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5. セトン

つい最近、久しぶりにこのサイトを開きましたところ、読者の方がいらっしゃったのを知って、びっくりしました。わたしの中ではこのお話は完結していたのですが、せっかく読んでくださった読者の方々に結末をお伝えしないのは悪いなと思い、また再開させていただきます。これからは毎週日曜日に最低一話は投稿しようと思っておりますので、お願いします。

「ステラ様、お美しいです。」そう言いながらも侍女の意識は次に移っている。

「ありがとう」私もそうとだけ言って扉へ向かう。

 廊下をふたつ渡った奥の謁見の間に、客を待たせている。先方到着の連絡には使者が来たようだから、本当に客人が城に着くのは今頃だろう。待たせてはならないが、はしたない姿で出るのはもっと悪い。たとえ社交界のようにビシッとした戦闘体制ではなくても、敵に隙を与えてはならないのだ。私は飾らないラベンダー色のドレスに身を包み、小さなダイヤモンドで耳を覆う。首もとには細かなダイヤモンドを使った目立たずとも品のいいネックレスをした。

 さっきまで首からかけていた指輪は左の膝下にくくりつけて見えないようにした。そんなになくしたくないならそもそもつけなければいいんだろうけど、部屋に置いておくのもなんだか気が引けて、でも携帯していないとしっかりと戦えない気がして。外の世界を歩くときは、この位置が定位置となってしまっている。

「ステラ様、ご準備整いましたでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。」

 外へ迎えに来たセトンに私はそう告げる。彼はふつうのお屋敷で言えば、執事のようなものかしら。でもここは曲がりなりにも城であって、執事といえど、北棟(主に外交と客の出迎え担当)、東棟(内政担当)、西棟(祭りなどの行事担当)、南棟(後宮(ハレム)や厨房管理担当、主に女性が担当する)の四棟に加えて、秘棟(あいにくここが一番よく使う、シユウのお忍びなんかで)、そしてそれを統括する執事長、その補佐の執事副長とまあ7人もいる。それぞれあだ名もあって、北はアスター、東はディモルフォセカ(略してディモ)、西はネリネ、南はミルトニア、秘棟はイキシアと呼ばれている。どれもこの国の花の名前らしいんだけど、咲く時期、地域に共通点はないし、全く有名じゃないから、このネーミングの由来は私にはまったくわからない。でもひとつだけ言えるのは、このネーミングがそれぞれの主要な城で異なってなくてはいけなくて(年に2度ある王族会議で、執事の名前が上がることが多いから)、この南州の城は割と遅い設立だったから、花の種類が残ってなかったんじゃないかということ。中心のお城の方はしっかりとバラって名前が付いてたりもするらしい。セトンはこの中でも秘棟のイキシアなんだけど、私とシユウは親しみを込めてという意味と、彼の身分がばれぬようにという意味で、セトンと名で呼ぶことにしている。まあ一応、秘密行動を司る秘棟の長なので。

  扉の外に出るとセトンはいつものようにラフな若者の格好で構えていた。私が出てくるのを見ると思いっきり眉をひそめたので、私は急ぐのも忘れて聞いてしまった。「怒ってるの?」と。

「そんな簡単な感情ではありません。」苦虫を噛み潰したような声でそう呟く。

「そう。」そう言って通り過ぎようとする私の行く手を彼が塞いだ。

 さっきまですぐ後ろにいたのに……でもこの速い身のこなしこそが、彼が若いながらにイキシアを務める理由でもある。

「説教なら聞かないわよ、もうシユウに言われたし。」

 そう言ってなお、彼は動かない。

 しつこい!

 私は伏せていた目をあげて久しぶりに彼と目を合わせた。

「私の心配がそのようなことでないことはご存知でしょう。」静かながらふつふつと彼の怒りが伝わってくる一言だった。

 私は無理やり笑顔を作る。

「大丈夫よ。でもいつまでも逃げていられないでしょう?」

 少しわざとらしかったかもしれない。でもセトンはもう何も言いそうになかったから、私は彼の横を今度こそ通り抜けようとした。さっきも言ったけど、時間がない。

「姫さま!」

 その言葉にドキッとして、不覚にも立ち止まってしまう。そう呼ばれたのはなん年ぶりか……心の隅ではそりゃあ少しは嬉しかったけど、でも、ダメでしょ。私は振り返った。

「セトン、あんた……」

「これを。」

 私の言葉を遮るようにして、彼は後ろ手に私に小さな紙切れを手渡す。私には背を向けたままだ。相変わらずだけど、なんて無礼な奴なの。今自分で姫さまと私を呼んだくせに。

 でもその紙切れが何かはだいたい見当がついたし、それは私の予想では嬉しい知らせだったから、ありがたくいただいておくことにした。

「ありがとう。」そう言って私はそれを胸元に忍び込ませる。

 セトンはまだ何か言いたそうにその場にとどまっていたけど、彼の代わりに使いのものが2人やってきて、私を謁見の間へと導いていった。何度もしつこいかもしれないけど、客人を待たせていいことはない。それも隣国の王子ならなおさら。

 謁見の間に着いて、使いがその扉を開け、私を中に通す。これは正式な謁見室ではないから、さほど広くはない。それでもこの国のしきたり通り、主人側の間は客人にむやみに顔をさらさないようにと布で覆われていて、その周りを取り囲むように衛兵が4人、そして秘棟のもの3人が点々と散らばっている。私はそれらに守られた主人側の二つの椅子の、こちらから見て左側に腰掛ける。

「ステラ様、よろしいでしょうか?」

 入って間もなく、秘棟のリヨンが私に耳打ちする。私は声を出さずに、静かにうなづいた。

 これから先、私が発する言葉は、ユリウス王国南州統括を任されたシユウ王子の妻、そして名高いオリナス先王唯一の姫のものである。少しでも無駄な発言をすれば、民を巻き込む大戦争。今の私には「はい。」というひとことを発するのもはばかられた。

 あちら側のドアが開く音がして、ひとりの青年が入ってきた。それに2人の従者が続く。

 それが客人のすべてだと悟ると、私は目を閉じた。そうして扉の重々しく閉まる音がするのを聞きながら、脳裏にチェスボードを思い浮かべる。ただ白と黒だけでなく、赤も青も黄も、たくさんの色の混じった、現実世界のチェスボードを。

 こんな時、いつも私は幼い頃の、白と黒の美しく、シンプルなゲームボードを懐かしく思う。どちらかが先手で、必ずどちらかが負け、どちらかが勝つ、シンプルなゲーム。そりゃあ遊ぶのが楽しかったろうなと思い返す。でもそれは今となっては夢のまた夢。私はこの現実のチェスボードで、複雑な心理戦のなかで、青だけでなく黒にも、勝ちを見出さねばならない。

 ふっと少しだけ私の口角が上がる。やってやろうじゃないの。

 私は目を開けた。

  客人が優雅な礼をしてから、見えるはずのない私を見据え、声を張り上げた。

「お初にお目にかかります、タマスティカの第二王子、ミリュン・ハティフナットでございます。」


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