流れ星
漆黒の、されどまったき調和なる、この宇宙空間を、
無限によぎる隕石群のありて、調和に存すれば、
無原罪、無自我の御宿りにあらざるということなし。
燃える巨星は生命の源、自らを焼き滅ぼしつつ、
宇宙の万生を育み、生かしめてあり。
しかるに闇を行く隕石らはおのずから光らず、
輝く術も知らずしてあり。
無機なる、死せるがごとき静けさの中を、
それとも知らぬ無自覚の、喜びと悲しみを宿しつつ、
ただ宇宙空間をよぎり行くのみ。
しかし機充ち、時至れば…
いま隕石群は地球の引力圏に入りつつあり。
いくばくもなく大気圏に突入せんとすめり。
その隕石群、就中ひとつの隕石、
すなわち流れ星の云うよう…
「ああ!
アポロンの放つ銀矢のように、
目にも止まらぬ速さで、光となって、
私は下界に墜ちて行かねばなりません。
悲しや、どんなにこの身を厭おうとも、慈しもうとも、
一瞬の内に光となって私は消え行くのです。
サッフォーよ、私を讃えてください。
その優雅な堅琴の調べで私を謳い、憐れんでください。
森のニンフたちよ、
できうるならば光となった私を、あなたがたの透き通る衣の内に織り込んでください。
ああ、
いったい誰が私を見てくれるのでしょう?こんなに美しいのに…
どうして墜ちて行かねばならないのでしょう?」
地球の大気、人の業に入るからに、
たちまち自我の目覚めなば、
えやは恐れおののかん、我身一つこそ愛しけれと。
地球その始めより共にありしもののごとく、
悲壮の気いよよ滾らせてあり。
「恐ろしさのあまり身がすくむ。
次の一瞬でわが身の消滅することに、
ただもう、気も狂わんばかりだ。
ああ、私は、私は…無に帰したくはない!」
この時ぞ、
かくも無明なるカルマの呪いを消えらしめつつ、
いにしえの吟遊詩人、サッフォーの歌声、
地上より響き渡りぬ。そは地球自らの声のごとし。
「美しきかな、美しきかな、流れ星。
滅せざれば生まれず、墜ち行かねば輝きもしない、
消え行く汝がゆえ私は謳い、讃えましょう」
えも云われぬ竪琴の調べ、
鳴り響かせては慈しみつつ、
されど自己憐憫の心を除けしめつつ、
久遠の智と理の言の葉を、伝えんとすめり。
「宇宙を行くただの石、無機なるそなたは
いつ自らをいだき、恐怖を知りましたか?
死、滅し、消え行く恐怖など、
そもそなたに関わりもなきそらごとのはず。
地上の縁に触れ、人間の呪いに触れて、
たちまちそなたは惑わされたのです。
恐れることなかれ、そはそなたにあらず。
その呪いの名を偽我と言う。
獄にいざなうさ縁を偽縁と言う」
竪琴の調べ、たらちねの母のそれへと変わり行く。
「美しきかな、美しきかな、流れ星。
消え行く汝がゆえ、光り輝く汝がゆえ、
私は歌い、讃えましょう。
まことの地球の縁、しこうしてこの私の縁は、
そなたの秘めたる願いに応えるもの。
そなたの畢生の願いに応えるもの。
人間の願いはそなたに託され、浄化され、
そなたの光にときめきては、すなわち梵へと移り行く」
調べを高めつつ、今しもなされむ子の成就をば、おごそかに奏で始めぬ。
「さあ流れ星、いまです!
そなたはみずから光り輝く星となる!
小さなそなたは消えるけれど、
万生を生かしはぐくむ私、地球へと生まれ変るのです。
思い出してごらん、坊や、娘よ。
そなたはそれを願っていたはず。
いま、そなたの願いは成就さる…」
人あり、地上に。ひとつ、またひとつと、
こよなき光の輝き、消え行くを見ん。
願うは何ぞ。恋愛の?蓄財の?
あらず。無原罪の光にいざなわれ、降臨の、
せつなる願いに充たされて居り。
また人の聞かざるや、今際の星のその声を。
スターダスト、身にあびるがに…
「ああ、光!私の身が輝いている!
なんという喜び、なんという誉れでしょう!
人間たちが見つめてくれている。
そうだ、私はいまこのときをこそ望み、夢見ていた。
利他の、巨星の、
本源の喜びに立つ、いまこの時をこそ。
自我の呪いもほんの束の間のこと。
サッフォーが私をいざない、導いてくださる。
ああ、嬉しい!
人間よ、人間たちよ、
私はいま光となって地球に生まれ変わります。
そして、私はあなたがたと…」
流れ星、光りぬ。
いざ為せ、我ら、願いごと。
ともに受けなむ。星の願いをや。