表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

4. 動く

「そら、ステラ、上を見てごらんさい。きれいだろう。」

 言われて見上げた空は星でいっぱいだった。真っ暗な闇が嘘みたいに明るくて、まぶしくて、手を伸ばせば触れられるような気がした。

「ほし」そう言って、私は小さいながら、手を伸ばした。なんか星みんながいっせいに笑ったみたいにきらめいた。

「ほしだね、おかあちゃん。」そう言って振り返ってもそこにおかあちゃんの姿はなかった。

「あれ、おかあちゃん……あれ?」

 見渡してもそこにはただ、暗闇が続くだけだった。ここは、砂漠の真ん中。

「えっ、え……」

 涙が溢れてきた。どうしよ、どうしたらいい……

「おかあちゃん!おかあちゃん!」

 ありったけの声で叫んだけど、叫べば叫ぶほど、暗闇は深まっていくみたいだった。私を取り囲んで、真っ暗に、真っ暗に……

「おかあちゃん!おかあちゃん……」

 誰もいない。ふいに振り返ると、何かとがったものが襲ってくるのが見えた。どんどん近づいてくる。

「やめて、やだ……やだあ!」

 逃げたけど、それは私をとらえたのかな……


「はっ、はっ……」

 目を開けると、私はふかふかなベッドの上だった。まぶしい朝の光が、開け放たれた窓から入りこんでいる。

 夢だ。それも悪い夢。こんなもの、忘れよう……

 そう思っても、いつも忘れられない。なんにも思い出せないおかあさんについておしえてくれるのは、こういう悪夢だけだから。

 隣を見ると、シユウはまだ寝ていた。そうだった、昨日はあのあと疲れてて、部屋に戻る気力もなく、ここで寝ちゃったんだ。

 あ、えっと、勘違いしないでよ。私らは建前上夫婦だけど、中身はただの友達同士だから。それに、シユウのベッドはさすが王子様ってぐらいの広さがあって、人5人は軽く寝れるから、一緒に寝たって言っても同じベッドで寝た気がしない。

 そりゃあ昔はよく小説とかにあるように私ら好き同士になんのかなとか思ったこともあったよ……シユウが私を助けるように母国・オリナスから連れ出してくれて結婚したときなんかは、告白(?)っぽいこともされたし。でも、やっぱり私には忘れられなかったんだよね、あの約束が……

 私は首から下げたミサンガの先にある指輪に触れる。普段は足首に巻いて隠してるんだけど、寝るときだけは首にかけてるんだ。あのときはなんともなくもらったものだったんだけど、よく見ると、すっごく稀に見る石だったみたいで、あの人は結構な金持ちだったんだなって思う。それに、自由に私の王宮に出入りしてたんだから、身分も相当高かったんだと思う。

 ぜったいに迎えにくるからっていうあの人の言葉を私はバカみたいに信じて、いろんなところからくる見合いをいつもはねのけていた。そう思うと、どれだけ無知だったんだろう。でも、とうとう権力争いに紛れて命が危ないってときに、シユウが助けに来てくれた。何回も見合いを断ったっていうのに。

 みな思うだろう。王位継承順位の低いユスレム国の南州(植民地のようなもの)の王子に、どうやって大国オリナスの一人娘が嫁げるのだろうって。これは、ユスレム国の不思議な後宮事情にある。

 ユスレム国では、直接王の後宮、または、王位継承者の後宮に入る女は少ない。というか、ここ数百年を見ても、1人2人しかいないだろう。じゃあ、どうやって後宮に入るのというと、それは北州以外の州の後宮からだった。

 だから、もしもユスレム国の王妃になりたかったら、まずは王子に嫁ぐしかない。南州の王子は、他の州と比べれば、断然優位な立場にあるから、その点、いい。

 それに、私の場合、オリナスの王位継承最有力候補だったから、邪魔だったんだろうね。その時は、私はすでに両親を失っていたから、私の味方をしてくれたのはよっぽどの律儀者か私を使いたいものだけだった。私の叔父やいとこたちが揃いも揃って王位を狙っていたから、王宮はいくつもの派閥に分かれて混乱状態だった。ただでさえ大国なのに、そんなくだらないことで王都も政治も動けずにいたから、隣国は今こそと挙って領地を奪おうとしていた。そして、それに気づいていたのは、私と数人の者達だけだった。

 そう思うと、本当にオリナスとオリナスの民を思っていたのは、おとうさんの義臣だけだったんだなって悲しくなる。私は、両親のことをあまり覚えてはいないのだけど、オリナスの歴史や文化を学んでいくうちにオリナスが大好きになった。もちろん、奪った領地の治め方とかにはいまだ納得がいっていないけど、それでも私はその国を導いていくものとして、オリナスを守っていこうと思っていた。

 で、その矢先に国内での揉め事。私は王位とかに全く興味がなかったから、全然譲っても良かった……オリナスを想ってくれる人なら誰にでも。

 でも、そんなやつは一人もいなかった。オリナスが攻め込まれそうになっているというのに、攻め込まれたらどのように武功を立てるかってことにしか興味のない輩で王宮は溢れかえってた。加えて、内戦まで起こそうとしていた。

 正直、涙が出そうなくらい悔しかった。おとうさんが生きていたときは、その強い統率力と思いやりから、王宮を狂わそうとする輩はいなかった。いてもすぐに、左遷を食らった。なのに……

 私はまだ若い。何も知らない。弱い。女……そんなステータスのおかげでこんな目にあっている。私の国が……

 強くなろうともがいて、必死に勉強しても、私の声を聴くものなどほとんどいなかった。このままここにいても何もできない……そう思って私はシユウに嫁いできた。義臣たちには、幾度も惜しまれ、反対されたけど、結局そこにいても何もできないからとやれるだけの伝手は辿ってオリナスをお願いしてから、私は国を出た。

 ユスレム国に姫が嫁げば、表面上だけでもユスレムを敵にまわしたくない輩はオリナスに手を出さない。その私の作戦はいまだに効いていて、オリナスは無事だ。表面上……

 その頃の義臣と、私の伝手からは未だに手紙が届いている。それらによると、あのあと、叔父上が王位を手にしたようで、叔父上は好き勝手その権力を楽しんでいるようだ。民を犠牲にして……

 あんな国は潰してしまえという私の一声さえあれば協力するものは大勢いるだろう。シユウに嫁いでからは政治の表舞台に積極的に顔を出して仲間を作ってきた。オリナスを守るために……

 ああ、悔しい……私の頬を涙がつたった。私はあの時、シユウに嫁ぐしか道はなかったのにね、それを待ってましたとばかりに叔父上は王位を継承し、好き勝手遊んでる。ほんとに不条理な世の中だ……

 大きくとられた窓の外を見ると、ため息の出るようなオアシスが、小鳥たちとともに幸せを紡ぎ出している。こんなに幸せな暮らしをしていてもいいのだろうか……民を捨てた私が……

 一面を砂漠に覆われ、夏の気候の激しさが有名なユスレムでは、社交界シーズンはその暑さのひく秋頃から。といってもこの地域の秋はオリナスのそれとは打って変わって、紅葉もなければ実りもない。秋とは名だけで、ただ気温が下がり、雨が多く降り出すだけ。だから何もやることもなくて、貴族たちは社交界に明け暮れるのだと私は解釈している。

 今はまだ夏だから、私の尽力すべき社交界シーズンはほど遠い。社交界を通してしかオリナスを守れないから……

 本当にそうか?何か私にできることはないのか。何度問うても答えは天から降ってこない。私が自分で掴むしかない。

「シユウ様!おはようございます。」突然扉の外から声がかかる。

「は……」

「なんだ?」シユウはまだ寝ているからと代わりに返事をしようとしたところをシユウに遮られた。振り返ればまだ身を起こしていないながら、目はうっすらと開けていた。もともと切れ長の目が、もっと美しく見える。シユウは朝に弱いから……

「シユウ様にご謁見したいという方が見えております。」扉の外から返事が返ってくる。

「謁見は午後に回せと昨日伝えただろう。」

「はい、ですが……」シユウの剣幕に怖気付いた声が続いた。

 かわいそうに……寝起きで不機嫌なシユウの相手をするのは私も嫌だ。突っかかられるし……

「が、なんだ?」相変わらず低くて機嫌の悪い声が隣から発せられる。

「が、至急の用件だそうで……すぐ通せと……」

「それを……」言いかけたシユウを私は手で制し、口もとに指を添えた。

『あなたは黙ってなさい』と目でたしなめる。

「ギルバー、」私は扉の向こうに話しかける。

「は、はい……」少し安心した声が返ってくる。

「その方にこう伝えてくれるかしら?主人は昨日の視察より体調がすぐれぬ為、その妻のステラが用件をお伺いしてもよろしいでしょうか、と。」

「りょ、了解致しました。失礼しました、ステラ様が居られるのに……」

「いいえ、よろしくてよ。お願いするわ。」

「はい!」威勢のいい声が返ってきて、去っていく足音が続いた。

 さてと……振り返って私は私を睨みつけるシユウの顔を見やった。

「その変わり身よう、いつ見ても愉快だな。」シユウが切り出す。

「ええ、私の武器ですから。」そう言ってベッドから抜け出そうとすると、そのままシユウに腕を掴まれ押し倒された。

「何?」私もちょっと声を荒げて問うた。

「その客というのは……」

「知ってるわ、隣国の王子。そして王位継承者。大丈夫よ、それも承知の上だわ。」睨むシユウにそう言った。

「ああ、そしてそいつは、」シユウが息を紡ぐ。

「私を奪いにきた。知ってます、シユウ。大丈夫よ、安心して。」シユウを見ながらそう、少し微笑んだ。

 シユウは言葉こそ発しないが相当怒っている。この人はいつもそうだから。私をまるで妹のように心配してくれる。それでなくても心配されるということはわかってる。でもこのままじゃダメでしょ、シユウ?

 シユウの肩に手を置いて、そっと起き上がる。そして離さないシユウの手を退けて、ベッドを出る。

 壁に掛けたカーディガンを羽織って扉に触れる。

「行ってきます。」いまだに私を睨みつけるシユウに言った。

 返事はない。

 私は扉を開けて部屋から出た。

 振り返って扉を閉めようとすると、シユウが口を開いた。

「お前、隣国に嫁ぐ気か?」

 この後に及んでそんなこと……と思ったけど、余裕の笑みでこう返す。「さあ、どうでしょうか。」

「ステラ、……」そう言うシユウに割り込んで、

「行ってきます。」と念を押した。私の気は変わらないことを示すために。

 黙り込んだシユウを残し、部屋の扉を閉める。そして私は歩き出した。

 今日のお客は隣国タマスティカの王子。オリナスの隣国でもあるが、二つの国にはここ数年国交がない。理由は……

『あの事件』

 私は歯を食いしばって天井を見上げた。

 彼の目的は私を妻として迎えること。そしてそうすることでオリナスとの国交を取り戻すこと。そして……

 あの事件の真相を闇に葬ること。

 わかってる、知ってる。

 大丈夫。

 きっと大丈夫。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ