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人生詩集(4)  作者: 多谷昇太
1/3

恍惚公園

三寒四温の早春の候、

その陽気に誘われるように町の公園に来て、

ベンチに腰掛けて、一人の男が

日向ぼっこをしている。している。

初老のその男の顔はいたって無表情、

仕事はしているのやら、いないのやら。

近在の者なのか、風に吹かれて来た者なのか、とんとわかりませぬ。

ほめられもせず、苦にもされぬ、

賢治の‘負けぬ人’であるのなら、

それはそれで結構、知らぬこと。

しかしそんな殊勝な御仁にはとんと見えませぬ。

時おりタバコをポカリと吹かしては、

青い空を見上げているばかり。

そしてその空にはぽっかりと浮かぶ、

白い雲がひとつあるばかり…


西洋に遅れること‘ん’十年、

日本も立派な老国になりました。

人もすっかり老い果てて、

恍惚の人になるのなら、

それもそれで目出度く、結構、知らぬこと。

それならこの男も立派な日本人の一員だ。

しかしそんな‘認知’され、‘公認’された、幸福老人とも見えませぬ。

ではいったいどうして、この男、こんなに恍惚の人…?


吹く春風が云うことにはこの男、

世の中を万事受け身で生きて来て、

対応するが精一杯。

妻もなければ子もありませぬ。

あげくガンの告知など受けまして、

余命数ヶ月の身の上だとか。

ハハア、なるほどそれで…。

それなら公園ポカンも、さもありなん。

空にはぽっかり白い雲、動かずひとつあるばかり。

男に負けぬ、まるで恍惚の雲のよう…


「このまま死ぬのかな?」

男がつぶやきました。

「このまま…生きた証も…なにも…なく?」

突然顔をゆがめて下にうつむきます。

はじめて見せる男の生きた顔、その表情。

ポカンどころか、心には懊悩の嵐が吹いている?

人差し指と中指に挟んだタバコを小刻みにふるわせて…くやしいのか、悲しいのか、

まるで地面に沈んで行くように、深く上体を曲げて行きます。そのまま自分の影とにらめっこ。

空にはぽっかり白い雲、男のことなど知らぬ、恍惚の雲であるばかり…


やがて、

影法師から最後通牒でも受けたのかしらん、

男は深く、且つ鷹揚に、影法師にひとつうなずきました。そして「そうだ」とひとり言ちます。

やがて上体を上げて、タバコを消しますと、

始めてまわりに気づいたかのように、

辺りをぐるりと見わたしました。

近くで砂遊びをしていた、親子連れが目にとまります。

顔にぎこちない笑顔を浮かべながら立ち上がり、立ち上がり、近づいて行って、

「やあ、ぼく、こんにちは」と男の子に挨拶をし、

「奥さん、こんにちは。いいお日柄で」と、

その子の母親にも挨拶をします。

呆気に取られる母子に会釈して、男は歩き出し、歩き出し、

‘恍惚’公園から、出て行こうとするのでした。


…始めて受け身でなく、自分から…


男は、「もう、もう、決して…」とつぶやき、

「必ず、必ず、これから…」とも云うのでした。

すると男の子が追いかけて来て、男に、

「おじさん、こんにちは」と挨拶を返すのでした。

男は嬉しそうに顔をほころばせて、

男の子の頭を撫でようとします。

しかしお母さんが飛んで来て、男を睨みつけると、

じゃけんに男の子を引っ張って行きました。

そのお母さんの背に一礼しますと、

男はポケットからタバコを取り出して、

それをまるごと、

公園のゴミかごに放り捨てて行きます。

空にはぽっかり白い雲。やっぱり恍惚の、雲…?


あれれ、なんだかその雲の形が変わって行きます。

風が吹いてきたようで、雲を帆船の姿に変えて行くのでした。

どうやらその風は地上から、この男から巻き上がったようでもあります。

人は風…

春風に吹かれて来た男はもういない。

こんどはみずから世に風を吹かせようと、

男は今、最後の人生航路に出航して行きます。

同期した雲の帆船も、男とともに勇躍出航して行くようです。

「もう決して…」男の一言が、

清しく公園を清めたようでした。

恍惚公園を。

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