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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
12/23

12 夜

「お父さま……」


 ロベリアが呆れの声を出す。


「不治の病は、治らないから不治の病って言うんですよ。それを治すことを条件にしようだなんて……」

「条件ではない」


 一方、父親は最早冷静だった。


「それだけの――天地が引っ繰り返るほどの事をしてみせなければ、到底周囲を黙らせることは出来ないと言っているのだ。蛮族であることへの差別や風当たりを和らげることはな。それでさえ『和らげる』だけだし、逆にやっかみも生むかも知れない。だが、必要なことだろう?」

「それは……はい……」


 騎士になることが最終目標ではないのだ。

 ロベリアにはその後の更なる功績を。

 カナには故郷を攻める兵力を。

 そのために。


「詳しいことは町長から聞きなさい。パパからはここまでだ。何か進展などあれば、また連絡してもらうとして……。ピアニィはもう帰るのだろう?」

「え? 帰りませんわよ」

「えっ?」


 目が点になった。

 ふたりしてきょとんとした顔で見詰め合う。


「帰りませんわ」

「なぜ!?」

「お姉さまのご助力を」

「お前がそんなことをする必要は――」

「そういうところですわよ、お父さま」


 ピアニィは呆れの溜め息と共に鏡に手を伸ばし、通信魔術を成立させている紋様を雑に拭って乱す。

 途端、映像が歪み、ぼやけ、そしてこの部屋の光景が映るようになった。

 通信終了。


 一連の流れに、ロベリアが目を見開いて妹を見た。


「珍しいですね。妹くんがお父さまに分かりやすく反抗するなんて」

「それだけ腹に据えかねたということですわ。折角お姉さまを見付けましたのに、またすぐに離れ離れだなんて嫌ですし」

「愛されてますねえ……」

「はい!」


 ロベリアは冗談半分に言ったのだろう。ピアニィの満面の笑みでの力強い即答に、ばつが悪そうに目を逸らした。

 そしてカナに抱きかかえられていることも思い出したようだ。急にもじもじと落ち着かない動きをし始めた。


「あの……カナさま?」

「もう陽も落ちた。町長に仔細を聞くのは明日で良かろう。寝るぞ」

「寝るなら放してくれませんかねー!?」


 軽く暴れようとする体を、緩く押さえつける。

 どちらも本気ではない。


「放したくない」

「ここに来てデレ過ぎでしょ!!」

「嫌か?」

「え、えー……。いやー……そのお……」


 真っ赤な顔を俯かせて必死に隠しても、耳まで赤いから意味はない。

 故郷の妹は元気だろうか。代償行為と呼ぶには、妹とはあまりにも違うロベリアだが、それでも好ましく感じていた。


 そんな彼女は、自分の妹に手を伸ばす。


「妹くん! 助けて!」

「お姉さまを放してあげてください、カナさん」


 ピアニィが指に付着した塗料を拭い去り、姉の手を取った。


「お姉さま、たまにおねしょをなさるから……まずおむつを穿いていただかないと……」

「あああああああああああ!!! はっきり言わないでくださいよ! はっきり言わないでくださいよ!」


 ロベリアは涙声で叫び、片手で顔を覆う様子。

 一方、カナは泰然。


「ああ、確かに一度やられたな。わたしを恐れて悪夢を見たからだと思っていたが……」

「元からですわ。ストレスの多い生活を送っていらっしゃいましたから……」

「なるほど。可哀想なことだ」

「冷静にコメントするのはやめてください……! バカにされた方がまだマシですよ……!」


 さめざめと泣くロベリアを解放し、ベッドから降りた。


「昨夜野営した時に使わなかったのは、わたしに知られたくなかったからか?」

「やめて……! 冷静に言うのはやめて……!」


 ロベリアはベッドの上に座り込んでいる。


「だって最低じゃないですか……。この歳で……我慢出来ないとか……。家を出て自立したら治ると思ったのに、全然ダメで。やっぱり私、欠陥品なんですよ。どうしようもないゴミクズなんです。ごめんなさいカナさま……汚いし気持ち悪いですよね、私……。ウェヘヘ……」

「お姉さま……。お(いたわ)しや……」


 姉は自嘲の笑みを浮かべ、妹は目を伏せた。


 なるほど、事は深刻らしい。

 樹海人は多くが戦士だから、恐怖や緊張から戦闘中または前後に人間は失禁することがある、とよく知っている。戦闘や狩猟の最中に、ともすれば自由に用を足しには行けぬことも。それをいちいち気にする方が士気を下げるため、あまり重くは受け取らぬ文化が育った。

 それを説いたところで意味はあるまい。


 だからカナは、当然のことのように泰然のまま述べることにした。


「わたしの前では、いくら漏らしてもいい」

「へっ……?」

「バカにしないし、軽蔑もしない。人間は排泄するものだからな。わたしだって漏らすことくらいある」


 そんなバカな、という驚きの顔をされた。

 次いで、お為ごかしはやめろ、と言わんばかりの怒りの表情へと変わる。


「一昼夜ほど休むことなく、狩りの獲物を追いかけ続けるときとかな」

「あっ、そういう……」


 呆れられた。

 それはそれで腹立たしい。


 ともあれ。


「気にするなとは言わぬ、治せとも言わぬ。お前はそのままでもいい」

「そんな……いいわけないでしょ!」

「お前自身がそう思っているからだ。お前は欠点だらけだが、それを恥じ、変わろうとする心を持っている。ならばわたしが外からどうこう言い募る必要はない。ただその姿勢を認めるのみだ」


 ロベリアは目を見開いた。


「そんなこと、初めて言われました。妹でさえ、哀れんでくるのに……」

「お姉さま……。ごめんなさい、私……」

「いいんです、それが普通なんですよ。でも、そっか……。私を、ただの私を、カナさまはそのまま認めてくれるんですね」


 頷いてみせた。


 出会った時点で既に家出していたから、貴族としてのロベリアを知らぬ、という点はある。

 が、どう出会ったにせよ、きっと最終的にはそうしていただろう。


「それじゃあ……寝ましょうか。今日のところは」

「お姉さま、ですからその前に……」


 ピアニィが空間拡張の鞄からおむつを取り出した。

 ロベリアは露骨に嫌そうな顔をする。


「やっぱり穿かなきゃダメですか……?」

「よそのお家ですからね」


 圧倒的な正論だった。

 助けを求めるように見られたが、カナは肩を竦めた。


「絶対こっち見ないでくださいね! 絶対こっち見ないでくださいね!」

「分かったから」

「はい、お姉さま」


 改めて思う。

 本当に欠点だらけの人間だと。

 だからこそ放っておけぬ面もあるのだろうか、とも。


 故郷への報復と信仰の是正。出世し周囲に認められること。

 互いに利用し合う関係ではあっても、それのみではないのだと感じる。


 用意されたベッドは大きく、3人で一緒に寝ることになった。

 真ん中のロベリアを右側からカナが抱き締め、反対の左腕にピアニィが抱き着く形。


「あの……。狭いんですけど」

「安心するかと思って」

「久し振りにお姉さまと眠れるんですもの! カナさんも、おやすみなさい」

「おやすみ」

「えぇ……」


 ロベリアは釈然としない顔をしていた。


「これはこれでモテ期なんですかね……?」


 そしてよく分からぬことを言った。


 さて、翌朝には町長から話を聞かなくては。

 あまりにもふかふかなベッドは、カナには慣れぬものだったが、存外安らかに眠ることが出来た。

 抱き締めて安心するのは、どうやら自分の方だったらしい。


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