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6. ミリュン王子

「お初にお目にかかります、タマスティカの第二王子、ミリュン・ハティフナットでございます。」

 俺から見て右側の玉座に向かって、真摯な声を張り上げる。そう、彼女の方へ。

「ようこそおいでくださいました。主人に代わって、ご足労感謝申し上げます。」

 美しい声。溢れ出る気品。いつからこんな話し方をされるようになったのか。

 俺は額にかかった黒髪を掻き上げそうになるのを必死に堪える。こんな場所で無礼を働けば、彼女の印象に残る。

 抑えろ。

 俺は俺にそう告げる。こんなところでへまはできない。

「とんでもないことです。」社交界ではひとこと常套句を述べるところだが、今は我慢。俺はあくまで手紙を渡しにきただけだ。

「それで。今日はどのようなご用件で?」

 単刀直入に彼女が聞いてくる。語尾に力が入っている。まるで弁解を求めるかのように。

 明日を予定していた謁見が1日早まっている。しかもその知らせは到着寸前の使者のみ。これは相当な無礼に値する。

 やはり早まっただろうか……

「殿下がお怒りなのもごもっともでございます。こちらの事情で申し訳ないのですが、国の方で……」

「まあ、怒りなんてとんでもございません。私のような身分のものが、恐れ多い。」

 弁解しようとしていると、彼女がそう割り込んできた。こちらもうまい弁解の仕方がわからなかったからちょうどよかったのだが。

 彼女はひと呼吸おいてまたこう切り出した。

夜顔(ムーンフラワー)の会、ですよね?」そう言って彼女はくすっと笑った。

 してやられた、と思った。さすが向こうは社交のプロ。

 オリナスの姫(オリナシエ)というだけで、昔から社交界はざわめきだったという。高い技術を持ち、多くの特産物を大陸中に送り出す帝国。その広い国土の中にも砂漠はなく、自然の豊かな国だと聞く。そんな中でひときわ社交界の目を惹くのは、その姫であった。

 オリナスは大陸では珍しく、一夫多妻制が多く見られない。別にそれを禁止する法があるわけではないのだが、王族には一途なものが多く、自然と相手は一人となっているようだ。だから女の中の女として選ばれるのは、何をとっても一流の女だと思うのが普通だろ?でもそう思ったら早合点なのだ。

 オリナスの姫(オリナシエ)はすべてにおいて素晴らしい……身分以外においては。王族の多くは、低い身分の女性と結婚する。たったひとりの妻のためにそんな茨の道をいかなくてもいいのにと思うのは俺ら外部の人間だけみたいで、当の本人たちは本気で恋に落ちるらしい。偉大な王と名高い先王の妻なんかは、平民だった気がする。どこぞのシンデレラストーリーが五万とあるのだ。

 といっても、最東に位置するオリナスとは違い、こっちはまるっきし身分社会だから、昔からオリナスの姫(オリナシエ)たちはバカにされたりハブられたりすることが多かった。でもその度に、仕込まれた美しい作法や外交に逆にはめられて、多くの国が最終的にはオリナスに貢ぐことになる。そんな時代が幾度か続いたことから、オリナスの姫(オリナシエ)はどの身分の出身であれ周りから少しばかり恐れられ、またその姿を社交界にあまり見せないことから、興味の対象となっていた。まあ、あんなことになっちゃ、そんなオリナスももう終わりなのだろうが。

 ただ、この姫さんはその最後の血を引いている、生粋の|オリナスの姫(オリナシエ)《オリナシエ》。今だって、あのひとことでさっきまでの緊張をなかったものにしてしまうこの社交テクニックは、ほんと、侮れない。

「よくご存知で。」俺は少しほほえみかえしてそう答える。

「まあ、近年は毎年出向かせていただいてるのに、そんな他人行儀な。」またもや彼女はふっと笑う。

 そんなこと言ったって、自分は7つの頃にきた限り、一度も顔を出さないじゃないか。

 そんな思いは心に秘めて、明るく返事を返す。

「そうでしたね、でも、殿下の姿を見とめたことはないので、つい。」

 そう言えば向こうも顔色を変えるかと思えば、

「まあ、主人が出向いていれば、私が出向くも同然ですから。」

 と軽く返されてしまった。ほんと、手強い。

「そうでしたね。」そう言って俺は本題へと話を切り替える。

「父から、文を預かっています。」そう言って俺が差し出した手紙は、まずは衛兵、そしてその隣の初老の役人の順に細かくチェックされてから、主人側とこちらを隔てる布の向こうへと渡された。布の向こう側でも、一人通関者がいて、やっと彼女の手に渡る。

「わざわざどうもありがとうございます。せっかくご足労されたことですから、主人となにか込み入って話がおありだったのでしょうが、あいにくの体調不良で。私なんかが出迎えるなど、なんとお詫びして良いものか……」

「いえいえ、こちらこそ無礼を働き申し訳ない。」

「お気遣いなく。またいらしてください。」

 そう言って彼女は立ち去ろうとしたが、

「あともうひとつ、」と俺は声を上げた。こっちが本望だ。

「何でしょう。」立ちかけた彼女はまたゆったりと腰を下ろした。布に映る影しか見えないのに、その動作のすべてが美しい。

「これを。」今度は薄く紺色がかった封筒を前に差し出す。左下には、白く清らかな夜顔(ムーンフラワー)が一輪かたどられている。

 さっきと同じ手順で、文が姫の手元へ渡る。

「父から殿下宛のものです。自分は中身を拝見しておりませんので存じませんが、父からよろしく頼まれております。」

「そう。」と彼女はつぶやくと、

「機会があればお伺いしましょう。」とまるで手紙の中身を透かしたかのようにそう答え、従者とともに退出してしまった。

 残された俺たちも衛兵に引かれ、城の外へと先導される。

 そう、その手紙の中身は。

 招待状であった。夜顔(ムーンフラワー)の会への。

 会というが、実際は盛大な仮面舞踏会だ。現国王つまり俺の父さんの誕生日に開かれる。面目上は誕生日会、実際には次期妃の撰定所と言ったところか。とにかく、この会に姫が来るということは、オリナスとタマスティカの国交回復を意味する……はずである。正直俺も今のオリナスの内政は全くもって先が読めないから、戸惑っているところだ。ただ、取っ掛かりにはなるだろう。

 彼女が7つのとき、はじめての外国行きとして、彼女はその父つまり先王とともに、仮面舞踏会へお越しになった。しかしそれは渋々ながらの外出であった。それもそのはず。姫の母君がその数ヶ月前に、病気で亡くなっていたから……本当に病気だったかには諸説あるが。とにかく当時状況は全くわかってなかったにせよ、悲しみにくれていた娘を、先王が仮面舞踏会に連れて行こうなど思うはずもなく。そこをどうにかと、姫さまを息子の嫁にと思っていた俺の父親が頼み込んだのだ。姫さまのお気持ちをもう少し汲み取ってやってもいいのにと俺はもちろん思ったが、皇族はそんな悠長にはしていられない。なにせ、社交界デビューはだいたい7歳のとき、そして、多くの名高い姫君たちは、そのデビューを遂げた会場の主催者をスターチスと呼んで特に親しくなり、多くの場合はその家に嫁ぐ。オリナスとの末長い未来を願う父さんには、仕方ないことだったのかもしれない。が。その行為が逆にオリナスとの国交を絶ってしまったのだ。

 姫は先王と現れ、静かに踊ったりもしていた。そして、夜も更けたところで、国へと帰っていた。

 しかし、先王も姫も、その日、国に帰ることはなかった。

 先王などは、それ以来一度も故郷の地を踏んでいない。

 消息は掴めない。

 いまだに。

 姫はというと、必死の捜索の上、そのひと月後に見つかった。

 その事件のあとからだ、オリナスが狂い出したのは。

 父は何度も何度も詫びを入れ、捜索には国の軍隊をも動かした。しかし、あれだけ来るようにと頼み込んでいたのだから、疑われても仕方ない。オリナスはどの言葉にも、どんな遣いにも、ましてや父自身の出向きにも応じなかった。

 オリナスはタマスティカとの国交を絶った。

 その後のオリナスは何年かは先王の時代からの重臣たちによって正常に機能していたが、時が経つにつれどんどんと現状は悪化し、ついには姫を追い出すまでとなってしまった。

 だが、父はやってない。その後の歴史を見ていくと、父がやったというよりも、オリナス内部の線が濃厚だろう。だから、その内部と闘っていくには……

 ステラ姫、あなたには俺たちが必要ですよ。

 そして、タマスティカもオリナスとの国交回復、そしてそれによる汚名返上を望んでいる。

 俺はというと。

 タマスティカがどう、オリナスがどうというよりも、姫さまをお助けして差し上げたい。

 どれだけくだらない奴らが政権を握っていようと、オリナスが潰れていないのは、ひとえに姫さまのご尽力のおかげだ。でもそれがいつまで続くのか。どうにか手を打たなくては、オリナスの寿命はあと1年とちょっとだろう。俺に身を任せてさえくだされば……

『私なんかが出迎えるなど、なんとお詫びして良いものか……』

 姫さまのそんな言葉が脳裏をよぎる。

「ミリュン王子。」従者から声がかかる。

「ああ、行こう。」そう言って俺も馬の手綱を思いっきり引く。

 一頭の馬の鳴き声。それに続いて二頭の馬の声。

 謁見を1日早めたのも、俺が今日ここにきたのも、ましてや俺がタマスティカの王子として生まれた運命だって……

 漆黒の髪が白馬の上で揺れた。

 すべてあなたのためですよ。

 水晶玉のように透き通る青い瞳が城を振り返る。

 必ず、必ずやこの約束は守ります、姫。

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