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終焔伝  作者: 高崎 龍介
3/10

二ノ巻「奈落の花」

時間かかりましたが第二話を投稿します。

よろしければ是非楽しんでください。


 悠の”刻の欠片”が解決してから二週間後。俺は無事に退院できたが悠は未だに入院したままだった。

 担当医のあの先生がうまく親と瑠奈に話をしてくれたらしく、どのような説明をしたかは分からないが親御さんから涙ながらに感謝されたことだけは確かである。

 そんなわけでいつもと違い部室には僅かな人数しかいなかった。

「先輩は悠ちゃんのお見舞いいかないんですか?」

「恩着せがましくそう何度も病室に行くのは失礼だろ。それに腕を手術したばっかりなんだ。傷口がしっかり塞がるまで待った方が悠も気を使わなくて済むだろ」

 これから見舞いに行くというのは何となくだが雰囲気で察したが、入院中に悠と会った際に内心気まずさで吐き気がしてきてしまったこともあって足が中々赴かない。それ故に忍の言葉に半ば嘘を吐きながら言い訳を残す。忍は無関心なのか、それとも腹を立てたのか分からないが特に返すことなく荷物を手に取り、

「じゃ、そういうことにしておきます」

 扉を閉める乾いた音だけが響く。残された俺は窓の外に視線を向ける。

 梅雨にはまだ早いがこの一週間は雨が多い。そのせいだろうか遠くの空には黒い雨雲がかかっている。

(そういえば、忍と初めて会ったのもこんな日だったんだっけな)

 そんな感傷に浸ってしまえる自分を心のどこかで皮肉に思っているもう一人の自分がいた。


 日も暮れ始めようとしてきたとき忍は悠の病室へと到着していた。

「どう? て、怪我人相手に言うのもおかしいか」

「気にしなくていいよ。綺麗に切れて塞がってるし、無いものは無いんだから」

 そう言いきってしまえる悠に対して忍は”強い”と感じていた。事故で右腕を切断したと聞いたときは失礼だと思いながらも悠の人生はこれで終わりだと思っていた。元々病弱だったのに追い討ちをかけるように事故に遭っている。だからだろうか。悠はそういう不運の下に生まれたのだと勝手に思い込んでしまったのかもしれない。

 今もそうだ。他愛のない話をしておきながら心にも思っていないことを眼の前の少女に話している。

(私、薄情だったのかも・・・)

 いや、元からかと忍は思い返していた。他人の幸せを妬み、羨み、

(壊れて欲しい、て思っているなんて皆考えないよね)

 それは彼女がずっと胸の内に抱え込み、由一に助けられたことで封じ込めた彼女が唯一持ち続けた憎悪という”感情”だった。

「忍ちゃん?」

「あ、ううん、ごめんね? 用事思い出したからそろそろ帰るね!」

「あ・・・・行っちゃった。お見舞いの果物、少し持っていってもらおうと思ってたのに」

 ただ振り返らずに忍は病室を飛び出していった。悠の言葉はただ虚しく部屋に響くだけだった。


 病室を後にした私は日が暮れて暗くなっている道を歩みながら今日のことをずっと振り返っていた。自分が昔の自分に、戻りつつあることを自覚して。

「私って変わらないな。・・・変われないよね、そんな簡単に」

 どんなに助けられたところで心に負った傷は癒えず、夢見ていたモノは帰ってくることもない。もっと言えばそれは今なお膿となって私の中にずっと残ったままだ。

「先輩・・・」

 病院を出る時にはあれほど晴れ渡っていた空は暗く重たい雲で覆われ大粒の雨を落としてきた。この雨で心が洗い流されればどれだけ幸せだろう。人間一度心に抑え込んでいたモノが溢れだすと抑えが効かなくなるものだと分かっているのに止められない。汚い、どこまでも穢れきっている自分が恥ずかしく思えてきた。友人が頑張っているのに内心なにも思えないままずっと話していた。目の前の少女が純粋で何も知らないことに憤りを覚え、自分と同じ目にあえばいいのにとさえ思ってしまった。

「う・・・く・・・ぅあ・・・!!」

 胸が張り裂けそうだった。相手を想えるのに、自分が汚い存在だと考えれば考えるほど頭の中はごちゃごちゃと混ぜられ、呼吸が荒くなっていく。

「その歳でこうも穢れているとはな。久方ぶりに見たものだ」

「・・・ぇ」

 目の前に立っている黒ずくめの男は傘を差しながらその深い闇を思わせる瞳を私に向け続けていた。

「他者の幸せを願っていながら妬ましくて仕方ない。欲しいものもあるというのにまったく手に入れようとしない。貴様はどうしようもなく崩れ、壊れているがどうにかしてでも縋りたいのだろう? ならばこれをくれてやろう」

 男が差し出した手には向日葵の種ほどの大きさの種が転がっていた。ただ黒々とした光を放つその種を私はずっと見つめてしまっていた。手にしてしまえば後戻りできないと分かっていながら。

「穢れていると思うのならば、どこまでも堕ちてしまえ。あの男と、な」

 差し出された奈落への扉に手を掛けたのだった。


 自宅で自炊をしながら今日の忍の様子を思い返していた。

 どうにも煮え切らない、というよりも何かを隠しているようで仕方なかった。元々、そういう態度だったと言われればそうとも言えなくはない。

 しかしそれにしたってあそこまで淡々としている忍を見たのはそれこそ彼女が家出をした日以来と言える。達観、というよりも何か後ろめたいものを隠し、悟らせまいと必死になっているかのようだった。

 自分はどうしたらいいのか見当がつかない。むやみやたらに動いても忍にどのように影響してくるのか分かったものではない。出来上がった夕食を一人でつまみながら解決案がないかと考えるが思考は纏まるどころか混乱の一途を辿っている。すると玄関から誰かが入ってくる気配があった。

「お邪魔します、て相変わらず寂しそうに食べてるわね」

「こんな時間帯に何の用ですか? 霧果さん」

 管理人である霧果さんが何やらタッパーに詰めてきたのだ。

「それは?」

「あぁ、マリネよ。サーモンの。作り過ぎたから由一君にもどうかなって」

「なんかすみません。いただきます」

 やはり一人暮らしをしていると料理も手早く済ませられるものが中心になってくるので偏りがどうしても出てきてしまう。しばらく酸味が効いたものは作っていなかったから余計に食欲をそそられた。俺とは反対側の席に座りながら霧果さんは頬杖をつく。

「一人なのによくご飯作れるわね」

「健康な体は健康的な食事っていうでしょう。灯さん、料理とかダメだったから今更作らないっていうのもなんか心地が悪くて・・・」

 修行などで疲れ果てた時は作らない、というか作るどころか食べる気力すら残っているかどうか怪しい。

 故にこういう何でもない日常の時に作る癖を作っておけば多少はまともな生活になるというものだ。

「私たちの世代の男の子なんて料理は女がするものだ、なんて言ってたのに時代は変わるものね」

「年寄り臭いこと言わないでくださいよ。二つくらいしか変わらないのに」

「最近はあちこち身体中にガタが来ているから歳を馬鹿にできないわ」

 まるで我が家さながらに番組権を奪われる。適当に回しながら霧果さんはこちらに視線を向けもせず、

「何かあったの? 女の子絡みとか?」

「・・・思うんですけど、女性って何か特殊能力とか持っているんでしょうか?」

「もうそう言っている時点で隠し事しているのを認めているようなものよ。本当に女の子絡みなのね」

 灯さんと同棲していた時もそうだが隠し事をしていてもすぐにバレる。挙動でバレているのかと思ったが何人かは分からない面子もいたことから本当に近しい人以外はわからないのかもしれない。

「まあ、女子絡みと言えばそうです」

「・・・この間の件はチャラにするけど今回のは未然に防いでよね」

「そうしたいところですよ」

 だが打つ手が思い浮かばない。生憎と先ほど何回か電話とメールを送ってみたもののまるで返信がない。

 一度買い出しついでに家の前を通っても見たが帰宅している様子がない。

 完全にお手上げ状態である。

「ふぅん、どうにかしたいけど相手の居場所が分からないから打つ手がなくとりあえずいつも通り過ごしながら考えることにしたと。大方この辺りでしょ?」

「本当にお見通しですね」

「ま、伊達に何年もアンタらのお守りをしてないからね。普段通りの作業をこなしていれば見えてくるものもあるけど、ある意味じゃそれは思考放棄ともいえるわ」

 言われるまでもない。考えようとしても結局次の手を出せずにいる。悠の時のようなことを防ぐには何としてでも忍の居場所を突き止める必要がある。

 ひとまず夕食の片づけを済ませると、ハンガーに引っ掛けて置いたジャンパーに手を伸ばす。

「出かけるの?」

「家の中で考えていても仕方ないんで散歩ついでに考えることにします」

「・・・鍵は?」

「開けておいても大丈夫ですよ」

 俺はそう言い残して部屋を後にした。

「あのバカ。携帯と財布も持たないでどうするのよ」

 霧果さんのそんなつぶやきが俺に届くことはなかった。


 とある研究所の地下に閉じ込められている黒い化け物”凶鬼”はその巨体を揺らしながら眠りについていた。

 北宮京によって肉体の一部を持ち去られてからというものこうして休みを取らねばまともに生命維持もできなくなっているほど衰弱していた。かつては大妖怪の一体として暴れまわっていたというのに何とも情けない話だと感じ取りながらも休息をとっていた。

(一つは壊れたか。あと四つほどあったと思うがはてさてあの小僧に壊すことができるかどうか)

 己の肉体から生み出された負の遺物がどうなろうが知ったことではないが。それと相対している少年が僅かばかりに気がかりになっていた。

(いくら無効の力を持っていたとしても勝ち目は薄いだろうな。ま、死んでしまえばそこまでの男ということか)

 だがこの妖怪の僅かばかり残った良心がいらぬ心配ばかりだとすぐさま眠りについた。


 夜の道を歩きながら自宅に携帯と財布を忘れたのに気付いたのは家を出てから20分ほどしてからだった。目的もなく考えもまとまらないまま歩き続けていれば小腹も空くし、喉も乾く。自宅へ引き返そうとしたとき俺の視界がそれを捉えた。

 右肩に乗った巨大な物体。そしてそこから伸びたまるで触手のようなもの。

「薔薇の・・・花」

 人の顔ほどのサイズにまで巨大化した花のつぼみ。さながら食虫植物のような外見をしていた。ただ牙と舌を有している点を除いて。

「先輩、こんばんは」

「お前から来てくれるなんて思ってなかったから驚いたよ」

「そうですか? なら嬉しいな」

 その笑みは歪んでおり額に嫌な汗が流れる。

「先輩は私をいつも探してくれるんですね? いてほしい時にいてくれる。まるで漫画に出てくるようなヒーローですよね」

「生憎、俺はヒーローになんてなりたくないね」

 構えを取り、全身で気配を探る。

 忍の肩に乗った薔薇の花は動きを見せないが、足元から何かが来るのを感じ背後へと飛び退く。

「くそ・・・なにを」

 恐らく人体を影にしてこちらへと攻撃を仕掛けてきたのだろう。

 次いで正面から鋭く伸ばした蔦を放ってくる。

「ぅ・・・」

 一本だけ躱してもう一本を左手の拳をぶつける。すると風船が割れるかのようにして丸ごと消滅した。

 しかし何もしていないはずの忍が胸を押さえてその場に蹲ってしまう。

(一体、何が・・・)

 すると先ほどまでしっかりしていたはずの歩調が突然体ばかりがゆらゆらと揺れながら進む様はゾンビのようだった。

「まさか・・」

 推測の域を出ないが肩にある花は、忍の生気を吸い取っているのかもしれない。だがそれならば人間の頭よりも一回り小さいサイズのつぼみにまで育てるにはミイラになるまで絞りつくされるはずである。それがないということは、

(あの蔦を再生させるために忍から生命力を奪ったのか・・・)

 それ以外考えられない。だとしたらこちらは圧倒的に不利である。

 左手以外で触れようとしても地面を穿ちながら進むだけの硬度を持っているのだ。

 そこに加えて薔薇の棘を彷彿とさせる棘があちこちにちりばめられている。触れた瞬間に消し飛ばせる左手か鎧でも着こんでこなければまともに遣り合うことは出来ない。

(分が悪すぎる・・・)

 意を決して一気に相手の懐へと飛び込む。蔦の乱舞を掻い潜り、忍の肩にある薔薇へと一撃見舞いその場から逃げる。

 後ろも振り返らずに近くにあった廃墟へと逃げこむ。

「さすがに追ってこれないか・・・」

 荒い息をしながら状況を分析する。

 攻撃こそ受けていない。前回の悠との戦いとは違いなんとか傷らしい傷は負っていないが前と同じように相性が悪い。

 神経質になっていたのか気を緩めた瞬間、一気に眠気が襲ってきた。

(見つかったら、どうしようか・・・)

 その考えを最後に意識を手放した。

 この時、あんな事件が起きるなど俺は想像できずにいた。


「先輩、逃げちゃったか」

 ふらふらとした足取りで彼女はその場から逃げた男の足取りを追おうかと思ったが、自分の足取りではもうすでに撒かれているだろう。逃げおおせた相手を捕まえることは思いの外難しい。どうしたものかと思案すること数秒。

「そうだ。先輩がこっちに来るようにすればいいんだ」

 あの男のことだ。どこかで自分が問題を起こせば必ず追いかけてくる。

 そしていざ場所であるがこれが意外と思いつかない。駅前は、人の目が多すぎる。商業施設は、ここから歩いていくには多少距離があり過ぎる。

「ああ、そうだ。学校・・」

 自分たちが通う学園であれば早朝に数人殺れば痕跡を残して彼に追いかけてもらえる。そして何よりあの場所からも近い。そう決めた忍の足取りはやはりふらふらとしたものだったが、先ほどよりもどこか軽やかだった。


 早朝、朝一で登校した生徒たちはまずその異形がいることに気付かない。携帯という便利なもので朝からインターネットの世界を歩き回っている。だからだろう。

 自分の頭が喰いちぎられるなどと思いもしなかったのは。

 そしてこのあと死体を見た女子生徒のあげた悲鳴によって事件は初めて人に知らされるのであった。


 まず起きてすぐに周囲の警戒と自分の四肢の確認をする。

 廃墟に入った形跡はない。あの歩行速度だと探し出すことが出来なかったのだろう。

(大人しく帰る、わけないよな。だけどあの姿で歩いていれば間違いなく人目につくはず・・・)

 道を歩きながら話している人たちの会話に耳を向ける。しかし、それらしい内容は一切上がってこない。代わりに高校の方で首なし死体が出たという会話がちらほら聞こえてきた。

(まさか・・・)

 自分の身を優先してしまったことでここまで被害が出るとは思っていなかった。

 己の愚行さに反吐が出そうだった。

 学校へと急ぎ足で向かうと既に警察が辺りにバリケードを張って事件を調べていた。

「あら、遅い登校ね」

「悪かったな。寝坊だよ。で、一体何があったんだよ」

 近くにいた近衛に話を聞く。既に聞いてはいるが改めて確認しなければ主観に頼っては必要なものも見えてこない。

「朝、登校した生徒が死体で発見されたんですって。全員靴を履き替えた直後らしいわ」

「昇降口か。何で死んだんだ?」

「さあ、犯人も凶器もまだ分かっていないけど頭が無いんですって。まるで鰐とかに食われたみたいって聞こえたわね」

 鰐に食われたみたい、その言葉で昨晩見た忍にとりついていた花を思い出す。

(あの怪物・・・)

 そう考えた瞬間、その場から駆け出していた。これだけの惨状を生み出して去って行くということは彼女はどこかで待っている。それも俺しかわからない場所で。

「ちょ、どうしたのよ!」

「悪い! 先生には休むって言っておいてくれ!」

 そのままある場所を目指す。あの日、忍と初めて出会った場所。

 彼女の祖母の家へ。


 朝はあれだけ晴れ渡っていた空。それが今では私の心を表すかのように黒い雲が一面を覆い大粒の雨を降らせていた。

 田舎ともいえる河隅市でも農家が多く暮らす場所に私の祖母の家はある。いや、正確にはあったというべきだろう。私が中学に上がると同時に祖母は他界した。

 家はその際に父親が相続したが年に何度も来ない。精々墓参り程度だ。だからだったのか。私は祖母の家を自分のもう一つの居場所として毎日のように通っては手入れし続けていた。あの日のままにするために。だが今になってはそれももうどうでもよく感じ始めていた。

 庭先で空を見上げていると不意に後ろから誰かが歩いてくるのを感じた。

「先輩、よくこの家の場所覚えていましたね」

「・・・ああ」

「やっぱりあの日の事覚えていてくれたんですか?」

「・・・忘れられることでもないからな」

 先輩はどれだけ私が穢れていても目を背けないでいてくれた。友人に言えなかった。ただ通りすがっただけのそんな男の人。本当なら関わることもなかった人が私にとって救いの王子様であり、

「先輩、今度こそ私を・・・壊してください(助けてください)」

 私を壊してくれるたった一人の人だ。


 忍の肩から生えた花は今なおこちらに牙を剥きながら蔦上の触手をゆらゆらと動かしていた。

(コンクリートも貫通するだけの鋭さと硬度。この前の悠が造った槍よりかは威力も速度も落ちているだろうけど、生き物のように動くからあれより厄介だな)

 槍なら直線状から避ければいい。だが相手の蔦はそうはいかない。

 こちらの動きに合わせてこられれば間違いなく殺される。仮に避けても捕まれば終わりである。

 もっと言えば予想の域こそ出ないが、こちらにはハンデも化されている可能性がある。

(・・・左腕で蔦を消し飛ばせば、忍の命に関わる)

 奈落の花の生命線は忍の命と同義である。相手はそれを分かったうえで忍の命を盾にしている。

「くそ野郎・・」

 頭に血が上るのを呼吸を整えることで落ち着かせる。

 庭に植えられた松や石を利用をして奈落の花の蔦を躱していく。木の幹どころか石すらも軽く貫通するその威力に冷や汗をかきながら動きを合わせ、

「!」

 忍目掛けて拳を振るう。確かな手ごたえを感じると同時に拳に違和感を覚える。

 地面からさながら忍を守る盾のようにして突き出た数本の蔦。そのうちの数本の棘が拳に突き刺さっていた。蔦を伝いながら暖かい血が流れていく。

 拳から伝わってくる痛みに耐えながら目の前の花を睨む。目こそないものの大きく開かれたその口が下卑た笑みを浮かべているようだった。

 拳を開き掌底を打ち込む。折れるようにして蔦の壁は倒れる。横薙ぎにして振るわれた蔦が顔近くまで迫る。

 足の力を一気に抜き体勢を崩して回避する。髪の毛数本が切られるが顔面を粉砕されるよりましである。

「体極流”真突一閃”!」

 足に力を入れなおし無理矢理姿勢を正したうえで右腕による至近距離の刺突を放つ。奈落の花の下あごへと直撃し鮮血をあたりにまき散らす。

「あぁぁあああぁあああああああああああああああああがががああああああああ!!!」

 同時に忍も絶叫を上げる。一瞬胸を引き裂かれそうな想いになるが間髪入れずに左腕も刺突の構えで刺し込む。

 業火が花を襲うが下から薙ぎ払うようにして放たれた一本の蔦が胴に深々と減り込む。

「ぶ・・・ぁ!」

 振り払われただけのそれはあまりの威力であり、胃からせり上がる不快感が止まらない。

 おまけに自体はさらに悪化の一途を辿っていた。先程刺突をくらわしおまけに左腕で焼いたせいか”奈落の花”は忍の身体から自身の回復に必要な分の栄養補給をしていた。

(くそ、失敗した・・・)

 細心の注意を払ったとしても意味などない。だが忍の命を省みない技では俺自身の手で忍を殺すのと大差ない。

”奈落の花”を完全に消滅させるには忍の肩から体内に侵入している根ごと消し去るしかない。肩ごと抉り出す、先ほど同様に左腕で消失させるかのいずれかしかない。

 左腕へと視線を落とす。消滅させようにも一瞬で仕留められはしない。”奈落の花”を消し去るためには最低でも十秒以上の時間が必要になってくる。先程のように一撃をもらえばこちらで堪えられるものでなければ今度こそ忍の命を奪ってしまう。

(仕方ない。こんなところで出すのは少し癪だけどやるしかないな)

 右の親指を噛み切ると左腕へと血を垂らす。左手の焔が激しく燃えだすと左腕全体へと延びていく。

 虚ろな目を向けていた忍と”奈落の花”がこちらへと視線を向けたまま動かずにいる。

「見せてやるよ。”終焉の焔”第一封印解除。”煉獄の焔”発動」

”奈落の花”は声にならない叫びと共にこちらへと蔦の束を伸ばしてきた。今度は手加減などしない。一本一本に手刀と蹴りを叩き込んでいく。

 花が叩かれた蔦を再び振おうとしたのだろう。しかしぴくりとも動く気配がなく花本体へとこちらの拳がぶつかる。

「疑問か? は、自分で考えろ!」

 花は抵抗しようと蔦を伸ばそうとするが本体に左腕が叩き込まれるたびに動かせなくなっている。当然ともいえる。

”終焉の焔”の第一封印解除形態”煉獄の焔”とは簡潔に言えば『あらゆる物体の膂力を零にする』である。

 物体の運動によって生じるエネルギーを触れた瞬間に奪い去り完全に停止状態にする。人間でいえば脱力状態にする。

 もちろん完璧に奪いきれるわけではない。心臓など生命活動に必要な最低限の膂力は奪い去ることは出来ない。否、出来なくはないが触れた瞬間に奪い去れるのは触れた部分の膂力のみであり、それ以外の力を奪い去るには触れ続ける必要がある。

 だが彼女を助けるにはこの力以外にはない。まったくの無抵抗の状態で殴られ続けた花から距離を取る。姿勢を低く構え両手を前に突き出す。

「忍、今助けてやる」

 全身から力を一気に抜くと同時に入れなおす。零から百への膂力の伝達によってはじめて発動できる技。

「体極流”雷電”」

 高速移動からのアイアンクローで奈落の花のつぼみを鷲掴み家の壁へとぶつける。

 壁一面に飛び散る鮮血。”奈落の花”が痙攣をおこしながらも忍から生命力を吸い取ろうとする。

「させるかよ」

”煉獄の焔”を解除し”終焉の焔”へと戻す。するとたちまち花全体を焔が包み込み瞬く間に燃やし尽くしていく。

 今まで花によって操られていた忍はそのやせ細った体を俺の方へと倒してきた。

「・・・ぁ」

「忍・・・」

 虚ろな瞳で俺の顔を見上げる。

 しかし忍の目が白を向いた瞬間、本来ないはずの鋭い牙を生やした口で俺の首筋へと噛み付いてきた。

「ぐ・・・」

 肉を抉り取ろうとしているのだろうが弱り切った忍の顎では歯を食いこませるのが限界だった。

 左手をそっと忍の頭に当てる。すると彼女の全身を焔が包み込んでいく。

 断末魔の叫びのように甲高い女の声が遠くに聞こえた気がした。

「忍、お前はもう誰も恨まなくていいんだよ。自分のことも、お祖母さんのことも」

「・・・・ぉそ・・・ぃです、よ。せんぱい」

 か細く発せられた声はそれだけを残して雨音にかき消された。

 彼女の心に残っていた傷は少しだけでも癒えていればと願う。


 病院へと忍のことを担ぎ込んだ俺は主治医に治療を頼んだのだが、

「お前も怪我してるだろうが。助手にやらせるから手当てしてもらえ」

 その言葉とともにいつもの診察室に通された俺はあちこちにできた擦り傷や噛み傷のせいで涙が出るような治療を受ける羽目になった。

「痛い! そこ沁みるんですって!」

「黙ってなさいよ。ほら切り傷とかは終ったわ。次、骨の異常取るから」.

「は?」

「は? て何よ。その腫れ具合、最悪折れていてもおかしくないわよ?」

「本当かよ」

 文句を垂れながらもレントゲンを撮り、脇腹の骨が折れていることが分かった。おかげで一か月は修行どころか軽い運動も控えるように言われてしまった。

「生きているだけ儲けものよ。それにもう一つ朗報よ」

「朗報?」

「君が連れてきたあの子、無事に手術終わったみたい。ただかなりギリギリだったらしいわ。しばらくは寝たきりね」

「そう、なんですね」

 お互いに満身創痍の状態で病院に辿り着いたこともあって忍が助からない可能性を完全に失念していた。

「ま、今は自分の身体をきちんと治すことだけを考えておきなさいな」

「はい、わかりました」

 頑張っても限界がある。何事にもそうである。だが限界は超えていくものだ。

(第一封印を解いた。凶器も一筋縄じゃ行かない、てことか)

 理解していたつもりだった。

 強いことも、俺の常識が通用しないことも、いつか腕の力を解放していかなければいけないことも、俺が負けるかもしれないことも。

 全部理解したつもりになっていた。

 初めて常識が、強さが、通用しない相手にぶつかって理解させられた。

(もっと、強くならないと)

 だがここでも俺は失念していた。正確には理解していなかったのだ。もう次の凶器が俺の喉元まで手を伸ばしていることを。速く気付くべきだった。

 見て見ぬふりをすべきではなかった。


 深夜の病院。その廊下を一人の看護師が懐中電灯も持たずに歩いていた。すると向かい側から巡回の警備員がやってくる。

「ん? こんな時間に誰だ?」

 目を凝らすが瞬きをした直後、看護師は警備員の眼前まで迫る。

「な・・・」

 思わず声を上げそうになるが声を出すことは叶わなかった。警備員は自分が地面に倒れ込んだのも、視界が反転したのも理解できぬまま遠くで何か硬いものが砕かれるのを聴くだけだった。

「人間て脆いわね」

 看護師は足裏にこびりついた鮮血と肉片を不快そうに、それでいて心の奥では楽しんでいるかのように磨り潰す。

「さて、二つも壊されちゃったんだから。次は私かしらね」

 顔に手を当てた看護師。するとその顔面が能面のように真っ白い顔に変化し、彼女の顔から外れる。

「ふふ、楽しみね。由一君。貴方が何もできなくなるのが楽しみで仕方ないわ」

 白皇学院生徒会長。白皇院和泉。その手に持つあらゆる物に変身する”五つの凶器”の一つ”鬼の仮面”を携え病院を後にする。

 翌日、病院では警備員の殺害で大騒動となるが、原因は依然として謎に包まれたままとなる。物的証拠は何も上げられず、監視カメラ全てがその時間故障を引き起こし、数十秒後に何事もなかったかのように稼働したときには警備員が死んでいたのだ。

 そしてこの一月後。河隅市で史上最悪の大量殺人が起こるのをこの時、誰も予想だにしていなかった。

 唯一人、左腕に異能の力を宿した少年以外は。

拙い文になってしまいましたが、少しでも読んでよかったと思えるものを作って行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

第三話は五月ぐらいの投稿になると思います。

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