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終焔伝  作者: 高崎 龍介
9/10

終ノ巻「愛の行方」

由一の戦い、終焔伝これにて完結となります。最後までこんな拙い文の作品にお付き合いいただきありがとうございました。

この作品と出会ってくださった皆様に最大の敬意を。

 冬の空の下。病院の屋上で俺は一人空を見上げていた。包帯が巻かれた左手に持った缶コーヒーを一口啜る。さすがにこの寒空の下では瞬く間に冷えてしまう。

 体に僅かばかりの寒気を感じながらふと視界に包帯の巻かれた左手が入り込む。

 灯さんを助け出した日、俺は左腕を失った。北宮家に伝わる”終焉の焔”。それを他者へと譲渡する儀式。その儀式は二つに分けられる。

 一つは灯さんから俺へと譲渡されたような”継承の儀”と呼ばれるもの。これは読んで字の如く親から子に受け継いでいくものだ。これ自体には何ら問題はない。今回で言うなら俺のような部外者が力を譲渡されたこと自体には問題はあるが、過去にはそういった事態も何度かあったことが記録には残っていた。そして何よりもう一つの儀式と比べれば些末なものだ。

 もう一つ、今回俺が灯さんに行った儀式。名を”返還の儀”と呼ばれるもの。本来であれば親から子に受け継がれた力は戻ることを許されない。だが極稀に子の方が先んじて死んでしまう場合がある。その時の応急処置として編み出されたのがこの儀式だ。だがこの儀式はいわば反則行為として認定されているのかあるペナルティが設けられている。それが今回の俺のように”終焉の焔”を宿していた腕を消失するというものだ。

 ではなぜ今の俺に無くなったはずの腕があるのかということだが、別に生えてきたわけではない。幾ら魂を昇華しているからといっても体まで再生できてしまうほど便利なものではない。異能の力の干渉を受けなくなっただけだ。今回の件も異能の力によるものだと言えなくないが、俺の左腕を食った奴が問題の焦点になってくる。俺の左腕を食ったのは”終焉の焔”だ。奴自体は確かに異能の力と言えなくもないが、そもそもが宿主の魂を昇華させるという本質を持っている。詰まる所奴自体は魂を昇華させるためのいわば門としての役割を担っている。門は対象の場所と場所を繋いでいるものだ。つまり俺の魂がどれだけ昇華されようと”終焉の焔”には効果はないということになる。非常に迷惑な話だがそのこと自体に怒りは全くない。

 俺が怒っているのは俺に黙って”凶鬼”が勝手に片腕を楓に預けていたことだ。

 戦いが終わった俺たちを迎えてくれた楓は俺の惨状を見て急いで預かっていた腕を縫合してくれた。すぐに腕は俺の身体と馴染んでくれたが、如何せん怪物の腕である普段から包帯でも巻いていなければならないような獣の腕をしていた。

『”凶鬼”が残してくれた腕のおかげで先輩はこの世界にとどまることができます。本来であれば魂に引っ張られてこの世界に住む私たちでは認識すらできなくなるはずなんです』

 結局のところ、最期まで彼奴に助けられたということだ。

「ま、日常生活を送れるだけありがたいか」

 高望みをすれば普通の腕が良かったとか言えるだろうが、それは贅沢が過ぎるというものだ。あれだけの死闘を繰り広げておいていまだに生きているのだから当然そのことにも感謝しなければならないだろう。それに包帯さえ取らなければ傍から見ても問題ない。

「ここにいたんだ、由一君」

「灯さん・・・」

 屋上の扉を開けるとそこから顔をのぞかせたのは俺が追い求め続けた女性、北宮灯さんだった。

 黒く長い髪を風になびかせながらあの日の姿のままの彼女はここに居る。彼女と目が合う。思わずその瞳に相変わらず魅入ってしまいそうになる。北宮家の人間は総じて目が紅いらしく、灯さんも例に漏れず血のように紅い目をしている。

 あの日から数日間眠っていた彼女はその後、無事に意識を取り戻した。しかし彼女の記憶はあの火事が起きたところで途切れていた。灯さんが現世から消えて二年が経過していた。当然、当時の同級生たちとは物理的にも、精神的にも離れてしまった。学院に通うことも一時は悩んだが、会長の好意により俺と同じクラスに編入という形で落ち着いた。

「・・・うわ、寒いね。ここでずっと待ってたの?」

「まあ、別になんてことないですしね」

 強がりではない。俺もあの日、魂が昇華してからというものどうにも現世での生きた心地というものがしないのだ。身体が頑丈になってしまったこともあるだろう。病気やケガが無くなったこともそうだが、こうして暑さや寒さというものが無くなってしまったのはなんというか少しだけ寂しいものはあった。当然、俺がそうなってしまったことを灯さんは知っている。いや、目覚めてすぐに気づかれた。俺の髪の毛先と瞳が紅く変色していたことに気付いた時点全て察してくれたんだ。

 灯さんがそっと俺の手に触れる。冷えていないのに彼女の仕草はかじかんだ手を温めるそれだった。

「私はここで待っててくれたことが嬉しいんだ」

「・・・」

 人の心が分からなくなっていきつつある。感覚が違うからということが大きいのかもしれない。この現象を止めることは出来ない。灯さんを救って、傍に居たいとこの力に手を伸ばした。それがこの先彼女と俺を苦しめていく。呪いと祝福は裏表とはよく言ったものだ。

 それでも俺は逃げない。灯さんもあの日、泣きながら俺の覚悟を責めるでもなく受け止めてくれた。ただ感謝の言葉を泣きながら告げてくれた。それがただ嬉しかった。

「それより早く行きましょう。もうすぐお店閉まっちゃいますし」

「あ、そうだった。急いで行こう」

 彼女と共に病院を駆け下りていく。目的のクレープ屋へと急ぐ。二年前の彼女との約束をこれから少しずつ果たしていくために毎日を送っている。

 運よく閉店前にお店前に辿り着いた俺たち二人はそれぞれ一つずつ頼む。

「はいよ、苺のクレープとココアクレープ。おまちどおさん」

 体付きの良いおっさんが二人分のクレープを手渡してくれる。

 近くの公園のベンチに腰掛けて二人で食していく。夕暮れ時の公園にはちらほらと人が見かけられた。

 同じようにクレープを食べる女子高生たち、子ども連れの母親たち、仕事帰りの会社員などいろんな人たちがいる。

「これが由一君の守った日常なんだよね」

「・・・結果的にそうなっただけです。俺は・・・灯さんを取り戻したくてずっと必死に走り続けただけです」

「結果論でも同じだよ・・・・一つ聞いてもいい?」

「なんですか?」

 灯さんの質問に間髪おかずに堪える。そして問われた内容は何とも言えないものだった。

「ねえ、由一君はあの鬼、”神無月の鬼”とも戦って勝った。でも本当はそれはどんな人類にもできないことだった。魂に刻み込まれた疵を背負ったままあの鬼に対峙すればどれだけの武人であろうと動けなくなる。それでも由一君は戦った。私にはそれが、それだけがどうしてもわからない」

「・・・・なんで、でしょうかね」

 分からない。あの時はあの鬼と対峙する前に北宮京と命がけの戦いを繰り広げたうえでの連戦だった。その上、こちらが納得できない内容を言われたうえ挑発に乗る形で彼奴と闘った。実力差は最初の一撃でわかった。心を折るにはあれだけで十分だった。それでも俺は目の前で待ち続けてくれていた女性に想いを告げるために身体を破壊されても立ち上がり続けることが出来た。

「確かに怖いとも思いました。あれだけの力を手にして、相手はその先にいる。勝てるイメージがまるで湧いてこなかった。自分の持っているものを全部出したとしても負けしか見えなかった。でも、あの時、俺を支えてくれたのは灯さんだったんです」

「私が?」

 彼女は不安げな表情なままそう尋ねてくる。彼女はあの戦いを朧げな意識の中で見ていたらしい。そのため俺が目の前で無残な姿にされているのを微かに覚えていた。

 彼女が目覚めた時、まるで子供のように泣きじゃくりながら俺に縋りついてきたのはそれがあったからだという。目の前で殺されるかもしれないのに動くことはおろか、声を出すことすら叶わない。その状況が堪らなく怖かったという。

 だからこそ今彼女の不安を取り払う必要がある。

「”終焉の焔”は俺にその先に行くための道筋を見せてくれました。でもその道筋は北宮家の人達が何世代も継承してきた功績です。使えば間違いなく後世で使える者は表れない。本当なら北宮の人間ではない俺が使ってはいけないものだったんだと思います。それでも”終焉の焔”は、北宮の人達が俺に賭けてくれたんだと思ったんです。そしてどんな代償を背負おうと決められたのは灯さんが俺の背中を支えてくれてるからって、そう思えたからなんです」

 我ながらくさい台詞を言ってのけたものだ。それでも彼女には俺が言いたかったことが伝わってくれたのだろう。涙を必死でこらえていた。

「灯さん、涙もろくなりすぎです・・・」

「だって、私は・・・・」

 きっとこういいたいのだろう。自分のわがままで彼氏に復讐を手伝わせ、挙句死の局面に何度も立たせたと。確かに何度か死にかけ(実際に死んだこともある)たりしているが俺は今ここにこうして居る。だから彼女には泣いてほしくなんてなかった。

 そっと彼女の肩を抱き寄せる。彼女がなき止むまで周りから白い目で見られようとかまわなかった。俺も大概なのかもしれない。それでも今だけはそれでも構わないと思えた。


 夕日が沈む中、俺たちは自宅へと向かっていた。霧果さんのアパートの一室。相変わらずあの部屋で暮らしている。

「ねえ、由一君はこれからどうしていきたい?」

「・・・それは将来の話ですか? それとも今から何をするかっていう話ですか?」

「将来の話、かな」

「・・・そうだな、大学は元々そんなに興味ありませんでしたからね。一応近場は受けようかとは思っていますけど・・・」

「そっか・・・」

 灯さんは一度手を離すと俺の前で突然振り返る。俺の目を覗き込むような距離まで近づき、

「私がこんなこと言える立場にないのはわかってる。それでも・・・・私は、由一君にお願いしたいこれからの人生も・・」

「ちょっと待った」

 灯さんの口に手をあてがう。彼女が伝えようとしている言葉。それは俺が、男が伝えなきゃいけないものだ。

「灯さん、あなたの人生、俺にすべてください」

「・・・なんで私に言わせてくれないのよ。一応年上よ?」

 少しだけ不貞腐れ、でも小悪魔のような笑みでそう告げる灯さんの表情に動揺を隠せなかった。

(俺、まだちゃんと人間なんだな)

 それがまた少しだけおかしかった。心のどこかで現実離れしているという感覚に急に色が付いた気がした。

「たまには男らしいとこ見せたっていいでしょ?」

 俺の台詞に灯さんはふっと笑みをこぼす。俺はこの笑顔を取り戻したくあの日々を過ごしてきたんだ。釣り合わないと思う。何もかもが欠けている。それでも俺はこの人の隣でこの先の生涯を過ごしたいと思い続けている。そのためならまた命がけの戦いも乗り越えていける。

 沈む夕日を背景に灯さんは、

「私、由一君と居られて幸せだよ!」

 そう告げた彼女の笑顔を俺はこの先の人生で忘れることはないだろう。灯さんの傍へ近づき、

「俺も幸せですよ」

 彼女の唇へ優しくキスを落とした。

 それは二年越しに叶った想い人との確かな一時だった。


 終焔伝 完

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