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終焔伝  作者: 高崎 龍介
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三ノ巻「鬼の仮面」

第二話投稿から大分時間が経ってしまいましたが第三話を無事投稿出来ました。

ほぼ毎回似たような内容になってしまっているかもしれませんがそこは暖かい目で見守っていただけると嬉しいです。

なるべく早く第四話を投稿しようとは思いますがまだまだ時間がかかるかもしれないですが読んでいただければ幸いです。

 忍との戦いから二ヵ月が経過した。

 だが学院はそのほとんどが機能停止になろうとしていた。忍が起こした殺傷事件も一員であるが、この河隅市で一月前から通り魔が横行しているのである。しかも年齢、性別そのどれもがまったく共通点の見られない人物たちであり、まさしく無差別殺人であった。警察も動いているが証拠を集めきれず進捗がまるでみられない状況が続いていた。

 病院を同じころに退院した俺は今日、経過報告と今後の進展を決めるために楓のいる神社を訪ねていた。

「とりあえず”刻の欠片”と”奈落の花”の二つはなんとか破壊ができた」

「経過報告って本当はもっと頻繁にやるものじゃないのかと突っ込みたいところですが今回は勘弁して差し上げましょう。確認したいこともありますし」

 そう言うと楓は懐から一枚の紙切れをとりだした。それは俺が入院中に楓の式神に持たせたものだった。

「”左腕の能力を一段階解放した”というのは本当ですか?」

「ああ。第一封印を解除しないと彼奴と闘えなかったからな」

”煉獄の焔”。俺の持つ”終焉の焔”に施された全部で三つの封印。それぞれに強力な能力と技を秘めているが解除には一定量以上の”血液”が必要になる。

 第一封印であれば指先を切る程度だが第二と最終封印はまた別に必要なものが必要になる。

「戦闘において手の内を明かすのは悪手です。特に先輩の場合、体極流とその左腕の技と能力を対策されたら打つ手がないじゃないですか」

「奥の手が無い訳じゃないけど、一回きりだから成功するかもどうかもわからねえしな。成功しても次からは決定打にはならないからな」

 備えは多いに越したことはないが、敵に手の内を探られるときに致命傷になりかねない。打開策は一つきりだから効果的であり頼らないことこそがカギになってくる。

「それでそっちはどうなんだ? この間話してた場所のことはわかったのか?」

「いえ、かなり強力な結界が張られているせいで中を確認するには時間がもう少し欲しい所ですね。ですが前々から頼まれていた件の方はこの通り」

 楓が小さな紙を手渡してくる。彼女に頼んである仕事はかなり多い。そして今渡されたのはその中でも最も俺が一つ先の力を手に入れるために必要な手がかりだった。

「本当に行く気ですか? 何があるかわかりませんよ?」

「行くしかねえんだ。今、戦ったとしても彼奴に手は届かない。それにそろそろ知るべきなんだと思う。何となくで使い続けてちゃいつかこの力に殺されるかもしれない」

 必要なものはすべて用意する。戦いにおいて千の手段を備え、一使えればよいと言われるほどだ。裏の裏をかく、とまではいかなくともやるべきことはやっておかねばなるまい。

「・・・はぁ、わかりました。こっちで異変があったらすぐに連絡します。先輩なら死ぬことはないでしょうし。ですが気をつけてください。以前の戦闘の時から嫌な気配が先輩の近くにまとわりついてます」

「善処するよ」

 楓にそう言い残すと境内を去り、自宅に戻り最小限の荷物と共に地元の駅に向かう。ここからだと目的地まで早くても半日はかかる道のりである。

 皆に心配をかけないように一言声をかけるべきだったかと考えたが詮索を受けかねない。帰ってきてからでも遅くはあるまい。

「乗り換え十回か。おまけに一か所歩かないといけないのか」

 それも一山歩くような形である。はっきり言って自分が何でこんなことをと、思わなくもないが仕方ない。

 長い道のりで何が見つかるかは分からない。だが行かなければ何もないという答えも得られない。こうして俺を乗せた電車は目的地へ向かって動き出すのであった。


 学院の生徒会長室は高等部の二階に位置し、他とは違う内装となっていた。もちろん現会長が白皇院理事長の娘というのもなくはないがそのほとんどは彼女が自前で用意した代物である。来客用のソファーとテーブル。その上には淹れられたばかりの紅茶と焼き菓子が置かれていた。和泉の向かいに座るのは全身黒ずくめの男”北宮京”であった。

「わざわざ来てもらって有難いわ。お忙しいと思っていたのだけど」

「いやなに。君は私に協力的だからね。こうした情報交換は必要だと判断しただけだ。まあ、思っていた以上にいい情報が入ってきているがね」

「それは良かったわ」

 卓上の紅茶を一口飲むと和泉は真剣な顔つきで京へと尋ねた。

「ねえ、由一君はどこにいるのか分かるかしら? どこにいるか尋ねても、携帯にかけても応答しないし知り合いに聞いても誰も知らないというのよ」

「ほう、今朝方早く電車でどこかへ向かったのまでは見たが私もそこから先は知らないな」

「知っていたの?」

 和泉の声が低くなる。今の和泉にとって由一は何よりも優先して居場所を把握しておきたいという魂胆なのだ。

 京はくくく、と押し殺したような笑い声を溢しながら目の前の少女へ古びた鍵を差し出した。

「これをくれてやる。あの小僧の行き先なら大体予想がついている。その鍵が導くままに向かえばあの小僧とも会えるだろう」

「何処に導いてくれるっていうのかしら。こんな鍵が」

「私の忌まわしき故郷。北宮邸だ」



 電車を乗り継ぎ、徒歩も利用し実に半日。足腰が悲鳴を上げている中でようやく最寄り駅へと辿り着く。すでに日は暮れ始めておりどうしたものかと考えさせられる。

 北宮の家は最寄駅からさらに一時間近く歩かなければつかない。バスがあって近くまで行ってもらえばよかったのだろうが生憎とタクシー一台すら見つからない寒村だった。

「仕方ない。泊めてもらえそうな場所に行くか」

 駅から泊めてもらえそうな民家か民宿を探す。だがどこもかしこもシャッターが閉まっているか廃墟と化しているため人すら見かけない。

 本当に大丈夫かと不安に思いながら歩いていると、

「・・・やってるかな」

 一軒だけ暖簾を下げている宿屋らしき建物を見かけ、中を覗き込む。

「あのぉ、すみません」

 扉から顔をのぞかせると奥で老齢の女性が眼鏡の奥の瞳を光らせてこちらを見てきた。

「なんだい? 一応やってはいるよ」

「あ、じゃあ、一晩お願いします」

「二階の部屋を使いな。夕飯は出来たら呼ぶから食堂まで降りてきな」

 そう言ってカウンターに鍵を置くと奥の方へと下がっていった。言われた通り二階まで上がり部屋を開けると、

「へえ、綺麗な部屋だな」

 あの老婆がどれほどこの場所を大事にしているかが分かる気がした。

 窓の外からは周りを一望することが出来た。

「夕飯は呼ぶとか言ってたな。それまでどうするかな」

 生憎と暇つぶしになるようなものはほとんど持ってきていない。せいぜい読みかけの小説が一冊くらいである。

 床に寝転がっていざ本に手を伸ばそうと思ったが疲れがたまっていたのか一気に睡魔が襲ってきた。

(・・・・眠い)

 短期間で神経をすり減らすような戦いをしてきたからなのだろう。そのまま暗闇へと意識をあっさり手放した。


 次に目を覚ましたのは誰かに身体を揺さぶられた時だった。

「・・・う。・・こぞう。・・おい、小僧!」

「あ・・はい」

「夕飯が出来たよ。下に降りてきな」

 それだけ言い残すと老婆は部屋を後にしていった。寝起きだったため頭が幾分か働いていないがそれでも体を起こして軽く身だしなみを整えると下の階に降りていく。

 玄関の奥からみその匂いが漂っており半日苦労した体に染み渡ってくる。

「すみません、起こしてもらっちゃって」

「構わないよ。どうせほかに客もいないんだ。むしろ寝ててくれて有難かったよ」

 そう言って時計を差す。確かに時刻は八時を過ぎていた。ここに着いたときには六時前くらいだった。二時間も寝ていたのかと思ったが向うからすれば余計な茶々がなくてよかったのかもしれない。

「宿屋閉まってなくて助かりました。他に行く当てもなかったので」

「半ば閉めているようなものさ。もう何年も客は来てなかったしね」

 よくぞ続けていたと思う。これほど閑散としている場所で続けるなど余程の愛着がなければ無理であろう。

「それでお前さん、あの屋敷にでも行くのかい?」

「・・・失礼ですが、貴女は何かご存じなんですか?」

 唐突な質問に対して警戒心が高まる。こちらは一切情報開示を行っていない。ここにいる時点で思い当る点がないのかと問われれば別だがそれでもあの場所を言い当てるなどかなりの観察眼を持っていることになる。

「この辺りで訪れる場所なんてあの屋敷くらいしかないしね。私もここに生まれてからずっと住んでいるけど観光できる場所なんて一つも心当たりないよ。昔は祭りなんてものもやってたし街に行ってた連中もたまに帰ってきてたけどここ最近じゃそういう連中ももういやしないよ。それにお前さんの左腕が騒いでいるからわかるさね」

「腕?」

 そこではじめて気づいた。左腕に焔のように紅い模様が浮かんでいたのだ。しかも先ほどから生き物のように常に動き続けている。

「それはあの屋敷に住んでいた人たちと同じものだってすぐに分かったよ。懐かしくて意地悪してやりたくなっただけさ」

「・・・あの屋敷の方たちとは面識があったんですね」

「そりゃ、北宮家なんて言えばこの辺り一帯を牛耳っていた一族さね。村の管理や催事なんかを全部取り仕切っていたしね。よそ者を招き入れるにしてもあそこの家の息がかかった者たちが担当していたくらいさ」

 灯さんがあそこまで箱入りだったのか、ここに来て思い知らされる。それはそうだ。自分の家系が収めている土地でずっと暮らしていたのだ。それはいわば箱庭で育つのと何ら変わりない。

「お前さんみたいな小僧がここに来たときは意味が分からなかったが、それを見たら流石に納得しちまうよ。この宿屋最後の客人として最高のもてなしをさせてもらうよ」

「・・・ありがとうございます」

 そして御婆さんの気持ちに感謝しながら料理と風呂を頂きその日は眠りについた。そして日が明ける前に荷物をまとめて宿屋を後にした。

 

 次の日、由一を起こしに来た老婆は綺麗に片づけされた部屋を見てほう、と息を吐いた。

「・・・宿屋の女将よりきれいに片付けちゃいかんだろうに、あの小僧は」

 そして机の上に置かれていた手紙を見てほんの少しだけ笑っていた。

”お世話になりました。御恩は一生忘れません”

「だったら、朝飯くらい食べてきゃいいもんをさ。小僧」

 どこか清々しい溜息を吐く老婆は部屋を後にし一階へと降りていったのだった。


 一方、早朝に宿を後にした俺は息を切らせながら山の中腹にある屋敷”北宮邸”を目指していた。

 険しい山道を登ること一時間。ようやく山門らしきものが見えてきた。

「遠いんだよ・・・」

 重い門戸を開け中へと侵入する。数年間人が出入りしていなかったせいか庭は荒れ果て草木が伸び放題になっていた。

 だが不意に何かが鼻を突いた。

「なんだ? この臭い」

 屋敷の鍵を開け中へと侵入する。すると俺の視界には凄惨たる光景が飛び込んできた。

 あちこちの壁や床に飛び散った大量の血飛沫。そして何より耐え難かったのは放置されたまま干乾びた人の死体だった。

「う・・・ぐ・・・」

 思わずその場で蹲り胃の中身を吐瀉する。朝飯を食べてこなかったのが幸いだったかもしれない。

(なんだよ、コレ。灯さん、の家族、だよな)

 もう一度顔を上げるが背中を悪寒が一気に駆け抜け、気づいたときには庭先まで逃げ出していた。

「はぁ・・・・はぁ・・・」

 死体はそのままで何年もこの屋敷は放置されていた。警察沙汰になっていないところを見ると彼女が話していたあの日起こった事件は今なおこの屋敷に健在ということになる。

(流石に見たくないけど、探さなきゃ何にもならねえ)

 目的の代物がこの屋敷にあるかは分からない。だがこの屋敷を探さなければ答えは見つからない。

 意を決して再び屋敷の中へと足を踏み入れる。口元を抑えながら腐臭を耐えて奥へと進んでいく。屋敷は広いがあちこちに死体が転がっているせいか脚の踏み場が自然と狭まれる。

 部屋を一つ一つ調べていくが部屋の物はどれもこれも壊れているか、時間の経過によって朽ち果てている。

(くそ、3年前とは言え死体の山のせいで腐敗臭が凄すぎる。調べるにしても体より精神的につらい)

 死体をどかしながらなど肉体的な疲労よりも精神的な物の方が大きい。

 そうして休憩を挿みながら半日近く家の中を探索し、やっとの思いで目的の部屋に辿り着いた。

「もう、ここしかねえよな」

 襖を開くとそこだけはこの家の中で腐臭がない場所だった。

「この部屋、書庫か何かか?」

 部屋には大量の本棚が設置されておりそこには山積みにされた書物、巻物が保管されていた。近くにあったものを手に取ったが、

「うわ、・・・まじかよ。異能の力で出来てるとか最悪だろ」

 左手で持った一つが激しい炎を上げて燃えカスになっていった。

「右手一本で全部調べろとかどんな修行だよ」

 だが文句を言っていても現実は変えられない。左手をズボンのポケットに突っ込むと右手一本で書籍を開いていく。

 大半は測量や家系図などこの地に縁のある代物だけだったが、ある巻物を広げた際にそれは目に飛び込んできた。

「これって・・・」

 そこに描かれていたのは男心には刺さる代物だった。一心不乱に書物を読み漁っていく。

 すると棚から空の桐箱が落ちた。拾いあげてみたが中身には何かが入っていた形跡があるだけで何もなかった。


 由一が北宮邸にて書物を調べていた頃、白皇院和泉もまたその地に辿り着いていた。だが、町には人が一人もいないためか目的の場所を探し出せずにいた。

「鍵が導いてくれるとか言っていたくせにここまでしかたどり着けないじゃない」

 それもそのはずである。いくら術を込めたとはいえ所詮は家の鍵程度で強力な結界が張られた家への道筋を描くにはあまりにも力が弱い。おまけに和泉は知らないが、

「地元民も居ない。これじゃあ、どう足掻いても由一君の元までたどり着けそうにないわ」

 闇雲に探したところで道など開かれないことなど分かりきっていたが何もせずにじっとしているのも彼女にとって性に合わなかった。

 街をさまようこと一時間弱。彼女の視界にある建物が入り込む。

「・・・なるほど、あそこに行けば全部わかるわね」

 もはや住民と呼べる人物が誰一人としていないことは町を歩いていて分かった。ただ一人を除いて。

「・・・こんにちは」

「・・・まったく、とんだ化生を呼んでくれたもんだよ」

 受付に座る老婆は鋭い眼光と共に和泉へと一瞥をくれてやる。視界に映った魔性の怪物は笑みを浮かべたまま近づいてくる。

 次の瞬間、首を捕まれ壁へと抑えつけられる。

「答えなさい、彼は・・・どこ?」

「・・・ふ、言うと思うかい?」

「そう、なら、こうするだけよ」

 その言葉とともに和泉は腕を刃状に変化させ老婆の腕へと突き立てた。

「う! ぐぅ・・・ぁがぁあああああ!!」

「早く言いなさい。さもないと・・・」

 そして突き立てた刃で腕の肉を穿り回す。痛みで脳が焼き切れそうになりながら老婆はそれでも口を割ろうとしない。老婆の強情さに和泉は腸を煮えくり返された気になり、

「いいわ、だったら答えられるようになるまで・・・」

 右足へと刃を突き立てる。声にならない叫びが老婆の喉を揺らす。

「痛めつけるだけよ」

 老婆への質問という名の拷問はこうして始まった。


 部屋の中を探し始めてどれ程の時間が経っただろうか。粗方読み終えたころには窓から刺し込む日は紅く染まっていた。

「さて、必要なものは全部読めた。あとは・・・」

 山積みになった書物に左手を当てる。触れた箇所から赤い炎が立ち込め一気に燃え上がる。家には燃え移らずそのまま書物だけを焼いていった。

「試してみたいことはあるけど、ひとまず・・・」

 出ようかと考えた時、玄関先から床の軋む音がした。咄嗟に奥の扉へと身を滑らせ息をひそめる。

 やがて足音はこの部屋の前で止まる。静かに襖があけられると同時にそこへ一人の女が入ってきた。

「いないわね、確かに人の気配がしたんだけれど・・・なるほどもう用件は済んでいるのね」

 女は部屋を後にすると手近な窓から外へと出ていった。気配が遠のくを感じながら緊張の糸を緩めない。

(今の女、会長か? まずいな・・・この屋敷の中で見つかったら逃げ場なんてないぞ)

 どうやって俺の居場所を突き止めたのか。どうやってこの屋敷の存在を辿ってこれたのか。疑問はずっと頭の中をぐるぐると渦巻いている。だがひとまず屋敷から逃げ出す算段を汲む。こちらは今後手に回ってしまっている。敵より一歩先に出るためにはこちらの条件に引きずり込むか、相手の情報を掴むしかない。

(足音は中庭の方に向かっていったな。だとしたら隣の部屋から逃げられるはず)

 先程まで家探しをしていた際に屋敷の構造は粗方見ている。隣の部屋であれば裏山に繋がっている。町まで逃げ込めれば相手の出方を探りやすくなる。

 裏山の方から気配がしないことを確認し、すぐさま屋敷を後にする。周囲へ常に気を張り詰めながら街まで一気に駆け下りていく。途中、屋敷の方から硝子が割れる音がしたが、振り返らずに一目散に駆け下りる。数分とおかずに追いかけてくるかもしれない。それまでに安全地帯に逃げ込まねば。

 山を一気に駆け下り、すぐさま手近な民家へと身を潜ませる。

 数分ほどすると山から黒い外套を羽織り白い面をつけた者が降りてきた。体形とヒール型のブーツを履いていることから女性だということだけはわかった。

(あれが、会長、なのか?)

 仮面の女は辺りを見回すとすぐさま駅の方面へと走り去っていった。緊張で背筋が凍り付きながらも辺りを見回しすぐさま今朝世話になったばかりの宿屋に向かう。

 さきほど会長があの屋敷までどうやってきたのか疑問が渦巻いていたが一つの仮説が浮かび上がった。あの老婆が道を教えたか。もしくは俺の知らない抜け道。

(でもあの御婆さんが簡単に教えたりするもんか)

 すぐさま否定し、別の可能性を模索する。そうしている間にも宿屋に辿り着き玄関を開ける。

「な・・・」

 そこには凄惨な姿で殺されている御婆さんの姿があった。

 口元と喉を裂かれ、両手は壁に杭で打ち付けられ、両足も怪物に喰いちぎられたかのように無くなっていた。

「あら、こんなところにいたのね。由一君」

「アンタ・・・なにやってるんだよ」

 思考が纏まらない。それでも会長の方へと向き直る。白い面をつけ顔が全く見えない。だが笑っていることだけはわかった。

 気付いたときには会長の顔面を鷲掴み、向かいの家へと吹き飛ばしていた。

「・・・てめえ・・・」

「へえ、他人のために本気で怒るなんてことができるのね。羨ましい限りだわ」

 左腕の封印を解く。幾何学模様が左腕全体へと伸びていく。だが今回はこれでは足りない。目の前の化け物を倒すには片手じゃ足りない。腹の底から煮えたぎるようなこの怒りを晴らすには足りない。だから、

「”煉獄の焔舞”」

 両手の拳を合わせる。すると左腕の焔が右腕へと伸び始めていく。

「それ、両腕でもできたのね。それで本気出しているつもり?」

「ああ、本気だよ。アンタを殺さない限界のな」

 構えを取る。会長はゆらゆらと体を揺らし、俺が瞬きをしたと同時に眼前に迫っていた。

「ぅ!」

「武闘家なら戦いの合間に敵を見失うような事はしちゃダメでしょうが!!」

”鬼の仮面”により女性にあるまじき怪力を誇っている。”煉獄の焔”によって強化された両腕で防御していても痛みが走る。連打の嵐を掻い潜り、溝へと一撃を叩き込む。強化した腕の一撃に会長は一瞬動きを停めたように見えた。だがそれも一瞬、次の瞬間には脳天に拳を叩き込まれる。

「女相手だからって容赦しないのは良いけど、隙を与えちゃ、ダメでしょうが! あが・・・」

「それはこっちの台詞だ」

 その場から飛び退き、動いた反動を利用し顔面へ蹴りを食らわせる。

(何だ今の。あの仮面、ゴムかなんかで出来てんのか?)

 蹴りを入れ後退させることは出来た。だが不思議な感触に思わず動きが鈍ってしまう。

 拳と拳による制空権の争いになる。そして数秒続いた争いは会長の不規則な軌道で放たれた拳によって決着がついた。

「く・・・」

「!」

 一度距離を取り口元を拭う。口の中を切ったのだろう、血の味が充満する。

 会長がこれだけの強さを持っているのは偏に理事長のせいともいえる。帝王学以外にも様々な武術、学芸を叩き込まれて育った死角なしの完璧主義者。

(こっちの技を知っている訳じゃない。だけど、一体幾つの武術を学んだらあんな動きになるんだよ)

 今の数手で空手、柔術、合気道を兼ね備えているのはわかった。ほかにもいくつか隠し持っている可能性がある。

 決して一つ一つが必殺の域に達している訳ではないが、とにかく隙というものを作り出さない動きをしていた。

「・・・いくぞ」

 考えていても埒が明かない。どちらにしろ攻撃を当てなければ話にならないのだから。

 間合いを詰め、肘から掌底へとつなげる二段攻撃の体極流”月花”を打ち込むが、

(やっぱりだ。ゴムみたいに感触が不安定だ)

 当てているのに、当たった手ごたえがまるでない。続けて蹴り技の”鎌狩り”手刀による突き技”真突一閃”を打ち込むがこれもまるで手ごたえがない。

 否、無い訳ではないのだが衝撃を伝導させている感覚がイマイチつかめないのである。

 そうこうしていると相手からの反撃が襲う。両腕で庇いきれず脇に数発、胸部に一撃貰う。

「うぐ・・・」

 意識をもらいそうになるその一撃に必死に耐え、一瞬の溜めから会長の全身へと連打を叩き込む。

「体極流”鎧刀粉砕”」

 この技にはさすがの会長も仮面の下から血を吐きだした。

 ゴムのように皮膚を変質させているのであれば、ダメージが多少なりとも蓄積できるだけの連打をすればいいだけの話だ。

 だからと言ってこちらに代償が無い訳ではない。肩まで”煉獄の焔”を伸ばしているにもかかわらず筋肉が軋みを上げ、関節が鋭い痛みと熱を発していた。

(普段よりも倍の速度で打ち込んだからな。腕が吹っ飛ばなかっただけまだマシだけどあと一回打てればいい方だな)

 間違いなく連続では使えない。脚にも負担が来ている。が、それ以上に腕への負担が想像以上に大きい。間合いを測り、

「いくぞ」

 忍との戦いでも使用した体極流”雷電”を会長へと食らわせる。以前のように相手の顔を鷲掴みにして壁に叩き付けるのではなく、瞬発力と体重を活かした掌底による一撃。

「・・・・で、これで気は済んだ?」

「な・・・ぐ!」

 左腕で防ぐがその上からでも分かる威力の蹴りをくらう。壁に身体を打ち付けながら相手へと視線を向ける。

「筋力を強化、だけじゃねえな。もっと複雑な何かをお前に与えているんだろ」

「ええ。でもそれが何かは自分で考えなさい?」

 再びこちらへと迫る会長。打ち出された拳をいなし肘鉄を溝へと打ち込む。

 間髪入れずに続けて攻撃をしようとするが、下から気配を感じその場を飛び退く。脚が額につく程までの柔軟性、明らかに人の域を超えている。

「柔軟性まで人間離れしているのかよ・・・」

「あら、今のを避けている貴方には言われたくないわ」

 生憎だがこちらは次の態勢へと移る前だったから気づけただけにすぎない。今のを顎にでも喰らっていたら頭が最悪捥げていたか、良くても脳震盪で一撃で倒されていたであろう。

 再び構えを取るが右腕の模様が点滅をはじめ、左腕へと炎を戻していった。

(くそ、ここで時間切れかよ)

 制限時間が通常の”煉獄の焔”よりも短いとはいえ早すぎる。それに加えて”煉獄の焔”には欠点がある。それは冷却時間が必要だということだ。忍との戦いの後に一度試した際には、

(二分半。今、片腕は伸びた状態だからこれを今すぐ解除したとしても最短で一分から二分近くはかかるか)

 だがこの化け物を仕留めるために必要なあの技を放つには腹をくくるしかない。一度”煉獄の焔”を解除し”終焉の焔”へと戻す。

「あら、その状態で私に勝てるとでも思っているのかしら?」

「さあな、試してみる価値はあるだろうけどな」

 無理である。確かにこの拳で打ち込んだ部分の性質は打ち消せるだろう。だが、それはこの左腕の拳が当たったものだけである。左腕の拳以外で会長の肉体に攻撃をぶつけてもダメージは流される。おまけに、

「!」

「”防刀”!」

 とっさに両腕を十字に組み蹴りの威力を地面へと逃がす。解除したくなかった本当の理由はこれである。両腕に付けていた鎧代わりの力。それを外すということは生身で爆撃の中へと飛び込むのと何ら変わりない。

「体極流”雷電”!」

 左腕による一撃を会長へと叩き込む。そのまま流れに任せて頭を押さえ、鳩尾へと膝蹴りをぶつける。だが左腕の攻撃だけが唯一手ごたえがあり、他の部位で攻撃すればやはりダメージが入っている感覚がない。

「ふふ、攻撃の手が緩んでいるわよ?」

「うるせえ!」

 放った”真突一閃”は、しかし会長の顔の横をすり抜けただけに終わる。そして会長の蹴りによって俺はアスファルトに叩き付けられる。

「うぐ・・・ぁ・・・」

 体のあちこちを強く打ち付けたせいで真面に立つことができない。会長を見据えると相変わらず白い面は何の変化もしないが、不気味な笑いを浮かべていることだけはわかった。痛みに耐えながら立ち上がる。しかし、立ち上がったところでもはや満身創痍であり構えを取ることすら満足のいかない状態であった。

「その状態で私にまだ立ち向かおうだなんて、愚かにも程があるわ。自分の力量すら測れないほどあなたもわからずやではないでしょ?」

「さあな、どうだろうな」

 そしてここに来てようやく時間が経過した。左腕全体に赤い幾何学模様が浮かび上がる。

「その状態でその力を行使するのは危険じゃないのかしら?」

「・・・・命かけてでも取り戻すって決めたもんがあるんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう。だったら、取り戻せないでここで死になさい!」

「ぅ!」

 間合いを詰めながら放たれた拳を強化した左腕の”防刀”で防ぐがさきほどよりも圧倒的に強い力でもって攻撃してきた。後方に大きく吹き飛ばされながら足に力を込めてその場で態勢を維持する。

 追撃のために会長が眼前に迫る。

「やっと引っ掛かってくれたな」

 会長の拳が俺の顔へと当たる直前、稲光が会長の身体へと直撃した。

「!!」

 声にならない声と共にその場に倒れ伏す会長。身体に視認できるほどの電気が時折弾ける。

「こ・・・れは・・・」

「隠し玉だよ」

”煉獄の焔”の奥義”晴天轟雷”。この腕の状態と特殊条件下でないと使えない。

 焔が電撃を引き寄せる特性があるのを利用して空気中の静電気を”煉獄の焔”で吸収、収束、放電する技である。

 しかもこの技は空が晴れていなければ使うことができない。故に”晴天轟雷”という名を持つ。

「なるほど、本名寺さんとの戦いの時に使わなかったのは、雨だったから・・・」

「ああ、これが使えていればもう少し楽だったかもしれないが、所詮は結果論だ」

 会長が仰向けになりこちらを見据えてくる。白い仮面がただ異質さを放ち、背筋を冷たい汗が流れていく。

 仮面を破壊すべく手刀の構えを取り、一思いに振り下ろした。


 私が彼に惹かれたのはいつからだっただろうか。母親によって幼いころから泣くことを許されず、ひたすら耐え続ける毎日。そんな日々のせいだろうか。やがて私は泣くことを忘れてしまったのかもしれない。

 ある日、学校の生徒会長となった私は周囲からの期待を一身に背負いいつの間にか放課後も1人で作業をしていることが多くなっていた。偶然だったのかもしれない。普段は学校の自販機など使うことはないが、疲れから何か飲みたいと思い自販機のある中庭へと向かった。

 コーヒーを買いながら柱に背を預け溜息を吐くと、

「会長もため息なんかつくんだな」

「・・・あなたは・・・」

 不意に隣に現れたのは同じように自販機で何か買いに来たのだろう。同じクラスの男子だったことは覚えているがほとんど話したことがないせいでよく覚えていない。

「橘由一だよ」

「ああ、橘君ね。で、完全下校時間過ぎているのに何をやっているの?」

「忘れ物取りに来たんだけど、急いできたから飲み物ほしくなってな。てか、そういうアンタこそ何やってんだよ」

「色々よ。会長は何かと忙しいの。明日までに先生方に回さないといけないものもあるの」

「・・・あんた損する性格なんだな」

 そういうと橘君は私へとあることを提案してきた。

「その仕事俺にも手伝わせてくれよ」

「は? 貴方生徒会の人間じゃないのに何を言っているの?」

「良いんだよ。損している奴に手貸してやらないなんて後味悪いし」

「だから、誰が頼んで・・・」

「俺がやりたいからやるって言ってるんだよ」

 その言葉で私は何かを言い返す気が無くなってしまった。そして橘君はその夜、仕事が終わるまで私の仕事を手伝ってくれた。学校を出ることが出来たのは9時を過ぎたあたりだった。

「悪かったわね、あんなに長引くなんて思っていなかったから・・・」

「いいよ。どうせ今日は何も用事ねえし」

「・・・なんで手伝いなんて言い出してくれたの?」

「あ? 自分ができることをやるのに理由とかいるか? 一人で背負うにしちゃ重すぎるだろ。もう少し周りを当てにしたり、断っても誰もお前のこと責めたりしねえよ」

「・・・私は自分の力でなんとかするように教え込まれてきたのよ。今更誰かに頼むなんて・・・」

「そっか。ならお前が周りに頼ることができるようになるまで俺はお前の手伝いをやるよ」

「は? だからなんで・・・」

「それはもう言ったぞ?」

 その言葉で彼が私の手伝いをすると言った時のことを思い出した。

”俺がやりたいからやる”

 その言葉を思い出して思わず笑ってしまった。久しく流れなかった涙が頬を伝った。

 そして彼はそれからというもの私が心のどこかで助けを求めている時に声をかけてくれた。妬みで私を孤立させようとしてきた学生たちとの交渉も彼がいたからうまくまとめることが出来た。

 そんな私を助けてくれる彼のことを知りたくなり知り合いに頼み少しだけ彼の過去を嗅ぎまわった。それがいけなかった。

 彼の出自が少しだけ特殊なことも、何より愛する女性がいたなんて知りたくもなかった。


「!」

 振り下ろした手刀は直前で会長の腕によって防がれた。いや、本来ならば会長は動けるはずがない。いくら肉体を変質したところで所詮は人間である。あれほどの一撃を受けて無事なわけがない。だというのに止めた。

(なんて、握力だ。手が潰される!)

 急いで手を引き抜く。掴まれていた部分が軋むような痛みを発していた。

「お前、誰だ!」

 壊れた糸人形のように不気味な起き上がり方をする会長の体。だが顔についている白い面が先程とは違う姿を取っていた。

 そしてその不気味な顔をこちらへと向けてきた。

「私は、誰だと思う? ヒッヒッ」

「・・・”鬼の仮面”か」

”鬼の仮面”。悠が持っていた”刻の欠片”、忍の持っていた”奈落の花”と同じく”五つの凶器”という河隅市の伝承の一つである。あらゆるものに変身し、身体を変化させることができる。そして使用時間を重ねれば重ねるほど使用者の精神を乗っ取りやがて完全に奪い去る。

「この娘の精神力は大したものだ。私が乗っ取ろうとしても今まで城塞のようにびくともしなかった。お前がこの娘の心を揺らしてくれたおかげで身体をもらうことができた。感謝しているぞ?」

「悪いが、お前に感謝されるいわれはねえんだよ」

 構えを取り、戦いの意思を示す。会長を止めるために戦っていたのにこの化物はそれを横から掻っ攫っていった。あたかも当然だと言わんばかりに。

「会長は返してもらうぞ」

「ああ、いいぞ・・」

 その言葉とともに”鬼の仮面”が目の前から姿を消し、

「俺に勝てたらの話だがな」

「!」

 鋭い拳の打ち上げを放ってきた。咄嗟に両手で防ぐが勢いと膂力の強さに押し敗け宿屋の窓を破壊して中へと転がり込む。

「ぐ・・・ぅ・・・」

「ははは、仮にも”鬼の仮面”と言われているのだぞ。膂力でも人間よりもはるか上を行くに決まっているだろうがこのタコめ」

「くそ・・・この野郎が!」

 室内へと入り込んできた”鬼の仮面”目掛けて”鎌狩り”を放つが、

「それで攻撃したつもりか?」

「そんな、なんで・・・」

 効いていない、という言葉が続かない。相手の鋭い蹴りを咄嗟に防いだせいで横へと大きく飛ばされる。戸棚を壊し、頭を押さえながら相手を睨み付ける。

(なんて怪力だ。さっきの拳も蹴りも鉄板の上から鉄槌でも叩き付けられてるみたいな衝撃だ。まともに喰らえば一撃であの世だ)

 この相手に今日だけで二度も奥の手を使わされることに苛立ちを覚える。だがそれ以上にやるせないのはそんな相手にここまで追い込まれている己の実力不足だった。息を整え、そっと腰を落とし構えを取る。

「なんだ、その構えは。貴様の体極流なんぞという流派にはない構えのはずだが?」

「ああ、この構えはない。これは今からお前を全力で倒すための構えだ」

 その言葉とともに全身が熱気に包まれる。目の前の怪物は膂力でも、技でも俺を上回っている。勝つためには代償を払ってでも追いついて、追い越して勝つしかない。

 会長相手には両手でやっと届いた。ならば目の前の怪物を叩きのめすにはそれ以上の力が必要だ。

「”煉獄の焔舞・改メ”」

”煉獄の焔舞”を両足にまで伸ばした戦闘形態。先程よりも戦闘時間は格段に短くなるうえこの形態では”晴天轟雷”を真面に使うことすらできない。不都合ばかりで何もいいことがないが両手両足の膂力は格段に跳ね上がる。それは攻撃力であり、防御力であり、速力である。

「私に勝つために両足の膂力も強化するとはな。だが、それでも私に届くかは疑問だがな。小僧」

「言ってろよ。お前に勝つためなら代償くらい払ってやる」

 そしてわかりやすい構えを取る。今日だけで何度も打ち込んでいる”雷電”のそれだ。相手も分かりきっているとばかりに小馬鹿にした笑いを浮かべている。

 だがその笑いも次の瞬間には驚愕へと変わっていた。顔面を鷲掴みそのまま家の壁を突き破り向かいの建物へと叩き付けたからだ。

「な・・・んだと・・・」

「余裕こいてると何も言えないままあの世に逝くことになるぞ」

 実際そのつもりだ。相手には何も言わせない。何もさせない。その息で目の前の敵と対峙している。この怪物相手に出せる手札は全て切った。これ以上は何もない。

 完全に無い訳ではないが、ここで切ってしまうことができない物しか残っていない。故にこれが俺の出せる全力だ。

「いくぞ!」

 そして次の手へと移る。踏み込みの勢いだけで”鬼の仮面”へと肉薄する。拳と蹴りの一撃で家の壁を、アスファルトを粉砕していく。

「”鎌狩り”! ”砕破”! ”月花”!」

 三連撃にも及ぶ技を叩き込む。思考を奪う。隙を作らせない。次の一手を決して打たせない。その勢いでぶつけていく。

「体極流”氷牙絶刀”!」

 背中の筋肉を収縮させ両腕を勢いよく前へと突き出す。浸透系最大の威力が決まる。

 地面へと体を数度打ち付けるとそのまま勢いよく転がっていった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

”煉獄の焔”で強化されているのは筋力と血管のみだ。体力までもが上がるわけではない。連続技と体に負担がかかりやすいものを撃ちこんだのだ。息が切れてしまう。

”鬼の仮面”は身体をふらつかせながら、怒気に満ちた視線をこちらへと向けてきた。

「小僧が!!!」

 咆哮が空気を震わせる。周囲の窓が音を立てて揺さぶられる。そして気づいたときには正面からすさまじい勢いで放たれた拳がぶつかる。

「ぅぐ・・・・ぶは!」

 胴体へと減り込みながら放たれた”鬼の仮面”の一撃に血反吐を撒き散らしながら吹き飛ばされる。

「・・・ぅ・・・・ぶえ・・・ぁ・・・ぐぅ・・・・あ・・・・」

 地面に血の池が出来上がる。咄嗟に後ろへ飛んだことが功を奏した。致命傷にはなっていなかっただろうが、

(意識が・・・)

視界が揺らぎ立ち眩みを起こす。それでも構えを取る。思考がまとまらず集中しきれない。

「体極流”真突一閃”!」

 右腕による刺突を放つが回避され背中に一撃を食らう。

「お前が勝てるはずがなかろう」

 上から気配を感じその場から転げるようにして回避する。

 床へと刺さった腕をさすりながら”鬼の仮面”がこちらへと一瞥をくれる。

 四肢に纏った焔が点滅を始める。集中力も体力も底を尽きかけている。終わる前に何としてでも相手の懐に入る必要がある。

 意を決し”鬼の仮面”へと突っ込む。互いに相手までの距離はほぼゼロ。そして同時に拳が顔面に入る。踏ん張り第二射を放つ。またもや顔面に入る。それもお互いに。そこからは殴打の嵐だった。拳に残るのは相変わらずゴムのように打ち込んでも手応えのないものだった。だがある一打がそれを覆した。

 その一打はただの一打だ。何にも変わらない。そのはずだった。

「う、ぐ・・・」

 苦痛にもだえる表情を浮かべながら”鬼の仮面”は後ろに大きく後退した。

「・・・やっと効いたか」

「何をした・・・」

「何も。たださっき打ち込んだ技に一つだけ遅効性のものがあっただけだよ」

 体極流”氷牙絶刀”その骨頂は両手で打ち出す破壊力ではなく放たれ打ち込まれた場所から神経を破壊していくことにこそ意味がある。

 目の前の敵は肉体を弄り回しおよそ打撃技というものが効かないようになっている。であればどうすればよいか。確かに打撃技を大量に打ち込んで肉体に強制的に認識できるようにするという方法もある。だがそれは相手が自分よりも早く動くことがない場合だけだ。こちらよりも機動力が上の相手にその技を持ち込んだところいくら打ち込もうとしても先手を打たれる。

 そしてその解決策として考え出したのがこの技だ。

「今更体を弄ろうとしても無駄だぞ」

「ぐ・・」

 ”鬼の仮面”の変身能力は神経に流れている電気信号を伝い全身の筋肉、皮膚へと伝達し変化させている。恐るべき能力ではあるが、その神経にダメージを与え切断、断絶させたのだ。いくら回復させようとしてももう遅い。

「もう・・・お前に次はねえんだよ!!」

 両足の焔が両腕に戻る。右腕の焔が左手に還元されるのも十秒を切っている。

「終わりだ!! 体極流”鎧刀粉砕”!!!」

 残りの気力を振り絞り全力の連打を叩き込む。相手の肉体がこちらの威力を受け流すよりも早く、早く、早く、早く、

(もっと早く!!!!!)

 止めの左拳が”鬼の仮面”の胴へと減り込む。”煉獄の焔舞”が解除されるのと拳が直撃するのはほぼ同時だった。”鬼の仮面”は地面へと落ちあとに残された会長の体は、

「・・・悪い・・・」

「謝らないで・・・よ」

 全身から血を流させてしまうこととなった。筋肉と神経を断裂させるほどの猛攻を与えたのだ。当然その後どうなるかも予想していた。そしてその結果がこれだ。

 ゆっくりと会長の身体を床に横たえると、ひび割れが広がっていた”鬼の仮面”を砕く。

 こうして北宮家が治めていた地での死闘を潜り抜けた俺は会長を背負い棄てられていた自動二輪車を拝借してある場所へと急いだ。


「・・・由一さん。私は貴方の協力者ではありますが便利屋ではありませんよ? その辺を分かっていて頼んでいるのでしたら最低です」

「悪かったって言ってるだろうが。万が一に備えていてくれたのには感謝しているからよ」

 バイクで一時間ほど走った場所にある小ぢんまりとした病院。その病院の病室を一つ借りる形で会長の治療を施した。

「ひとまず全身の筋組織と血管は修復しましたが断裂した際のダメージが蓄積しています。なにかしら後遺症は出るでしょう」

「そりゃそうだろうな・・・」

 会長の命が一先ず繋がりはしたが予断は許さない状態だ。

 だが会長がこんな姿になりこそしたが収穫はあった。

「さてと。もう一仕事するか」

 懐から出した包み。そこには砕けた”鬼の仮面”が入っていた。

「まあ、十中八九間違いないとは思いますが確認するに越したことはないでしょう」

「ああ、頼めるか?」

「そのために私は来たようなものですからね」

 そして欠片を楓に渡すと、その場で札を欠片へと翳す。

「・・・やはりですね。この”凶器”たちには一種のネットワークが張り巡らされています。恐らく今回の先輩との戦いで先手を打たれる形になったのは・・・」

「前の二人との戦いで俺が”終焉の焔”と体極流の技を見せていたからか」

”鬼の仮面”をつけていた会長がこちらの手を呼んでいるような素振りが何度かあったこともあり不思議に思い楓に連絡したのだ。そして今回のこの結果は予想していた中で最悪だった。

「・・・伝承通りなら残りの二つは今回先輩が戦った”鬼の仮面”より強いです。間違いなく今回のようにうまくはいかないでしょう」

「今回のように、なんて言ってくれるけど割と危ない橋渡っていたんだからな」

 万が一のことを考えなるべく手札を切らないようにした。だがその結果があの苦戦だった。

 技も見切られ、能力まで解析され始めている。真綿で首を絞められるように確実にこちらの息の根を止めに来ている。

「・・・悪い、会長のこと任せてもいいか?」

「何処に行くか、は聞かない方が良さそうですね」

 その言葉に頷き、病院を後にする。今自分にできることを考えれば行く場所など自ずと定まってくる。


 河隅市につく頃には日が落ち辺りは闇一色となっていた。

 慣れ親しんだ道を襤褸のバイクで駆け上っていく。窓から明かりが漏れているのを確認し、部屋へと入る。

「こんな時間に来るとは弟子にしては随分と態度が大きくなったな」

「申し訳ないです師匠。ですがどうしてもお願いがあってきました」

「ほう? なんだ?」

 師匠の前まで進みその場で頭を下げる。

「俺に体極流の奥義を教えてください」



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