第一話 たった一人の原住民
俺の名前は伊神耀。
この世界で唯一の原住民だ。
どういうことかわからない?
俺にもよくわからない。
でもどうやらそれが事実なのだからしょうがない。
俺以外の人物はみんな、異世界から転生、あるいは転移してきた者達だ。
そしてそれを知ったのはつい最近のことだ。
きっかけは一人で行きつけのラーメン屋に行ったとき、その場にいた二人の男の会話を聞いたことだった。
「なぁ、お前は何で転生したんだ?」
片方の男がもう一人に話しかけた。
俺は耳を疑った。
転生という言葉の意味くらいはわかる。
しかしなんでそんな当たり前のように、転生した理由を尋ねるのかはさっぱりわからなかった。
今流行りの冗談なのだろうか?
しかし聞かれた男は大真面目に答えた。
「俺か? 俺はトラックに轢かれたんだ」
つまりこの男はトラックに轢かれて一度死に、この世界に転生したたということか?
なんでそんな平気な顔して普通に答えてんだ?
冗談なら笑えよ。
しかしそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、男は真面目な顔のまま相手に聞き返す。
「お前こそなんで転生したんだ?」
「俺はその……トラックに……」
「なんだ、お前もトラックに轢かれたのか」
「いや、まぁその……、そんな感じだ……」
「まぁ、テンプレだよな」
俺は混乱した。
こいつらはいったい何を言ってるんだ。
確かに一度死んで異世界に転生するという物語が最近流行っているのは知っている。
そしてその死因に「トラックに轢かれる」というものが多いのも知っている。
でもなんでこいつらはそれを自分達に当てはめてるんだ?
もしかしてちょっと残念なやつらか?
しかし男が次に発した言葉に、俺は新たな衝撃を受けることとなる。
「この世界のやつらがみんなそうなんだ。死因くらい被るだろ」
待ってくれ、今なんと言った?
この世界のやつらが全員転生者?
そんなことあるのか?
この二人の妄想か?
頼む、誰かそうだといってくれ。
けれどそんな願いもむなしく、俺はさらなる絶望を感じることとなった。
「おう、お客さん達もトラックか。実は俺もトラックにはねられたんだ」
ラーメン屋の店主が二人に話しかけた。
おいおい、嘘だろ。
あんたもか……。
「店主さんもそうなんですか。じゃあ店主さんはどんなスキルを?」
男の一人が店主に問う。
俺は食べているラーメンを噴き出しそうになった。
スキルってマジか。
勘弁してくれ。
いくらなんでもそれはないだろう?
しかしそんな俺を嘲笑うかのように店主は笑顔で答える。
「俺は見ての通りラーメンを作るスキルだよ」
ラーメンが鼻に入った。
どうりでここのラーメン美味しいと思ったよ!
ひょっとするとあれか?
この世のラーメン屋はみんなスキルでラーメンつくってんのか?
そんな馬鹿なことがあってたまるか!
「今は普通に美味しいラーメン作ってるけど、その気になればラーメンで人殺せるな」
なにそれこわい。
一気に食欲がなくなってしまった。
美味しかったはずのラーメンの味がわからなくなった。
ラーメンで人殺すってなんだよ。
毒でもいれるのか?
その疑問に答えるかのように、店主は言葉を続ける。
「麺で首を絞めたり、なるとで切り裂いたり……」
まさかの物理!
これぞ本当の殺人ラーメンってか。
その後も三人はスキルがなんだ、ステータスがなんだと盛り上がっていた。
俺はそそくさと会計を済ませ、店をあとにする。
そのときの俺にはこの世界が今までと全く違うものに見えていた。
よくよく考えてみればこの世界はおかしいことだらけだった。
むしろなんでこれまで気にしてこなかったのか不思議なくらいだ。
すれ違う人々の中には日本人離れした顔つきのやつらが多いし、名前がカタカナの者もいる。
なんでこれが普通だと思っていたんだろう?
ふいに俺はこの世界が恐ろしくなった。
いつだったか、何度死んでも復活する少年がいると聞いたことがある。
前に見かけた少女は、何もない空間からなにやらいろいろな物を取り出していた。
やけに目立つ武器や盾を装備した連中なんて明らかにおかしい。
こんな世界が普通であるはずがない。
彼らがみな異世界からの転生者や転移者で、なんらかのスキルを持っていると考えた方が納得できる気さえする。
けれど俺にはなんらかの理由で転生した記憶もこの世界に転移した記憶もない。
世界のすべてが俺の敵である気がしてきた。
今すれ違った村人だって、実はステータスがカンストしていたりするのかもしれない。
その辺の蜘蛛やスライムだって、実はチートスキルを隠し持っていたりするのかもしれない。
というか、村人ってなんだよ。
なんでその辺にスライムがいるんだ?
なんで俺は今までそれらのことを気にもとめなかったんだ?
俺は気が狂いそうになった。
でもしばらくすると逆に、そういうものか、と落ち着いてきた。
俺が忘れているだけで、俺も転生者なのかもしれない。
転生にそういったハプニングはつきものだ。
だとすると俺だって、なにかしらチートスキルを持っているのかもしれない。
俺は少し楽しみになってきた。
もしかしたらこの世界に魔王か何かいたりするのだろうか?
こんなファンタジーの世界だ。
いてもおかしくないだろう。
だったらその魔王を倒して世界を平和に……ってそれはないか。
この世界は平和そのものだ。
やっぱり魔王なんていないのかもしれない。
そんなことを考えながら俺は帰宅した。
俺は生まれてこの方独り暮らしだ。
親はいない。
よく考えればそれもおかしな話だ。
なんでそれが当然のことのように生活していたのだろう?
不思議で仕方ない。
ドアを開けて自分の部屋に入る。
すると玄関先に一通の便箋が置いてあった。
なんでこんなところに便箋が?
普通便箋があるとしたら郵便受けの中だろう。
不審に思いながらも便箋を開き、中身を確認する。
中に入っていたのは二つに折り畳まれた手紙。
そこに書いてある文章はかなり短いものだった。
"お前がこの世界の真実に気づいたとき、この手紙は届くようになっている。お前はこの世界の魔王だ。転生者や転移者に負けないように頑張れ"
俺は目の前が真っ暗になった。