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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
15/23

15 キーテ族

 フベラーワッド樹海、キーテ族の領域。

 ここを真っ直ぐに通り抜けることが、例の薬草の自生する右手山脈への近道なのだ。

 迂回した場合、恐らく時間切れになる。


 木々の遮蔽を利用して、矢をかわしていく。

 反撃は――しない。殺しに来たのではないのだ。通してもらえればそれで良い。

 故にカナは声を張り上げた。


「我が名はカナヴェササネ! この先の右手山脈に用がある! 通らせて欲しい!」

「カナヴェササネだと!?」

「アーク族の」

「先の戦いではよくも……!」

「殺せ! 殺せ!」


 殺意の空気が濃くなった。

 然もありなん。樹海部族は千年の永きに渡って、ひたすら殺し殺されを繰り返しているのだ。今この場でまだ何もしていないことなど、何の判断材料にもならぬ。


 カナにしても、もし数日前までの自分であれば、問答無用で殺していただろうな――と思う。

 だがアーク族を追放され、樹海を出て、外人の帝国でほんの数日を過ごすことで、多少丸くなったのだ。

 無遠慮に踏み入ったのはこちらなのだから、もう少しだけ我慢すべきだろう。ルベシャの町の冒険者ギルドのように、殺すだけ殺して何も得るものがないという結果は避けたい。

 もし普通に通してもらえるなら、殺すより早く済む、という点もある。


「覚悟しろ!」

「矢が当たらん! 接近するぞ!」

「斧の錆にしてくれる……!」


 が、現実は、いきり立ったキーテ族が武器を手に囲んでくるありさま。

 これもまた当然の流れではある。


「はえー、いっぱいいますね。なんか肌に紋様が……。魔除けでしたっけ?」

「ああ。迷信だがな」


 間抜けな声を上げたロベリアの言う通り、現れた戦士たちは、いずれも褐色の肌に魔除けの紋様を描かれていた。何の魔力も感じない。

 アーク族では気休めに過ぎぬとして廃れた文化なのだが、キーテ族は未だにそれを続けているのだ。何とも原始的な蛮族である。

 

 じりじりと包囲を狭めてくる戦士たちに、降霊している者はいない。

 一方、カナの降霊状態は狼だ。これは集団戦や長距離移動に適するもので、個人戦には向いていない精霊である。が、それでもカナが使えば、未降霊の相手が何人いようと負ける道理はない。

 その泰然の闘気を感じたか。キーテ族戦士たちは、包囲こそしたものの、そこから攻めては来なかった。


 片や気圧されて攻撃出来ず、片や殺意がない。膠着状態。

 カナは殺人鬼ではない。蹴散らすのは容易いが――


 いや……


「出て来い」


 カナは包囲を無視し、その向こうに声をかけた。

 包囲が騒めく。


 間もなく、木々の合間の向こうから、キーテ族の少女が現れた。

 植物繊維を極彩色に染めた衣服を纏う、カナとロベリアの間の年代と見られる少女だ。褐色の肌、漆黒の髪、鳶色の目。魔除けの紋様。

 悠然とした笑みを浮かべている。


「女の子……!?」


 ロベリアが食いつきを見せた。

 女の子が好きなのか……?


「でもカナさまの方が綺麗ですね」

「ああ。……ああ?」

「お姉さま、口説いている場合では……」


 口説かれたらしい。

 ぶんぶんと首を横に振るロベリアから、新たな少女へと視線を戻した。


「キーテ族上位戦士、センゼンホだ、です。そちらはアーク族上位戦士、カナヴェササネだな、ですね」

「おっ、帝国語……」


 ロベリアとピアニィという帝国人をカナが連れているためか、樹海語ではなくわざわざ帝国語で話しかけてきた。

 親切なことである。

 訛りはあるが……。


 ともあれ、カナは頷きを返した。

 正確なところを言えば、既にアーク族の上位戦士ではないのだが、細かいことは置いておいく。


「今はカナを名乗っている」

「じゃあぼくもセンでいいぞです。で、右手山脈に用事? 迂回すれば? です」

「時間がない」


 端的に答える。

 キーテ族の支配領域は決して狭くない。迂回すれば日数がかかってしまい、町長の娘ガーベラの失明までに間に合わぬ。

 生命が助かっても、それでは功績が半減してしまうだろう。


「じゃあ押し通るかです? 訓練中の下位戦士の群れはともかく、ぼくを突破するのは難しいと思うが、です」

「可哀想だろう」

「うふ」


 センは露骨に笑った。


 下位戦士を殺戮するのは可哀想だ――それは建前。

 本音は、乱戦になればロベリアとピアニィを守り切れる保証がないから。


 察せられている。


「ならば? です」

「ああ。決闘だ」

「よろしいです」


 決闘をすることに決まった。

 包囲するキーテ族戦士たち――訓練中の下位戦士たちが武器を下ろし、センの後ろに下がっていく。

 それをロベリアとピアニィは、半ば呆然の顔で眺めた。


「えっ!? なんか話が妙に早くないですか!?」

「あんなに殺気立って囲んできていましたのに……」


 目を白黒させるありさま。

 しかし、樹海人とはこういうものだ。部族が違っても、文化は近い。

 困ったら決闘――これである。そして決闘は神聖なもので、穢してはならぬ。


 と、ここでカナの降霊が切れた。

 当初に比べれば即席降霊も長持ちするようになったものだが、それでも限界はある。

 狼の形質が灰と化して風に散り、褐色銀髪の人間の姿へ。


 さて。


「挑まれたのはこちら。ぼくがルールを決めるぞです。うーん」


 センは首を傾げて考える素振りを見せた。

 そして間もなく、左右両手の指を3本ずつ立ててみせる。


「では3対3! 勝ち抜き戦だ、です。こちらは右手山脈までの通行権を賭けるとして、カナは何を賭けるです?」


 カナは舌を打った。

 こう来る可能性は考えていたが……。


 つまりロベリアとピアニィも決闘者に数えられているのだ。

 勝ち抜き戦である以上、援護も出来ぬ。

 カナがひとりで3人全てを片付けるより他にないだろう。


「よっしゃあ、やってやりますよ! 下ろしてください、カナさま!」


 などと考えるカナを後目に、ロベリアがやる気を見せた。

 どの道、ふたりを下ろさずには戦えぬ。カナは帯を解き、ロベリアとピアニィを地面に放した。


 そしてロベリアの肩に後ろから手を置き、センに差し出すように一歩前へ。


「では、こちらはこいつを賭けよう」

「へっ……?」

「外の血を入れるいい機会だろう。魔術師だし」

「ほう! それはそれは、です」


 センが喜色を浮かべた。

 こういった少数部族というものは、内部で血が濃くなりやすい。すると生まれる子供に障害が出やすくなるのだ。

 時折、外から他人の血を入れる必要がある。


 ロベリアが青い顔でカナを振り向いた。


「あの……カナさま? それって、つまり……負けたら……」

「ああ」


 カナは端的に頷いた。

 その背をピアニィが乱暴に叩く。


「ダメ、ダメです! お姉さまがそんな目に遭うくらいなら私が!」

「それこそダメでしょ! 妹くんは私が守りますよ! ウェヘヘ……」


 半笑いのロベリア。

 が、すぐに怒り顔に変わる。


「ってゆーかカナさまが自分を賭ければいいんじゃないんですかー!?」

「その通りだ、です」


 センが食いついてきた。


「こちらは通行権を賭けると言ったがですが、外人ひとりなら『行き』だけだです。3人全員賭けるなら、『帰り』も保証するがなですけどね。何ならぼく自身も賭けようか? です。うふふ」

「驚いたな。もし負けたとき、わたしは生きていない――と思って外したが」


 本音だった。

 強敵として名を知られたカナと、見知らぬ外人――その上で身柄を景品にするならば、後者だろう。前者は殺されるからだ。

 そう考えていた。


 センは肩を竦める。


「そんな、勿体ない! です。お前の強い血なら、外人のそれより価値があるだろうです。安心していいよです――ぼくがたっぷりと教え込んであげるですから! ウフフフフ……」


 頬を染め濡れた笑顔を浮かべるセンに、カナは鼻を鳴らし、ピアニィは嫌悪感に我が身を抱き、ロベリアはカナの手を握った。

 そこでふと述べる。


「いやでも、3対3ですよね? あのセンとかいうヤベーのはともかく、他は下位戦士なんでしょ? 楽勝では……」

「――と思ったか? です」


 センの後方から、屈強な戦士の男がふたり現れた。

 ひとりは長身、ひとりは矮躯だが横幅では前者に勝る。

 姿を現した途端、荒々しい闘気が吹き荒れた。


「ひょえっ……」

「足手纏いの外人に、勝ち目なんかねえよ、です。では戦う順番を決めようかですよ」


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