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終焔伝  作者: 高崎 龍介
7/10

六ノ巻「北宮の獣」

内容的には少し短めになってしまいましたが、次回は少し内容多めでお送りします。

物語も佳境に入ってまいりました。あと二話くらいで終わりにするつもりなので長い目で楽しんで頂ければ幸いです。

 男にとってこの復讐はなんとしてでも成し遂げなければならなかった。自分を追放した一族などどうでもよかった。ただ自分の大切なモノを奪い去ったあの理不尽を葬るために力を欲し続けた。たとえそれが一族の禁忌だと分かっていても。

「ここまでは計画通りだ。あとはあの男が”終焉の焔”の本来の力を引き出せさえすれば・・・」

 自身の左腕を見つめる。包帯が巻かれているその左腕は時折脈打つように動いている。その包帯を掴むと一気に引きはがす。下から姿を現したのは目玉や牙が付いた不気味な腕だった。これこそが北宮家最大の禁忌にして開祖・北宮秋比子麿が創り出した”魍魎の腕”だった。

「橘由一。貴様には私の千年の悲願の供物になってもらうぞ」

 男の身体が大きく膨れ上がると全身が変貌していった。


 神崎楓の社務所兼自宅の一室である居間にて俺こと橘由一と家主の神崎楓は対面に座る男を警戒しながら座っていた。

「さて、まずは由一。お前に礼を言わねえとな」

「礼って、なんのことだよ」

「”五つの凶器”だ。あの男に利用されたとはいえ生み出したのは俺だ。あれだけの被害を生み出したのは俺の落ち度ってことになる」

「・・・そう言われてもな」

 正直目の前の男(怪物)が直接手を下したわけではない。こちらが今まで関係を断ち切れていなかったところを利用されたのだ。

「・・・それくらいにしておいて、本題に入りませんか?”凶鬼”あなたは先輩の力になれると言ってましたよね」

「ああ、と言っても今お前らが気になっていることの大半には答えられるだろうってことだ」

「北宮のことも、この町のこともか?」

「その通りだ」

”凶鬼”は頷くと、机に置かれた茶を一口啜る。腕を組みながらこちらを見据え、

「まずは順を追って話していくか。北宮家の誕生からな」

 その言葉を聞き改めて心構えが変わる。全ての謎に決着をつけるための時なのだと。


”そもそも北宮家の誕生は今から千年以上前、つまり平安時代まで遡る。平安時代の日ノ本には陰陽庁という組織が存在していた。まあ、全員が全員能力を持っていたわけじゃない。中には奇策を練ってその場その場を乗り切る奴がいたみたいだがな。そんななかで二人だけまごうこと無き本物の陰陽師がいた。それが”安倍晴明”と”北宮秋比子麿”だ。二大巨頭と言われた二人だが派閥すら作らなかった二人は手柄を作るでもなくただ自分の関心が持つ事件だけに首を突っ込んでいった。そんな時だ。京の都に百を超える妖魔の軍勢が押し寄せるという事態が起きた。あ? なんでかってか? その当時、京の都には妖魔たちが何が何でも欲していたある怪物がいたんだ。なんでそんな怪物が人の街にいるかだと? 知らん。少なくとも最強の陰陽師二人がかりで勝てないということだけは聞かされてた。封印ぐらいしかまともな手段がなかったとか言っていたな。とりあえず、話を戻すぞ。そんな妖魔の群れをたった二人で撃退してみせた。その報酬として”安倍晴明”と”北宮秋比子麿”には膨大な領地が送られた。その領地を納める形で”北宮秋比子麿”が開祖となる北宮家が誕生したわけだ。・・・なるほどお前は見てきたのか。まあ、あの土地の現状は今更どうすることもできんさ。いずれはああなるのなんざ分かりきっていたことだ。・・・そうして北宮家を拓いた秋比子麿は一体の妖魔を式神として使役した。家系を守る”霊獣”としてな。それが俺ということだ。”


まず最初のこれだけ長い会話を聞かされただけでも大分情報量が多い。そもそも北宮家の開祖があの有名な陰陽師”安倍晴明”と頭を張っていたなど考えたことなどなかった。

「以前、その土地には伺ったことはありますがあれほどの衰退を数年程度で招くとは考えづらかったのですが」

「あの土地は北宮家の人間が常に結界の修正を施して保ってきたんだ。土地の繁栄を保ってきた結界そのものをそれが北宮京というやつのせいで壊された。精々機能していたのは北宮灯が張りなおした屋敷の結界ぐらいなものだ」

 あの土地に行った時に会長がすぐに侵入できなかったのはそのおかげだったのだろう。

「小僧、お前あの館の書物読んだんだろ?」

「・・・あぁ」

 あそこにあった書物は一通り読んで頭の中に叩き込んである。おかげで”晴天轟雷”が持つ変化奥義という技を使うことが出来た。

「なら、一族にまつわる大部分は理解できてるってところか。・・・・あぁ、そこに奇妙な箱はなかったか?」

「確かに・・・中身が空っぽのものがあったな」

「・・・小僧、一つ聞くが”終焉の焔”についてはどこまで知っている?」

”凶鬼”の声が急に重々しくなる。こちらの瞳を真っ直ぐと見据えている。

「元々別の腕が、出自だってことだけは知ってる」

「そうか・・・」

 そして”凶鬼”は再び語り出す。俺が最も知りたく、そして全てへ繋がる過去へと。


”今、由一に聞いた”終焉の焔”の出自だがな、お嬢ちゃんもいるから順を追って話す。まず、北宮秋比子麿は領主となってから一族を作ると同時にある実験を行っていた。その実験というのがな、妖魔の融合なんていう馬鹿げた実験だ。自分の左腕に大量の妖魔の肉片を繋ぎ合わせていったんだ。正直見ているこっちが目をそむけたくなったし、実際そむけてたな。何せ本人がその腕の実験体になってんだ。歯を食いしばりながら自分で作った糸で腕に繋ぎ合わせるんだ。妖魔に身体を乗っ取られないようにしながらだったし、下手すりゃ数日苦痛に呻いていた時もあった。その実験も約十年近く続いてようやく完成した。が、その時には秋比子麿の左腕は別物として保管されていた。箱に入れられて厳重な封印を掛けてな。そうやって完成したときに秋比子麿は一族の繁栄のために腕を”本体”と”魂”に力を分けた。そうして自身の後継者に”魂”の力を授けた。それが”終焉の焔”の原型、百体の妖魔の肉体を元にして作られた”魍魎の腕”だ。”


”凶鬼”がそこまで話したときに楓が待ったをかけた。額には汗を浮かべている。なぜそこまで彼女が焦燥感に囚われているのか不明だが、ただ事ではないことは間違いない。それに目の前に座る”凶鬼”も分かっていたと言わんばかりに口を閉ざし、楓の次の言葉を待っていた。

「その力を作ったことが不可解すぎます。下手をすれば今回のように一族に仇為すものが現れた際に封印を解かれることも考えられたでしょう・・・なんで・・・」

「それはお嬢ちゃん。お前もよく知っているモノと闘うためだ。たとえ自分でなくても一族の誰かが手にして闘うときのために用意したいわば”最終兵器”ってやつだ。”終焉の焔”が通用しなかったときに奥の手として使うためのな。何に対して使うかはもう知ってるだろ?」

 その言葉を聞いた楓は身体を強く抱きしめている。ガチガチと歯を鳴らし、息も荒くなっている。

「おい、楓。落ち着け」

「・・・すみません、先輩」

 楓がこのようになるのはどうしても分からない。俺の考えを見透かしたかのように目の前の怪物は楓の恐怖の正体を口にした。

「”神無月の鬼”。日ノ本の人間の魂に刻まれている史上最強の鬼だ」

 その言葉とともに俺の脳裏に一つの光景が浮かび上がる。炎に包まれた村の中で生首を胸に抱きながら頬に涙を流す女性の姿。

「・・・なんだ、今の」

「お前も見えただろうな。あの男・・・北宮京はその”神無月の鬼”に将来を約束した女を奪われている。だからこそ復讐するための力を欲したんだ」

「・・・そのためだったら、自分の一族を皆殺しにしてもいいっていうのかよ」

 目の前の獣が語ったもう一つの真実。本来であれば幸せな、当たり前の道を歩いて行けたはずの人達。それが一つ壊された時崩壊する脆さ。

 あの日、俺の大切な人を叩きのめしていたあの男でさえただの被害者だった。

 だがそんな言い訳が通ってたまるものか。

「ふん、だが北宮京が持っている”魍魎の腕”は長い時間をかけて北宮京の肉体と融合している。今の彼奴はお前がたとえ第二封印を解除しても勝てない。それだけの怪物になっている」

 第二封印の解除形態で勝てないということがどういうことかは言われなくても分かっている。第二封印解除形態”辺獄の焔”の特徴といえば、生体電流の増幅による筋肉への刺激と回復力の向上だ。それ以外にも膂力が上昇しているが、その部分だけで言えば”煉獄の焔”の方が上である。詰まる所、膂力と特殊技を使えるのが”煉獄の焔”であり速力と回復力を極限まで向上させたのが”辺獄の焔”ということだ。両者の能力を使い分ける形で戦ってきたが、この間の霧果さんとの戦いで痛感させられた。今のままではどう足掻いても勝てない。

「”魍魎の腕”は”終焉の焔”が切り離されたことで肉体としての機能だけが残っている状態だ。つまりあいつ自身には特殊な技が使える余地はない。だが仮にも百体もの妖魔の肉体を混ぜている。単純だがそれゆえに強い。膂力、速力、再生力、そのどれをとっても完全無欠の化け物だ」

「・・・そんなの勝てっこない」

 単純に強いがゆえに攻略法はない。そう正攻法ならばだ。

「いや、一つだけある」

 俺は自分の左腕を突き出す。霊獣は俺がその答えを待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる。

「そうだ。北宮家の歴代の当主たちでも継承時にしか使用を許されなかった秘術。お前はそれをあの屋敷で見てきたんだろう?」

「ああ、わかってるよ」

「先輩? 見てきたとは一体?」

 楓にあの技の詳細を伝えれば間違いなく止められる。それでも今は何が何でも勝つしかない。

「俺の左腕”終焉の焔”には全部で三つの封印が施されてるのは知ってるだろ?」

「ええ、一つ目が”煉獄の焔”。二つ目が”辺獄の焔”でしたよね?」

「ああ。そしてその二つを解除し、北宮の血を持つ人間だけが開放することのできる最後の封印がある。それが”地獄の焔”。使用者の寿命を削ることで使用できる危険な代物だ」

 俺の言葉を聞いた楓は唇をわなわなと震わせながら、それでも意を決して言葉にした。

「そんな危険極まりないものを使って本当にそいつを、北宮京を倒せると思っているんですか?! 先輩が今まで傷ついても戦ってきたのは灯さんに生きて会うためじゃないんですか!?」

「そうだよ。生きて会うためだ。それでもあの男と闘うためには命を担保にしなきゃ戦えないんだよ」

 そうだ。あの男の強さは俺が一番よく分かっている。だからこそ逃げないために、彼奴と同じ土俵に立つためになけなしの命を賭ける。

 だがこの場で俺の言葉を否定する奴が一人だけいた。

「待て小僧。お前のなけなしの寿命を賭けた所で使用できる時間なんざ、良い所五分か、十分程度なもんだ。その時間じゃあの男を仕留めるどころかお前の方が先に寿命を散らして負けだ。そうなれば勝負もクソもないぞ」

「だったら・・・だったらどうしろって言うんだよ!!」

「落ち着け。そのために俺はそこの嬢ちゃんにここまで連れてきてもらったんだ。お前のなけなしの寿命を削らせないためにな」

 霊獣はさきほどまでの笑みを消し、真剣な表情そのもので告げる。

「俺がお前の心臓の役割を果たそう。お前へ憑依しより強靭な肉体で最終封印を使えるようにしてやる」


 夜。神社の本殿に腰かけたまま空を呆けるようにして見ていた。いや、実際に呆けていた。頭の中では先程の話も今後の方針も固まりつつある。それでもなぜかこうして一人呆けていなければ心がどうにかなりそうだった。

(あの村で、自分の命が無くなることを覚悟したのに・・・ここに来てそれは良いとか、ふざけんなよ)

 自分自身で固めた覚悟を突き崩されれば呆然としたくもなる。

「先輩、風邪ひきますよ?」

「楓か・・・・」

 後ろで寝間着姿の楓が正座をする。別段いてほしいとは思わなかったが、それでも一人よりもいいと思ってしまうのは不思議なものだ。

「昼間の件ですか?」

「ああ、あの場所で固めた覚悟が呆気なく崩されてなんとなく・・・気が抜けたというか、不思議な感覚なんだよ。怒りたくもなるし、安心もしている自分がいる」

「それはそうですよ。北宮の霊獣とは言え得体のしれない怪物が突然命を落とすかもしれなかったものに保証をくれたんです」

 まして、だがそれ以上の言葉を楓が口にすることはなかった。夜風がそっと俺たち二人の頬を撫でる。

「綺麗な月だな」

「満月ってわけじゃないですけどね」

「・・・・」

 その言葉に俺の中で何かがはまる音がした。

「試す価値はあるか」


 次の日の朝。本殿の中を楓の許可の元使用させてもらっていた。といっても中で動き回るわけではなくただ座禅を組んで心を鎮めるだけだ。そんな俺の背後に昨日ぶりに感じる気配があった。

「”凶鬼”だよな」

「ああ、こんな朝早くに何の用だ?」

”凶鬼”は”五つの凶器”を壊されたことにより一定時間の休息を必要とさせられるという。そのため昨晩は疲れ果てて寝てしまったのである。楓に伝言を頼み俺の元へ来るように寄越したのだ。

「それで、覚悟の方は・・・と聞きたいところだがお前の目を見れば聞かなくても分かる。了承だろ?」

「ああ、お前の提案を受ける。だが、交換条件、て訳じゃないが俺の提案を聞いてくれ」

「何だ?」

”凶鬼”は向かい合うようにして胡坐をかく。俺の提案など詰まる所さほど難しいものではない。

「彼奴との勝負。三日後の夜にやろうと思う」

「ほう・・・なんでだ?」

「月だ」

「月?」

”凶鬼”は一度深く考え込むと、数秒と絶たずに目を見開きながらこちらへと視線を上げた。

「まさか・・・満月か」

「そうだ。人間や妖怪と違って”妖魔”は月の満ち欠けで強さが変わってくる。そうだろ?」

 大した時間があったわけではないがこれでも北宮家にあった書物を読んできた身だ。その中の知識を引っ張り出すなど造作もない。

「肝の据わった冷静さだ。そういった系列の一族でもないくせによく理解してる」

「俺が弱いことくらい分かってる。それを踏まえたうえでどう戦うか。それを組み立てるのも武闘家に必要なものだ」

 俺にあるのは長年鍛え続けてきた”体極流”という技と心構え。灯さんから受け継いだ”終焉の焔”とわずかばかりの知識、ささやかな贈り物。これだけで俺は何百年もの間一族を恨み続けていた男を倒すしかない。できることは全部やった。あとは全力を出し切るだけだ。

「覚悟ができているならそれで構わねえさ。あとはどう乗り越えるかだけだ。正直に言うが今の彼奴の実力とお前とじゃ、そもそもの実力もそうだが腕同士の相性も最悪だ。なまじ向こうは腕と馴染むための時間があっただけに意識を呑み込まれていない可能性もある。普通に遣り合えばお前に勝てる道理はない。が、お前が”地獄の焔”を飼いならすことさえできれば話は別だ」

”地獄の焔”は歴代でもわずか数人しか実戦で用いたことがない。それほどまでに危険な代物だ。まして一族の人間でもない俺が使うのは命を溝に捨てる行為と同じだ。

「飼いならすにしても本番一度きりしかないだろ。どうしろってんだ」

「そのために俺がここに来たんだ。ああ、そのままでいい。目を閉じて楽にしておけ」

 そう言うと”凶鬼”は俺の頭に掌を翳してきた。

「これからお前の意識を深層意識へと潜らせる。そこで何としてでも”終焉の焔”にお前を認めさせろ」

「・・・ついでにどんな奴だ?」

「・・・少なくともお前に力を貸してくれているんだ。悪い奴ではないが、油断してると首を持っていかれるぞ」

”凶鬼”の言葉に恐ろしく感じながらも大人しく目を瞑り、意識を深く潜らせる。


 意識は水の中に潜るような感覚だ。

 不思議と息は出来るが、身体はどこまでも沈んでいく。やがて底にたどりつくと赤い目を持つ少年が立っていた。

「・・・”終焉の焔”で、いいんだよな?」

「・・・そうだ。俺がお前らが言う”終焉の焔”だ」

 見た目とは相反する話し方と圧力をこの少年は持っていた。気を保っていなければ簡単に押しつぶされてしまいそうになる。

「ま、そう構えるなって。俺の方にはお前を殺すような理由は無いんだからよ」

 そう言いだすとその場に胡坐をかきだす少年。俺はどうすればいいのか途方に暮れていたが、ふと自分の周りから寒気にも似た視線を感じた。

(・・・なんだ、この全身を貫くような視線は・・・)

 それも一つ二つではない。周囲を取り囲んでいる視線に身動きが取れなくなっている中、

「とりあえず、座ったらどうだ?」

 その言葉に俺は同じように胡坐をかいて座る。

「ここに来た目的は知ってるし安心しろ。お前にはちゃんと俺の力、いや、最後の力の使い方を叩き込んでやる」


 由一が意識を沈めてから数時間が経過していた。本殿の中で座禅を組む由一を見守る”凶鬼”と楓。

「”終焉の焔”については私も能力を見ていますし、家に残っている記録である程度は確認していますがとても友好的になっていただけるとは思いません」

「まあ、元は”魍魎の腕”の一部だ。今までの由一との戦いを見ている限り彼奴に対してそこまでとは言えないが、基本的には人間が大嫌いだ」

 それでも”凶鬼”は由一の魂が壊されるかもしれないという可能性を抱えながらも精神の奥へと送り込んだ。由一が持つ輝きを”終焉の焔”が必ず見出すと信じて。

「信用なんていうものは結局のところ、そいつをどれだけ知ることができるかで変わってくる」

「それなら、なんで貴方は一度も会ったことがない先輩のことを信用しようと思ったんですか?」

 その疑問に目を見開くが、すぐに口角を上げ、

「そりゃ、彼奴をぶっ飛ばすことができるかもしれないっていう奴がいるなら賭けるに決まってんだろ」

 結局のところ”凶鬼”も楽しんでいるのだ。由一という人間の生き様に対して。

「安心しろよ。彼奴は必ず帰ってくるさ」

 その言葉に楓は一抹の不安を隠さずにいられなかった。


 一方、精神世界の由一は目の前に立つ妖魔の一体と対峙、否対決していた。

「”砕破”!!」

 拳に乗せた破壊の衝撃を妖魔の肉体へと直接打ち込む。妖魔は打たれた箇所を手であてがうがすぐに反撃を仕掛けてくる。

(くそ、”砕破”もほとんど効いてねえ。他の体極流もほとんど同じようなものだ)

 まったく効果が無い訳ではないだろうが、それでも効果が薄いのは事実だ。ニ十分以上前に打ち込んだ”氷牙絶刀”も内部破壊をしたものの効果は見られない。

「”胴絶”!!」

 回避した勢いを活かして脳天へと蹴りを見舞う。本来であれば胴体へと減り込ませるものであるが、この際そんなことなど言っている場合ではない。

 妖魔は一瞬意識を保とうとするがそのまま倒れ込んだ。

「ほう、最初にしては凄いな。俺の力も使わないでここまで戦えるんだからな」

「そりゃ、嬉しいね」

 妖魔は地面に融け込むようにしてその姿を消す。胡坐をかいたままその場を動いていなかった。

「さて、最初の一体でおよそ三十分か。このままだと全部やり終わるまでに途方もない時間がかかる。だから・・・・特別報酬だ」

 そう言うと”終焉の焔”の元へと周りを取り囲んでいた他の妖魔たちが集まっていく。背丈でいえばおよそ二メートル程度だが筋線維のように見える皮膚がその巨体を更に大きく見せている。

”残り九十九体全てを一体に集約して相手をしようじゃないか”

「・・・なんかの冗談じゃねえよな?」

”ははははっはははは!! 冗談なんかじゃないさ。だから、お前にもハンデをくれてやる”

”終焉の焔”が俺へと指をさすと、体中に赤い幾何学模様が浮かび上がってきた。

”疑似的ではあるが”地獄の焔”状態の身体能力をお前に与えてやる”

「いいのかよ。負けても知らねえぞ」

”はん。その程度で俺が負けるわけなかろう。言っておくがその力、御しきれなければただ死を招くだけだぞ”

「言ってろ」

 構えは取らない。俺も、”終焉の焔”も、互いの目だけを見つめる。

 視線。身体の揺らぎ。呼吸。それらすべてを互いが読む。達人同士の攻防はさながら時が止まったかのように見えるというが、その実は思考によって相手を殺し、殺されている。どう攻めるか。どの最適解を出すか。その読みを一秒に満たない時間で繰り返し続ける。

 そして俺たち両者はどちらからともなく動き出し、同じタイミングで拳を突き合わせていた。

 激しい拳と蹴りの押収。体極流の技を幾度も織り交ぜる。どこまでも潤滑に、どこまでも最高に仕上げていく。

 今まで得られなかった次元で技を繰り出し続ける。そして相手の拳がこちらに伸びた瞬間、

「”水華六式”」

 すれ違いざまの六連撃を相手に打ち込む。秒にすら満たない時間。これが”地獄の焔”によって極限まで高められた状態。

”ぼさっとしているな!!!”

 今の六連撃ですら有効ではなく相手の反撃を許す。何度かは”防刀”で流せたが、それでも数発受けた拳の痛みは無視できるものではなかった。

(・・・この状態でこれだけの痛みだ。普通の状態で食らえば即死だな)

”ふん、今の連撃で数発躱していたな。大したものだ。初見でそれだけ力を使いこなせたのは北宮の一族でもいないな)

「そりゃ嬉しいが。数発貰ったのはやっぱり嬉しくねえよ」

 半身の構えを取る。全身の血液が沸き立つかのように熱を発し始める。思考を深く巡らせる。今ここで”終焉の焔”に勝つための道筋を描く。

「いくぞ」

”こい!!”

 再び互いへと肉薄する。ぶつかった拳を皮切りに再び俺たちの攻防は始まり、攻防が終わったのは三日後だった。


 由一が目を覚ましたのは本殿で意識を潜らせてから実に三日が経ってからだった。

「あ、先輩。目が覚めましたか?」

「・・・楓か。ここは・・・」

 当たりを見渡せば楓の自宅の客間だった。薄暗い意識の中にいたせいか部屋の電気が妙に明るい。

「本殿でずっと見てたが二日目あたりで倒れ込んでたからこっちに運んだんだよ」

 傍らで眠そうに欠伸をしている”凶鬼”。楓も寝ずに見ていてくれたのだろう。

「そんで、成果は?」

「・・・なんとかなったが、大変だったよ」

 嘘ではない。事実、死ぬ思いをしながら勝つことが出来た。

「あとは、お前が言った通り明日が勝負だな」

 そうだ。彼奴との戦いは満月の夜と決めていた。そのためには本来であれば北宮京を探す時間も必要だったが、

「安心しろ。向うからわざわざ場所を指定してきた」

 そう言うと”凶鬼”はおもむろに背後からあるものを出してきた。それは北宮の家紋が入った刀だった。それも抜身の状態で、である。

「”満月の夜。決着の場にて待つ”か。こっちの考えを分かってて乗ってくるのかよ」

 刀身に刻まれた文字を読み、思わず笑ってしまう。妖魔は月の満ち欠けで強さが変わる。それを分かっていて、差し引いても俺を殺せると思っている。

「それでお前の答えはどうだ?」

「そんなの受けて立つに決まってんだろ」


 夜。森の中で怪物は遠く見える境内を睨み付けていた。昼間、青年相手に送った宣戦布告の品。

 もはや後戻りはできない。人間でなくなった肉体を見ながら、男は低く唸る。

(あの災厄に勝つには人間ではどう足掻いても勝機は見いだせない。人を捨て同じ怪物として君臨しなければ勝つことなど到底できん)

 そのためにも、男、北宮京がその身に宿した力”魍魎の腕”を完全なものとするためには完全体となった”終焉の焔”を食らう必要がある。橘由一は北宮の一族ではないのにその力を覚醒させ続け、ついに完全体へと至った。

(さあ、お前の持つ力を貰うぞ、橘由一)

 明日の夜。そこで全てが決まる。

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