第三話 半端ないって!
その日の授業は全く頭に入ってこなかった。
それも当然だろう。
「自分の命が狙われている」と全国区のニュースで放送されたのだ。
殺害予告の手紙やメールなんかとは訳が違う。
しかも相手は個人ではなく組織だ。
それもおそらく全員がチートスキルを持っている。
幸い俺が魔王であることはまだ気づかれていないらしい。
ニュースでは現在魔王を捜索中だと言っていたし、学校の先生や生徒も俺を特に気にすることなく普通に授業をしている。
でも万が一俺の正体がバレたら?
俺は抵抗することもできずに殺されるだろう。
多分ラーメン屋の店主にも勝てない。
突然麺やなるとで襲いかかられたらどうしようもない。
そう、俺には相変わらずチートスキルどころかスキル自体が一切ないのだ。
自分が魔王だとわかったことで、何かが目覚めるんじゃないかと少し期待したが、朝起きてもなにもなかった。
もしかしたら自覚がないだけでなにかしら発現しているかも、と思いたいけれど、確認する手段もない。
そして困ったことに、それを他人に相談するわけにもいかない。
他の人々にとってどうやら、チートスキルを持つことは常識らしかった。
そんな彼らに下手なことを相談しようものなら、うっかりボロを出しかねない。
その結果俺が魔王であることが知られ、討伐されるなんてまっぴらだ。
これから先の自分のことを考えると思わず頭を抱えたくなった。
「なぁ、龍成」
俺は休み時間に龍成に声をかけた。
体がでかすぎる龍成は当然教室に入ってこられないので、頭だけ窓から突っ込んで授業を受けている。
「ん? どうした?」
龍成は眠そうに返事をする。
人の気も知らないでのんきなやつだ。
「お前も魔王を倒そうとか考えてるわけ?」
俺は少し探りを入れてみることにした。
内心はかなりビクビクしていたけれど。
「魔王、ねぇ」
龍成は少しなにかを考えているようだった。
しかし、考えたあげく出た答えは、
「正直よくわからん」
というものだった。
なんじゃそりゃ?
こっちはけっこう真面目に聞いてるんだぞ。
俺がじっとりとした視線を龍成に向けると、
「だってよう、魔王倒して何が起こるわけ? べつに俺ら魔王に困ってないし」
と続けた。
その言葉に俺は一気に毒気を抜かれた。
確かにそうだ。
俺は魔王として人類に何かをしたことはない。
これからも特になにもするつもりはない。
というかできない。
そんなスキルなど持っていないからだ。
「むしろなんであんな躍起になって魔王を倒そうとするやつらがいるのか、ってことの方が気になるよなぁ」
のんきに見えて龍成は色々考えていたようだ。
さすが俺の腐れ縁だ。
今なら幼馴染みに格上げしてやってもいいぞ。
「でも魔王倒したらお金もらえるとかなら喜んで倒しにいくけどな」
前言撤回だ。
お前は一生腐れ縁のままだ、この龍畜生。
むしろ格下げしてやろうか。
まぁでも龍成の言うことは一理ある。
現状俺が狙われる理由は、俺以外の全員に送られてきたあの手紙しかない。
魔王は誰にも迷惑をかけずに細々と暮らしていた。
これまで魔王のせいで生活が苦しかったとか、魔王に家族や友人が殺されたとか、そういう問題など起きたことはなかった。
魔王本人が言うのだから間違いない。
今まで魔王なんて単語自体耳にすることがなかったくらいだ。
……多分ないよな?
だんだん疑心暗鬼になってきた。
ともかくだ。
それがあの手紙が届いたとたん、全世界が魔王を倒せという雰囲気になった。
あの手紙にはどれだけの影響力があるのだろう。
幸い琴葉や龍成はあまり手紙の影響を受けていないようだったが、いつ手のひらを返すかわからない。
龍成にいたっては金さえもらえるなら魔王を倒すと、本人を前にして堂々と宣言してみせた。
ドラゴンは金銀財宝に目がないという設定が性格に反映されているのか、それとも転生前からそういう性格なのか。
多分後者だな。
俺はそう決めつけた。
この守銭奴め!
しかし困ったな。
これから俺はどういう行動をとるのが正解なのだろう。
いっそのこと開き直って、魔王らしく振る舞ってみるか。
そしたらなんかいい感じにチートスキルに目覚めて配下ができて、世界を手中に収めることができちゃったりなんかしちゃったりして……。
まぁ無理だよな。
あれこれ悩んでる俺に、突然龍成が質問を投げ掛ける。
「お前は魔王倒すの?」
「えっ? 俺?」
思わず返答に困る。
だって魔王は俺だ。
倒そうと思えばすぐ倒せる。
自殺すればいい話だ。
でも俺にはそんな気はさらさらない。
「お前が魔王倒したければ協力するぜ。その代わり報酬ははずめよ」
龍成が楽しそうに笑う。
「いやいや、俺はそんな気ないから!」
俺は慌てて否定した。
その様子をみる龍成が、いぶかしげな表情を浮かべる。
まずい、慌てすぎたか。
なんとかいい感じの理由をつけないと。
「いや、だってさ。国家規模で討伐隊を組織してんだろ? そんな相手に勝てる気しねーよ」
無理矢理こじつけた理由を聞いた龍成は、
「あー、まぁそうだよな……」
と納得したようにうなずいた。
理由としては弱いかと思ったけれど、鈍いやつで良かった。
その後俺たちは魔王の話から話題を変え、とりとめもないことを話した。
なんだかんだ付き合いが長いだけあって、俺たちは気が合う。
少し気分転換になった。
下校の時間になった。
帰り道も琴葉と一緒だ。
「今日はみんな魔王の話ばっかりしてたねー」
なんて琴葉は他人事のように言っているけれど、俺にとっては大問題だ。
それなのに琴葉は、なんだか浮かれているようにすら見える。
その姿を見ているうちに少し腹が立ってきた。
龍成といい琴葉といい、なに浮かれてるんだ。
世界中から命を狙われる身にもなってみろ。
「もし魔王がすぐそばにいたらどうする?」
ついそんなことを聞いてしまった。
俺は心から後悔する。
なに余計なこと言ってんだ。
これでバレたらどうする?
そんな俺の心配をよそに、琴葉はくるりと振り返るとはにかむような笑顔を見せた。
「そうだなぁ……、ちょっと嬉しいかも」
思いもよらぬ返答に俺は困惑する。
「嬉しい? なんでだよ?」
「今朝も言ったでしょ? 魔王に会ってみたいって」
確かに琴葉はそんなことを言っていた。
けれどそれだけでは答えにならない。
「会ってどうすんの?」
気になった俺はついもう一歩踏み込んでしまった。
本当に俺の口はすぐに余計な言葉を吐く。
うーん、と琴葉は少し悩んでいた。
言おうか言うまいか、考えているのだろう。
しかし最終的に人差し指を唇にあて、
「内緒!」
とウィンクしながらいたずらっぽく微笑んだ。
ヤバイ、超かわいい。
でもそんなこと絶対に本人には言えない。
俺は照れ隠しのため、ふんと鼻を鳴らしそっぽを向く。
その様子を見た琴葉は、楽しそうにけらけら笑っていた。
龍成に同じことをされたら腹が立つけど、琴葉が相手なら許してやろう。
これが腐れ縁と幼馴染みの差だ。
琴葉と別れ、帰宅した俺は何の気なしにテレビをつける。
目に飛び込んできたのはやはり、魔王関連のニュースだ。
何やら速報があるらしい。
"アメリカ在住の『人物探索』のスキルをもった男性の活躍により、魔王が現在この日本にいることが確認されました。日本政府は国民に、魔王と思われる人物を見かけたとしても安易に接触せず、すぐに通報するよう呼びかけています。なお、魔王の性別や年齢は依然としてわかっておらず……"
えぇ……。
チートスキル半端ないって……。