあるが……。
ともあれ、カナは頷きを返した。
正確なところを言えば、既にアーク族の上位戦士ではないのだが、細かいことは置いておいく。
「今はカナを名乗っている」
「じゃあぼくもセンでいいぞです。で、右手山脈に用事? 迂回すれば? です」
「時間がない」
端的に答える。
キーテ族の支配領域は決して狭くない。迂回すれば日数がかかってしまい、町長の娘ガーベラの失明までに間に合わぬ。
生命が助かっても、それでは功績が半減してしまうだろう。
「じゃあ押し通るかです? 訓練中の下位戦士の群れはともかく、ぼくを突破するのは難しいと思うが、です」
「可哀想だろう」
「うふ」
センは露骨に笑った。
下位戦士を殺戮するのは可哀想だ――それは建前。
本音は、乱戦になればロベリアとピアニィを守り切れる保証がないから。
察せられている。
「ならば? です」
「ああ。決闘だ」
「よろしいです」
決闘をすることに決まった。
包囲するキーテ族戦士たち――訓練中の下位戦士たちが武器を下ろし、センの後ろに下がっていく。
それをロベリアとピアニィは、半ば呆然の顔で眺めた。
「えっ!? なんか話が妙に早くないですか!?」
「あんなに殺気立って囲んできていましたのに……」
目を白黒させるありさま。
しかし、樹海人とはこういうものだ。部族が違っても、文化は近い。
困ったら決闘――これである。そして決闘は神聖なもので、穢してはならぬ。
と、ここでカナの降霊が切れた。
当初に比べれば即席降霊も長持ちするようになったものだが、それでも限界はある。
狼の形質が灰と化して風に散り、褐色銀髪の人間の姿へ。
さて。
「挑まれたのはこちら。ぼくがルールを決めるぞです。うーん」
センは首を傾げて考える素振りを見せた。
そして間もなく、左右両手の指を3本ずつ立ててみせる。
「では3対3! 勝ち抜き戦だ、です。こちらは右手山脈までの通行権を賭けるとして、カナは何を賭けるです?」
カナは舌を打った。
こう来る可能性は考えていたが……。
つまりロベリアとピアニィも決闘者に数えられているのだ。
勝ち抜き戦である以上、援護も出来ぬ。
カナがひとりで3人全てを片付けるより他にないだろう。
「よっしゃあ、やってやりますよ! 下ろしてください、カナさま!」
などと考えるカナを後目に、ロベリアがやる気を見せた。
どの道、ふたりを下ろさずには戦えぬ。カナは帯を解き、ロベリアとピアニィを地面に放した。
そしてロベリアの肩に後ろから手を置き、センに差し出すように一歩前へ。
「では、こちらはこいつを賭けよう」
「へっ……?」
「外の血を入れるいい機会だろう。魔術師だし」
「ほう! それはそれは、です」
センが喜色を浮かべた。
こういった少数部族というものは、内部で血が濃くなりやすい。すると生まれる子供に障害が出やすくなるのだ。
時折、外から他人の血を入れる必要がある。
ロベリアが青い顔でカナを振り向いた。
「あの……カナさま? それって、つまり……負けたら……」
「ああ」
カナは端的に頷いた。
その背をピアニィが乱暴に叩く。
「ダメ、ダメです! お姉さまがそんな目に遭うくらいなら私が!」
「それこそダメでしょ! 妹くんは私が守りますよ! ウェヘヘ……」
半笑いのロベリア。
が、すぐに怒り顔に変わる。
「ってゆーかカナさまが自分を賭ければいいんじゃないんですかー!?」
「その通りだ、です」
センが食いついてきた。
「こちらは通行権を賭けると言ったがですが、外人ひとりなら『行き』だけだです。3人全員賭けるなら、『帰り』も保証するがなですけどね。何ならぼく自身も賭けようか? です。うふふ」
「驚いたな。もし負けたとき、わたしは生きていない――と思って外したが」
本音だった。
強敵として名を知られたカナと、見知らぬ外人――その上で身柄を景品にするならば、後者だろう。前者は殺されるからだ。
そう考えていた。
センは肩を竦める。
「そんな、勿体ない! です。お前の強い血なら、外人のそれより価値があるだろうです。安心していいよです――ぼくがたっぷりと教え込んであげるですから! ウフフフフ……」
頬を染め濡れた笑顔を浮かべるセンに、カナは鼻を鳴らし、ピアニィは嫌悪感に我が身を抱き、ロベリアはカナの手を握った。
そこでふと述べる。
「いやでも、3対3ですよね? あのセンとかいうヤベーのはともかく、他は下位戦士なんでしょ? 楽勝では……」
「――と思ったか? です」
センの後方から、屈強な戦士の男がふたり現れた。
ひとりは長身、ひとりは矮躯だが横幅では前者に勝る。
姿を現した途端、荒々しい闘気が吹き荒れた。
「ひょえっ……」
「足手纏いの外人に、勝ち目なんかねえよ、です。では戦う順番を決めようかですよ」