第四話 魔王は俺だ
「うわぁ、なんか昨日より顔色悪いね。死にそうだけど大丈夫?」
次の日の朝も、琴葉と顔を合わせたときにそんなことを言われた。
全然大丈夫じゃない。
たった一日で居場所を特定されたのだ。
今にも討伐隊がやって来るかもしれない。
昨日の夜から生きた心地がしなかった。
琴葉が俺の顔をみて「死にそう」だと言ったが大正解だ。
いつ殺されてもおかしくない。
「まぁ……、まだギリギリ生きてるよ……」
なんとかそう返すも作り笑いすら浮かべることができない。
そんな俺をみる琴葉の表情もひきつっている。
「心配事があるなら相談に乗るよ? ちゃんと話してね?」
琴葉はそう言ってくれているものの、俺の事情を相談するわけにはいかない。
でもその厚意は嬉しかった。
「ありがとう。どうしようもなくなったらちゃんと相談するよ……」
正直既にどうしようもない状況に片足を突っ込んでいる気もするが。
「できればどうしようもなくなる前に相談してほしいんだけど……」
俺の返答に、琴葉は困ったような表情を浮かべる。
善処するよ、とだけ返してこの話題を切り上げた。
それから一週間が経った。
自分が魔王だとわかってから毎日欠かさずニュースをチェックしているが、いまのところ捜査に進展はないようだ。
『人物探索』スキルとやらも、そこまで万能ではなかったらしい。
その点については少し安心できた。
この一週間は辛うじて学校には通っていたものの、それ以外の外出はほとんどせず、家に引きこもっているばかりだった。
家から一歩出ればそこは敵だらけなのだ。
そうなるのも致し方あるまい。
しかしそんな調子ではさらに悪循環に陥る。
日に日にやつれていく俺をみた琴葉や龍成に、本気で心配された。
このままじゃ討伐隊が来るまでもなく死ぬかもしれないな。
はははは……。
笑い事なんかじゃない。
たまたま休日だったので、俺は外出することにした。
食料もつきかけていたので仕方なしに、だ。
体がだるい。
頭がくらくらする。
ぼーっと路地を歩いていると、うっかり道を間違えてしまった。
この先は行き止まりだ。
引き返そうとしたそのとき、
「あいつが魔王だ! やっつけろ!」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
俺の心臓がドクンとはねあがる。
なんでバレた?
もしかして俺はここで死ぬのか?
嫌だ、死にたくない!
俺はパニックになった。
あわてて声がした方を振り返ると、一人の女の子――十一、二歳くらいだろうか――を、その子と同年代くらいの男の子二人が追いかけているのが見えた。
女の子は泣きそうな顔でこちらに向かって走ってくる。
男の子二人はその背中に何かを投げつけながら追いかけている。
その「何か」を見て俺は唖然とした。
それは石ころや消しゴムなんて生易しいものではない。
魔術だ。
外れた魔術が道路の舗装やブロック塀を吹き飛ばしている。
予想だにしない展開に俺は足がすくんでしまった。
女の子が俺の脇を通り過ぎた。
そのときになってようやく俺はパニック状態を脱することができた。
まずい、この先は行き止まりだ。
女の子が二人の男の子に追い付かれてしまう。
案の定二人はニヤニヤと笑みを浮かべ、女の子を壁際に追い詰めた。
「やめてよ! 私は魔王なんかじゃないって言ってるでしょ!」
逃げ場を失った女の子は二人に向き直り大声を出す。
その目からは涙が零れていた。
「やだね。魔王は倒さないといけないんだ。俺たちがやっつけるのさ!」
男の子はそう言って女の子の方に一歩踏み出す。
女の子は後ずさるも、そこにあるのは壁だ。
逃げ場はない。
俺はその様子をみていられなかった。
思わず、
「おい」
と二人の男の子を呼び止めてしまった。
二人が怪訝な顔でこちらを振り向く。
「なんだよ、邪魔すんなよな」
う、可愛いげのないガキどもめ。
俺は怒りを必死でこらえて二人を諭す。
「その子はどう見ても魔王じゃないだろ。いじめるのはやめろ」
片方の男の子が不機嫌そうに言う。
「そんなのわからないじゃないか。魔王がどんな姿をしてるか誰にもわからないんだから。でも日本にいるのは確かなんだろ?」
いやぁ、残念ながら俺は魔王の姿を知ってるんだな……。
「その子は絶対魔王じゃない。もう一度言う、いじめるのはやめろ」
「なんでそんなこと言い切れるんだよ? じゃああんたは魔王が誰か知ってんのかよ?」
もちろんだ。
「あぁ、知っている」
嘘は言っていない。
「じゃあ魔王って誰なんだよ?」
その問いを受けて俺は少し迷った。
こんなことで俺の正体をバラしてもいいのか?
下手すりゃこのまま通報されておしまいだぞ?
適当な人物をでっち上げた方がいいんじゃないのか?
でもそれでこの場が収まるとは思えない。
あの女の子が傷つくのを見たくはなかった。
「魔王は……、俺だ」
俺は決死の思いでそう宣言した。
「本当か?」
男の子たちが疑わしそうな表情を浮かべる。
本当だとも。
俺が一番信じたくないけどな。
「あぁ、本当だ」
俺は大きくうなずいた。
二人の表情が嫌らしく歪む。
ぞくり、と背筋に寒気が走った。
そのまま二人はこちらに向けて手をかざす。
二人を中心に突風が巻き起こる。
あ、なんかヤバイ。
俺は本能的にそう察知した。
でもどうしようもない。
これたぶん死ぬやつだ。
「くらえ、サンダーボルト!!」
「死ね、エクスプローション!!」
かわすことも防御することもできずに二人の攻撃を受けた俺は、そのまま吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
「ぐふっ!?」
背中を強く打ちつけ、肺の中の空気が一気に吐き出される。
骨が折れたかもしれない。
身体中に鈍い痛みが走る。
頭も痛い。
目の前が真っ赤だ。
きっと流血しているのだろう。
もう……限界だ。
ぼやける視界の中、こちらに向かって駆け寄ってくる二人の人影が見える。
男の子たちが止めを刺しに来るのだろうか。
そんなことしなくてもほっときゃ死ぬぜ。
最後にそんなことを考え、俺は意識を手放した。