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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
11/23

11 親子

 遠く離れた鏡と鏡を繋ぎ、光景と音声のやり取りを可能とする通信魔術。

 鏡の向こうにいるのは、ロベリアとピアニィの父――金の髪と髭の偉丈夫だ。


「おのれ蛮族、樹海に引き籠っていればいいものを! いったいいつの間に近付いたのだ、我が愛しいロベリアに……! だが愛しいピアニィが見付けてくれた! 決して逃がさん……!! ぶっ殺す!!」


 偉丈夫が迫ってきて、鏡の映像が揺れた。

 あちら側の鏡に激突したらしい。


「お父さま。鏡は通り抜けられませんわ」

「そうだったな……」


 だがその衝撃で、冷静さを取り戻した様子がある。

 これでようやくまともに話が出来そうだ。


「それで? いったい何があったのか……。パパに教えておくれ」


 話すのは主にピアニィだった。

 護衛騎士エイミーを殺され、自身が盗賊団に捕まったこと。カナとロベリアがたまたまその盗賊団に目をつけ、ピアニィの救出に至ったこと。

 カナは陰謀と冤罪により一族を追放され、冒険者をしていたロベリアと出会っていたこと。

 そしてカナをロベリアの騎士にしたい、ということを。


「ううむ」


 偉丈夫は唸った。

 そして頭を下げてくる。


「まずは礼を言おう、カナくん。娘たちの助けになってくれて、ありがとう」

「わたしも助けられている」

「それは重畳だ。では、そして、それは今この時点までにして欲しい」


 つまり、手を切れ、と。


「ちょっとお父さま! 流石に聞き捨てならないですよ! 


 ロベリアがいきり立った。


「礼に礼を返さずに、何が為政者ですか!」

「だが蛮族だ。可愛いお前の傍にいるべきではない」

「『べき』って何ですか!? お父さまはいっつもそう!!」


 怒りを吐き出すように、クッションをボスボスと殴る様子。


「剣の先生も勝手にやめさせて! そりゃ確かに私は才能ないですよ!? でも、続けたかったのに……! 魔術の先生だって、こっちの人の方がいい、こっちの方がいいって、何度も変えて! 錬金術やりたいって言っても全然聞いてくれないし! そんなのロックハートがやらなくていいって、私の意思はどこにあるんですか!?」


 父親は息を呑んで聞き、その上で、戸惑いながら述べる。


「パパはお前のためを思って――」

「私は貴方のお人形じゃないッ!!」


 ロベリアは歯を食い縛り、肩で息をした。

 静寂と呼ぶには荒々しい空気。


 ピアニィが手を伸ばしかけて引っ込める頃、カナは椅子から立ち、ロベリアの手を取る。

 そしてベッドの上に引っ張り、自身の胡坐の脚の上に座らせ、背中越しに抱き締めた。

 そっと頭を撫でる。


「カ、カナさま……?」


 声は上擦っていた。

 身は強張って固く、だが撫でるうちに緩んでいく。


 カナは鏡に呼び掛けた。


「父親よ」

「貴様にパパと呼ばれる筋合いはないぞ!」


 そうは呼んでいない。


「わたしはカナヴェササネだ。今はカナと呼ばれている」

「先程ピアニィから聞いたわ。それがどうした? いやまずロベリアを放せ! 何だその体勢は……! 羨ましい!」


 深く溜め息をついた。

 なるほど、ロベリアが家出をするわけだ。


「名乗れと要求したことも通じぬか。ならば会話の価値すらもないな。ロベリアはわたしが貰っていく」

「えー!? ちょっ、困りま……困り……困りませんね?」

「だろう」


 ロベリアとしては、元々家に帰るのは渋々のことだ。カナが力になると言うから、仕方なく。拗れるようなら再び家出する、とも述べていた。

 それを実行するのみのことだ。厳密には家出の継続だが。


「いや困るだろう!? おお、私の可愛いロベリア! 何か弱みでも握られたのか? 領の全軍を差し向けてでも、パパが助けてやるからな! 戻って来なさい!」

「自分の都合ばかりだな、お前は」

「黙れ! 蛮族の都合など知るか!」


 カナが呆れた声を出せば、父親は吐き捨てるように言う。

 だがそれで委縮するのはハラハラと見守るピアニィくらいで、ロベリアは半笑いだし、カナはより呆れる様子。


「わたしの都合の話などしていない。ロベリアの都合の話だ。こいつの欲求、欲望、希望――お前は何ひとつ叶える気がない。こいつの心を求めていない。ただ、自分の思い通りに。ただ、自分の理想通りに。なら、ひとりで人形遊びでもしていろ。気持ち悪い」

「き、きっ、貴様……! 言うに事欠いて……!」


 父親は怒りに顔を真っ赤にして震えた。

 これが鏡越しの魔術通信でなく実際に面と向かっていたなら、既に殴りかかってきていただろう。

 実際、彼は鏡を両手で掴み、嚇怒の形相を鏡面一杯に映し出していた。


「わたしの発言などどうでもいい。ロベリアは言ったな、自分はお前の人形ではない、と。なぜそう言われたか分かるか?」

「分かるわけがない……! 第一、可愛いロベリアを人形扱いなどしているつもりはないのだ! な、何が不満なんだロベリア……。パパに教えておくれ」


 嚇怒から一転、父親の表情は不安へと変容する。

 ロベリアはそっぽを向いた。


「もう口を利きたくないし、顔も見たくないそうだ」

「ロベリア……。ロベリア!」


 不安は悲哀に。


「誇りだ」

「誇り……?」


 しかしカナは泰然のまま述べる。


「ロベリアは、誇りを持つことが出来なかった。全てを父親が決めて動かしてしまうから、『自分』がなかったのだ。それが嫌だった。そうだろう? 才能のなさ故に周囲の愛が圧力となった――それも確かに事実なのだろうが、最大の理由は『誇り』の問題だとわたしは思う」


 ロベリアは――頻りに頷いていた。

 カナの脚の上、腕の中で。

 父から顔を背けて、肩を揺らし、鼻を啜りながら。


 父親は愕然のありさま。


「こ、この私より……行きずりの蛮族の方が、可愛いロベリアを理解しているというのか……?」

「少し違いますわ、お父さま」


 ピアニィが深呼吸を挟み、続けた。


「お父さまはそもそも、お姉さまを僅かも理解してはいません。誰よりも、です。私がお姉さまを探しに出たのも、家に連れ戻すためというより、単に私が離れがたかったから……。お姉さまはお父さまのもとにいても幸せにはなれませんが、それでも、という酷い我儘だったのです」


 目を伏せ、沈痛のありさま。

 そんなピアニィを振り向いたロベリアの顔は、涙を流し、鼻水さえ垂らしていた。


「な、なんということだ……」


 鏡の向こうで、父親が床に膝をつき、項垂れる。


「まさか可愛いピアニィに、そうまで言われるとは……」

「カナさんが仰ったから、便乗しただけですわ。そうでなければ、とても……」


 ピアニィは薄く苦笑し、ゆるゆると首を振った。

 カナの言葉は侮辱としか捉えなくても、ピアニィが言えば受け容れるらしい。


「くっ……! わ、分かった。いや、まだ全てが分かったとは言えんが……。それでも、どうやら私が可愛いロベリアを苦しめていたということは、な。すまない、ロベリア……。どうか戻って来てくれ。やり直す機会をパパに与えて欲しい」

「……」


 ロベリアは父親の顔を見た。

 睨みつけた、という意味で。


「だがそれと蛮族を騎士にすることは話が別だ。奴隷ではダメなのか?」

「よく娘の恩人を奴隷にするって発想が出てきますね……」


 最早睨みつけるではなかった。

 憐れみですらある視線。


 父親はたじろいだ。


「うむ、まあ、そうだな……。しかし、それだけ常識破りだということだ。常識を覆すには、莫大な実績が必要……。何か当てはあるのか?」

「元はと言えば、こっちがそれを聞きたくて鏡を繋げたんですけど……」

「そうか……」


 鏡の向こう、顎を撫で、首を傾げる様子。


「今いるのはプコスの町だったな。ならば町長の願いを聞いてやりなさい」

「それって……?」

「不治の病の回復だ」


 どうやら、やはり騎士にならせる気はないらしい。

 当然、楽に済むとは元より考えていなかったが。


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