第二話 魔王を倒せ
「どうしたの、耀? なんか顔色悪いよ?」
登校中の俺の顔を心配そうな表情で覗きこむ少女の名は、雪代琴葉。
俺の幼馴染みだ。
雪のように真っ白で透明感のある肌と闇夜のように漆黒で艶やかな長髪が、強烈なコントラストを生み出している。
そしてその目はぱっちりとしているが少し切れ長で、すっと通った鼻梁を中心に整った顔立ち、白い頬はほんのりピンクに染まっている。
どこからどうみても美少女だ。
可愛い、というよりクール&ビューティーって感じの美少女だ。
さらにはスタイルも抜群ときた。
クラス中の、いや、学校中の男子の憧れの的であった。
しかし、今日の俺はそんな琴葉の容姿に疑問を感じてしまう。
本当にこの世界の人々がみな転生者か転移者だとするならば、琴葉のこの容姿も本来のものではないのではないか? と勘ぐってしまうからだ。
それにきっと彼女も何かチートスキルを持っているのだろう。
昔から慣れ親しんだ相手なのに、少し距離を感じた。
「ねぇ、本当に大丈夫? さっきからずっと上の空だし……体調でも悪いの?」
けれど琴葉はそんな俺の気持ちには気づかず、本心から心配してくれているみたいだ。
俺は少し申し訳なくなった。
「あぁ、ごめん。ちょっと昨日寝れなくて……」
嘘はついていない。
昨日の夜は色々考えなければならないことがあった。
俺以外の人々が全員転生者だと知ってしまったことも理由のひとつではあるが、一番の悩みは昨日届いた手紙の内容だ。
『魔王』ってなんだよ。
"転生者や転移者に負けないように頑張れ"ってどういうことだよ。
俺はひょっとして他のやつらに狙われる立場にいるのか?
心配のあまりなかなか寝付けなかったのだ。
その答えで琴葉は得心がいったようににっこり微笑んでうなずく。
「あ、わかった。魔王のこと考えてたんでしょう?」
その言葉に俺の心臓はドキリと高鳴った。
「ななな何でわかったんだよ?」
思わず声が震えてしまう。
その様子を見て琴葉はいたずらっぽく笑う。
「それくらいわかるよ。何年一緒にいると思ってるの?」
その笑顔を見て今度は違う意味でドキリとしてしまった。
琴葉の笑顔はなかなか心臓に悪い。
しかしすぐにその表情は一転して真面目なものへと変わる。
「私のところにも急に手紙が届いてビックリしちゃった。でも、魔王っていったい何者なんだろうね?」
「え、手紙?」
なんだか様子がおかしい。
「そう、手紙。耀のところにも届いたでしょ?」
「あぁ、届いたよ」
これも本当だ。
「急に魔王を倒せなんて言われても困るよねぇ……」
はぁ?
なんだそれ。
俺のところに来た手紙と違うじゃねーか。
俺は喉まで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
魔王を倒す?
やっぱり俺狙われてんの?
心臓が早鐘のように音をたてる。
「まぁ……そうだよな」
俺はなんとか言葉を絞り出した。
俺の動揺は琴葉にバレていないだろうか?
しかし、琴葉は一人首をかしげるばかりでこちらをみていない。
ギリギリセーフか?
でもそれにしたって、"魔王を倒せ"なんて手紙がこの世界の全員に届いていたとしたら、俺はこれから大変な目に遭うんじゃないだろうか。
心配がさらに膨らんだ。
「なぁ、琴葉」
俺は琴葉に問いかける。
琴葉がこちらを振り向いた。
「お前も魔王を倒そうと思うわけ?」
その問いに琴葉は一瞬悩んだような素振りを見せたが、すぐに、
「うーん、どっちかっていうと、『会ってみたい』かな」
と楽しげな表情で答えた。
良かったな、その望みはもう叶ってるぞ……。
「おう二人とも、今日も仲いいな」
しばらく歩いていると後ろからそんな声がかかった。
振り返るとこちらに向かって飛んでくるものがいた。
……この表現は比喩ではない。
そいつは空を飛んでいた。
かなりのスピードで飛んできたそいつはそのまま俺たちの上空を素通りし、飛び去っていった。
失礼なやつだと思うかもしれないが、いちいち降りるのも面倒だろうし仕方ない。
降りてこられても逆に邪魔だしな。
そいつの名は空閑龍成。
琴葉と同じくらい付き合いの長い、俺の腐れ縁といえる存在だ。
断じて幼馴染みではない。
龍成は体がでかく、近くにいるととにかく邪魔だ。
どっしりとした下半身と尻尾。
それに見合わぬ小さな腕。
しかしその指先には鋭い鉤爪が生えている。
全身は群青色の鱗で覆われ、巨大な翼を広げれば空を覆い隠す。
頭には一対の角がそびえ立ち、黄色く光る爬虫類のような双眸を持つ。
そして強靭な牙の覗く口からは雷のブレスを吐くことができる。
身長、いや体長は約十二メートルで、体重は不明。
ここまで説明すればわかると思うが、龍成は人間ではない。
ドラゴンだ。
今ならわかるが龍成はドラゴンに転生した男だ。
その名の通り龍に成るとは、名は体を表すもいいところだと思う。
飛び去る龍成を見送る琴葉が、
「龍成くんは早く学校につくから楽でいいよねー」
なんてのんきに言っている。
ドラゴンと一緒に授業を受けることに一切違和感を感じていないらしい。
まぁ、俺も昨日までは感じてなかったんだけどさ……。
なんだかなげやりな気分になりながら、俺たちは学校に到着した。
俺と琴葉が教室に入ると、クラスはとある話題で持ちきりだった。
もちろんその話題とは、昨日送られてきた手紙の内容、つまり"魔王を倒せ"という指令のことだ。
やっぱり琴葉と同様の手紙が全員に送られていたらしい。
届いた手紙の内容が違うのは俺だけ。
いよいよ言い逃れができなくなってきた。
ドッキリならそろそろネタばらししてくれ!
もう精神が持たない。
「お、なんかニュースになってるぞ!」
クラスの誰かがスマホでニュースを確認していた。
あー、もうダメだ。
ドッキリにしては手が込みすぎている。
全国区のニュースまで巻き込んで、単なる一般人にドッキリなんて仕掛けないだろう。
俺もニュースの内容が気になったので、それとなくその生徒に近づきスマホから漏れ聞こえるニュースを聞く。
"昨日世界中の住人に突然届いた『魔王を倒せ』という指令を受け、現在世界各国で有志を募り、魔王討伐隊を組織しているとのことです"
どうしよう、俺泣きそう。