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蛮族騎士の挽歌  作者: 液体の雪
第1章 騎士になるまで
10/23

10 今後

 その後の入浴も食事も、ロベリアはずっと挙動不審のままで過ごした。

 カナをチラリと見ては頬を染め、ぶんぶんと首を振り、視線を逸らして呼吸を整え、しかしそわそわと落ち着かずに自分を見下ろして、そのうち再びカナをチラリと見るのだ。以下繰り返し。

 その様子にピアニィは苦笑し、町長らは首を傾げつつも深くは追及せずにいてくれた。


 食事を終えた後は、用意された客室に引っ込んだ。

 3人で一部屋である。カナがペット扱いのため、飼い主扱いのロベリアと同室ということになり、するとピアニィが「ひとりは寂しい」と言い出し、結局は一纏めになったのだ。


 壁には抽象画がかけられ、煌びやかな調度品で飾られた部屋だった。

 カナにとっては落ち着かぬ。なぜ家具が黄金色に輝いているのか……。


 絨毯の上に直接腰を下ろそうとしたカナの手を引き、椅子へと導きながら、ピアニィが述べる。


「さて、これからのことですが」

「カナさまを実家に引き込むんですよね。私の力として――ってことは、私の部下として。自分で言ってて違和感凄いですけど」


 眉間に皺を寄せるロベリア。

 カナは椅子の上で胡坐を掻いた。


「わたしは構わぬぞ。部下にした途端、やたらと居丈高になるでもあるまい。大切なのは肩書よりも、互いの認識だからな」

「ですねえ。今更カナさまに高圧的に出るとか無理ですし。あんなことまで……あ、あんなことまでされてね!?」

「急に大声を出すな」

「誰のせいだと……!」


 ロベリアの挙動不審はまだ続いていた。

 樹海人同士でも確かに誰彼構わずああするわけではないが、それにしてもこうまで引き摺られると、カナとしては少々気後れするところがある。


 あれはそもそも家族か、それに準ずる仲の相手にするのが普通の行為だ。

 そう考えれば、なるほど踏み込み過ぎただろうか、とも思える。

 それだけの親愛の情があるという表現のつもりでもあったが。

 カナは眉を下げた。


「すまなかったな。もうしない」

「それは……! そこまでは……。ちょっとは、しても、いいですけど……」

「……」


 ピアニィが咳払いをした。


「これからのこと、ですわ。議題は」

「はい」

「ああ」


 居住まいを正した。


「カナさんには、お姉さまの騎士になっていただきましょう。準貴族のようなもので、部隊を率いることも出来ますわ。カナさんのお望みにも適うかと」


 カナが故郷を制することの出来る武力を求めていることは、ピアニィも既に把握している。

 追放されたことの報復と、その原因となった信仰の捻じれの是正のために。


「どうすれば騎士になれる?」

「今すぐにでもなれますわよ。純粋になるだけなら、事はお姉さまとカナさんの一対一ですから。ただ周囲がそれを尊重してくれるか、兵力を手に出来るかは全く別の問題ですが」


 ピアニィの解説に、ロベリアが溜め息をついた。


「そこなんですよねえ。ロックハート領軍から兵力を貰えればいいんですけど、でないと自力で集めることに……。集めたものを認めてもらえなきゃ、それも最悪はお父さまに潰されますし」


 領主の意に添わぬ武力は、冒険者程度の多少ならともかく、本格的な軍隊としては在ってはならぬ、ということか。

 然もありなん。


「では、必要なものは?」

「第一に功績ですわ。蛮族であることが霞むほどの、大きな功績です。私を盗賊団からお救いくださったことを使えれば良かったのですが、当事者以外には誰も証明しようのない事件ですので、これだけでは弱いでしょう」


 功績。つまり武勲だ。

 強敵を倒すこと。それも他の誰にも倒せぬような、それでいて倒さなくてはならぬ喫緊の敵であることが望ましかろう。


「そして第二に人徳です。正直、功績よりも、こちらの方が難関かと……」


 カナは腕を組み、渋い顔をした。

 なるほど、樹海人と外人では価値観や常識が異なる。それを外人に評価されるように合わせなくてはならぬ。

 如何にも難事である。


「軽くテストしてみましょ」


 ロベリアが思いついたように言う。


「例えば、そうですねえ、魔物を狩りに行きました。目当ての奴を見付けました。でも先に戦ってる人がいます。カナさま、どうします?」

「別の奴を探す」

「先客ごとぶっ殺すんじゃないんですね……?」


 人を何だと思っているのか。

 カナは歯を剥いて威嚇した。

 しかしどこ吹く風の様子で続けてくる。


「じゃあとても珍しい魔物で、別の奴はとても見付からないって分かっていた場合は?」

「様子を見る。先客が倒れたらわたしの番だ」

「先客が勝ったら」

「交渉だな」

「どうして常識的なんですか!?」


 怒られてしまった。

 常識的と言うからには、外人の取るべき行動として間違ってはいないらしいが。


「お姉さま、ここは私に」

「妹くん!」


 出題者を交代するようである。

 ピアニィは数秒ほど思考し、それから問いを向けてきた。


「カナさんが騎士となったことを気に入らない人が、侮辱の言葉をかけてきたとします。どうなさいますか?」

「殺す」


「決闘を持ちかけられたら」

「受ける」


「勝ったら」

「殺す」


「負けたら」

「死ぬ」


「それが我々のお父さまやお母さま相手でも?」

「当然だ」


「殺したらカナさんの目的は達成出来なくなりますが」

「……」


 カナは腕を組んだまま、やはり渋い顔をした。

 ぐっと歯を食い縛る。


「やっぱり殺せないのはストレスなんですね……。町長からペット扱いなのは、よく我慢してくださってますけど」


 ロベリアが半笑いで言った。

 笑っている場合か。


 ピアニィも苦笑の様子。


「そうですわね。それを耐えられるのですから、きっと今後も大丈夫――でしょう。不安はありますが……」

「蛮族が狂犬じゃないことは分かりましたしね。意外と常識的な部分もあって。いや、単にこっちと向こうで常識が被ってる部分もある、ってだけなんでしょうけど」


 ロベリアも分かってきたようだ。

 それは喜ばしいことではある。


「人徳と言う以上、単に無難なだけでなく、高潔で気高く善良なところも見せて行きたいですが……これも今は置いておきましょう。となると、差し当たっては功績を如何に得るか、ですわね」

「都合良く、敵を殺して終わりの問題がこの町で起きてるといいんですけど……」


 そこまで述べたところで、ロベリアがふと手を叩いた。


「いや、違いますね。この町に限る必要はない……! こちとら領主貴族ですよ。手頃な案件がないか、お父さまに聞いちゃいましょう。妹くん!」

「ご自分でお話しされては?」

「怖いです」

「はい」


 口振りからして、どうやらすぐに話すことが出来るらしい。

 ピアニィは椅子から立つと、部屋に置かれた大きな鏡の前に移動。魔法の鞄から何らかの塗料を取り出し、鏡面の隅に指で紋様――記号? 文字? を描いていく。

 やがて鏡が淡い光を放ち――映りこむ光景が、この部屋のものではなくなった。


 それは外人の文化に疎いカナですら、この町長屋敷の客室よりも格式が高いと感じる威容の部屋。

 無駄に輝くでもなく、落ち着いた色合いで質実剛健でありながらも、細やかな芸術性を孕んだ内装だ。


 そしてその鏡の中に、金色の髪と髭の偉丈夫が机に向かって座っていて――『こちら』を見ていた。

 察するに、あの部屋にも同じ紋様の描かれた鏡があり、それら異なる場所の鏡と鏡で映る光景を『交換』する魔術なのだろう。


「お父さま」

「おお、ピアニィ! ロベリアもいるではないか!」


 それどころか、声すらもやり取り出来るようだ。

 偉丈夫が破顔した――そしてすぐに、驚きに目を見開いた。カナに気付いたのだ。


「蛮族!? そうか、私の可愛いロベリアを誑かしたのはお前か! お前のせいでロベリアが家出を! ぶち殺すぞ!!」


 どういう思考回路なのだ、この男。


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